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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
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爆発死惨 三

【これまでのあらすじ】

 神社の境内で鍛練に励む衛の前に、1人の男が現れた。

 その男とは、『稲妻』と呼ばれる空手家・進藤雄矢であった。

 立ち合いを所望する雄矢──彼の申し出を、衛は承諾する。

 両者は、そのまましばし睨み合った。

 雄矢の構えは、左構えである。

 腰を低く落とし、両腕の間を開き、拳を握っていた。

 対する衛は、右構えであった。

 開いた右掌を相手に向けてかざし、左手は丹田を隠すように配置している。

 防御や反撃を主体とした闘い方をする際に、衛が最も用いる構えであった。


 構えてからしばらくして──

「ふんっ!」

 ──雄矢が動いた。

 左正拳。

 牽制の為に放った突きであったが、直撃すればそれだけで悶絶する程の威力を纏っていた。


「……!」

 その拳を、衛は右手で素早く弾き落とす。

 確実に捌いたが、触れただけで右手が痺れたような錯覚が襲い掛かった。


 雄矢はもう一度、ジャブの要領で左の突きを放ってくる。

 再び衛は右手で捌く。


「せいッ!」

 衛が捌いたのを見計らい、雄矢は右の逆突きを打ち込む。

 牽制の一撃ではない。

 相手に確実にダメージを与えようという意思が感じられる、鋭い突きであった。


「──ッ!」

 衛が左腕で、逆突きの軌道を逸らす。

 同時に、雄矢の右足が動いていた。

 上段の回し蹴りである。


「!」

 蹴りが頭部に達する前に、衛は両手でそれを弾く。

 同時に後方へ一歩分下がった。


「へっ──!」

 雄矢は短く笑うと、下ろした蹴り足を前にやり、構えをスイッチする。

 直後、連続技を放った。

「シッ──!」

 右刻み突き。

 右突き上げ。

 左逆突き。

 スイッチ──左刻み突き。

 右逆突き。

 右下段回し蹴り。

 高威力かつ精密な打撃が、衛の体を次々に襲う。

 衛はそれらを漏らすことなく、丁寧に捌いていく。


「でやっ!」

 顔面を目掛け、フック気味に放たれる右掌底。

 衛はそれを両手で防ぐと、一歩分踏み込む。

 そして、雄矢の胸に横蹴りを放った。


「……っと──」

 足が胸に触れた瞬間、雄矢は自ら後方へ飛び、威力を殺す。

 そして再び、構え直した。


「……」

 衛はしばらく無言であった。

 雄矢の様子を伺い──再び半身の構えを作る。

 しかし、その構えは、序盤に見せた構えとは違っていた。

 左構えになっている。

 更に、両手は握り込まれ、拳の形を作っている。

 左拳は目よりやや高く、右拳は顎の高さに近い。

 衛が攻撃主体の動きをする時によく使う構えである。


「……」

 それを見た雄矢も、ゆっくりと構えを変えた。

 両拳を開き、掌を若干曲げた状態にする。

 手刀構えであった。


「──ッ!」

 衛が踏み込む。

 一瞬で雄矢に距離を詰め、左拳を打ち込んだ。


「く──!」

 雄矢はそれを、左の手刀で逸らす。

 直後、衛はもう一度左拳を見舞う。

「チィ──!」

 雄矢が左足を後方へ下げる。

 そして、右手で衛の突きに対応した。中段の外受けである。


「──っ!」

 攻防一体の豪快な受け技により、衛の左腕が弾き落とされる。

 激しい音と、遅れてやって来る鈍痛。

 しかし衛は、全く感情を顔に表さなかった。

 すぐさま反撃が来る──そう予感し、痛みに苦悶するよりも、次の雄矢の一手への対応を優先させたのである。


 案の定、雄矢は攻撃を仕掛けてきた。

 外受けの直後、衛の腕を弾いた反発力を用い、右の裏拳を放った。

「シッ──!」

「ぬぅっ──!」

 己の顔に迫る、岩のような雄矢の拳。

 衛は、左腕を斜め前方へと突き出す。

 そして、雄矢の腕と交差させるようにして受け流した。


 次の瞬間、その左腕を下方へ下げ、相手の腕を圧して摺り下げる。

 直後、右足で踏み込みながら、急降下するジェットコースターの如く、右の掌を雄矢の胸元目掛けて振り下ろした。

 ──劈拳(へきけん)。形意拳の技の一つである。


「フンッ──!」

「うおっ!」

 掌打を受け、雄矢の巨体が後方へ飛ばされる。

 ふわりと宙を舞い──数歩程離れた間合いに、綺麗に着地した。

 


「……」

 雄矢は無言で、己の胸を擦る。

 そうしながら、しばらく胸元を見つめた後、衛に顔を向けた。

「あんた、もしかして手加減してるか?」

「ああ」

 雄矢が問い掛けに、衛はむっとした表情で答えた。

「だって、あんたも本気を出してないみたいだからな」

「……!」

 雄矢が意外そうな顔をする。

 どうしてそれが分かったのか──そんな感情が、表情に浮き出ていた。


「気付いてたのか」

「まあな。そんな状態の相手に、こっちが一方的に本気出すってのも悔しいからな」

 そう言いながら、衛は左腕を軽く振った。

 雄矢の外受けによって、ヒリヒリとした痛みが残っていたが、骨にダメージは入っていないようであった。


「……へへ、謝るよ。ちょっと試したかったんだ。あんたが本当に強いのかどうかをな」

 雄矢は苦笑しながら謝罪する。

 次の瞬間、その表情が、ぞっとするほど鋭いものに変わった。

「だがこれで、手加減する必要はないって分かったよ。こっから先はマジで行く。あんたの方も、そのつもりで頼むぜ」

「……分かった」

 衛が眉をひそめ、雄矢の言葉を了承する。

 雄矢が構えるのと同時に、衛も構えをとった。

 先程と同じく、両拳を握った構えであった。

「それなら、こっちも全力で──」


 その時──神社の境内に、電子音が鳴り響いた。

 音の出所は、ペットボトルの傍らに置いてある、衛の携帯電話からであった。

「……」

「……」

 二人はその音を無視し、構えたまま睨み合う。

 早く音が止むように願いながら。


 しかし、着信音は三十秒経っても鳴りやむ気配が無かった。

 雄矢の鋭い眼光から、徐々に力が抜けていく。

「……あ~……。……出なよ」

 雄矢はそう言い、構えを解いた。

 若干気まずそうな顔であった。

「……悪い」

 衛は短く謝罪すると、携帯電話の下に歩み寄った。

 依然として表情は不愛想なものであったが、雄矢に対して申し訳なく感じていた。


 携帯を手に取り、電話を掛けてきた人物の名前を見る。

 画面には、『山崎慎次』と表示されていた。

「はい、青木です。……………………。はい………………。この後ですか……?」

 電話の相手と話す衛。

 その表情が、若干曇る。

 それを見た雄矢は、嫌な予感を覚えたかのように、顔をしかめた。

「はい……。………………。ええ。…………分かりました。では、また後ほど。失礼します」

 通話を終え、衛が電話を切る。

 そして、若干眉を寄せながら雄矢を見た。

 

「……ごめん、仕事が入った。続きはまた今度でも良いか?」

 衛が申し訳なさそうに告げる。

「うわ、マジか……」

 その言葉を聞き、雄矢が顔をしかめた。


 己の申し出を相手が承諾してくれるとは、衛自身も思ってはいなかった。

 怒り出すか、全く話に取り合わないか──そのどちらかの行為を行い、無理やり立ち合いを続行しようとするのではないかと考えていた。

 そうなった場合、衛は全力で相手を倒し、仕事に向かうつもりでいた。

 人間の武術家に対して出す全力ではなく、凶悪な妖怪に対して出す、禍々しい殺気を纏った全力を以て。


 だが雄矢は──

「ん~~~~。……なら、仕方ねぇな。分かったよ」

 ──衛の申し出を、素直に受け入れたのである。

 予想外の返答に、衛は思わず目を丸くした。


「あんたの言う通り、また今度に──どうした、そんな顔して?」

 雄矢が不思議そうな顔で問い掛ける。

「いや……えらく物分かりが良いんだな。もう少し食い下がるかと思ってたよ」

 衛のその言葉に、雄矢は頭をポリポリと掻く。

「まあ、本当ならそうしたいんだけどよ。でも、仕事の方が大事だからな。あんたが何の仕事をやってるのか知らねえけど、仕事がなきゃ食って行けねえだろ?」

 そう言って、雄矢は苦笑した。

 武術家と立ち合ったり、道場破りをしたりする型破りな男にしては、えらく真っ当な意見であった。

 そんな雄矢のギャップに、思わず衛の胸に、何とも言えない可笑しさが込み上げた。


「……あんた、面白い奴だな」

「そうか?」

「ああ。……また闘ろうぜ。噂に聞く技も見てみたいしな。『稲妻落とし』だったか」

 衛のその言葉に、雄矢は口を吊り上げて笑った。

「リクエストかよ? なら、次の喧嘩の時にしっかりと味わうと良いぜ」

「楽しみにしとくよ。それじゃあな」

 そう言うと、衛は携帯電話とペットボトルを手に、階段を駆け下りた。

 終始、感情をほとんど顔に出していなかったが──衛の心には、久しく抱いていなかったものが芽生えていた。

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