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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 四十九

 ──その時である。

『させん!!』

 ──『核』に向かって、横から太刀が飛来。

 同時に、『核』の中から、声と共に黒い人型の影が、ぬるりと現れた。

 その影──剣一郎は、飛来した太刀の柄を右手で握ると、拳を付き出そうとしている衛に向かって、力強く踏み込んだ。

『おおっ!!』

「クッ──!!」

 衛は攻撃を中断。

 こちらに迫る刀の地の部分を、右拳で打って逸らした。

『うおおっ!!』

「チィッ!!」

 そして両者は、至近距離による激しい攻防を開始した。

 

 その隙に、『核』はふわふわと移動し、衛との距離を離す。

 向かった先は──道場の前であった。

 そこで『核』は、宙に浮いたまま止まった。

 同時に──庭中に漂っていた無数の人魂に、変化が起こった。

 道場の前の『核』に向かって、集合し始めたのである。


『『『クッ……まさかこの策までも打ち破ろうとは……!』』』

 つどいむしゃが、苦渋と屈辱のこもった声を漏らす。

 そうしながら──『核』と無数の人魂が溶け合うように混ざり、一つとなっていく。

 急速に『核』が大きくなり、形を変え始める。

 そして、全ての人魂は集まり──つどいむしゃの姿は、再び人型の瘴気へと変わっていた。


『『『忌々しい小童共め……!如何なる手を講じれば、こやつらを斬り伏せることが……!?』』』

 つどいむしゃは、自身の敵である四つの存在を睨みつけながら、そう呟いていた。

 その声には、焦りが生じていた。

 衛や明日香が見せる、予想を遥かに上回る反撃。

 自身の策を打ち破られたことへの動揺。

 そして、明日香の持つ斬妖刀に対する畏怖が、つどいむしゃの焦燥を掻き立てていた。


『任せな、つどいむしゃの大将ォ!』

 その時──つどいむしゃの霊体から、またしても人型の影が出現した。

 現れた影は二つ。

 痩せた体型の影は剣次郎、岩のように大きな影は、剣三郎であった。

『我ら三兄弟が、あの人間共の相手を引き受けよう!奴らは既に、文字通り手負いの獣!我ら三兄弟の全力を以てすれば、恐るるに足らず!』

『何より……!アンタ以上に俺ら兄弟は、魔拳の野郎に恨みがあンだよ!!あのガキは絶対ェ、俺達がズタズタにしてやらァ!!』

 両者はそう主張し、各々が得意とする刀を、己の手に引き寄せた。剣三郎は、ゆっくりと浮遊し続けている大太刀を。剣次郎は、凄まじい速度で庭中を飛び回り続けている小太刀を。

 そうしている間も両者は、自分達の兄と攻防を続ける青年を、激しく睨み続けていた。


『『『おお……おお!何と勇ましい!ならば、お主らに任せたぞ!!行けィッ!!』』』

『『応!!』』

 主君の命に応え、二つの影が動いた。

 ひょろりとした影は、真っ直ぐに衛へと。ずっしりとした巨大な影は、明日香へと向かう。


「……!?」

 こちらに向かってくる気配を感じ、明日香は顔を向けた。

 司会に映る、岩のような現影身の影。

 ──こちらが攻めるか。

 ──それとも受けるか。

 一秒にも満たない時間の中で、明日香が逡巡しようとした──その時であった。


「明日香ちゃん!」

 衛が叫んだ。

 剣一郎が振り下ろした刃。その柄を受け止めながら、明日香に向かって、大声で叫んでいた。

「『こいつら』は任せろ!!」


「……!はいッ!!」

 ──衛のその一言を、明日香は瞬時に理解した。

 そして、迷うことなく決断した。


『喰らえ、クソガキがァアアアッ!!』

 剣次郎が、風を斬り裂くような速さで衛へと迫る。

「オラァッ!!」

 衛は、剣一郎の腹を打ち抜こうと、渾身の前蹴りを放った。

『ぐ……っ!!』

 それが直撃する直前、剣一郎は身を捻って回避。

 次の瞬間、衛もまた地面を転がり、剣次郎の凶刃を間一髪で回避した。


 その一方──

『オオオオオオオッ!!』

 ──剣三郎が、暴風を巻き起こしながら、明日香へと迫った。

 そうしながら、両手で握っている大太刀を、大上段へと振り上げていた。

「……っ!」

 その時、明日香が動いた。

 剣三郎に向かって、全力で疾走する。

 それを見た剣三郎は、こう思った。

 真正面から、自分の斬撃を受け止めるつもりなのだ──と。

『馬鹿め!死ねぃッ!!』

 剣三郎は短く嘲笑し、大太刀を振り下ろした。

 迫る明日香を一刀両断し、無惨な亡骸へと変えるために。


 しかし──明日香の体は、真っ二つにはならなかった。

「……っ!!」

『……な!?』

 ──剣三郎の大太刀の一撃を、明日香は受け止めようとも、受け流そうともしなかった。

 明日香は、走る速度を緩めることなく疾走。

 そして、大太刀の刃が当たる直前、地面を転がって回避。

 そのまま剣三郎の真横を通り過ぎ、素早く立ち上がり、勢いをそのままに再び走り出した。

 彼女の足が目指す標的は、たった一つ──

「うおおおおっ!!」

『『『何!?』』』

 ──祖父の仇である、つどいむしゃであった。


『『『っ……小癪な!!』』』

 つどいむしゃは怒気のこもった声を上げた。

 そして、残る一本の刀を引き寄せ、掴み取った。

 次の瞬間──

「おおおあっ!!」

『『『ぬゥん!!』』』

 ──両者の刀が、勢い良くぶつかり合った。


 それと同じタイミングで──

『ぬうっ……!この剣三郎を無視するとは!あの小娘っ!!』

 ──のっそりと振り返りながら、剣三郎は怒りの声を上げた。

 そして、立ち回りを繰り広げている明日香に再び突進しようとし──その足が、止まった。

 剣三郎の行く手を阻むように──衛が立ちはだかったのである。


「……行かせねえぞ」

 衛は、押し殺したような声でそう言った。

「お前らの相手は、この俺だ」

『ハッ!吠えてんじゃねェぞ、このクソガキ!!』

『以前の戦では貴様を見くびって油断しておったが、此度はそうは行かぬぞ!!』

『我ら兄弟の全力を以て、貴様を斬り伏せる。覚悟するが良い!!』

 そう告げると、構え太刀三兄弟は、素早く構えをとった。

 妖怪としての死を迎え、霊としてこの世を彷徨い続け、そして今は、主君の影となった。

 それでも、三兄弟のその構えは、生前のものよりもずっと、洗練されたものになっていた。

 

「……」

 しかし衛は、その殺気の満ちた構えを目にしても、少しも臆することはなかった。

 それどころか、先程以上に、全身からゆらゆらと強い気配が立ち上っている。


 その一方で衛は、背後から発生している音に、耳を傾けていた。

 ──衛の背後からは、剣同士がぶつかり合い、火花を散らす音が鳴っている。

 その音は、徐々に衛から遠のいている。

 同時に鳴っていた、濡れた地面を踏む音は、木製の床を踏み鳴らすものへと変わっていた。

 明日香とつどいむしゃが、剣を交えながら道場の中へと移動している音であった。

 そんな二者の状況を、衛は音だけで把握した。


「上等だ。来いよ、この下衆共が」

 そして──腹の底から声を出し、啖呵を切った。

「今度こそ、地獄に叩き落としてやる!」

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