妖花絢爛 八
6
喜助らの屋台を後にした衛らは、次なる目的地へと向かった。
目的地は、新宿某所のレディースバー『プリンセス』。会うべき人物は当然、プリンセスのママ、カツミである。
「青木さん! いらっしゃい!」
衛がプリンセスの扉を開けると、従業員のメグミが、笑顔で出迎えた。
「お疲れ、メグミちゃん。カツミさんいるかい?」
「うん、いるよ! ちょっと待ってて……ママー! 青木さん来たよー! ママー!」
メグミは、大声を上げながら、店の奥まで入っていく。
その声を耳にした他の従業員たちは、一度メグミの方へと反応し、それから衛たちの方を見た。
「いらっしゃい青木さ──キャーッ! 舞依ちゃんとマリーちゃんもいるジャン!」
「ああンもういつ見てもカワイイ娘たちねーッ!」
従業員たちは、衛の両隣りにいる人形たちの姿を見ると、小動物を見るような笑顔を浮かべ、黄色い悲鳴を上げながら駆け寄って来る。
そしてそのまま、マリーと舞依を抱きかかえて、テーブル席へと移動。両目を白黒させている人形たちを囲み、大量の食べ物を振る舞い始めた。
「ハイ! お菓子いっぱいあるわよ❤」
「ジュース何がいい? オレンジ? それともグレープ?」
「デザートもいっぱいあるから、何でも言ってね❤」
「お……おお、まるでお姫様にでもなった気分じゃ……!」
「やったー! プリンある!? プリン!!」
混乱していたマリーと舞依は、徐々に状況を把握し始めると、次第に笑顔になっていった。
その光景を、カウンターに着席した衛が横目で見ていると──
「青木さん、ママ連れて来たよ!」
「こんばんは、衛ちゃん! お待たせしちゃってごめんなさいネ❤」
──のしのしと歩いて来た長髪の人物が、衛に満面の笑みで挨拶をした。
ドレスを身にまとった鋼の肉体。カツミである。
「謝るのはこっちの方さ、カツミさん。突然お邪魔してごめん」
衛が謝罪すると、カツミは髭のあとが残った顔で、満面の笑みを作った。愛想笑いではない、心からの笑顔であった。
「いいのいいの! 衛ちゃんなら大歓迎よ! それより、何か飲む? いつものやつ? ……って、今日はお仕事で来たんだから、お酒はナシよね」
「ああ。コーラを頼むよ」
「はい、かしこまりました❤」
そういうと、カツミは手際よくグラスに氷を入れ、コーラを注ぎ始めた。
「青木さん、ジャケット預かるね」
「ああ、ありがとう」
メグミが、衛のジャケットを脱がせ、壁のハンガーに丁寧にかける。
その間に、カツミはコーラを注ぎ終え、カウンターの上に置いていた。
衛は、席に座り、グラスに口をつけた。炭酸が口の中で暴れ、そこから喉、腹へと降りていく感覚を楽しんだ。
「それで、カツミさん。早速で悪いけど……」
「ええ。枯れ木みたいな化け物のことと、女性の失踪事件について……だったわよね」
カツミが、真剣な顔つきになった。
プリンセスを訪問する前に、衛はカツミに電話を入れておいた。その際に、今回の訪問の目的を伝えていたのである。
「それじゃあ最初は、ええっと……『朽木人間』だったかしら?」
「ああ」
「それに関しては、さっき衛ちゃんが電話したあとに、少し知り合いに聞いてみたの。『そういう化け物を見たっていうお客さんはいなかったか』って」
「それで、どうだった?」
衛がそう言うと、カツミは意気消沈したように、肩をすくめて見せる。
「……今のところ、何ともいえないわね。『そういうのを見た』っていう人は、現時点ではいなかったらしいわ。一応、見たっていう人がいるかどうか、これからも聞くようにしてみるとは言ってくれたけど……実際に目撃情報が手に入るかどうかは、全く分からないわ」
「そうか……そうだろうな」
衛はそう言いながら、ゆっくり頷いた。
「そして、女性の失踪事件についてなんだけど……申し訳ないけど、これもアタシは力になれそうにない」
カツミが、申し訳なさそうな顔で言った。
「……」
衛は、何も答えなかった。カツミの目を見つめたまま、静かに一度、頷いただけであった。
「実を言うと、そのヤマについては、ここ最近、アタシも少し調べてたの。ウチの娘が被害に遭うかもしれないと思うと、少し怖かったからね。皆を守るためにも、そのスジのお客とかが来た時に、少しだけ探りを入れてみたのよ」
そこでカツミは、目を伏せ、かぶりを振る。
「……でも、全然情報は掴めなかったわ。ヤクザやマフィア絡みなのかとも思ったけど、そういった気配はなかった。被害にあった娘の背景にも、そっち関係の影は全くなし。アタシもお手上げよ、参っちゃうわ」
「そうか……」
衛はそう呟き、目の前のコーラに目を落とした。
氷に付着した泡の一つが剥がれ、水面へと上がって、破れて消えた。
「……さっきも言ったけど、アタシが怖いのは、この店の娘が危険な目に遭うことよ」
カツミはそう言いながら、店内を眺めた。
衛は振り返り、カツミの視線の先を辿る。
──その先に見えたのは、マリーと舞依を囲んで騒ぐ、店員たちである。
彼女たちはみな、満面の笑みを浮かべていた。今この時間を、心から楽しんでいた。
「ここにいる娘の中には、ワケありの娘もいるわ。身寄りがなかったり、悪い男に騙されて、酷い目に遭わされたり。……けどね、そんな辛い目にあっても、あの娘たちは今、前を向いて笑ってる。そして、希望を持って、少しずつだけど、前へと進もうとしている。……そんな娘たちにはね、必要なのよ。希望を持ち続け、笑ってすごせる場所が」
「ああ。……そうして出来たのが、この店だって言ってたな」
「ええ。……アタシはこの店を、そして、この街を守りたい。この娘たちが心から笑えるこの店を。そして、この店と、この娘たちを受け入れてくれる、この街を」
「……」
衛は、静かに頷く。
カツミもまた、真っ直ぐな目で衛を見つめ、頷いた。
そして、真剣な表情のまま言った。
「こういう時に、いつも衛ちゃんのことを頼ってしまって、本当に申し訳なく思う。そして、自分の無力さが恨めしくなる。……だけど、お願い」
「……」
「……もしも、何か起こったら……その時は、力を貸してね」
「ああ。もちろんさ」
悩むことなく、衛は即答した。
その答えに、カツミは喜びと悲しみの混じった微笑を浮かべた。
──その時であった。
「サラ……!? サラ、一体どうしたの!?」
切羽詰まったようなメグミの声が、店内に響き渡った。
衛もカツミも、歓待に気を良くしていたマリーと舞依も、人形たちを囲んでいた他の従業員たちも、メグミの方を見た。
メグミは、カウンター横の電話の傍にいた。
受話器を耳にあてたまま、困惑の表情を浮かべていた。
「ちょっとメグミ。一体どうしたの?」
カツミと衛が、メグミに歩み寄る。
受話器の受話口からは、女性らしき人物の、震えるような息遣いが聞こえていた。
「その……サラとアッコが、買い出しに行ったまま戻ってこなくって、それで心配になって、サラに電話したんだけど……その、サラが……!」
「どうしたメグミちゃん。サラちゃんとアッコちゃんに、何かあったのか」
眉根を寄せた衛が、メグミに尋ねる。
メグミは、動揺を隠せぬまま答えた。
「その……あ、怪しい奴につけられてるみたいで、逃げてるところだって……!」
「何ですって!?」
「え!?」
「何々!? どういうこと!?」
「どーなってンの!?」
カツミが、悲鳴に近い声をあげて驚愕する。
同時に、店内の人間が、一斉にざわめきながら電話の近くに駆け寄った。その中に、マリーや舞依もいた。
「ま、衛! 今物騒な言葉聞こえたんだけど!?」
「に、『逃げてる』って何じゃ!? 一体何事じゃ!?」
「皆落ち着け! メグミちゃん、俺に代われ!」
衛は、メグミから電話を受け取ると、緊迫した様子で受話器に向かって声を出した。
「もしもし、サラちゃんか!? 俺だ、青木だ!」
『えッ!? あ、青木さん!?』
受話口から、聞き覚えのある声が聞こえた。サラだ。普段の軽く明るい調子がなく、恐怖のみが声に乗っていた。
『あっ、青木さ、た、助け! 助け──』
「分かってる、そっちに行く!今どこだ!?場所を教えろ!」
『えっ!? ば、場所、ど、どこか分かんない! 逃げなきゃって思っていろんな道グネグネ通ったから分かんなくなっちゃって……!!』
「分かった!! とにかくそのまま逃げ続けろ!! 急いで合流する!! 絶対に掴まるんじゃねえぞ!!」
そのまま衛は、受話器を放り、弾かれたような勢いでカツミを見た。
「カツミさん! サラちゃんかアッコちゃんの私物はあるか! あったらマリーに渡してくれ!」
「えっ!? な、何!? どうするの衛ちゃん!?」
狼狽えるカツミをよそに、衛はハンガーにかけてあったジャケットを掴み、素早く羽織る。
それから、内ポケットから黒いグローブを取り出し、両手に装着した。
「時間がねえ、説明は後だ! マリー、ここで探知を頼む! 舞依もここから電話でナビしてくれ!」
「わかった、任せて!」
「衛! 何が起こっとるのか分からんが、決して油断するでないぞ!!」
衛の指示に、マリーと舞依は引き締まった顔で返事をする。
彼女たちの言葉に、衛は小さく頷いた後、バーの出入り口から素早く飛び出した。
次回は、明後日の8時頃に更新する予定です。
そして、次はいよいよ、本編とコラムを合わせて通算200回目へと突入します。ここまで続けることが出来たのも、皆様のおかげです。これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。




