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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
201/310

妖花絢爛 十

8

 衛たち三人が帰宅したのは、翌日の午前七時頃であった。


 ──あの後衛は、皆が待つプリンセスへと戻り、サラとアッコの二人を送り届けた。

 そして、それから夜が明けるまでの間、プリンセス店内で寝ずの番をしていた。


 サラとアッコを襲った三体の朽木人間は、全て衛が抹殺した。

 しかし、衛は安心することが出来なかった。

 シェリーが昨晩遭遇した朽木人間は一体。そして、衛が遭遇したのは三体。合計四体の朽木人間が存在したことになる。

 ならば、他にも朽木人間が存在してもおかしくはない。そして、プリンセスに襲撃を仕掛けて来る可能性もある。可能性が少しでもあるのならば、闘える人間がいなければ──そう思ったのである。

 そのため衛は、従業員たちを安心させる意味も兼ねて、カツミに用心棒を申し出たのである。


 結果──何もなかった。朝までの間に、別の朽木人間が襲撃してくるような事態は、一度も起こらなかった。衛の杞憂であった。

 しかし、衛はそれでよかったと思った。予想したことが現実にならずに済んでよかった──衛は、胸をなでおろす従業員たちの姿を見て、そう思った。そして、衛はわずかに安堵すると、店のソファーでぐっすりと眠っていたマリーと舞依を起こし、プリンセスを後にした。


 ──帰宅した直後、衛はすぐさま、シェリーと連絡をとった。そして、昨日入手した情報と、衛が朽木人間に遭遇・交戦したこと、戦闘終了後に発見したものについて報告した。同時に、昨日衛が録画した動画も、シェリーに送信した。

『あなたが送ってくれた動画の怪物だけど、私が見たものと同じだったわ。あれが朽木人間よ』

 動画を観たシェリーは、衛からの電話に出た直後、開口一番にそう言った。深刻そうな声であった。

「やっぱりか」

 彼女の示した解答に、衛は特に驚くことなく、そう返事をした。


「シェリーから前もって情報を聞いておいてよかった。おかげで、手間取ることなく倒すことが出来た。もし朽木人間のことを知らないで闘っていたら、あの二人を守りきれたかどうか……」

『そう言ってもらえるとありがたいわね。首を絞められた甲斐があったってものよ』

 冗談めかして苦笑するシェリー。直後、その声色が、再び引き締まったものへと変わった。


『それにしても、桜の花びらね……』

「ああ。最初は俺も見間違いだと思った。けど、あの花びらの形は、間違いなく桜のものだった。もう夏だってのに、そんなものが散らばってたんだ」

『ううん……もう六月なのに、確かに妙ね』

 シェリーは、悩むように言葉を漏らす。


『……もしかしたら、その桜の花びらが、敵の正体を掴むための手がかりになるかもしれないわね』

「そうだな。念のために、頭の中に留めておこう」

 衛はそう言うと、言葉を区切る。

 そして、机の上のお茶で喉を潤し、再び口を開いた。


「俺のほうの成果は、そのくらいだ。そっちの進歩はどうだ」

『こっちは、これから奥多摩のほうに調査に行こうと思ってる』

「奥多摩?何か掴めたのか」

 衛が眉を寄せ、耳元に集中する。

 電話から聞こえて来たシェリーの声には、僅かに希望が含まれていた。


『ええ。実は、インターネットで調べてみたら、朽木人間らしき妖怪の目撃情報が、SNSに投稿されていたの。目撃者は四人。目撃した日も時間も異なっているけれど、全員奥多摩の森の中で目撃しているみたい』

「なるほど。確かに、奴らがいそうな感じはするな」

 衛が呟く。

 奥多摩といえば、自然が豊富な山岳地帯として有名である。広大な森の奥深くに、木々にまぎれるようにして朽木人間が生息していても、違和感はないように思えた。


『そういう訳で、これから奥多摩に行って、目撃した人物にコンタクトをとってみようと思うの。連中が住んでいるという確信が持てたら、目撃された場所まで行って調査を行うつもりよ』

「分かった。……けど、一人で大丈夫か? 俺もそっちに行こうか?」

 シェリーの身を案じ、衛はそう申し出る。

 すると耳元から、苦笑を伴った声が返ってきた。

『何を言ってるの、あなたはこれから眠らなきゃ。あなた、昨日は寝ないでヨージンボーをやってたんでしょう?』

「ん? ……ん……」

 衛は一瞬、返答に窮した。


『体の資本は、食事と睡眠よ。昨日あなたは寝ないで頑張ったんだから、休む義務があるわ。だから、しっかり休んで、たっぷり食事をして、体が回復させること。それまでの間、私があなたの代わりに頑張っておくから』

 子どもに言い聞かせるように、シェリーはたしなめた。冗談めかしたような調子の声であったが、内容は正論であった。衛はぐうの音も出なかった。


「……確かにそうだな。それじゃあ、そっちの調査はあんたに任せるよ。俺はしばらく休んで、朽木人間についての情報がないか、もう一度手持ちの資料を洗ってみる」

『それでいいわ。まあ、こっちは任せて。いいお土産を持って来るから』

「分かった。けど、あまり無茶はするなよ。危険を感じたら、すぐにその場を離れるんだぞ」

『ええ、もちろんよ』

「よし、それじゃ……ああ、ちょっと待った」

 衛は通話を切ろうとしたが、直後に思い直し、シェリーを呼び止めた


『? どうしたの?』

「そういえばあんた、昨日うちに忘れ物してねえか?あんたが帰った直後、テーブルの上に高そうなボールペンがあったんだけど」

『え? ……本当だわ。バタバタしてて忘れちゃったみたい。普段はこんなミスしないんだけど』

 通話口から、シェリーの苦笑交じりの声が聞こえた。


「どうする。合流する時に、俺が持って行こうか」

『……そうね、それじゃあ、お願いするわ。代わりのペンはあるけど、そのペンが使い慣れてるから』

「分かった。それじゃあ、お疲れさん」

『ええ、おやすみなさい』

 そう言葉を交わすと、二人は今度こそ電話を打ち切った。


「……んんっ」

 衛は椅子から立ち上がり、軽く背伸びをする。

 無意識のうちに力みが入っていたらしく、背中からコキコキと、凝り固まったような音が鳴った。


「あっ、お電話終わり?」

「シェリーはどうすると言っておった?」

 ソファーの上でテレビを見ていたマリーと舞依が、立ち上がり、衛の傍に駆け寄って来た。

「シェリーはこれから、奥多摩のほうに調査にいくらしい。その間、俺らは一端ここで待機。しばらく休んで、疲れが取れたら資料を読もう。朽木人間について、何か見落としてる情報があるかもしれないし、調べてる間に、山崎さんから失踪事件についての連絡がくるかもしれないからな」

「休憩かあ。まあ、それがいいかもね~。衛は寝てないし、あたしらは寝足りないし……ふぁぁ……」

「そうじゃのう……それでは、もう一眠りするか」

 助手たちはそう答えると、自分たちの部屋へ、おとなしくてくてくと歩いて行く。

 その後ろ姿を見ながら、衛は己の肩を手でほぐしつつ、腕を回した。極々わずかではあるが、疲労により、若干痺れているような感覚があった。


「……それじゃあ、シェリーのお言葉に甘えるか」

 衛は呟きながら冷蔵庫へ向かい、中からリンゴを一つ取り出す。

 それを齧って食べ、わずかに腹が膨れたことを実感すると、休息のために自室へと向かった。

 

 次回の更新日は未定です。

 更新の目処が立ち次第、あらすじの冒頭に更新日を追記いたします。

 もうしばらくお待ちください。

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