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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 五十六

『『『──おおおッ!!』』』

 つどいむしゃが振り下ろす刃が、明日香の頭部を狙う。

 空気を斬り裂くほどの勢い。直撃すれば、頭部は割れた西瓜と化す。

 しかし──明日香は冷静であった。

「──!」

 ──すらり。

 迫る刃を、明日香は滑らかな動きで逸らしていた。


『『『!?オオオッ!!』』』

 つどいむしゃの動きが、一瞬止まった。明日香が攻撃を捌いたことに驚いたのである。

 しかし、瞬時に意識を切り替え、明日香の首筋を狙って袈裟に斬り込む。


「っ……!」

 明日香は僅かに回り込むような足捌きで移動。つどいむしゃの側面に移動して躱す。

『『『フンッ!!』』』

 つどいむしゃは刃を反し、彼女を追うように刀を振る。

 首を狙った、高い位置を進む斬撃。

 明日香はそれを、低い姿勢になりながら回避。敵の現影身が消えるのを待ち、一呼吸分間を置いた後、攻めるか否か迷った末、つどいむしゃの胴を斬り裂くべく踏み込む。

「っ──!!」

『『『ぬおっ!?』』』

 つどいむしゃは飛び退き、明日香の刃を間一髪のところで回避した。

 踏み込みが甘い──明日香は、己を叱咤した。もっと早く、深く踏み込んでいれば、一撃を喰らわせることが出来たはずであった。



 ──恐怖に呑まれるな。恐怖に呑まれれば迷いが生まれ、迷いはやがて死を招く。瞬時に決断し、即座に行動しなさい──。



 祖父の教えが甦る。

 先ほど、明日香は一瞬躊躇してしまった。踏み込むか、それとも相手の次の攻撃に備えるか。その判断に迷った結果、一呼吸分の猶予を相手に与えてしまったのである。

(恐怖に……呑まれるな……!)

 祖父の教えを、明日香は心の中で復唱する。

 

『『『おおっ──!!』』』

 それと同時に、つどいむしゃが動いた。

 霊体から黒い影を放出しながら、明日香に向かって袈裟懸けに刀を振り下ろす。

「──!」

 明日香は一歩分飛び退き、それを躱した。彼女の前方を、実体の刃と影の刃が駆け抜けていた。


 続け様、つどいむしゃは刃を反し、明日香の胴体を一閃しにかかる。

 それを明日香は、斬妖刀を用い、最小限の動きで弾いた。

『『『な!?』』』

 刀が弾かれたことにより、つどいむしゃの現影身は途切れ、懐ががら空きとなった。

(恐怖に……!呑まれるな!)

 明日香は即断した。同時に、思い切り前方へ踏み込む。そして、つどいむしゃの隙を突き──

「はっ!!」

 ──横薙ぎに一閃した。

 黒い軌跡を描きながら、閻魔弐式と、それに追随する二体の残像が、つどいむしゃの胴体に抉り込んだ。

『『『ぐおっ!?『ギエエッ!?』『ギャアアッ!?』』』』

 つどいむしゃの霊体から、二つの霊体が切り離され、消滅した。


「……ッ!!」

 明日香は刀を反し、苦悶するつどいむしゃに更に斬り込もうとする。

 ──が、つどいむしゃは痛みを堪え、すぐに体勢を立て直した。

 そして、迫る明日香の刃を、己の刀の鍔で受け止めた。

『『『おのれ……っ!!』』』

 怨霊は恨みのこもった声を上げる。

 そして、そのまま鍔迫り合いに持ち込もうと、両手に力を込め──


(今──!)

 ──その時、明日香は己の刀から、相手が負荷を加えて来る気配を感じ取った。

 直後、力の向きを正確に読み取り、刀で方向をずらしながら回り込む。

『『『ぬおっ!?』』』

 鍔同士による支えを失ったつどいむしゃは、思わずバランスを崩し前傾になる。

 明日香は、そんなつどいむしゃの背中に、閻魔の刃と黒い影を叩き込んだ。


『『『ご──『ガアッ!?』『オゴッ!?』』』』

 つどいむしゃから更に魂が剥がれ、消滅した。

 その霊体は、背後の光景が透けて見えるほどに薄れ始めていた。


『『『く……!おおおっ!!』』』

 つどいむしゃはまた咆哮を上げ突撃、明日香に向かって斬り掛かった。

「──!」

 明日香は斬妖刀で、敵の刃を丁寧に受け流す。そして、続けて襲い来る影の刃を、こちらの影の刃で相殺し、打ち消していく。

 つどいむしゃの太刀筋は、先ほどまでのそれとは大きく異なっていた。単調、尚且つ力任せ。これまでの凄まじさが消え失せ、酷く精彩を欠いたものになりつつある。

 焦っている──明日香は、そう判断した。

 追い詰められようとしていると感じたつどいむしゃは、明日香の刃をこれ以上受けぬよう、必死になっているようであった。


 しかし、明日香は決して気を緩めなかった。

 記憶の中に、かつての祖父の言葉があったから。



 ──勝利を確信しても、決して油断をするな。結果というものは、未来にあるものだ。未来は予想出来ても、現実がその予想通りになるとは限らない。最後の最後まで、気を緩めることなく闘い続けるんだ──。



 こちらがいくら追い詰めようとも。いくら優勢であろうとも。勝負の行方は、最後の最後まで分からない。勝敗が決するまで、剣を振り続ける。油断も慢心もせず、ひたすら意志を燃やし続け、剣を操り続ける。それこそが、廉太郎が教えてくれた、立ち合いの心構えであった。


『『『っかああああッ──!!』』』

 つどいむしゃが、刀を大きく振りかぶった。

 明日香は構え、敵の攻撃に備える。

 直後──

『『『どりゃあああっ!!』』』

 ──怒号と共に放たれる、大振りな唐竹割り。


「──」

 明日香はそれを、ギリギリまで引き付けた。

 そして、刃が皮膚に触れようとした刹那──

(今!)

 ──羽のようにひらりと躱し、身体から残像を振り撒きながら、つどいむしゃの懐へ勢いよく飛び込む。

「っ!」

 床を踏みしめると同時に、閻魔の切っ先を、眼前の霊体の腹部に突き刺す。

『『『ごお『げぇっ!?』『ギッ!?』ぉっ──!?』』』

「くっ──!!」

 刃を反し、胸元を裂きながら刃を抜く。

 ──続けて、小さく袈裟切り。

「フンッ──!!」

『『『がぁ『ギャ!?』『ボゴッ!?』ぁっ──!!』』』

 ──胴を真横に一閃。

 ──左腰から右肩に掛けて斜めに斬り裂く。

 そして──頭頂部から股間までを、斬妖刀で勢いよく斬り抜いた。

「りゃあああっ!」

『『『ご──があ『ギャア!!』『アアア!!』『『アアッ!!』ああああっ──!!』』』』


 つどいむしゃが、後方へ大きくよろけた。

 閻魔と残像によってつどいむしゃから切り離された霊魂達が、次々に消え去り、黄泉路へと旅立っていく。

 その度に、つどいむしゃのおぼろげな体が、蜃気楼のように大きく揺らぐ。


『『『……お……ノれ……!よく、モ……この……こムス……め、が……!!』』』

 つどいむしゃが、息も絶え絶えにそう吐き捨てた。

 霊体の揺らぎは更に大きくなり、保っていた人の形も、徐々に不定形になりつつあった。

『『『オもいアがるな……!おぬシなど、ショせンはたダのにンゲンにすギぬ……!ニンげンふゼイが……ニンゲんをこエたわレワレに──』』』


 その時であった。

『『『──ハむかウなド……ッ!?グ、が!!あがああアアアッ!?』』』

 つどいむしゃが、身を捩り苦しみ始めた。

 霊体に大きなノイズが生じ、こねくり返された粘土の如く形が歪んでいく。

 そして──

『『『アが……!ガアアアッ!?』』』

 ──つどいむしゃの霊体から、幾つもの黒い霊魂が溢れ出た。

 短時間の内に霊魂を大量に失ったことにより、つどいむしゃは酷く衰弱した。人の形を保つことも困難となってしまうほどに。そしてその結果、取り込んでいたはずのいくつかの霊魂が、つどいむしゃの意志に反して、霊体から溢れてしまったのである。


「……!」

 明日香は構え直したまま、そのゾッとするような光景を見つめていた。無数の黒い霊魂の群れが、道場の中をおたまじゃくしのように泳ぎ回るその光景を。

 そして──目を見開いた。

 黒い霊魂の群れの中に──たった一つだけ、不自然な霊魂があった。

 その霊魂は、灰色の姿をしていた。他の霊魂達が真っ黒に染まっているのに対し、その霊魂だけは、黒く染まることを拒んでいるような──そんな印象を、明日香は抱いた。

(まさか……!)

 明日香は直感し、そして確信した。

「おじいちゃんの、魂!!」

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