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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
185/310

祖父の現影 五十九(完)

32

 ──廉太郎が眠る墓は、東條家から歩いて二十五分程の墓地にある。

 緩やかな傾斜の坂道。それを超えた先にある、天へと昇るような手摺付きの石の階段。そして、それを登り終えると現れる、いくつもの墓。その墓の中に紛れるように、東條家の墓は存在している。


 現在、東條家の墓石の前には、線香が立ててあった。線香には儚げな火が灯っており、ゆらゆらと天に向かって煙を立ち昇らせている。

 そして、墓に向かい合って佇んでいるのは、四つの人影。東條明日香、マリー、舞依──そして、青木衛である。

 四人は皆、静かに目を閉じ、両手を合わせて墓を拝んでいる。そうしながら、心の中で、孫想いの優しき老剣士を偲んでいた。

 つどいむしゃが消滅し、東條廉太郎があの世へと旅立って、二日後の今日。──この日は、東條廉太郎の命日であった。


「……おじいちゃん、ゆっくり休めてるかな」

 両手を降ろし、ゆっくりと両目を開いた後、明日香は穏やかな声で呟いた。

「長い間、明日香ちゃんの心の中で頑張ってたからねー。今頃、静かなところでゆっくりお昼寝でもしてるんじゃない?」

「ふふ……。そうかもね。おじいちゃん、縁側で日向ぼっこしながらお昼寝するの、大好きだったから」

 のほほんとしたマリーの想像に、明日香は笑いながら答えた。

「それにしても、妖怪に取り込まれたまま、一年もの間耐え続けることが出来るとは。普通の人間ならば、一月と経たぬ内に音を上げてしまうはずじゃ。いやはや……廉太郎殿は、大層心の強いお人だったんじゃろうなぁ」

 舞依が、心からの感嘆の声をこぼす。

 その言葉に、明日香は思わず、目を細めていた。

「……うん。強い人だったよ。お父さんとお母さんが亡くなっても、泣いてるあたしをずっと励ましてくれたんだ。『遠いところに行ってしまったけど、きっとお前のことを見守ってくれているよ』って。本当は自分も辛かったのにね。……本当に、優しくて強い人だったんだ」

 明日香はそう答え、静かに灯っている線香の先を見た。

 香りと共に、天へと立ち昇っている白い煙。それを見つめながら、亡き祖父と共に過ごした記憶を思い出していた。


 それから、しばらく経った後──突然、舞依がわざとらしく大きな声を出した。

「さてと!それじゃあ、墓参りも済んだところで……!わしらは一足先に帰っておるぞ!あ、衛はゆっくり帰ってきて良いぞぉ!しばらく明日香ちゃんと一緒に話しておれ!」

「え?舞依、あんたもう帰っちゃうの?何か用事?」

「このおバカ!ぬしも一緒に帰るんじゃ!ほら早う来んかい!」

「ちょっ、何す──あいたたた!耳引っ張んな!あいたたたたた!!」

 舞依がマリーの耳を引っ張り、墓地の入口の方へと強引に引き摺って行く。

 明日香はその様子を見て、目を丸くした。一方の衛は、普段通りの不愛想な表情で、人形達の様子を横目で見るのみである。

「え……?え?ま、舞依ちゃん、一体どうしたの?」

「あ、ああ!ちょいと野暮用でのう!それじゃあ明日香ちゃん、またの!」

「ぎゃあああ!千切れる!耳がちょん切れる!痛い痛い!離せ!あいたたたたた!!」

 涙目で痛がるマリー。そんな彼女の様子を気にも留めず、舞依はマリーと共に、階段を騒がしく降りて行った。


 そんな人形達の姿を、明日香と終始きょとんとした表情で見つめていた。

「……?舞依ちゃん達、どうしたんですか?」

 舞依達が階段を下り、姿が見えなくなってから、明日香は衛に問い掛けた。

「……さあな」

 衛は、静かにそう答えた。視線は既に、人形達の方から目の前の墓へと戻っている。

「多分、俺達に気を遣ってくれたんじゃねえかな。あいつ、そういうとこあるから」

「そう……なんですか?」

 明日香は、不思議そうな顔をして呟いた。そして、彼女もまた廉太郎が眠る墓に目を戻した。

 両者はしばらく、そのまま東條家の墓を見つめていた。明日香は、穏やかそうな様子で。衛は、静かに眉根を寄せながら。


「……これで、全部終わったんですね」

「…………」

 明日香が、静かに呟いた。

 彼女の真横に佇んでいる衛は、何も答えない。

「つどいむしゃは消えて……おじいちゃんも、ようやく眠ることが出来た」

「…………」

「全部……。全部、終わった……。……これで、良かったんですよね」

 明日香は、安心したように。そして、どこか寂しげな気持ちを感じながら、そう言った。


「……まだだ」


「……え?」

 明日香は思わず、横に並び立つ衛を見た。

 それまで無言であった衛が、不意に言葉を発した。肯定ではなく、否定の言葉を。

「……まだ、全て終わった訳じゃない」

「……!?どういうこと、ですか……!?」

「…………」

 驚きと、僅かな不安を表情に滲ませながら、明日香は問うた。

 衛は、しばらく考え込むように口を紡ぎ──また、口を開いた。


「……俺と君が一緒に皿洗いをした時のこと、憶えてるか?」

「皿洗い?……ああ、青木さんとあたしが、初めて会った晩のことですか?」

「ああ。あの時……君は俺に、東條先生の死因について話したんだ。『おじいちゃんの死因は、検死の結果、心臓発作だった。打撲痕については、何も触れられなかった』って」

「そうでしたね。あの時は、どうして殴られた痕に触れられなかったのか分からなかったですけど……今なら分かります。あれ、青木さんが根回しをしたんですよね?おじいちゃんが、『痕跡を消せ』って言ってたから、何とか工作を──」


「違う」


「……。……え」

「……違うんだ。俺はそこまでやってない。確かに俺は、道場から俺の痕跡を消した。血や指紋が残らないよう、出来る限りの工作はやった。それは確かだ。……だけど。『検死』については……俺は何の根回しもしていない」

「え……!?」

「日本政府内には、妖怪絡みの事件の調査や、世間に流れる情報を工作する極秘組織が存在する。最初は、その組織が勘付いて、工作したんじゃないかと思った。だが、東條先生の死の件で、その組織が動いた形跡はなかった」

「……」


「……君から話を聞いて、俺も動揺した。俺はあの時、東條先生に抗体を流し込むために、思い切り拳を胸に叩き込んだ。その一撃で、確かに胸骨を砕いたんだ。……それなのに、検死の結果が『ただの心臓発作』だ。全身の怪我について、何も触れられなかったんだ。そんなこと、あり得るはずがない」

「……そんな」

 明日香は、驚きと戦慄を感じずにはいられなかった。

 つどいむしゃの真実を知ってから、明日香は全てを知った気でいた。あの不自然な検視結果は、青木衛が何らかの方法で工作し、捻じ曲げたのだ──そう思っていた。たった今、衛からこの事実を突きつけられるまでは。


「……それじゃあ……一体、誰が……!?」

「……分からない」

 衛は頭を振り、右拳を硬く握り締めながら、答えた。

「ただ一つ感じるのは……この一件の裏では、何者かが暗躍してる。不自然なことが多すぎるんだ。検視結果の工作だけじゃない。そもそもの発端である、つどいむしゃの復活もだ。つどいむしゃは、内側から封印が破られることのないよう、厳重に封じ込められていた。だから、自力で復活するなんてあり得ない。何者かが、外側から封印を破ったとしか考えられないんだ」

「…………」


「これはあくまでも俺の予想だが……犯人はおそらく、一人じゃない。複数人、あるいはもっと大人数か」

「『組織的な犯行』……ってこと、ですか……?」

 恐る恐る、明日香が尋ねる。

 衛は、横目で明日香の様子をチラリと見て──そして、頷いた。

「……そう考えると、一番納得がいく」

「…………」

 明日香は無言で、ゆっくりと墓に目を戻した。

 そして、考えた。犯人は一体何者なのだろう──と。

 犯人は何故、つどいむしゃを復活させたのか。何故、廉太郎の死因を偽装したのか。動機も目的も、何一つ分からない。

 穏やかになっていた明日香の心に、再びざわめきが生じようとしていた。


「犯人達が何者なのか、何が目的なのかはまるで分らない。……だけど、このまま野放しには出来ない。今回のようなことが、二度と起こさないためにも」

「……そう、ですね」

 明日香の双貌が、鋭い形に変わる。

 衛の言う通り──同じことを起こさせるわけにはいかない。自分達と同じような人を、増やすわけにはいかない。そう思った。

「俺はもう少し、この件について調べてみようと思う。何か分かったら、君にも連絡するよ……。…………」

 衛はそう言い終えると、また口を閉ざし、沈黙した。

 その眉間の皺は、先程よりも深いものになっており、右拳の震えは、全身へと広がっていた。何かを堪えているような──そんな様子であった。


「……けど、その前に」

 しばらくして、衛が再び口を開いた。

 同時に、明日香の方へと向き直る。

「……?」

 明日香もまた、衛の方へ向き直る。そして、衛の様子を不思議そうな顔で見た。


「その前に……。……やり残したことがある」

「え……?」

「…………」

 衛が、視線を下に落とした。己の足元。そこに広がる、石畳の敷かれた地面を見た。

 ギリギリと、衛が歯軋りをする。自身の中から溢れ出そうとしているものを、衛は抑えかねていた。もはや、我慢の限界であった。

「『やり残したこと』って、何ですか……?」

「……君への、謝罪だ」


 次の瞬間──突如、衛が地面の上に座り込んだ。胡坐ではない。正座の姿勢である。そして、両手を地面に付け、額を叩き付けるような勢いで頭を垂れた。

 ──土下座であった。

「……!?な……あ、青木さん!!」

 衛のその行動に、明日香は一瞬呆然としてしまった。

 そして一拍ほど時が空いた後、明日香は慌てて、衛の傍にしゃがみこんだ。

「や、やめてください、青木さん……!どうして土下座なんて……!」

「……俺が、自分を赦せないからだ」

 明日香は必死に衛の肩を揺さぶり、土下座を止めさせようと訴える。

 しかし、衛は一向に顔を上げようとしない。冷たい石畳に額をつけたまま、震えた低い声をこぼしていた。


「俺は……。俺は、取り返しのつかないことをした……!君のおじいちゃんを、この手で殺してしまった……!それだけじゃない、俺は逃げたんだ!証拠を消して、謝罪すらしないで、君から逃げたんだ!!もし、つどいむしゃがあのまま甦らなかったら、俺は君に謝ることすらしなかった……!謝らないまま、君から逃げ続けることになっていたはずだ……!俺には、先生の死を悲しむ資格も、涙を流す資格もない!!……だから俺は、自分が赦せないんだ……!こうでもしねえと……俺は君に、顔向け出来ねえんだ!!」

「……!青木……さん……」

 衛の言葉に、明日香は思い出した。廉太郎に真実を告げられた時に悟った、衛の罪の意識のことを。この一年間、衛が自分を責め続けていたことを。

 そして衛は、今も罪の意識を感じ、苦しんでいる。つどいむしゃが消えた今も、その罪悪感は消えることなく、衛の心を蝕んでいる。彼の今の姿を見た明日香には、それがハッキリと分かった。


「明日香ちゃん……。本当に……本当に……!申し訳ありませんでした……!!」

 衛は土下座したまま、謝罪の言葉を絞り出した。

 自身の罪を責める意識と、明日香の家族を奪ってしまったことを悔いる意識。それらが、衛の声に溢れんばかりに込められていた。


「……青木さん」

 明日香が、衛に語り掛ける。優しく、諭すような口調で。

「……顔を上げてください。私の目を見て」

「……え……?」

 その言葉に、衛がゆっくりと顔を上げる。そして、明日香と目を合わせた。

 ──明日香には分かった。衛の両の瞳に、虚無の闇が広がっていることが。怒り、苦しみ、悲しみ、そして──絶望。それらが生み出した負の闇が、衛の心の奥底まで続いていることが。


「……もう、自分を責めるのはやめてください」

「…………」

「悪いのは、つどいむしゃなんです。青木さんは、何も悪くないんです。青木さんは、おじいちゃんを助けようと、必死に闘ってくれた。ただ、それだけ。青木さんには、何の罪もないんですよ」

「……違う……!俺は結局、東條先生を救えなかった……!君の家族を奪ってしまった!」

「ううん……青木さんは、助けてくれたじゃないですか。つどいむしゃに取り憑かれていたあたしと、取り込まれたおじいちゃんを助けてくれた。そして、別れの挨拶をする時間をくれた。……青木さんは、確かにあたし達を助けてくれたんですよ」

「で……でも……俺は……!」

 衛は頭を振り、尚も懺悔しようとした。決して尽きることのない、永遠に増殖を続ける罪の意識を、吐き出そうとしていた。


 その衛の両肩に、明日香は両手を乗せた。

「……それでも、青木さんが自分を赦せないと言うのなら……。青木さんの代わりに、あたしが青木さんを赦します」

「え……?」

 明日香は寂しげに笑いながら、衛にそう言った。

「青木さんはこの一年間、あたしとおじいちゃんのために苦しんでくれました。おじいちゃんは、『全て忘れていい』って言ってたけど……それでも青木さんは、忘れないで苦しんでくれました。……そして、あたしとおじいちゃんを助けるために、命懸けで闘ってくれた。……青木さんは、立派に罪滅ぼしをやり遂げたんです。……それでいいんです。それだけで、充分なんです。……だから、青木さん」


 明日香は、伝えた。衛に伝えたかった言葉を。命を懸けて闘ってくれた恩人に、どうしても伝えたかった言葉を。

「もう……我慢しないで良いんですよ」

「……!」

 その言葉に──明日香を見つめる衛の両目が、大きく見開かれた。


「青木さん、真面目だから……何となく、分かります。青木さん、『自分は泣いちゃいけない』って思ってるでしょう?」

「…………」

「『悲しむ資格がない』なんて言わないで。おじいちゃんは、青木さんを本当の孫みたいに想ってた。青木さんも、おじいちゃんを大切にしてくれていた。だから、青木さんは悲しんでいいんです。涙を流しても、いいんですよ」

「…………」


 衛が、再び視線を落とした。それから、ゆっくりと顔も下向きになる。

「……いい……のか……?」

 衛が呟いた。小さい声であったが、声の震えは大きい。

「はい。いいんです」

 明日香は、微笑を浮かべながら答えた。

「……そうか……。……いいのか……。………………。…………もう……いいんだな…………」

 衛は、そう言った。ぽつり、ぽつりと。同時に、二つの雨の粒が、石畳を打った。

 否──雨粒ではない。それは、衛の両目からこぼれたものであった。


「……俺は……俺は、もう……」

 声の震えが、また大きくなった。

 言葉の合間に、鼻を啜る音が混じった。

 そして、衛は──我慢を、止めた。


「……泣いても……いいんだな……!」


 固く閉じた瞼の隙間から、大粒の涙が零れ落ちる。一年もの間堪え続けた涙。一年もの間に膨れ上がった悲しみ。(せき)を切ったように、それらが衛の中から溢れだした。


 衛が男泣きする姿を、明日香は微笑を浮かべたまま見つめていた。その目の端には、うっすらと涙が浮かんでいた。一度瞬きをすると、その溜まっていた涙は、静かに明日香の頬の上を流れ落ちていった。


 両者はしばし、そのまましゃがみこんでいた。

 しゃがみこんだまま、その場で涙を流し続けていた。


 そして──長いようで短いような時が過ぎた。


「……それじゃあ、俺はもう行くよ」

 衛は歩きながら、隣の明日香にそう告げた。

 その表情は、相変わらずの不愛想なものであった。しかし、まだ涙の跡の残るその顔は、僅かに──ほんの僅かにではあったが、憑き物が落ちたような、すっきりとした表情になっていた。

「君はどうする?」

「あたしは……」

 衛に尋ねられ、明日香は僅かに考える。

 彼女の顔には、もう不安げな様子はない。かつてと同じ──祖父が亡くなる前と同じ、穏やかな表情であった。

「……あたしは、もう少しここにいます。おじいちゃんと、二人っきりで話がしたくって」

「そうか。……なら、ここでお別れだな」

 衛はそう言うと、下へと降る階段の前で立ち止った。それを見て、明日香も同様に立ち止る。


「青木さん……。本当に、ありがとうございました」

 明日香は改まり、丁寧にお辞儀をしながら礼を言った。

 それを見た衛は、静かにかぶりを振った。

「礼を言わなきゃいけないのは、こっちのほうさ。……何だか、軽くなった気がする。君のおかげだ」

 衛はそう言うと、一度言葉を区切った。

 そして──眉根を寄せ、再び真剣な表情で話し始めた。


「……話を蒸し返すようで悪いけど……。明日香ちゃん、くれぐれも注意してくれ。敵の正体も目的も、全く分からない。もしかしたら、連中が君を狙いに来るなんてこともあるかもしれない」

「はい、分かりました」

 衛の忠告に、明日香もまた、真剣な様子で頷いた。

「青木さん……あたし、もっと頑張ります。もっともっと稽古を積んで、剣も心も強くなってみせます。自分の身を守るためだけじゃなくて……。大切な誰かを守れるくらいに」

「そうか……。頑張れよ、明日香ちゃん。自分だけじゃなく、他の人を守るっていうのは、すごく大変だからな」

 明日香の決意に、衛は激励を返した。その顔には、何かを懐かしむような表情が浮かんでいた。


「……何かあったら、いつでも連絡をくれ。必ず行く」

「はい。青木さんも、何かあったらあたしに連絡してくださいね。あたし達、おじいちゃんの──東條廉太郎の、孫なんですから」

 明日香はそう言いながら、はにかむような笑みを浮かべた。

 その顔を見た衛は、一瞬きょとんとした表情になった。次に、僅かに考え込むように眉根を寄せ──それから、控えめに、ぎこちない笑みを浮かべた。錆び付いたエンジンを久しぶりに動かしたような──そんな笑顔であった。


「……それじゃあ、また」

「はい。また今度」


 その挨拶を最後に、衛は振り返り、階段を降り始めた。衛は、一度も振り返らなかった。階段を降っている間も、降り終えて、緩やかな坂道を歩き始めた時も。衛は、前だけを向いて、前へと足を踏み出し続けた。

 明日香は階段の上から、衛のその姿を見つめていた。階段を降り、坂道を降り、徐々に小さくなっていく衛の姿を、微笑を浮かべたまま見つめていた。


「…………」

 衛の姿が見えなくなってから、明日香は無言で顔を上げ、天を仰ぎ見た。

 青空──晴れ渡った空であった。

 海のように澄んだ青い空と、ほんの僅かに浮かんでいる白い雲。それが、明日香の見上げる先に、どこまでも広がっていた。

 どこまでも。どこまでも、ずっと──。


「…………」

 明日香は空を仰いだまま、両目を閉じた。そのまま、ゆっくりと深呼吸をする。

 息を吐き出しながら、明日香は再び、両目を開いた。

 そして、目の前に広がる青空を見つめたまま、にっこりと微笑み、呟いた。


「今日も、良い一日になりますように」


                                       第十話 完

 今回をもちまして、このエピソード『祖父の現影』は完結です。

 ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。


 気が付くとこのエピソードは、一年以上にも及ぶ最長エピソードとなってしまいました。

 その間の投稿頻度の低下、1パートの文字数の減少、ストーリーや設定に生じる矛盾など、皆様には数多くのご迷惑をお掛けしてしまいました。この場を借りて、深くお詫び申し上げます。

 しかしながら、このお話を読んで下さった皆様の心に、少しでも何かが残せたのならば幸いです。


 さて、これからは今後の活動についてのアナウンスです。

 次回のエピソードの投稿についてですが、先日からお伝えしておりました通り、一端休載期間を設けたいと思っております。

 この休載期間の間に、次のエピソードを書き貯めを行おうと思っております。

 また、休載期間に、以前投稿した『登場人物紹介』の7~10話版や、魔拳の設定に関するコラム等を投稿してみようかと考えております。

 魔拳に関する謎を解明する上で、必要な情報のいくつかを公開予定ですので、どうぞお楽しみに。

 連載を再開する時期については、現時点では不明です。早ければ一ヶ月以内。遅くとも三ヶ月以内には……と考えております。

 連載を再開する際には、こちらの後書きへの追記や、活動報告、ツイッター等でアナウンスさせて頂きます。


 ちなみに、次回のエピソードに関しては、簡単なプロットだけは完成しております。

 予定では、『架空の都市伝説』というのをテーマにしたホラー物となる予定です。

 長さは、今回のような長編ではなく、久しぶりに短編となります。ご期待ください。


 また、活動報告やツイッターで報告しておりましたが、読者の方からとても素敵なファンアートを頂戴いたしました。『登場人物紹介(1~6話)』に掲載致しておりますので、是非ご覧ください。


 それでは皆様、ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。

 次回のエピソードも、どうぞよろしくお願いいたします。

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