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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 五十二

『フン……そう来なくてはな』

『ああ……!ここであっさり死なれちまったら、俺らがこの世に留まってた意味がなくなるからなァ……!』

『覚悟せよ、小僧……!楽に死ねると思うなよ!』

 三兄弟が、刀を構える。

 そのままじりじりと、衛に向かってにじり寄る。


「…………」

 衛もまた、無言で距離を詰めようと試みる。

 その最中も、自身の感情を高め、心の炎に投げ込み続けていた。


 ──明日香は今、道場の中でつどいむしゃとの立ち回りを繰り広げている。

 マリーと舞依は、明日香のもとへと向かっている。

 構え太刀三兄弟と立ち合っている最中に、衛は助手たちに合図を送っていた。

 少しでもいいから、明日香を手助けしてやってくれ、と。

 故に、衛を援護する者はない。

 この状況を、自力で切り抜けなければならない。


 しかし──衛の心には、緊張も諦観もなかった。

 やることはいつも通り、何も変わらない。

 ──目の前の敵を、確実に仕留める。

 心の中にあるのは、敵に対する狂おしいほどの憎悪。

 そして、目標へ食らい付く執念と、揺るぎなき信念のみ──。


「……!来い!!」

『『『応!!』』』

 衛の一声と同時に、三兄弟が動いた。


『行くぞォオオオッ!!』

 先陣を切ったのは、剣次郎であった。

『うぉオオオオオオオ──!!』

 荒々しい掛け声と共に、衛に向かって突進。

 それを見た衛は、集中力を高めつつ待機。ギリギリまで引き付けて、迎撃を行う構えである。

 ──接触まで、あと四歩。

 三歩。

 二歩──


『オオオオ──なァンてなァッ!!』

 ──その時、剣次郎が跳躍。

 構えている衛の頭上を、軽々と飛び越える。

「!?」

 衛が目を見開く。

 その瞳に、こちらへと迫る黒い影が映り込んだ。

 剣次郎の背後に隠れて接近していた、剣一郎の姿が。


『イィアアアアアッ!!』

 耳をつんざかんばかりの咆哮。

 そして襲い来る、必殺の袈裟斬り。

「……!」

 迎撃不可能──そう判断した衛は、左へと跳ぶ。

 回避完了──しかし。


『おおおおああああっ!!』

 そこには、剣三郎の巨大な影が。

『轟ォオオオオオオッ!!』

 怒号と共に発揮される怪力。

 それにより振り下ろされる大太刀。

「糞が!!」

 衛は右の股関節に力を込め、右脚を大きく振り上げる。

 そして、頭上の大太刀の鍔を、踵で蹴り上げた。


『ぬおっ!』

 かち上げられる大太刀。

 がら空きになった剣三郎の胴体。

 そこに衛は、渾身の右直拳(ストレート)を叩き込む。

「フンッ──!!」

『ご!?』

 よろめく剣三郎。

 その姿が再び、微弱なノイズによって乱れる。


 その間にも、背後からは剣次郎が迫っていた。

 素早く疾走し、衛の背中に刃を突き刺そうとする。

「く──!うらァッ!!」

 衛は疲労をはね除けるように叫びながら、左の後ろ回し蹴りを放った。

『ぶッ!?』

 剣次郎の顔面を、踵が捉えた。

 ノイズを生じさせながら、剣次郎がよろける。


 その時──

『せやぁっ!!』

 ──気合いの掛け声と共に放たれた剣一郎の刃が、衛の背中を斜めに斬り裂いた。

 赤い血飛沫が舞い、地面を赤く染めていく。

「ぐ──!」

 衛の口から、苦悶の声が漏れそうになる。

 しかし──

「っ──あああああっ!!」

 ──衛はそれを堪え、代わりに怒りの咆哮を迸らせた。

 同時に放たれる、振り返りながらの左裏拳。

 しかし──剣一郎には避けられ、空しく空を切った。


『おああっ!!』

 そこから剣一郎は、低い姿勢で横薙ぎに刀を振るう。

 切っ先が、衛の右大腿部を横に裂く。

「ぐうっ……!!」

 衛が呻いた。

 骨には達していない。

 が、痛みで力が上手く入らない。


『ゥおらァッ!!』

『喰らえぃっ!!』

 更に、次男と三男の襲撃。

 それらに対し、衛は対応することが出来なかった。

 対応できるほどの体力は、もはや衛の体には残されていなかった。

「っ……が……!?」


 ──衛の全身が、三兄弟の刃によって、次々に斬り裂かれていく。

 皮膚が裂け、血管が千切れ、全身が真っ赤に染まっていく。

 それでも衛は、心の炎を絶やすことはなかった。

 それどころか、憎しみの蒔を更にくべ続け、更に大きな炎へと変えようとしていた。

(……思い出せ。こいつらがやったことを)

 斬り付けられ、激痛に苦しみながらも、衛は己自身に、そう言い聞かせた。

 そうやって、構え太刀三兄弟の悪行に対する憎悪を引き出しながら、己の中の炎を、更に大きく燃え上がらせようとしていた。

 しかし──衛の内面で湧き上がる激情に反比例するかのように、全身は大きく傷つき、動きは緩慢なものになっていく。

 回避はおろか、防御すら行うことが出来ない。

 徐々に、衛が死へと近付いていく。

 意識は朦朧となり、自分の体が自分のものでないような感覚すら湧き上がって来る。


 ──そして。

『合わせろ!!』

『『応ォッ!!』』

 剣一郎の掛け声に、弟達が応じる。

 同時に、衛への攻撃を止め、彼から一歩分間を空け、その場で構えた。

 そして、次の瞬間──


『『『オオオオオオッ!!』』』


 ──衛の周囲に、凄まじい風が吹き荒び──


「……!!」


 ──衛の全身から、鮮血が迸った。


「……っ……ご……ぼ……!」

 その直後、衛の口から、赤黒とした血が吐き出される。

 ズタズタに裂けた、鮮血に塗れたジャケットを、更に汚していく。


 ──これぞ、『構え太刀の陣』。

 三兄弟が取り囲み、呼吸を合わせ、旋風のような速さで標的の全身を引き裂く。

 先の戦で衛によって打ち破られた、三兄弟の必殺の陣形であった。


「…………ぉ……ご…………」

 衛は、薄れゆく意識の中で、両拳を構えようと試みた。

 しかし──出来ない。

 両腕の傷が深く、言うことを聞かない。

 腕のみではない。全身が言うことを聞かない。

 全身には裂傷が刻み込まれ、それらのどこからも、おびただしいほどの血が流れている。

 血が流れるごとに、衛の中に在った力と命が消えていく。


 ──そして、遂に。

「……………………」

 衛は、力なく両膝をついた。

 肩が落ち、両腕がだらんと垂れる。

 歪んでいた表情も、徐々に無へと変わっていく。

 瞳の焦点も合わなくなり、瞳孔が開いていく。

 そして、瞳から生が消え失せた時──

「…………………………………………」

 ──衛は、ゆっくりと。

 ゆっくりと、頭を垂れた。

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