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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
198/310

妖花絢爛 七

5

 衛・マリー・舞依の三人は、早速調査を開始した。

 シェリーが遭遇したという、謎の朽木の怪物。そして、東京で発生している、女性の連続失踪。この二つの事件の、同時調査である。


 そのために衛は、二人の人物──否、『一体の妖怪』と、『一人の人間』に接触することにした。


 ──まず前者は、おでん屋の屋台を経営するのっぺらぼうの一家。その主人の、喜助である。

 妖怪である彼ならば、朽木人間についても何か知っているのではないかと思ったのである。


 ──そして後者は、歌舞伎町のレディースバー『プリンセス』を経営するニューハーフ、カツミである。

 カツミは、妖怪への繋がりは全くないが、東京の裏事情に精通している。彼女ならば、連続失踪事件につながる情報を握っているのではと考えたのである。


 ──まず最初に衛達が向かったのは、喜助のところである。幸い今日は、喜助の屋台の営業日。今晩の開店場所は、寂れた公園の近くの道端であった。

 ここで、朽木と失踪事件についての聞き込みを行い、同時に腹ごしらえをすることにした。


「いらっしゃいませ。……って、青木さん!」

「あらあら、いらっしゃい! あらあら、可愛らしい助手さんたちも!」

 衛が屋台の暖簾をくぐると、破顔した喜助と、同じく嬉しそうな様子の妻・おとよの姿が見えた。


「こんばんは。ちょっとおでんを食べたくなって、寄らせてもらいました」

 衛は挨拶をすると、カウンター前の席に腰かけた。

 それから、おでんのメニューに目を通し始める。


「青木のお兄ちゃん、こんばんは! あっ、マリーちゃんと舞依ちゃんもいる!」

 直後、騒ぎを聞きつけて、娘のまといが屋台の裏から姿を現す。その顔が、マリーと舞依を見つけたことで、満面の笑みに包まれた。

「まといちゃん! こんばんは!」

「お久しぶり。元気そうで何よりじゃ」

 マリーと舞依が、まといに挨拶を返す。彼女達もまた、仲のよい友達と会えたことで、嬉しそうにはしゃぎ始めるのであった。


「……ところで青木さん。今日ここに来たのは、やっぱり仕事のことですか?」

「分かりますか」

「ええ。いつにも増して、真剣な表情をしてらっしゃるので。……それで、今回はどんな事件なんですか?」

 そう言いながら、喜助は笑い、減っている具材を鍋に継ぎ足した。

 その様子をカウンター越しに見つめながら、衛は口を開いた。

「……実は」


 ──それから衛は、昨日出没したという朽木の怪物と、ここ最近起こっている女性の連続失踪事件について語った。シェリーや山崎たちから聞いた情報を、喜助たちに丁寧に伝えた。


 そうしながら、衛たちは喜助が調理したおでんを食べた。

 季節は六月であるが、夜はやや肌寒い。そのため、腹の中から温まるおでんはありがたかった。


 玉子。ちくわ。厚揚げ。こんにゃく。大根。つゆがしっかりと沁み込んだそれらの具材を、口の中全体で噛みほぐし、腹に納めていく。


 一足先におでんを食べ終えたマリーは、まといに誘われて一緒に遊び始め、遅れて食べ終えた舞依は、衛の隣に座ってお茶を飲んでいた。衛のみ、そのままゆっくりと食べ続け、話し続けていた。


 美味い。どれも美味い。それは間違いない。

 しかし──今の衛は、そんな極上のおでんの味を、心から楽しむことが出来なかった。


「──と、いうわけなんですが……何かご存知ありませんか?」

 自身が知り得る全てを打ち明けた後、衛はそう尋ねた。

 対する喜助は、眉を寄せた表情で、口を開いた。

「ああ……女性の失踪事件については知りませんが、その朽木の化け物なら、おとよが見たと言っていたような……」

「! 本当ですか……!?」

 喜助の言葉に衛は驚愕し、すぐにおとよに目を向けた。


「ええ、青木さんが仰った、シェリーさんという方が退治なさった怪物と、同じ者なのかは分かりませんけれど……それらしき妖怪ならば見かけましたわ」

 そう言うとおとよは、一度言葉を区切る。

 そして、記憶を呼び覚ますために遠い目をし、それから再び口を開いた。


「あれは確か、一週間ほど前だったと思います。夜の十時頃だったかしら。店で使っているねりわさびが切れてしまったので、コンビニに買い出しに行ったのです。その帰りに、道角でゆらゆらと千鳥足で歩いている人影を見たのです」

「……」

「……最初は、お酒に酔った方なのかと思ったのですが、どうも違和感を感じまして……。それで、近寄ってみたところ……」

「……人間ではなく、朽木人間だった……と」

 衛の言葉に、おとよがこくりと頷いた。

 妖術によって作られた、美しい偽の顔。そこに、不安の表情が浮き出ていた。


「それで、朽木人間は何かしてきませんでしたか?腕を蔦みたいに伸ばして襲いかかって来たりとか……」

 衛が険しい表情で尋ねる。

 おとよは、不安そうな表情のまま、ゆっくりと首を横に振る。

「いいえ……それが、全く」

「何もされなかったんですか?」

「はい。その妖怪と目が合った時、私も『こちらに襲いかかって来るのでは』と思って、立ち竦んでしまったのです。……ですが、その妖怪は何もせず、そのままふらふら歩いて行ったんです。まるで、私のことが見えていないみたいに」

「むう……」

 衛は、おとよの話を聞き終えると、腕組みしながら思案した。


「どうして、朽木人間はおとよさんを無視したんじゃろうか……?」

 舞依が眉根を寄せて呟いた。頭に浮かんだ疑問が、ストレートに口から出たようであった。

 衛もまた、彼女と同じことを考え、眉間に皺を寄せていた。


「ねえ舞依。それってさ、おとよさんが大人で、子供じゃなかったからじゃないの? シェリーが見つけた朽木人間は、男の子を狙おうとしてたんでしょ? ということは、朽木人間は子供だけを狙ってるんじゃないかしら?」

 まといと遊びながら話を聞いていたマリーが、舞依のほうを向いてそう言った。

「ふむ……それは一理あるかもしれんのう」

「なるほどな……。そう考えると、朽木人間がシェリーに攻撃を仕掛けてきたのに、おとよさんが攻撃されなかったのも合点がいく。おとよさんの時は、おとよさんが大人だったし、周りに子供もいなかった。けど、シェリーの時は、男の子がいた。しかも、朽木人間がその男の子を襲おうとしたちょうどその瞬間、シェリーが立ちふさがってきた。だから、朽木人間は邪魔者を片付けるために、シェリーを攻撃した。……こんなところか」

 マリーの意見を聞いた衛は、自身の中で推測を打ち立て、それを口にした。

 それを聞いたまとい以外の一同は皆、納得したように頷いていた。


「しかし……子供を狙う妖怪ですか……。子を持つ親としては、やはり恐ろしい妖怪ですね」

「そうですね、あなた。……あの時、まといと一緒に出かけなくて、本当によかったわ……」

 のっぺらぼうの夫婦は、血の気の引いた顔をしながらそう呟いた。


「……よかったねえ、まといちゃん。その朽木人間に会わなくって」

「?」

 マリーは安堵の表情で、まといに話し掛ける。

 まといは何事か分からない様子で、きょとんとしながら首を傾げた。


「昨日、朽木人間はシェリーが退治しました。ですが、あれが一体だけの存在だとは限りません。……今後、もし朽木人間を見かることがあったら、連絡していただいてもいいですか」

「……ええ。分かりました」

 真剣な表情で頼む衛。

 対する喜助は、彼に劣らぬ真面目な顔つきで、しっかりと頷いた。

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