妖花絢爛 二
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「……っ……この子に近寄るな!!」
シェリー・タチバナは、目の前に立ちはだかる存在に警告を発しながら、戦慄していた。
夜闇の中で輝いている金髪は乱れ、透き通るような白い肌には冷たい汗の粒が浮かび、両の眼窩に収まった碧眼は静かに揺れている。愛用のコンバットナイフを握る手もまた、湧き上がる畏怖で小刻みに震えていた。
──事の始まりは、数分前に遡る。
とある仕事を終えたシェリーは、暗い夜道を歩き、自宅をめざしていた。
その途中、彼女の耳が、夜道に響き渡る何者かの恐怖の悲鳴を捉えたのである。その声を耳にした瞬間、彼女は駆けだしていた。一秒でも早く、何が起こったのかを突き止めようと、懸命に手足を動かし、走り続けた。
シェリーが、悲鳴の出所であるこの場所に辿り着くと──そこには、恐怖によって気絶し、道に倒れ込んでいる少年の姿が。
そしてその前方には、悲鳴を上げる原因となったと思われる何者かが佇んでいた。
その光景を目にしたシェリーは、ジャケットの内側に隠したナイフを引き抜き、倒れている少年と謎の存在の間に割って入り、構えたのである。
そこまではよかった。
だが──。
(何なの……こいつは……!?)
シェリーは、心の中でそう呟いていた。
刃を向けた先でゆらゆらと揺れている『それ』は──
『…………』
──まるで、人間と朽木を足したような姿をしていた。
形だけならば、人間とよく似ている。腕と思しきものがあり、足と思しきものもある。そのどちらも、胴体のようなものから生えている。そして──頭部らしきパーツも。
しかし、皮膚は人間のそれではない。全身が、枯れた木の幹のようになっている。
両手と両足は木の枝のようであり、それらに生えている指も、木の枝の先端のように分かれている。
人間ならば目があるはずの位置には、樹洞のような穴が空いており、眼球の代わりに、中には暗い闇が広がっていた。
口もまた然り。歯や歯茎は全く見当たらず、中には闇が満ちていた。
人間と似た形をしているが、どこからどう見ても、『それ』は人間ではない。
かといって、枯れ果てた樹木でもない。
その中間に位置する妖怪──名付けるとしたら『朽木人間』といったところであろうか。
「……」
朽木人間は、左右にゆらゆらと揺れ続けながら、ぽっかりと空いた眼窩で、シェリーを見つめていた。
そして、おもむろに右手をゆっくりと持ち上げ、根のような五本の指を突きつけた。
──次の瞬間。
「……!」
朽木人間の指が──伸びた。
木が成長する光景を倍速で再生しているかのように、シェリーに向かってぐねぐねと伸びていく。
「な──っ、ぐっ!?」
シェリーの左手首に、五本の指が蔦のように絡み付く。
蔦は徐々に、手首から腕、二の腕へと伸びていき、シェリーの顔へと更に向かっていく。
「この……!!」
右手のナイフで、その蔦を切断。
腕に絡んだままの蔦を、思い切り引き剥がす。
そして、大きく踏み込み、朽木人間の懐へと飛び込もうとする。
「……!」
朽木人間が、左手をシェリーに向ける。
そして──今度はその左手の指が伸びた。
同時に、切断された右手の五指が再生。左の五指に遅れて、シェリーに向かって伸長する。
こちらに向かって突っ込んでくるシェリーを捕えんとするために。
「──ッ!!」
シェリーはそれを、寸でのところで躱す。
そのまま、朽木人間の右側面に回り込む。
その直後──
「シッ……!!」
──朽木人間の、がら空きになった胸元に、ナイフを突き立てた。
「喰らえ!!」
直後、シェリーは精神を集中。
次に、朽木人間の胸元に深々と突き刺さったナイフに、意識を移す。
そして、そのナイフを経由して、自身の心を、朽木人間に注ぎ込もうとする。
シェリー・タチバナがその身に宿す超能力──『D.I.T.H.』。
この能力を用いて、朽木人間の心の中に潜り込み、その正体と目的を探り当てた後、心を破壊するつもりであった。
──しかし。
「……!?」
シェリーは違和感を感じ──その後、驚愕した。
──朽木人間の心に、潜り込めなかったのである。
(D.I.T.H.が……効かない……!?)
驚愕により、シェリーの体が凍り付く。
その隙を突き──
「……!」
「がッ!?」
──朽木人間が向き直り、両手の指で、シェリーの首を絡め取っていた。
次回は、明後日の午後8時頃に更新する予定です。




