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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十二話『妖花絢爛』
193/310

妖花絢爛 二

2

「……っ……この子に近寄るな!!」

 シェリー・タチバナは、目の前に立ちはだかる存在に警告を発しながら、戦慄していた。

 夜闇の中で輝いている金髪は乱れ、透き通るような白い肌には冷たい汗の粒が浮かび、両の眼窩に収まった碧眼は静かに揺れている。愛用のコンバットナイフを握る手もまた、湧き上がる畏怖で小刻みに震えていた。


 ──事の始まりは、数分前に遡る。

 とある仕事を終えたシェリーは、暗い夜道を歩き、自宅をめざしていた。

 その途中、彼女の耳が、夜道に響き渡る何者かの恐怖の悲鳴を捉えたのである。その声を耳にした瞬間、彼女は駆けだしていた。一秒でも早く、何が起こったのかを突き止めようと、懸命に手足を動かし、走り続けた。


 シェリーが、悲鳴の出所であるこの場所に辿り着くと──そこには、恐怖によって気絶し、道に倒れ込んでいる少年の姿が。

 そしてその前方には、悲鳴を上げる原因となったと思われる何者かが佇んでいた。

 その光景を目にしたシェリーは、ジャケットの内側に隠したナイフを引き抜き、倒れている少年と謎の存在の間に割って入り、構えたのである。


 そこまではよかった。

 だが──。


(何なの……こいつは……!?)

 シェリーは、心の中でそう呟いていた。

 

 刃を向けた先でゆらゆらと揺れている『それ』は──

『…………』

 ──まるで、人間と朽木を足したような姿をしていた。


 形だけならば、人間とよく似ている。腕と思しきものがあり、足と思しきものもある。そのどちらも、胴体のようなものから生えている。そして──頭部らしきパーツも。


 しかし、皮膚は人間のそれではない。全身が、枯れた木の幹のようになっている。

 両手と両足は木の枝のようであり、それらに生えている指も、木の枝の先端のように分かれている。

 人間ならば目があるはずの位置には、樹洞のような穴が空いており、眼球の代わりに、中には暗い闇が広がっていた。

 口もまた然り。歯や歯茎は全く見当たらず、中には闇が満ちていた。


 人間と似た形をしているが、どこからどう見ても、『それ』は人間ではない。

 かといって、枯れ果てた樹木でもない。

 その中間に位置する妖怪──名付けるとしたら『朽木人間(くちきにんげん)』といったところであろうか。


「……」

 朽木人間は、左右にゆらゆらと揺れ続けながら、ぽっかりと空いた眼窩で、シェリーを見つめていた。

 そして、おもむろに右手をゆっくりと持ち上げ、根のような五本の指を突きつけた。


 ──次の瞬間。

「……!」

 朽木人間の指が──伸びた。

 木が成長する光景を倍速で再生しているかのように、シェリーに向かってぐねぐねと伸びていく。


「な──っ、ぐっ!?」

 シェリーの左手首に、五本の指が蔦のように絡み付く。

 蔦は徐々に、手首から腕、二の腕へと伸びていき、シェリーの顔へと更に向かっていく。


「この……!!」

 右手のナイフで、その蔦を切断。

 腕に絡んだままの蔦を、思い切り引き剥がす。

 そして、大きく踏み込み、朽木人間の懐へと飛び込もうとする。


「……!」

 朽木人間が、左手をシェリーに向ける。

 そして──今度はその左手の指が伸びた。

 同時に、切断された右手の五指が再生。左の五指に遅れて、シェリーに向かって伸長する。

 こちらに向かって突っ込んでくるシェリーを捕えんとするために。


「──ッ!!」

 シェリーはそれを、寸でのところで躱す。

 そのまま、朽木人間の右側面に回り込む。

 その直後──

「シッ……!!」

 ──朽木人間の、がら空きになった胸元に、ナイフを突き立てた。


「喰らえ!!」

 直後、シェリーは精神を集中。

 次に、朽木人間の胸元に深々と突き刺さったナイフに、意識を移す。

 そして、そのナイフを経由して、自身の心を、朽木人間に注ぎ込もうとする。

 シェリー・タチバナがその身に宿す超能力──『D.I.T.H.(ディース)』。

 この能力を用いて、朽木人間の心の中に潜り込み、その正体と目的を探り当てた後、心を破壊するつもりであった。


 ──しかし。

「……!?」

 シェリーは違和感を感じ──その後、驚愕した。

 ──朽木人間の心に、潜り込めなかったのである。

(D.I.T.H.が……効かない……!?)

 驚愕により、シェリーの体が凍り付く。

 その隙を突き──

「……!」

「がッ!?」

 ──朽木人間が向き直り、両手の指で、シェリーの首を絡め取っていた。

 次回は、明後日の午後8時頃に更新する予定です。

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