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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
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爆発死惨 二

2

 早朝──冷たく引き締まった空気に満ちた、寂れた神社の境内。

 そこで、一人の青年が鍛練に勤しんでいた。

 青木衛である。


「シッ……!」

 衛は両拳を構えた姿勢から、短い呼気と共に右手で直拳を放った。

 キレのある、鋭い拳打である。

 直後、右拳を素早く引き戻す。

 ステップインし、右に旋回。

 そこから左直拳(ジャブ)右直拳(ストレート)

 続けて左の前蹴り、そして右の下段回し蹴り(ローキック)

 ステップバックし、腕を上げてガード。

 そういった動作を、真剣な表情で何度も繰り返す。


「……?」

 衛が眉をひそめ、動作をやめた。

 一瞬、動きに違和感があったのである。

 しばらく考え、静かに構え直す。

 それから、ゆっくりとパンチを放った。

 もう一度。

 更にもう一度拳をゆっくり打つ。

「……ああ」

 違和感の正体に気付いた。

 軸の回転と拳を打ち出すタイミングがズレていたのである。

 また何度かゆっくりとパンチを放ち、動作のズレを修正する。

「……よし」

 そして、正しい動きに直せたことを確認した後、再び様々な技を繰り出し始めた。


 ──彼は現在、基礎鍛錬と体調の確認を兼ねた、シャドーを行っていた。

 ただ闇雲に技を放つのではない。

 下盤の安定。

 丹田の意識。

 体軸の統一。

 身体の連動。

 重心の配分。

 呼吸のタイミング。

 技の軌道。

 力の伝達。

 ──それらの様々な要素が上手く噛み合っているかを思考し、放つのである。

 衛の様子からは、疲労の類は一切見られなかった。

 それどころか、一発撃つ毎に拳の威力は増し、正確さは研ぎ澄まされていった。


 衛が日々行っている鍛練は、基礎の徹底強化を主軸とした内容であった。

 どれだけ実戦練習を行おうと、派手な大技を習得しようと、基礎が培われていなければ実際の戦闘では役に立たない。

 建築時に基礎工事が十分に行われなかった高層ビルが、地震で倒壊してしまうように。

 そのため、衛は応用練習以上に、基礎的な力を養う練習を大切にしてきた。

 辛く地道なトレーニングを、長年続けてきた。

 何時間も。

 何日も。

 何ヶ月も。

 何年も。


 時には、常人ならば再起不能となってしまうほどの常軌を逸した鍛錬を行ったこともあった。

 だが、衛には強い意志があった。どんな鍛練であろうと、その内容を漏らすことなく取り込み、確実に己の力にしようとする執念が。

 目の前に立ちふさがる敵を全て殴り倒し、助けを求める者を必ず救い出す──その為の力を手に入れようとする信念が。

 その異常なまでの精神力のおかげか、多くの化け物から恐れられる程の実力を、衛は身に付けたのである。


 だが、それでも衛は、己の力に納得していなかった。

 真の目的に達する為には、この程度ではまだ足りない──そう考え、現在も怠ることなく鍛練を続けているのである。

 現に今日も、衛は『強くなってみせる』という執念の下、ひたすら鍛練に励んでいた。

 油断や妥協をせず、その動作を行う上で重要な要素をしっかりと思案し、一拳一拳に心を込めて打ち込んでいた。


 その時。

「…………!」

 衛は突如、何者かの気配を感じ取った。

 妖気ではない。

 気配の正体は、闘志であった。

 しかし、闘志といっても、殺気のような殺伐としたものではない。

 試合に臨む格闘家が発しているような、真っ直ぐな闘志であった。


「……」

 それを感じ取っても、衛は突きを止めることはなかった。

 ただ黙々と、鍛練に励んでいた。

 しかし、そうしながらも、衛は気配の主を探っていた。


(……この気配は妖怪の類じゃない。一体誰だ……?)

 そう思いながら、衛は更に精神を研ぎ澄ませた。

 気配の出所は、道路から神社の境内へと続く階段──その半ばの辺りであった。

 どうやら、境内の衛の様子を伺っているらしかった。


 やがて──衛は、静かに構えを解いた。

「……ふぅ」

 その場で何度か軽くジャンプをし、ストレッチを行う。

 傍らに置いてあるペットボトルに口を付け、その場に腰を下ろした。


「……」

 目を閉じ、空を仰ぐ。

 空から降り注ぐ日光を、全身で受け止めた。

 優しい日の光が、運動後の体に心地良く染み渡る。

 そのままいつまでも日光浴を楽しみたいという感情が、心の中に湧き上がった。


 しばらくした後、衛はその誘惑を払い除けるように、目を開いて立ち上がった。

 そして、階段に顔を向けた。

「出て来いよ。俺に用があるんだろ」

 階段の中腹にいるであろう人物に、衛が声を掛けた。


 しばしの沈黙。

 その後、階段を駆け上がって来る音が、衛の耳に届いた。

 音は段々大きくなり──その男が現れた。


 ──精悍で、整った顔付きであった。

 短く切られた髪がそれに拍車を掛けており、その両目からは自信が溢れていた。

 年は衛と同じくらいであろうか。

 二十代前半の若々しさを持ちながら、二十代後半と言われても納得の出来る落ち着きを漂わせている。

 服装は、空手の道着の上にパーカーを羽織った出で立ちであった。

 背は百八十センチを超えており、全身によく鍛えられた筋肉が付いている。

 打撃系の武術・格闘技をやる者の肉の付き方であった。

 小柄な体格の衛とは違い、非常に恵まれた体型であった。


「バレてたか」

 青年が口を開く。

「そりゃあ、あんなにやる気満々の気配を出されたらな」

 衛の返答に、男がニヤリと笑った。

「悪かったよ。ウォームアップが終わるまで待っとこうと思ったんだ」

「お気遣いどうも。俺とタイマン張るのが目的なんだろ」

「話が早くて助かるぜ。ここらに強いヤツがいるって聞いたもんで、どうしても闘り合ってみたいと思ったんだ」


 そこで、青年の目が鋭くなった。

 獲物を狙う獣の目の如く、野性を孕んだ瞳になっていた。

「……で、受けてくれるかい?」

「ああ、良いぜ」

 青年の要求を、衛が承諾する。即答であった。


「へっ、ありがとうよ。まさか話がこんなにサクサク進むとはな」

 青年が嬉しそうな顔をする。

 そのまま、体をほぐすように、二、三度その場で軽く跳躍する。

「別に良いさ。勝負吹っ掛けられるのは慣れてる」

 そう言うと、衛は軽く手首を回し始めた。


 衛は以前にも、武術家から立ち合いを申し込まれたことが何度かあった。

 その度に衛は、勝負を受けていた。

 全ては、何者にも、何事にも屈しない強さを手に入れる為に。

 強くなるためならば、辛く苦しい鍛練にひたすら励む。

 闘いを申し込まれたならば、鍛練の成果を発揮し、相手の技術すらも己の物とし、これを打ち倒す。

 衛には、そんな覚悟があった。

 今回の立ち合いに関しても、その強い覚悟を胸に秘めた上で受けていた。


 衛は体の調子を確かめながら、目の前の巨漢に問い掛ける。

「俺は青木衛。あんたの名前は?」

「俺か。進藤。進藤雄矢(しんどうゆうや)だ」

 青年──進藤雄矢が名乗った。


「進藤……? もしかしてあんた、『稲妻進藤』か?」

 眉をひそめながら、衛が問い掛ける。

 その言葉に、雄矢は喜ぶような顔付きになった。

「知ってんのか?」

「ああ。武術界のことはあまり詳しくないけど、それでもあんたの噂なら聞いたことがある」

 衛が答える。

 表情は仏頂面ではあったが、内面では、相手に対する興味が徐々に増しているのを感じていた。


 ──ここ最近、武術家達の間で、とある噂が流れている。

 有名な武術家を既に何人も倒し、実戦派を謳っている道場へ次々と殴り込みを掛け、血の気の多い連中を叩きのめしている空手家がいる──と。

 その空手家は、立ち合いの際に『進藤』と名乗っていた。

 彼が放つ打撃は、どれも凄まじい威力を備えており、特にその巨体から放たれる踵落としと、その後に襲い来る追撃は、まるで落雷の如き破壊力であったという。

 その噂が広まっていく内に、彼の踵落としからの連撃は『稲妻落とし』と呼ばれるようになった。

 そこから名前を取って、『稲妻』という異名が生まれたのである。


「嬉しいねぇ。俺もとうとう有名人かい」

 そう言うと、雄矢は右手で頭を掻いた。

 その顔には、人懐っこそうな笑みが浮かんでいた。


「色んな連中が、あんたを血眼になって探してるらしいな。どうしてそこまで、他の武術家を狙ってるんだ」

 雄矢を見ながら、衛が問い掛ける。

 衛が純粋に抱いた疑問であった。

 それに対し、雄矢は軽く笑いながら答えた。

「へへ……そりゃあもちろん、闘いたいからだよ。強い奴と、楽しく勝負がしたい。ただそんだけなんだ」

「……」


「それじゃあ、おしゃべりはここまでにして……そろそろおっ始めようぜ。さっきから早く殴り合いたいって、全身が疼いて仕方ねぇんだよ」

 雄矢はそう言いながら、ニヤリと笑った。

 危険な香りが漂う笑みであった。

 身体の内で、何か熱いものが煮えたぎっているような雰囲気を漂わせていた。


「……ああ、そうだな」

 その様子を見て、衛も目付きを鋭くした。

 雄矢が構えを作ろうと動く。

 衛もゆっくりと構えを取り、そして言った。

「始めるか」

 次回は、水曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

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