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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
180/310

祖父の現影 五十四

『な──!?』

 こちらに迫り来る衛の圧に、剣三郎が気圧される。

 大太刀を改めて構え直すが、その手は紛れもなく震えていた。

 恐れてしまったのである。衛が放っている膨大な抗体の輝き。そして、それを遥かに上回る、おびただしいほどの憎悪と殺気に対して。

『お──おおおおおおっ!!』

 それでも剣三郎は、何とか大太刀を振り上げた。

 怒涛の勢いで突進してくる衛を、一刀両断するために。


 しかし──衛の方が、圧倒的に速かった。

 剣三郎が得物を振り上げた刹那──

『オオオオオオオオオオオオッ!!』

 ──がら空きになったその腹部に、強烈な右の突きを叩き込んでいた。

『ご──!?』

 大砲の如きその威力に、思わず剣三郎が苦悶の呻きを上げた。

 その影の体に、またしてもノイズが生じた。

 しかし、先程のような微弱なノイズとはまるで違う。

 人の形を保てず、そのまま消滅してしまうのではないかと思わせるほどの、凄まじいノイズであった。


「っがあああ──!!」

 そのまま衛は、剣三郎の腹部に左ストレートを。

 更に、顎に向かって右アッパーを叩き込んだ。

『ぐ──がぁ──!?』

 顎を打ち抜かれ、剣三郎の巨大な影が、一瞬宙に浮いた。

 地を離れた両脚が、再び地面を踏み締める。

 それと同時に、衛は体を回転させ、右の後ろ蹴りを打ち込んだ。

『ご……ほォッ……!?』

 体内の空気を思い切り吐き出しながら、剣三郎がよろよろとのけ反った。

 苦痛に悶え苦しむその姿は、ノイズによって今にも崩れ去りそうなほどに歪んでいる。

 衛の体から噴き出した膨大な抗体が、妖気で出来た影の体を分解しようとしていた。

 

『クソッ──タレがアアアッ!!』

 弟を守るべく、剣次郎が低い姿勢で疾走する。

 そうしながら、衛の背中を狙い、小太刀を構えた。


「──!」

 衛は、自身を狙う剣次郎の気配を感じ取り、素早く振り返った。

『でりゃァァアッ!!』

「っ……!」

 剣次郎が、頭部を狙って真横に小太刀を振る。

 衛は振り返ると同時に、それをスウェーバックで回避。

 続け様に襲い来る、斜め上からの斬撃。

 それが首に達するよりも速く、衛は剣次郎に向かって踏み込む。

 そして、固く握り込んだ右拳を、剣次郎の顔面に叩き付けた。

『ぶッ!?』

「っ!!」

『ご──!』

「──らァッ!!」

『がァッ!?』

 剣次郎の腹部に、衛の左ボディブローが。左のこめかみに、右の上段回し蹴りが炸裂。

 全身に砂嵐の如く激しいノイズを生じさせながら、剣次郎は横に吹き飛んだ。

 衛は更に、吹き飛んだ剣次郎を睨みつけ、低い姿勢をとった。剣次郎に追撃を加え、その息の根を完全に止めるつもりであった。


 その時──衛の背後に、迫る影が一つ。

 影の正体は、剣一郎。切断された両腕の代わりに、太刀の柄を口で咥えて固定し、疾走していた。

『グッ、ゥゥ──!!』

 獣の如き唸り声が、剣一郎の口から漏れ出ている。

 両腕を失った今の彼には、このような方法でしか闘えない。

 ──だが、それでも良い。剣を振るうことさえ出来れば、それで良い。

 弟達を守り、魔拳を討ち取ることさえ出来れば、どんなに見苦しい闘い方でも構わない──剣一郎は、そう考えながら、懸命に足を動かした。


『グ……!』

 剣一郎が、低い姿勢になりながら、思い切り右へ腰を捻る。

 連続の攻撃はもはや不可能。渾身の一撃で、衛の両脚を断ち切る以外にない。

『ァ、グァァッ──!!』

 咆哮と共に、剣一郎は右足で踏み込み、捻った腰を左へと回す。

 そして、渾身の力を込め、口に咥えた刀を、横薙ぎに振るった。


 ──だがしかし。

『!?』

 刀のなぞった軌道上に、衛の姿はなかった。

 背後の気配を察知した衛は、素早く剣一郎へと向き直ると、短く跳躍し、斬撃を回避したのである。

「でやぁっ!!」

 衛は跳躍姿勢のまま、宙で右の前蹴りを放つ。

『おごッ!?』

 衛のつま先が、動揺している剣一郎の顎を、真上に蹴り上げた。

 その衝撃で、剣一郎が咥えていた太刀が上空へと舞い上がる。

「ッ──!」

 大きく踏み込み、水月付近を狙って左右のワンツー。

 両腕を失った影に、それらを防ぐ(すべ)などない。

『ぶッ、が!?』

 二度の凄まじい衝撃。

 背中から倒れようとしていた剣一郎の体が、大きく『く』の字に折れ曲がる。

「ダアアッ!!」

『ァ──ガ──!!』

 大きくよろめく剣一郎の胴体に、衛は更に両拳の連打を見舞っていく。

 二発。

 三発。

 四発。

 五発──。

 機関銃の如き連打が、剣一郎を正確に打ち抜いていく。

 その度に、剣一郎の黒い影の姿は、ノイズで荒れ、薄れ、歪な形に変貌していく。


『やめろおおおおっ!!』

 怒濤の打撃を放ち続ける衛に向かって、巨大な影が走り寄る。

 三兄弟の三男、剣三郎である。

『兄者を!殺らせはせんぞおおおっ!!』

 敬愛する長兄を殺させまいと、魔拳に対する恐怖を堪えながら大太刀を振り上げる。

 そして、未だに猛攻を続ける衛の首筋に狙いを定め、斜めに斬撃を放つ。


「はぁッ!!」

 衛は振り返りながら、強烈な右の上段後ろ回し蹴りを打ち込んだ。

『がっ!?』

 竜巻の如き一撃が、大太刀を弾いた。

 よろける剣三郎。

 衛は右足を後ろに下ろすと、腰を低く落とし、半馬歩で構える。


 直後、歩型を素早く弓歩へと切り替えながら、渾身の右冲拳を突き込んだ。

「フンッ!!」

『が──!?』

 剣三郎が、仰け反りながら後ずさった。


 衛は更に、後ろに位置していた右足で前に踏み込み、左の冲拳を放つ。

「フンッ!!」

『ご──!?』


 ──左足で踏み込み、右冲拳。

「フンッ!!」

『おご──!?』


 ──左冲拳。

『ぐ、げ──!?』


 ──右冲拳。

「フンッ!!」

『ぇ、おげっ──!?』


 ──左冲拳。

 ──右冲拳。

 ──左冲拳。

 衛は、前へ前へと踏み込みながら、強烈な冲拳を叩き込む。

 それを受ける度に、剣三郎は影の身体を崩しながら、後方へと仰け反っていく。


 その時──ようやく剣次郎が、抗体を受けた苦痛から回復した。

『グ……ッ……?……!!』 

 頭を振り、周囲の状況を確認しようとし──そして、目の当たりにした。

 魔拳の手によって、剣三郎が今にも消滅しかねないほど痛めつけられている光景を。

『クソッタレがァァァッ!!』

 剣次郎の怒りの怒号が響いた。

 同時に、衛に向かって突撃。

 無我夢中で走りながら、右手に握った得物を突き出した。

 その小ぶりな刀の切っ先が、未だに剣三郎を殴り続けている衛の脇腹に、ずぶりと突き刺さった。

「…………」

 ──衛の動きが、止まった。

 先ほどまでの、鬼神の如き恐るべき猛攻。それが今では、嘘のように静まり返っていた。

『ご……が……!』

 打撃の雨から解放された剣三郎が、膝から崩れ落ちる。

 そのままうつ伏せに倒れ、自身の身体に残ったダメージに苦悶した。


『死、ね……ェエエエッ……!!』

 憎悪を両手から注ぎ込みながら、ぐりぐりと小太刀を動かす。

 小太刀に力を込め、更に肉を突き破ろうと試みる。

 だが──

『……!?ク……ソ……!』

 ──刃は抉り込まなかった。

 衛の肉に突き刺さっているのは、刃先から三センチほどのみ。それ以上、刃が通る感覚はない。

 衛は、筋肉を思い切り締め、刃を防いでいた。分厚いコンクリートの壁に、刃物を突き立てたような感覚。それだけが、剣次郎の手の中に伝わって来た。


「…………」

 衛は無言のまま、剣次郎の方へ首を動かした。ほんの僅かに。

 代わりに、瞳が大きく動き、剣次郎を捉えた。

 ──ゾッとするほどの禍々しい憎悪が、瞳から絶えず零れていた。

『……ッッ……!!ひ──』

 剣次郎の口から、引き攣った声が漏れそうになった。

 それよりも速く、衛の裏拳が、剣次郎の顔面を薙ぎ払っていた。

『ぎゃッ!?』

 剣次郎の体が吹き飛び、地面に叩き付けられた。

 影で出来た頭部が抗体によって歪み、不定形になりつつあった。


『うっ……グ……クソ……クソ……!』

 ぎこちない動きで、剣次郎が立ち上がろうとする。

 苦痛と恐怖で、影の体が震えて、力が入らない。

 それでも剣次郎は、必死に立ち上がった。

 恐怖をひたすらに堪えながら、魔拳を迎え撃つべく、消えかかった闘志を再び呼び覚まそうともがいた。


『…………!!』

 だが──立ち上がった直後、またしても剣次郎の体は凍り付いていた。

 顔を上げると、目の前にその存在があったのである。

 おぞましい灼熱の炎に身を包んだ、魔拳・青木衛の姿が。


「──ッ!!」

 衛が右手を手刀の形にし、構えた。

 睨みつけているのは、剣次郎の胸元。

 その目的は、誰が目にしても明らかであった。

 当然、右手で剣次郎の心臓を抉り抜くためであった。

「ウオオオオオッ!!」

 衛が叫び、貫手を放つ。

 空気を突き破りながら、刃物よりも鋭利で恐ろしい右手は、剣次郎の胸へと突き進んでいった。


『──ッッ!!』

 剣次郎は、己の視界に浮かぶ光景が、スローモーションになったように感じた。

 あの時と──先の戦で、衛に両目を抉られたあの瞬間と同じように。

 避けることも、防ぐことも出来ず、剣次郎はその光景を、ただ見続けることしかできなかった。


 ──しかし、その時。


『っ、おおおおッ!!』

『!?』

 衛と剣次郎の間に、何者かが割って入っていた。

 その人影は、剣次郎を己の背で庇うように、衛の前に立ち塞がった。

 そして──肘から先が消え失せた両腕を広げながら、衛の貫手に、胸を刺し貫かれた。


 人影の正体は──長兄、剣一郎であった。


『……!!……ぁ……が……』

『……あ……兄……貴……!!』

 剣次郎は震える声で、眼前の兄の背中に声を掛けた。

 その背中からは、剣次郎を抉っていたはずの貫手が、痛々しく生えていた。

『殺ら……せ、は……せん、ぞ……ォォォッ……!!』

 剣一郎が、声を絞り出した。

 今にも息絶えそうな声ではあったが、その声には、強い意志の力が漲っていた。

 弟を守り抜こうとする、兄としての想いが。


「おおお──おおおオオオオオッ!!」

 衛が叫ぶ。

 同時に、全身を包む抗体の輝きが、一層強いものとなる。

 抗体の光は、右腕から刺し貫かれている剣一郎の影の体にも、侵食し始める。

 まるで、松明に灯った炎が燃え移ったかのように。

『う……!がッ!!ぐわァアアアアッ!!』

 剣一郎が絶叫を上げた。

 全身が抗体の炎に焼かれ、これまでの比ではないほどに歪み始めた。


「っ──ぉぉぉ……!!」

 衛は唸り声を上げ、右手と同様、左手も手刀へと変える。

 そして、剣一郎の胸──右手が埋まっている箇所の隣へ、素早く突き刺した。

 更に、両の掌を捩じって外側へと向け、思い切り力を込める。

 そうやって、剣一郎の胸を、強引にこじ開けた。

『ぁ……ッ!!が!?ぅ、ガアアアアアアアアッ!!』

 全身を焼かれる激痛と、胸に風穴を空けられる苦痛。

 それらが混ざり合い、剣一郎に二度目の死の感覚をもたらした。

『……ご……が……わ……我が……屍を、越え行け……!剣次郎……剣三郎……!』

『あ、兄貴……!』

『ぐ……あ……兄者……っ!』

 兄が口にしている遺言。それを聞き、恐怖に呑まれていた剣次郎は、目を見開いた。

 苦痛に苛まれていた剣三郎も、立ち上がり、敬愛する長兄のその姿を目にした。


『後は……任せたぞ……!さらばだ……我が、弟達よぉおおおおおっ──!!』

「おおおおおおおおおおっ!!」

 衛は、両手に最大限の力を込めた。

 剣一郎の胸の穴を、上に、下に、縦長に開いていく。

 そして、そのまま──剣一郎の影を縦に引き裂き、真っ二つにした。

『おおおおおおおおおおおっ!!』

 断末魔の叫びが、夜闇に木霊した。

 二つに分かれた剣一郎の体は、そのまま抗体によって焼き尽くされ──そして、消滅した。


『あ、兄貴……!兄貴ィイイイイイッ!!』

『ぐ……!おおおおおおっ!!よくも一郎兄者をおおおおおおおおおおっ!!』

 怒りに駆られた剣三郎が、大上段に大太刀を振り上げながら、衛に向かって突進する。

 冲拳の痛みなど忘れていた。兄を失った痛みの方が、まだずっと辛いものであったから。

『くたばれぃぃぃぃっ!!』

 剣三郎が、大太刀を振り下ろす。

 その斬撃はやはり、彼が最も得意としている唐竹割り。これで、衛を脳天から真っ二つにし、剣一郎と同じ無惨な姿に変えてやるつもりであった。


「──ッ!!」

 その時、衛が一気に踏み込んだ。

 剣三郎の懐に飛び込み──大太刀を振り下さんとしている両手を掴み、受け止めて見せたのである。

 ──先の戦と、同じように。

『な……っ!?』

 剣三郎は、手から伝わる抗体の痛みを堪えながら、驚愕した。

 そして、以前のことを思い出し、刀に力を込めることをやめた。あの時のように、こちらの力を利用され、体勢を崩されるのではないかと思ったのである。

「おおおおおっ!!」

 その時、衛が叫び、両腕に力を込めた。剣三郎の両腕を、思い切り握り締める。

 そのまま、腰を大きく捻り──

「でりゃアアアアアアアッ!!」

『──ッ、ぐわあああああああっ!?』

 ──大太刀を握ったままの剣三郎の両腕を、思い切り引き千切った。

 痛みに苦しむ剣三郎を無視し、衛はそのまま、腕ごと奪い取った大太刀を握る。柄に絡み付いた影の両腕を、気にも留めずに。


「うおおおおお──!」

 両手の小指と薬指に意識を集中させながら、抗体を送り込む。

 みるみるうちに、抗体は大太刀を伝っていき──やがて、刃が赤色の輝きを放ち始めた。まるで、マズルから炎の舌を伸ばしている、火炎放射器のように。

「──ッ!!」

 衛は、蜻蛉の構えをとった。

 そして、一呼吸の後──

「アアアアアアッ!!」

 ──全身の筋骨をフル稼働させ、剣三郎の影を、袈裟懸けに斬り付けた。

『が──!?』

 剣三郎の影は、左肩から腰へと、斜めに斬り付けられていた。

 巨大な影の体が切断され、抗体に包まれる。

「オオオオオオオッ!!」

『ごわっ──!?』

 更に刃を返し、横薙ぎの斬撃。

 影が、更に細かい形に斬り分けられる。

 衛は、斬撃の勢いを殺すことなく、その場で一回転し、加速をつける。

 そして──

「セイヤァアアアアアアアアアアアッ!!」

 ──剣三郎の右肩から左腰を、思い切り斬り裂いていた。

『お……の……!れぇえええええっ──!!がああああああああああああああああっ!!』

 剣三郎の、怒りに満ちた怒号。それが、彼の断末魔であった。

 巨大な影は、最期まで怒りと屈辱を感じながら──抗体によって分解され、消滅していった。


『…………』

 次男は、その光景を、愕然と見つめていた。自身の弟が、魔拳によって二度目の死を迎え、消えていく光景を。

 そして、足元の『それ』を見た。

 太刀──兄が、先ほどまで使っていた刀を。

 それを見た瞬間──委縮していた剣次郎の心が、カッと熱くなった。

『……ッ!』

 剣次郎は、小太刀を左手で持ち、右手で太刀を拾った。

 太刀の柄を握った瞬間、自身の恐怖が、怒りで塗り潰される感覚がした。

 それをかんじながら──剣次郎は、ゆっくりと立ち上がった。


『……よくも、兄貴とサブを殺りやがったな』

 そう呟き、両手が握るそれぞれの刀を構えた。

 ──怒りに任せて突撃するような真似はしなかった。そんなものは通用しない。先の衛との闘いで、身を以て知っていた。

『……仇討ち。やらせてもらうぜ』

 ──闘えるのは、自分一人。残されたのは、自分一人。逃走は許されない。構え太刀三兄弟の名に懸けて、魔拳を討ち取る──剣次郎の頭の中には、それしかなかった。


「……やってみろ」

 淡白な調子で、衛はそう吐き捨てた。

 その体からは、未だに抗体の輝きが放たれており、手にした大太刀も赤光に包まれている。

 衛は、その大太刀の切っ先を剣次郎に向け、構えた。


「……来い……チンピラ野郎……ッ!!」

『オオオオオッ!!』

 剣次郎が応え、一気に駆け出した。

 衛が持っている大太刀は、リーチが長く、開いた間合いでの打ち合いに長ける。しかし、密着した状態での立ち回りならば、剣次郎の持つ二振りの方が小回りが利く。

 故に剣次郎は、衛の懐に素早く踏み込み、両手の刀で衛を血祭りに上げるつもりであった。


「ふんっ──!!」

 迫り来る剣次郎に向かって、衛は斜めに小さく斬り込む。

 剣次郎は、それを回り込んで回避。更に踏み込む。

「クッ!」

 衛は刃を反し、大太刀を横に振った。

 剣次郎はそれを右の太刀で受け止める。 

 そこから、大太刀をレールのように用い、太刀を滑らせる。

 そして、小太刀を突き出しながら、勢い良く飛び込んだ。

『でやァッ!!』


「チッ!!」

 衛は、剣次郎の左手に向かって、右の膝を打ち込んだ。

『グッ!』

 剣次郎の左手の軌道がずれた。

 掴んだ小太刀の刃は、衛の頬を僅かに裂き、通り過ぎる。


「っ──」

 衛が大太刀を動かす。

 鍔で受け止めている、剣一郎の右手の太刀。

 衛はそれを脇へと逸らしながら、右の肘を、剣次郎の顔面に打ち付けた。

「オラッ──!!」

『ぶっ──!?』

 剣次郎が、顔面をノイズで乱しながら仰け反った。


 その一瞬の隙に、衛は左足を移動させながら、逆時計回りに回転する。

 そして──

「ふんッ!!」

 周囲の全てを薙ぐような勢いで、大太刀を横に振るった。

『なッ!?』

 肘打ちのダメージを耐えた剣次郎の視界に、大太刀の刃が映った。

 驚愕しながらも、彼は右手の太刀で、これを防ぐ。

『グッ!?』

 右手に走る凄まじい衝撃。

 剣次郎は堪えきれず、太刀が弾かれる。


「おおおおお──!!」

 衛は動きを止めなかった。もう一度大太刀を振りながら回転し、勢いを加速。赤い輝きが、独楽のような円を描く。

 そして、その勢いのままに──

「オ……──ラァアアッ!!」

 ──唸りを上げる大太刀を手放し、剣次郎に向かって投擲した。


『うおッ!?』

 顔を目掛けて迫り来る、燃え盛る赤い流星。

 それを剣次郎は、上体を反らすようにして、間一髪のところで回避。

 その隙に──無手の衛は、剣次郎に接近。

「せいッ!!」

 まだ衝撃の痺れが残る剣次郎の右手に、渾身の蹴りを放った。

『しまッ──!?』

 太刀がはね飛ばされ、宙を舞った。


 拾いに行く暇などない──剣次郎はすぐさま、左の小太刀で応戦する。

『っ──ラァッ!!』

「──!」

 衛はスウェーバックし回避。

 元の体勢に瞬時に戻り、剣次郎の顔面に、左ジャブを見舞う。

「ッ!!」

『ぶっ……!ハァッ!!』

 剣次郎は怯まず、斬撃を繰り出した。

 衛の左腕が出血。

 赤い血が、一瞬噴き出した。


「フンッ──!!」

 しかし、衛もまた怯まない。

 風を切るような右フックを放ち、剣次郎の左手に直撃させる。

『ッ──!』

 激痛が走り、左手の力が抜けた。

 小太刀を落としそうになり──すかさず、右手で掴み取る。

 そして、衛の懐に飛び込み──

『オオオッ!!』

 ──心臓部を目掛け、思い切り突き出した。


「──ッ!!」

 衛はその刃を、赤い光と黒い手袋に包まれた左手で、辛うじて掴み取っていた。

 対妖怪専用打撃サポートグローブ、『黒鋼改(くろがねかい)』。パンチの際に返って来る拳へのダメージを限りなくゼロにし、ある程度ならば、鋭利な刃物からも守ってくれる効果もある。

 しかし、そんな特性を備えたグローブでさえも、衛の握力と刃の鋭さの張り合いには耐え切れなかった。グローブは裂け、内部の衛の指も裂け、血が滴っている。


 しかし衛は、怒りと憎しみで、痛みを堪えていた。

 剣次郎が付き出した刃と、それを受け止める衛の左手。両者の力は拮抗し、震えている。

 衛は、空いている右手を手刀へと変え、天高く掲げた。

 その手刀からは、抗体が聖火の如く立ち上っている。だがその輝きの色は、聖火のような澄んだ炎ではなく、禍々しい血の色である。

 衛はその手刀を思い切り振り下ろし──

「でやァアアアアアアッ!!」

 ──小太刀を握る剣次郎の右手を、速やかに切断した。


『グ──!?』

 剣次郎が呻いた。

 衛は、左手に握った小太刀を、まだ絡み付いたままの剣次郎の右手ごと、脇へ投げ捨てる。

 そして、剣次郎の顔面に、渾身の右拳を叩き込んだ。

「ハッ──!!」

『が──!?』


 更に、指の裂けた左手を思い切り握り締め、ボディブローを放つ。

「でやぁっ──!!」

『ぐ──っ!?』


 ──一歩踏み込み、右のハイキック。

「フンッ!!」

『が!?』


 ──もう一度左ボディ。

 ──右ボディブロー。

 ──左ローキック。

『が──ぐ──アッ──!?』


 ──左ジャブ。

 ──右ストレート。

 ──左ストレート。

 ──右フック。

 ──左アッパー。

『う──ッバ──アガッ──ガァッ!!』

 嵐の如き怒涛のコンビネーションを受け、剣次郎が苦悶の叫びを上げた。

 影で作られた体は、端から徐々に千切れ始め、所々が崩れていた。

 抗体をまとった打撃によって分解され、人の形を保つのも限界であった。


「でぃぃぃやァッ!!」

『ぉ──ゴォ……ッ!!』

 衛は右足で力強く踏み込みながら、剣次郎の左脇腹に、右拳を捻じ込んだ。

 体内へと潜り込む、禍々しき形のコークスクリューブロー──瓦稜螺旋拳。

 それが、剣次郎の脇腹に、巨大な風穴を空けていた。


『ご……が……』

 遂に──剣次郎の体から、力が抜けた。

 両足が痙攣を起こし、地面に膝を付きそうになる。

 だが──剣次郎の膝が、地面に触れることはなかった。

 触れる直前、衛の左手が剣次郎の首を鷲掴み、思い切り引き起こしたのである。


『ぁ……ぐ、ガァ……!!』

 衛の抗体が、剣次郎の首へと燃え移る。

 抗体は徐々に、剣次郎の首から全身へと拡散し、彼の体を包み込んだ。

『あ、グ……ごぉ……っ……!!……こ……これ、で……終わ、り、だと……思うな、よ、こッ、この、クソ、ガキィッ……!!』

 剣次郎は苦悶の声を漏らしながら、衛に呪いの言葉をぶつけた。

 抗体によって火だるまのようになり、分解されながらも、それでも剣次郎は、心の中に貯め続けた憎しみを、衛に叩き付けようとした。

『……オ……オレら、は……まッ、また、戻っ、て来る、からなァ……!何が……何でも……!絶対ェ、甦、って……!てめェや、他の、ニンゲ、ン……共を……!かッ、必、ず──!!』


「黙れ……!!」

 その時、衛の喉から、唸り声が響いた。

 左手に更なる力を込め、剣次郎の首をねじ切らんばかりに締め上げる。

『──ッ!──ゴ──ァ──ギィ──!!』

 剣次郎の言葉が途切れ、代わりに苦し気な声が零れ始めた。

 その顔面を、鬼の如き形相で睨みつけながら、衛は右拳を力強く握り込んだ。


「貴様らのような外道は──!」

 衛の全身の輝きが、右腕を伝い、その先の拳へと収束し始める。まるで、太陽を包み込んでいる灼熱の炎のように。

 衛はその拳を掲げ、剣次郎の顔へと狙いを定めた。

 そして──

「とっとと地獄へ行きやがれェエエエエエエエエッ!!」

 ──剣次郎の顔面に、渾身の力で叩き付けた。


『──!!』

 ──断末魔の叫びを上げる間すらなかった。

 剣次郎の頭部は、衛の渾身の一撃に触れた瞬間、跡形もなく弾け飛んでいた。

 衛が左手を離すと、残った剣次郎の影が、地面に崩れ落ちた。それも、抗体によって急速に分解されていき、ほんの数秒で消滅した。

 壮絶な戦場となった、東條家の庭。そこに残ったのは、青木衛、ただ一人であった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ──うっ、げ、おげぇ……!」

 衛はその場に跪き、激しく嘔吐した。口から、吐瀉物の混じった赤黒い血液が、どろどろと零れ始めた。

 衛はしばらく、その場でしこたま吐き続けた。吐瀉物と一緒に、自分の内臓を吐き出してしまいそうな勢いであった。

 しばらくすると、ようやく嘔吐が収まった。しばしそのままの体勢で、激しく呼吸を繰り返した。

 ある程度落ち着いた呼吸になるのを見計らって、ゆっくりと立ち上がる。


 全身が酷く痛む。吐き気もまだ続いている。意識は朦朧としており、暑いのか寒いのかも分からない。

 しかし、そんなことなどどうでも良かった。

 ──明日香。廉太郎。そして助手達。現在、衛の頭の中に在るのは、それだけであった。

「……クッ」

 一歩歩くだけで、軋むような激痛が全身を駆け抜ける。

 しかし、その程度で音を上げるつもりなどなかった。休むことなど許されない。全てが終わるまで──否、終わったとしても、休むわけにはいかない。

 一歩一歩、確実に。衛は、静まり返った道場に向かって歩き始めた。

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