妖花絢爛 三
「が……く……ぐ……!!」
蔦のような両手によるネックハンギングにより、シェリーの体が持ちあげられる。
両足が地面から離れ、宙に浮く。
シェリーは、首に絡んだ蔦のような指をはがそうともがいた。
しかし、蔦はますます複雑に絡み合い、シェリーの首に巻き付いていく。
ナイフは、朽木人間の胸に突き刺さったままだ。武器はない。ジャケットの中に隠し持つ『それ』を除いては。
──逃れなければ。
──呼吸が出来ない。
──酸素が足りない。
──視界がぼやける。
「……ぐ……っ……が……!」
遠のく意識の中、シェリーは右手を、ジャケットの内側に潜り込ませた。
震える手が掴んだのは、ホルスターの中に収められている愛銃──四十五口径レイダー・カスタム。
シェリーはそれを引き抜くと、伸びた蔦の中間に、銃口を押し当て──
「っ……ぐ……!!」
──勢いよく引き金を引いた。
『……!! ……!!』
三度の炸裂音と共に、蔦のような指が爆ぜ散る。
朽木人間が後方によろけ、同時にシェリーが着地した。
「うっ……ゴホッ……!」
むせながら空気を吸うシェリー。そうしながら、まだ首元に絡み付いている蔦の残骸をむしり取った。
薄れかけていた意識が、再びはっきりとしたものになる。しかし、完全に呼吸を整えている余裕はない。すぐにでも敵に攻撃をしなければ、また捕まる。
「ッ!!」
──シェリーはレイダー・カスタムを、まだよろけている朽木人間に向ける。
直後──右肩に一発。
──続け様に、左肩に一発、銃弾をぶち込む。
『!!』
シェリーの二射により、朽木人間の両肩が弾き飛ばされ、その先に繋がっていた両腕が、地面に落ちる。
更にシェリーは、攻撃の手を休めることなく──
「ッ!!」
──頭部・胸部・腹部に向かって、三連射を叩き込んだ。
『!?』
レイダー・カスタムから放たれた対妖怪用四十五口径強化弾は、一発も外れることなく朽木人間を強襲。
命中した箇所に、巨大な風穴が穿たれ、地面に木屑が散乱した。
『──』
朽木人間は、しばらくその場で、ゆらゆらと揺れ続けていた。
やがて、その揺れも小さくなっていき──ばたりと地面に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「うっ……ケホッ……はぁ……はぁ……!」
シェリーは呼吸を整え直しながら、倒れた朽木人間に銃を向け続けていた。
その後、朽木人間がもう動かないことを悟ると、ようやく銃を降ろした。
そして、背後を振り返る。視線の先には、恐ろしい化け物に対面し気絶した少年の姿があった。
「ボク……大丈夫……!?」
シェリーは少年に駆け寄ると、頭を揺らさないよう注意しながら、彼の小さな体をそっと起こした。
「しっかりして……目を開けて、ボク……!」
「……ぅ……ぇ……?」
シェリーが何度か声を掛けると、ようやく少年の目が開いた。
今の状況が理解できず、困惑している様子であった。
「……! よかった……ボク、怪我はない?」
シェリーは安堵の表情で、少年の身に異変が無いかを確かめる。
直後──
「え……? ……! う、あ──」
──少年の顔が、みるみるうちに青ざめていく。
気絶する前に自身が直面した恐怖が、心の中に甦ったのである。
「あ……う、わああああ……!!」
少年の目に涙が堪り、泣き声が上がった。
シェリーは微笑みながら、その少年を優しく掻き抱く。
「よしよし、怖かったでしょう……? もう大丈夫。あのお化けはもういないからね。安心してね」
シェリーは、胸の中で泣きじゃくる少年の頭を撫で、そう囁く。
そして、朽木人間にもう一度目をやった。
──朽木人間は、やはり動かなかった。
砕け散った体の破片をばら撒いたまま、地面に倒れ、微動だにしなかった。そのまま、遺体は灰状に分解され、夜風に乗って舞い上がった。
シェリーは少年の頭を撫でながら、その光景を神妙な面持ちで見つめていた。
次回は、明後日の午後8時頃に更新する予定です。




