妖花絢爛 五
「それにしても……その、くっ、くち、くきちにんげん?」
「『くちきにんげん』な」
「そ、そう、それ! そいつ、どうして男の子を襲ったりなんかしたのかしら?」
マリーは僅かに顔を赤くした後、自身が思い浮かべた疑問を打ち明けた。
「それはもちろん、『喰らうため』以外になかろう」
何を今更とでも言うように、舞依がマリーの問い掛けに答える。
「例外もあるが、基本的に妖怪が人間を襲う理由は、生きるために必要だからじゃ。人間を驚かせて、恐怖などの感情を吸いとったり、あるいは人間の肉を喰らったり。そうやって栄養を体に取り入れなければ、生きることは出来ん。それは朽木人間も同じはずじゃ。例え、心があろうとなかろうとな」
「ええ。現時点で、可能性として一番高いのはそれね」
舞依の意見に、シェリーは真剣な顔で頷いた。
「次に考えられるのは、『その男の子に特別な事情があって、それが原因で襲われた』って可能性だな」
「……もぐもぐ……『特別な事情』……? 何それ?」
マリーはイチゴを口いっぱいに頬張りながら、衛が口にした可能性について尋ねる。
それに対し衛は、身振り手振りを交えながら話し始めた。
「その男の子に、妖怪に襲われるような秘密があったのかもしれない、ってことだ。……例えば、『その男の子が妖怪を引き寄せやすい体質だった』とか、『超能力のようなものを持っていて、それに引き寄せられた』とかな。……なあシェリー。その男の子に、そういった気配はあったか?」
衛がシェリーに尋ねる。
シェリーはその言葉に、ゆっくりとかぶりを振りながら口を開いた。
「いいえ、あの時点では、そういった気配は全く。念のために、このあとその男の子の家に行って、親御さんに話を聴いてくるつもりよ。可能なら、簡単な検査キットも持っていって、何か身体に異変がないかも調べて来るわ」
彼女はそう言うと、姿勢を正し、衛の両目をしっかりと見た。
楽な姿勢で向かい合っていた衛もまた、彼女の目を見て、無意識に背筋を伸ばす。
「……今回の事件、昨日のあれだけじゃ終わらないような気がするわ。上手く言えないけど、嫌な予感がするの」
「そうだな。俺達の考え過ぎかもしれないが、それにしたってあまりにも謎が多過ぎる。念のため、もう少し調べてみたほうがいいかもな」
「手伝ってくれる?」
「当然だ。何か事が起こってからじゃあ遅い。それに、最近は物騒な事件も起こってるしな」
衛はそう言うと、点けたままになっているテレビに目をやった。
それにつられて、シェリーもテレビに顔を向ける。
「……それって、この事件のこと?」
「ああ」
──テレビに映っていたのは、ニュース番組であった。真剣な面持ちの女子アナウンサーがカメラを見つめながら、テレビの前の視聴者に情報を告げている。
内容は、ここ一ヶ月の間に頻発している、数十人にも及ぶ成人女性の失踪事件についてであった。
「……実はこの後、この事件のことで刑事さん達と情報交換する予定なんだ」
「警察と?まさか、退魔師じゃないと太刀打ちできないようなヤツが犯人なの?」
「いや、まだ妖怪や超能力者の仕業とは断定出来ない。……けど、もしもの時は出なきゃならないかもしれないから、念のために話をしたいそうだ。……その時に、朽木人間についての目撃情報がないか、刑事さん達にも訊いてみるよ。その後は、知り合いのところをいくつかあたってみる」
「ええ、お願いね」
シェリーはそう言いながら、手帳にここまでの話し合いの内容を書き留めた。
「……っと、そろそろ時間ね」
メモをし終えたシェリーは、ふと腕時計を見ると、思い出したように立ち上がった。
「昨日の男の子のところか?」
「ええ。その男の子の家、少し遠い所にあるの。今から行っても充分間に合うけど、余裕を持って行こうと思ってね」
「几帳面だな、いいことだ。……じゃあ、頑張ってな」
「ありがとう、そっちもね」
シェリーはそう言うと、微笑みながらウィンクを返し、退室した。モデルや女優にも負けない、優雅で魅力的な姿であった。
「さて……それじゃあ、俺達も行くか」
「よーし、張り切って行くわよー!」
「久しぶりの捜査じゃな!」
衛が呟いた直後、両脇に座っていた人形達が、跳ねるようにソファーから立ち上がった。どちらのかおにも、やる気が満ち溢れた笑顔が浮かんでいた。
「……ん?」
その時、衛の目にあるものが留まった。
先ほどまで、シェリーがいた場所。その前のテーブルの上に、ボールペンが転がっていた。衛のものではない。シェリーの愛用のペンである。
「あれ?シェリーの忘れ物かしら?」
「どうやらそうらしいのう。案外抜けておるところもあるんじゃな」
(お前らが言うなよ)
次回投稿は、明後日の午後8時頃になる予定です。




