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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
200/310

妖花絢爛 九

 今回で、通算200回目となりました。

 ここまで続けることが出来たのも、ひとえに読者の皆様の応援のおかげと、心から感謝しております。

 これからも、『魔拳、狂ひて』をよろしくお願いいたします。


【これまでのあらすじ】

 退魔師・青木衛は、『謎の朽木人間』と『女性の連続失踪事件』について調査をするために、オネエの友人・カツミが経営する、新宿のガールズバー『プリンセス』を訪れていた。

 その最中、従業員のサラとカツミから、何者かに跡をつけられているというSOSの電話が入る。

 それを知った衛は、人形の妖怪であるパートナー・マリーと舞依に探知を頼み、プリンセスから勢いよく飛び出していった──。

7

 衛は走った。ただひたすらに疾走し続けた。

 時刻は午後十一時。しかし、夜の新宿は、昼間と変わらぬほどに混雑していた。

 仕事が終わり、飲み屋で一杯ひっかけて帰ろうとする者。友人と大笑いしながらはしゃぐ者。暗い顔を俯かせて、とぼとぼと歩く者。多種多様な人々が、新宿の街を歩き回っていた。


 その雑踏の中を、衛は縫うように駆け抜けていく。

 僅かな隙間を見つけ出し、身体を上手く潜り込ませ、通行人を躱していく。

 服を掠めることはあっても、今のところ直接体が衝突したことは一度もない。鍛え上げられた運動能力と反射神経だからこそ可能な技であった。


 そうやって人々を躱しつつ疾走しながら、衛は耳にあてたスマートフォンに向かって叫んだ。

「今、コンビニ前を過ぎたぞ! 次はどっちだ!」

『次は、そのまままっすぐ走って、三つ目の交差点を渡って右に曲がるらしい! その後、次の信号に差し掛かったら、横断歩道を曲がらず、そのまま左に曲がるんじゃ!』

 舞依の緊迫感を含んだ声が、衛の耳に入り込む。その声の奥からは、少女の唸り声と、店の人間の驚嘆の声が聞こえていた。マリーの探知妖術を、店の者が目の当たりにし、驚愕しているのであろう。


「──ッ!」

 衛は一旦息を止め、人々の波の中を、泳ぐように駆け続ける。

 一つ目の信号を越え、二つ目の信号も通り過ぎ──三つ目の交差点が見えた。信号は丁度、赤から青へと変わった。

 信号が点滅する前に、衛は横断歩道を凄まじい速度で駆け抜ける。

 そのまま体を傾け、勢いよく右折。

 そして、減速する前と同じ速度まで、一気に加速。人々の隙間を通り抜け、また疾走した。


 ──次の信号が見えた。

 左へと思い切り体を傾け、進行方向を力づくで変える。

 そして、また足を懸命に動かし、加速する。


 ──その時、前方に人の壁が見えた。柄の悪そうな風貌の男が六人。酒を飲んでいるらしく、顔が赤い。げらげらと笑いながら、横に広がって闊歩(かっぽ)している。

「チッ──!」

 衛は加速をやめなかった。それどころか、先ほどよりも走る速度を上げた。

 そして、ぶつかる寸前というところで──

「フンッ!!」

 ──跳躍。泥酔した男たちの頭上を跳び越え、着地。そのまま速度を落とさず、走り続けた。

「すみません!!」

 男たちにとがめられる前に、衛は走りながら一瞬振り返り、叫んだ。

 叫び終えた時点で、既に衛と男たちの間には、数十メートルほどの距離が出来ていた。


 その後も衛は、マリーが探知した情報を舞依から聞き、新宿の街を疾走した。

 サラとアッコの姿を求めて、衛は新宿を全力で走り回った。

 横断歩道を渡り、右折し、あるいは左折し、真っ直ぐに走る。

 だんだん、人の波は少なくなり、まばらになっていく。

 周囲の明かりも小さくなり、閉まっている店の数が多くなっていく。


 そして──店を出てから数分が経過した頃。

 ようやく衛は、サラとアッコがいる場所の近くまで辿り着いた。


 そこは、寂れた飲み屋街であった。

 開いている店は、閉まっている店よりも少ない。

 看板も、ネオンの光が今にも消えそうなほどに明滅しているものがいくらかあるのみ。

 新宿とは思えぬほどに荒廃している地域であった。


『あと少しじゃ衛! 次に見える美容院の隙間から、路地裏に入れ! その近くに二人がおるぞ!』

「分かった!」

 電話から聞こえる舞依の声に、衛は短く返事をする。

 そして、急ブレーキを掛けながら体の向きを変え、路地裏に突入した。


 直後──衛の目がとらえた。

 道の奥──行き止まりの曲がり角のところでへたり込む、サラの姿を。


「サラちゃん!」

 衛は叫び、全力の上を行く力を振り絞って、足を懸命に動かした。

 サラは、何も答えない。衛を見ようともしない。左へと向かう曲がり角の方向を、目を見開いたまま見つめていた。

 ──様子がおかしい。

 衛は察し、急いでサラに駆け寄った。


「サラちゃん! サラちゃん!!」

 衛は叫びながら、サラの体を揺する。

 その時、サラはようやく衛を見た。ファウンデーションとチークでしっかりとメイクを施された顔に、戦慄の表情が浮かんでいる。直後、衛の姿を視認し、懇願するような表情に一変した。

「あ、青木さん! 青木さん!!」

「どうしたサラちゃん! アッコちゃんは!!」

「あ、あれ!! あれ何!?」

 サラは動転した様子で叫び、曲がり角の先を指差した。


「『あれ』? ……何!?」

 衛は、サラが指差す方向を目で辿り──そして目撃した。

 三人の人影が、アッコの体にまとわりついている光景を。

 そして、まとわりつかれているアッコが、恐怖と苦悶で顔を歪めている光景を。


「貴様らァッ!!」

 衛が怒りの咆哮を上げ、三つの人影に向かって突進した。

 そのまま素早く跳躍し、人影の一つに跳び膝蹴りを叩き込む。膝が直撃した人物は、アッコから引き剥がされ、汚れたアスファルトの道に叩き付けられた。

 衛は着地すると、二人目・三人目を無理やり引き剥がし、両者の背中を押し蹴る。その二人もまた、一人目と同様に道の上を転がった。


「アッコちゃん! 大丈夫か!」

 衛はアッコの名を呼びながら、彼女の体を抱えて後退る。そのまま、腰を抜かしているサラの近くまで、彼女を運んだ。

「うう……」

 アッコは気を失っていた。薄い化粧が施された美しい顔が、苦し気に歪んでいる。

 一見、外傷はないように見える。しかし、油断は禁物であった。


「アッコちゃんを頼む」

 衛はサラにそう告げると、彼女たちの前に立ち、右手を構えた。

 そのまま、立ち上がろうとしている三人に、怒りの形相を向けて啖呵(たんか)を切ろうとした。

「貴様ら、一体何を──! ……ん!?」


 その時──衛が目を見開いた。

 三人の人影の正体に、ようやく気付いたのである。


 路地裏は暗く、明かりはほとんどない。目が周囲の暗さに慣れるまで、時間を要した。

 そのため、衛には人影の姿がよく見えなかった。泥酔した人物か、柄の悪い連中が、アッコに乱暴を働いているのであろうと思った。


 しかし──違った。

 人影の正体は、そのどちらでもない。それどころか、人間でもない。


 立ち上がったその三つの人影は──枯れた木のような肌をしていた。

 目や鼻がある位置には穴が空いており、口にも歯は生えておらず、ただ闇が広がっている。

 その姿を見て、衛の脳裏には、数時間前にシェリーから訊いた怪物のことが浮かんでいた。

 こいつが、朽木人間だ──と。


 衛は構えたまま、朽木人間たちを睨んだまま、無言で左手のスマートフォンを耳にあてた。

『衛? 衛!? 二人とは合流できたか!? 衛!?』

 受話口から、舞依の緊迫した声が聞こえる。

 衛は、静かに答えた。

「二人と合流した。どっちも無事だ。また後で連絡する」

 そう言うと、衛は返事を待たずに電話を切った。


 衛はそのまま、スマートフォンのカメラ機能を立ち上げた。

 そして、立ち上がろうとしている三体の朽木人間に左手でカメラを向けると、素早く照明をオンにし、ムービーの録画を始めた。

 画面内の朽木人間の一体が、二本の足で完全に直立した。その後、こちらに向かってゆっくりと左手を掲げる。

 そして、その手の指が蔦のように伸び、画面いっぱいに映し出された。


 ──衛は、避けなかった。

 スマートフォン越しに、朽木人間たちを睨んだままだ。

 次の瞬間、右足を大きく振り上げ──

「フンッ!!」

 ──そのまま外向きの軌道に振り回し、迫り来る蔦を蹴り飛ばした。

 弾かれた蔦は、壁に叩き付けられた後、力なく地面に落ちた。


(……もういいだろう)

 衛は、心の中でそうひとりごち、録画を止める。

 そして、スマートフォンをジーンズのポケットにしまい、再び構えた。ただし、今度は片手ではなく、両拳であった。


(……どうする。どう闘う)

 衛は、三体を注意深く睨みながら、シェリーから訊いた情報を思い出す。

 シェリーが昨夜闘った時、ナイフを胸に突き立てても死ななかった。頭部に銃撃を加え、更に用心深く胴体を破壊したことで、ようやく再起不能にまで持ち込むことが出来た。そう言っていた。

 ──彼女の話を聞く限りでは、ジャブのような小細工は通用しない可能性が高い。ならばどうするか。

 導き出される答えはただ一つ。強力な打撃を以て敵の体を粉砕し、三体全て抹殺するのみ。

 衛はそう決断し、拳を一層強く握り締めた。


 次の瞬間──

『……!』

 ──先ほど衛に蔦を伸ばした朽木人間が、次は右手の指を蔦へと変え、衛の顔に向けて伸ばし始めた。


「ッ!」

 衛はそれをギリギリのところまで引き付けて、首を僅かに動かして回避。

 直後、素早く走り出し、その朽木人間に向かって間合いを詰める。

 蔦はまだ伸びたままだ。

 その隙に衛は、敵が掲げている右手を、左手と右肩で固定しつつ──

「──あぁッ!!」

 ──交差させるように、右手による渾身のパンチを見舞った。


『!!』

 朽木人間の頭部が砕け散る。

 残った首から下の体が、一度大きく震え、そして止まった。──潰えた。


 まずは一体──衛がそう思うよりも早く、後ろに控えた二体の朽木人間が、こちらに手を掲げていた。

「ふッ!!」

 衛は、一体目の朽木人間の亡骸を蹴り飛ばす。

 吹き飛んだ亡骸は、二体目の朽木人間の体に衝突。その勢いで、二体目はよろけてバランスを崩し、再び道に倒れた。


 同時に、三体目が衛に蔦を伸ばした。

 衛はそれを、右の平手打ちで叩き落とす。

 次の瞬間、体を屈め、右の足で懐に踏み込み──

「シッ──!!」

 ──素早く左アッパー。 朽木人間の顎を打ち抜き、破壊。


 直後、がら空きの腹部を目掛け──

「──りゃあっ!!」

『!!』

 ──瓦稜螺旋拳(がりょうらせんけん)。瓦稜拳を用いた渾身のコークスクリューで、三体目の胴体を抉り、粉砕した。


 残りの一体──二体目の朽木人間に目を向けると、ちょうどもがきながら立ち上がっているところであった。

「ッ!!」

 衛は一呼吸で、その朽木人間との間合いを詰める。

 そして、右の抜き手を放ち、枯れ木のような胸を穿つ。


 そのまま、埋まった右手で、胸ぐらを掴むような要領で敵の体を捕らえ──

「うお──」

 ──敵の右腕を己の左手で掴み、背中を向けながら懐に潜り込み──

「──りゃああっ!!」

 ──アスファルトに向かって、凄まじい速度で背負い投げた。

『──!!』

 二体目の朽木人間は、頭から地面に落ちた。

 その乾ききった頭部は、固いアスファルトの大地によって、粉々に砕け散っていた。


「っ……!」

 衛はすぐさま、二体目の体にのしかかり、マウントポジションを取る。

 そこから、残った体に拳の隕石を叩き付けようと振り上げ──そこで、静止した。

 横たわった朽木人間の体は、ピクリとも動かない。──完全に、事切れていた。


「……」

 衛が立ち上がる。

 そして、朽木人間たちの遺骸から離れ、サラたちのもとへと駆け寄った。


「あ、青木さん、青木さァん……!」

 サラが、その場にへたり込んだまま、顔をくしゃくしゃに歪めていた。

 彼女の両目からは、とめどなく涙が溢れている。

 その大粒の水滴は、目の下のアイラインを溶かして黒い涙となり、肌の上のファウンデーションとチークを洗い流し始めていた。


「もう大丈夫だ、サラちゃん。アッコちゃんはどうだ」

「アッコ……そ、そうだ、アッコ……! ねえ、アッコ……? アッコ……!? しっかりしてよアッコ……!」

 ようやく恐怖から解放されたサラは、アッコの容態を思い出し、彼女に呼び掛ける。

 数度呼び掛けると、アッコの瞼がわずかに震え、ゆっくりと開いた。


「ん……あ……」

「あ、アッコ!?」

 サラの表情が、安堵するものへと変わる。

 彼女は人目もはばからず、荒っぽく涙を拭った。

「ん……? サラ……? ……!? ひィッ!?」

 呆然としているアッコ。

 その表情が、みるみるうちに恐怖するものへと変わった。

「アッコ!? 大丈夫アッコ!? 怪我してない!? どっか痛くない!?」

「ひっ!? サラ!? 顔!! 顔ォ!? ひィーッ!!」

「え!? ……か、顔?」

 恐怖している親友の言葉に、サラはべそをかきながら小首をかしげる。

 コンパクトケースを開き、鏡で己の顔を見て──悲鳴を上げた。

「ギャーッ!!」


 サラの顔は、頬のファウンデーションが溶け落ちていた。そしてその下から、覆い隠されていた荒れた肌が露わになり、代わりに黒い涙の川が伝っていた。

 その川の源流である両目からは、汚染の原因であるアイライナーの跡が滲んでいる。上瞼は、途中で涙をごしごしと拭ったためか、つけまつげは外れ、瞼の糊付けが剥がれ、一重瞼へと変わっていた。

 今のサラの顔は──惨状そのものであった。

「何よこれーッ!?」


 ギャーギャーと騒動を始める二人。どうやらどちらも、深刻な怪我はないらしい。

「……ふう」

 その光景を見ながら、衛は一度、安堵の溜め息を吐いた。

 それから、朽木人間へと目を向ける。


 ──朽木人間たちは、やはりもう動くことはなかった。

 三体とも、頭部を完全に破壊されている。

 その上、その内の一体は、胴体を螺旋拳によって破壊され、全身がバラバラに砕け散っている。

 完全に絶命している。衛は、そう確信した。


「……」

 衛は無言で、朽木人間たちの亡骸に歩み寄る。

 風化して消え去る前に、何か手掛かりとなるようなものはないか、調べるつもりであった。


 その時、衛の目に留まるものがあった。

「……ん?」

 よく見ると、朽木人間の遺体の傍らに、ピンク色の何かが落ちている。


 目を凝らして、更に注意して見てみると──

「……『花』?」

 ──それは、花びらであった。

 ただの花びらではない。『桜』の花びらである。

 十数枚ほどの桜の花びらが、朽木人間の欠片に混ざるように落ちていた。


(……この時期に……桜……?)

 衛は、眉間に皺を寄せて訝しむ。

 今は六月、初夏である。桜の花など、とうに散っているはず。

 では何故、こんなところに桜の花びらが──。


「……」

 不審に思った衛は、更に近寄り、花びらを掴み取ろうとする。

 が──


「!」

 ──衛の指が触れる直前、花びらはさらさらと崩れ、風に乗って消えていく。

 それから遅れて、周囲の木屑が風化し、消滅していった。

 跡には、何も残されていなかった。


「……」

 衛は無言で、足元の地面を、不可思議な様子で見つめていた。

 聞こえてくるのは、背後のサラとアッコの騒ぎ声のみであった。

 次回の更新日は未定です。

 目処が立ち次第、あらすじの冒頭に追記いたします。

 もうしばらくお待ちください。

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