祖父の現影 五十二
『フン……そう来なくてはな』
『ああ……!ここであっさり死なれちまったら、俺らがこの世に留まってた意味がなくなるからなァ……!』
『覚悟せよ、小僧……!楽に死ねると思うなよ!』
三兄弟が、刀を構える。
そのままじりじりと、衛に向かってにじり寄る。
「…………」
衛もまた、無言で距離を詰めようと試みる。
その最中も、自身の感情を高め、心の炎に投げ込み続けていた。
──明日香は今、道場の中でつどいむしゃとの立ち回りを繰り広げている。
マリーと舞依は、明日香のもとへと向かっている。
構え太刀三兄弟と立ち合っている最中に、衛は助手たちに合図を送っていた。
少しでもいいから、明日香を手助けしてやってくれ、と。
故に、衛を援護する者はない。
この状況を、自力で切り抜けなければならない。
しかし──衛の心には、緊張も諦観もなかった。
やることはいつも通り、何も変わらない。
──目の前の敵を、確実に仕留める。
心の中にあるのは、敵に対する狂おしいほどの憎悪。
そして、目標へ食らい付く執念と、揺るぎなき信念のみ──。
「……!来い!!」
『『『応!!』』』
衛の一声と同時に、三兄弟が動いた。
『行くぞォオオオッ!!』
先陣を切ったのは、剣次郎であった。
『うぉオオオオオオオ──!!』
荒々しい掛け声と共に、衛に向かって突進。
それを見た衛は、集中力を高めつつ待機。ギリギリまで引き付けて、迎撃を行う構えである。
──接触まで、あと四歩。
三歩。
二歩──
『オオオオ──なァンてなァッ!!』
──その時、剣次郎が跳躍。
構えている衛の頭上を、軽々と飛び越える。
「!?」
衛が目を見開く。
その瞳に、こちらへと迫る黒い影が映り込んだ。
剣次郎の背後に隠れて接近していた、剣一郎の姿が。
『イィアアアアアッ!!』
耳をつんざかんばかりの咆哮。
そして襲い来る、必殺の袈裟斬り。
「……!」
迎撃不可能──そう判断した衛は、左へと跳ぶ。
回避完了──しかし。
『おおおおああああっ!!』
そこには、剣三郎の巨大な影が。
『轟ォオオオオオオッ!!』
怒号と共に発揮される怪力。
それにより振り下ろされる大太刀。
「糞が!!」
衛は右の股関節に力を込め、右脚を大きく振り上げる。
そして、頭上の大太刀の鍔を、踵で蹴り上げた。
『ぬおっ!』
かち上げられる大太刀。
がら空きになった剣三郎の胴体。
そこに衛は、渾身の右直拳を叩き込む。
「フンッ──!!」
『ご!?』
よろめく剣三郎。
その姿が再び、微弱なノイズによって乱れる。
その間にも、背後からは剣次郎が迫っていた。
素早く疾走し、衛の背中に刃を突き刺そうとする。
「く──!うらァッ!!」
衛は疲労をはね除けるように叫びながら、左の後ろ回し蹴りを放った。
『ぶッ!?』
剣次郎の顔面を、踵が捉えた。
ノイズを生じさせながら、剣次郎がよろける。
その時──
『せやぁっ!!』
──気合いの掛け声と共に放たれた剣一郎の刃が、衛の背中を斜めに斬り裂いた。
赤い血飛沫が舞い、地面を赤く染めていく。
「ぐ──!」
衛の口から、苦悶の声が漏れそうになる。
しかし──
「っ──あああああっ!!」
──衛はそれを堪え、代わりに怒りの咆哮を迸らせた。
同時に放たれる、振り返りながらの左裏拳。
しかし──剣一郎には避けられ、空しく空を切った。
『おああっ!!』
そこから剣一郎は、低い姿勢で横薙ぎに刀を振るう。
切っ先が、衛の右大腿部を横に裂く。
「ぐうっ……!!」
衛が呻いた。
骨には達していない。
が、痛みで力が上手く入らない。
『ゥおらァッ!!』
『喰らえぃっ!!』
更に、次男と三男の襲撃。
それらに対し、衛は対応することが出来なかった。
対応できるほどの体力は、もはや衛の体には残されていなかった。
「っ……が……!?」
──衛の全身が、三兄弟の刃によって、次々に斬り裂かれていく。
皮膚が裂け、血管が千切れ、全身が真っ赤に染まっていく。
それでも衛は、心の炎を絶やすことはなかった。
それどころか、憎しみの蒔を更にくべ続け、更に大きな炎へと変えようとしていた。
(……思い出せ。こいつらがやったことを)
斬り付けられ、激痛に苦しみながらも、衛は己自身に、そう言い聞かせた。
そうやって、構え太刀三兄弟の悪行に対する憎悪を引き出しながら、己の中の炎を、更に大きく燃え上がらせようとしていた。
しかし──衛の内面で湧き上がる激情に反比例するかのように、全身は大きく傷つき、動きは緩慢なものになっていく。
回避はおろか、防御すら行うことが出来ない。
徐々に、衛が死へと近付いていく。
意識は朦朧となり、自分の体が自分のものでないような感覚すら湧き上がって来る。
──そして。
『合わせろ!!』
『『応ォッ!!』』
剣一郎の掛け声に、弟達が応じる。
同時に、衛への攻撃を止め、彼から一歩分間を空け、その場で構えた。
そして、次の瞬間──
『『『オオオオオオッ!!』』』
──衛の周囲に、凄まじい風が吹き荒び──
「……!!」
──衛の全身から、鮮血が迸った。
「……っ……ご……ぼ……!」
その直後、衛の口から、赤黒とした血が吐き出される。
ズタズタに裂けた、鮮血に塗れたジャケットを、更に汚していく。
──これぞ、『構え太刀の陣』。
三兄弟が取り囲み、呼吸を合わせ、旋風のような速さで標的の全身を引き裂く。
先の戦で衛によって打ち破られた、三兄弟の必殺の陣形であった。
「…………ぉ……ご…………」
衛は、薄れゆく意識の中で、両拳を構えようと試みた。
しかし──出来ない。
両腕の傷が深く、言うことを聞かない。
腕のみではない。全身が言うことを聞かない。
全身には裂傷が刻み込まれ、それらのどこからも、おびただしいほどの血が流れている。
血が流れるごとに、衛の中に在った力と命が消えていく。
──そして、遂に。
「……………………」
衛は、力なく両膝をついた。
肩が落ち、両腕がだらんと垂れる。
歪んでいた表情も、徐々に無へと変わっていく。
瞳の焦点も合わなくなり、瞳孔が開いていく。
そして、瞳から生が消え失せた時──
「…………………………………………」
──衛は、ゆっくりと。
ゆっくりと、頭を垂れた。




