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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 五十七

【前回のあらすじ】

 つどいむしゃとの一騎打ちの最中、明日香は祖父の言葉を思い出す。

 その言葉によって、明日香は焦りと動揺を打ち払い、自身の実力を発揮。つどいむしゃに大きなダメージを与えることに成功した。

 怒りに震えるつどいむしゃ。その時、衰弱したつどいむしゃの霊体から、これまでに取り込んだいくつもの霊魂が溢れ出した。

 その霊魂の群れの中から、明日香は灰色の霊魂を見出した。その霊魂を目にした瞬間、明日香は確信した。

「おじいちゃんの、魂!!」

 明日香は、思わずそう叫んでいた。

『……あ……明日……香……!』

 彼女の叫びに応じるように、灰色の霊魂が、今にも消え失せてしまいそうな声を発した。

 その声は紛れもなく、明日香の祖父にして、師でもある老人の声であった。


『『『シ……しマッた……!もドれ、アマたノつワモのドもよ……!』』』

 大きく歪んだ人型の影が、そう叫びながら、宙に左手を掲げた。その左手から、黒く妖しい光が零れ始めた。

 それと同時に、道場を泳ぐ霊魂達が、掲げられた黒い手の光に、ゆっくりと吸い寄せられていく。まるで、ブラックホールに小惑星が吸い寄せられているかのような光景であった。


 ただ一つ、廉太郎の霊魂だけは、他の霊魂達とは異なり、つどいむしゃに吸い寄せられなかった。つどいむしゃの誘いを拒むかのように、震えながら宙に浮き、耐え続けていた。

『『『こシャくナ……!アらがウな、トウじョう……ッ!!』』』

 つどいむしゃの左手のブラックホールが、更に力を増した。同時に、周囲の霊魂が吸い寄せられる速度が加速する。

『ぐ……おおお……っ……!!』

 廉太郎が呻いた。その魂はより大きく震え始め、ゆっくりとつどいむしゃの下へ吸い寄せられ始める。


 このままではマズい──そう思い、明日香がつどいむしゃに斬り掛かろうとした、その時であった。


『『『……ガッ!?』』』

 つどいむしゃが叫び、硬直した。まるで、金縛りにでもかかったかのように、ピクリとも動かない。

 同時に、左手の暗黒の光も消え失せ、霊魂の吸引活動も停止した。その時点で、吐き出した魂の半数は再び取り込むことが出来ていたが、廉太郎を含む残りの半数は、未だに道場内に漂っていた。


『『『な……ナにが……ッ!?』』』

 声を震わせながら、つどいむしゃがそう呟いた。自身の身に起こっている理解不可能な現象。それに対する疑問が、その呟きに色濃く表れていた。


 そんなつどいむしゃの背後──道場の隅に、二つの小さな人影があった。

 片方の人影は、疲弊したようにその場に座り込んでおり、それをもう片方の人影が支えていた。

「やった!ナイスよ舞依!」

「ふ……はは……!機を待った……甲斐があったな……!」

 二つの影──マリーと舞依が、それぞれ声を発した。

 両者は、少し前にこの道場内にこっそりと忍び込み、明日香とつどいむしゃの一騎打ちの様子を伺っていたのである。つどいむしゃの隙を見つけ、妖術を撃ち込むために。


「くく……無様なものじゃのう……!金縛りをかける立場であるはずの悪霊が、まさか逆に金縛りをかけられるとはな……!」

『『『グ……!コ、の……むシケらドもが……!!』』』

 舞依の煽りに、憤怒の声を上げるつどいむしゃ。

 しかし、その霊体は未だに、舞依の妖術にて縛り付けられたままである。


 今が好機──明日香は決断的に、悪霊へと思い切り踏み込んだ。

「はああああっ!!」

『『『な──ぶァッ!?』』』

 閻魔弐式と残像が、つどいむしゃの胴体に喰らいついた。

 朧げな霊体に激しいノイズが生じ、その姿を更に大きく掻き乱す。

「でやあああっ!!」

『『『グぁッ!?』』』

 ──刃を反し、もう一度振り抜く。

 閻魔がつどいむしゃを斬り裂き、影が魂達の繋がりを断ち切っていく。


『『『グ……や、ヤメよコムスめ……!コれハイッキウちデあるゾ!おぬシ、かよウなマネをおこナってマデ、わレワれを──』』』

「黙れええええっ!!」

『『『グォぉぉォッ!?』』』

 つどいむしゃの命乞いの言葉が、明日香の怒号と斬撃によって掻き消された。

 苦痛に喘ぐつどいむしゃ。しかし、そんな姿を見ても、明日香は攻撃の手を緩めたりはしなかった。

 殺伐たる剣の舞が、つどいむしゃを斬り散らす。明日香の怒りの怒号が、つどいむしゃを責め立てていく。

 悪夢と真実に怯えていた少女など、そこにはいない。そこにいるのは、未熟ながらも確固たる信念を持って剣を振るう、祖父にも劣らぬ鮮烈なる一人の剣士であった。


「おじいちゃんに──!」

『『『あガァァっ!?』』』

「あたしの家族に──!!」

『『『ォ、ゴぉッ!?』』』

「指一本、触れるなあああああっ!!」」

『『『ガァアアアアアッ!?』』』


 つどいむしゃが叫び、よろよろと後退った。

 その体に生じるノイズの激しさは、最高潮に達していた。頭部は既に頭部の形をしておらず、腕は足となり、足は腕と化している。

 もはやその姿は、人の形にあらず。その正体と本質に相応しい、おぞましき異形の怪物の姿であった。


 そして──

『『『ウ──ボッ!?グアアアアアッ!!』』』

 ──悲鳴と共に、つどいむしゃの体が四散した。

 取り込まれていた剣士の魂が弾け飛び、道場銃を満たしていく。右手に持っていた太刀は宙へ舞い、激しい音を立てて床に叩き付けられる。


 しかし──それでもまだ、つどいむしゃは消滅してはいなかった。

 道場内を飛び回る、無数の霊魂。その中に紛れるように、一際どす黒く染まった、大きな魂が浮かんでいた。

 つどいむしゃの核となった存在、真島新之助。その霊魂が、明日香と対峙していた。


『オ……オ、オ……!ユル……サヌ……!ユルサヌゾ……コムスメ……!!』

 つどいむしゃが──否。新之助が、怨念に染まった声を放った。

 憎しみと共に吐き出される、凄まじい殺意。それが空気へと伝わり、ビリビリと震えさせている。

 震えているのは、空気だけではない。床に落ちた刀もまた、激しく震えている。それに共鳴するように、弾け飛んだ霊魂達もまた、大きく震え始めていた。

『オヌシハノガサヌ……!!ソノカラダハ、ワタシガイタダク……!オヌシノココロヲジワジワトムシバミ……!カナラズヤワガモノニシテクレル……!!カクゴイタセ……トウジョウノチヲツグコムスメヨ……!!』

 つどいむしゃがそう言い終えると同時に──床の上で震えていた太刀が、ゆっくりと浮かび上がった。

 太刀は徐々に上へと昇りながら、その刀身に、黒い妖気を帯び始める。

 そして、目の高さほどの位置でピタリと静止し、明日香にその切っ先を向けた。


「…………」

 明日香は臆することなく、鋭い目で完全を睨みつけた。

 そして、両手で握っていた刀を、右手に持ち替えた。

「…………」

 明日香は、目の前の霊魂と太刀から目を離すことなく、ゆっくりと構え始めた。

 体は半身で、左足を前に、右足を後ろに。

 右手の刀を、右肩の上に、担ぐように乗せる。

 空となった左手は、こちらを狙っている太刀と、その背後の大きな霊魂に向ける。

 祖父に教わって以来、長年に渡る鍛錬を経て身に付いた構えである。


 ──以前から、不思議な技だとは思っていた。

 全身を使って放つ、大振りな斬撃。渾身の力を込めた、強力な一撃。しかし、それが外れれば、大きな隙が生まれる。敵に見切られてしまえば、たやすく避けられ、その隙にこちらがやられてしまう。

 そんな技が、果たして実戦で使えるのだろうか──何度も何度も、明日香はそう思った。そうやって疑問に思いつつも、何度も何度も反復してきた。


 しかし──今の明日香には、この技の真意が理解できた。

 この技は、現影身の力を活かすために生まれたのだということが。現影身と同時に繰り出すことで、真の力を発揮することが出来るのだということが。


 だが、明日香はこの技の修練は毎日行っていたが、現影身と同時にこの技を放ったことは一度もない。

 ──果たして、上手くいくのだろうか。自分には、この技の真価を発揮することが出来るのであろうか。

 そんなことを考えてしまい、、明日香の心身が、徐々に緊張を始めようとしていた。


 ──その時であった。

『……明日……香……!』

「……!」

 背後から、廉太郎の声が聞こえた。自身の記憶の中の声ではない。廉太郎の魂が発した声であった。

 明日香は、振り返りたくなる衝動をグッと堪え、眼前を睨み続けた。そうしながら、廉太郎の声に、静かに耳を傾けた。

『……自分を……信じろ……!』

(……『自分を』……?)

『私には分かる……!お前の努力が……!日々の鍛錬を怠らず、常に信念を込めて剣を振り続けたことが……!!』

(…………っ!)

 明日香の全身から、力が湧いて来る。とても熱く、決して冷めることのない力──歓喜の力が。

 祖父がずっと見ていてくれたことが。祖父が信じてくれていることが。明日香にとって何よりも嬉しく──何よりも強い力となっていた。 

『自分を、信じろ……!信念を燃やし、剣を振り抜け……!!』

「……!はい──!」

 祖父の激励に、明日香は凛とした声で返事をした。

 

 ──その一言を最後に、道場は静寂に包まれた。

 明日香も、廉太郎も、マリーも舞依も。つどいむしゃ──真島新之助と、取り込まれた霊魂達も、一言も声を発しなかった。

「…………」

 明日香は、構えを決して崩さぬまま、分身のイメージを脳裏で作り上げている。

『…………』

 廉太郎は、そんな孫の姿を、背後で見守っている。

「…………」

 マリーは、何か自分に出来ることはないかと、歯痒そうな表情で目の前の光景を見つめている。

「…………」

 舞依は、僅かな妖術を使う体力すら尽きた己を恨むように、下唇を噛みながら、じっとどす黒い霊魂を睨んでいる。

『…………』

 新之助は、その場に浮いたまま、動かない。ゆらゆらと揺れる灯火のごとく、僅かに揺れ動いてはいるが、移動はしていない。宙に浮いたまま、明日香の行動に備えている。周囲の火の玉達も、同様の様子であった。


 張り詰めた空気が、この場を支配している。空間内に広がっている無音。その奥から聞こえる、何者かの僅かな息遣い。次の瞬間、何が起こるのか。誰がどうなるのか。予想しても決して分からぬ、永遠に続くような緊張の時。


 それを先に打ち破ったのは──

「………………!!」

 ──明日香の足音、そして、翻る道着の音であった。

「──!!」

 腰を、全身を、思い切り右へと捻る。

 そうしながら、左手を柄に添え、力まぬように握る。

 明日香の視界の端に、廉太郎の霊魂がチラリと映った。


『……!!』

 一瞬遅れ、つどいむしゃが動いた。

 明日香に向かって投出すべく、太刀にまとわり付いた妖気を素早く練り上げる。


「っ……!」

 明日香は捻りの溜めを使い、今度は左へと捻る。右の捻りよりも速く、勢いがある。

 そして、刀を持つ両手を動かす。全身と刃から生じる影は、今までよりもずっと多い。その意図はただ一つ。周囲の敵を斬り散らすために。


『ハ──!』

 新之助が、僅かに嘲笑した。いくつかの霊魂を、明日香に向かって放つ。

 そして、更に妖気を太刀に込める。

 明日香との間合いはまだ遠い。まだまだ太刀に妖気を送る。


「ッ──!!」

 左への捻りによって、正しい向きへと戻ろうとする腰。

 その刹那、明日香の右足が動いた。

 前へ。ただ前へ。

 こちらへ放たれた霊魂を避け、生じた影の刃で消し飛ばす。

 もっと前へ。更に前へ。敵が居座る、ずっと前へ。


『……ナ!?』

 新之助が驚愕した。

 明日香の踏み込みは速く──そして、長い。

 予想以上の、凄まじい踏み込みであった。

 焦ったつどいむしゃは、周囲に漂う霊魂を放った。

 明日香の正面を、側面を、そして背後を、無数の霊魂が襲う。

 しかし──既に遅かった。


「せい──!!」

 口から迸る咆哮と共に、明日香の刃が唸りを上げた。

『ヒッ──!?』

 慌てて太刀を放とうとする新之助。

 閻魔弐式の袈裟斬りがそれを喰らい──床に弾き落とす。


 そして、その袈裟斬りに続いて──

「──やァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 ──二十数体もの現影身が、袈裟斬りで周囲を薙ぎ払った。


『ギャアッ!?』

『ギェッ!?』

『ウゴッ!?』

 影の刃の大嵐が、周囲の霊魂を斬り散らす。

 二つ。三つ。七つ。影の刃を喰らい、バラバラになって消し飛んでいく。

 無数に浮いていた魂が、無数の影によってあの世へと送られていく。


 そして──現影身の最後の一体が、道場から消えた。

「…………」

 明日香は、袈裟斬りを終えた格好のまま、ピクリとも動かない。

 その周囲には、一体も霊魂は存在しない。全て現影身が斬り散らした。ただ二つ──明日香を後方で見守っていた東條廉太郎と、彼女の眼前に浮かぶ、真島新之助の霊魂を除いて。

 しかし──真島新之助は、この袈裟斬りの餌食となっていた。影の袈裟切りに斬られたのではない。明日香自身が放った袈裟切り。それが太刀を弾き飛ばすのと同時に、新之助の魂もまた、斬られていたのである。


 これぞ、東條流剣術が誇る大技──その名も、『大三日月(おおみかづき)』。

 大振りな袈裟切りを放ち、生じた影で隙を消しつつ幾度も斬り付ける技。

 現影身との併用で真価を発揮する、東條廉太郎の得意技であった。


『……………………。…………バカナ…………』

 新之助の霊魂から、小さな声が響いた。

 恐怖と絶望が入り混じった、虚無の声であった。

『ソンナ……バカナ……。ナニユエ……オレガ……マケタ……!?』

 それと同時に──黒い霊魂に、斜めに引かれた線のような光が生じた。

 それこそが、閻魔弐式が描いた、袈裟斬りの軌跡で合った。

『……ナニユエ……ナニユエ、オレガキエネバナラン……?……オレハ……ツヨサガ……テンカガホシカッタ……ソレダケダトイウノニ……!ナニユエ……!?』

「…………」

 明日香は、答えない。

 答える義理など、明日香にはなかった。


『イ……イヤダ……オレハ……!イヤダ!イヤダ!!シニタクナイ!!ナニユエオレガ!!シニタクナイ!!イヤダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 凄まじい断末魔の声が響き渡った。

 どす黒い大きな火の玉に、荒々しいノイズの群れが沸き起こる。同時に、地面に叩き付けられた粘土の玉のように、酷く歪み始めた。

 ぐちゃぐちゃに。べちゃべちゃに。もはや魂とはとても言えぬような、奇妙な姿へと変形していく。

 そして、ノイズが霊魂を八つ裂きにし──空気に溶けるように、姿が薄れていった。


 それが、真島新之助の──数多の剣士達の魂と生涯を奪い去った、つどいむしゃという邪悪な妖怪の、真の最期であった。

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