祖父の現影 四十八
しかし──
『『『こ……っ!小癪なァアアアアアアッ!!』』』
──つどいむしゃが叫び、そして、爆ぜた。
つどいむしゃの霊体が、内側から急速に膨らみ、破裂して千切れ飛んだのである。
まるで、空気の入りすぎた風船が、耐え切れずに破れ裂けるように。
その破裂に巻き込まれ、つどいむしゃの手にしていた刀も、浮遊していた三本の刀も、勢いよく吹き飛ばされ、宙を舞った。
「え!?」
明日香は驚愕の声を上げた。
そうしながら、無数に四散したつどいむしゃの霊体を、目で追っていく。
「まさか……死んだ……!?」
「いや、奴はまだ消えてない!一時的に自分の霊体を分散させたんだ!」
衛はそう言いながら、周囲を漂う霊体を警戒し、構え続けた。
「気を付けろ!どこから攻めてきてもおかしくないぞ!」
「は、はい!」
明日香もまた、気を引き締めつつ構え直した。
そして、周囲の状況を把握しようと努める。
──庭の中には、人魂のようになったつどいむしゃの霊体が、ふよふよと無数に漂っている。
そして、それらの人魂の間を縫うように、四本の刀が凄まじい速度で、風を切りながら飛行している。
殺気は、庭全体に溢れんばかりに満ちている。
どのタイミングでつどいむしゃが仕掛けてくるのかは、全く分からない。
しかし、いつ仕掛けてきてもおかしくないということだけは、確かであった。
「…………」
明日香の表情が、緊張で強張る。
明日香はこれまでに、何度も祖父と剣を交えてきた。
祖父と剣を交えることで、闘いの中でどう動くか、こちらはどのように判断すべきなのかを学んできた。
しかし──それはあくまで稽古。剣も本物ではなく、木刀。本当の闘いを想定した練習であり、『実戦』ではない。
故に、明日香は現在、自分が身を以て味わっている実戦の空気に、緊張していた。
周囲に満ちた殺気。
少しでも油断すれば、あの世行きとなる状況。
明日香の心を、じわじわと恐怖が蝕み始めていた。
──その時であった。
「……!来るぞ!」
衛が短く叫んだ。
同時に、無数のつどいむしゃの人魂が、鉄砲水の如く一斉に突撃を開始した。
──その光景は、まるで戦国時代の合戦のようであった。
数多の霊魂達が、歩兵や騎兵達のようにこちらに迫っている。
ある者は主君のために。
ある者は己が名声を揚げるために。
衛と明日香という、敵将の首級を狙って押し寄せて来ている。
「……!」
その光景に、明日香は思わず息を呑んだ。
殺気と迫力を全身に浴び、足が竦んでいた。
「おおおっ!!」
そこで、衛が動いた。
明日香に襲いかかる霊魂の群れの前に立ち塞がったのである。
「ふんッ!!」
そして──衛は、渾身の右フックを放った。
空間を薙ぎ払うような、大振りで──しかし、強烈な右フックであった。
『あぎャッ!?』
『ばぁっ!?』
その凄まじい拳打によって、先鋒の人魂のいくつかが消滅。
続く無数の人魂は、無理やり進行する軌道を変え、衛の背後へ回り込もうとする。
衛の後ろで竦んでいる、明日香に取り憑くために。
「明日香ちゃん!!」
「……っ!」
衛の一喝で、明日香はハッとした。
(恐がってる場合じゃない!)
そして、自身の恐怖心を恥じ、奮い立たせた。
(自分が今までに学んだことを思い出せ!)
心の中で喝を入れ、勢い良く振り向く。
そこには、自身を狙って回り込んだ無数の霊魂が。
明日香は、精神を集中させ──閻魔弐式を、素早く振るった。
「──ッ!!」
『ぶ──!?』
『ギィ!?』
斬撃──そして、黒い残像。
それらが、迫る不浄の魂を斬り散らしていく。
「くッ──!!」
『が──!?』
『うげ──!?』
「おおッ!!」
『うげェ!?』
『ぐひぃ!?』
気合いの掛け声と悲鳴が、夜の闇に響く。
裂かれた人魂の一部が、紙吹雪の如くひらひらと宙を舞う。
掛け声と悲鳴が上がる度、人魂の吹雪は量を増していく。
その隙間の奥に──月明りを跳ね返す妖しいきらめきを、明日香は一瞬見た。
「……!?」
──額に、チリチリと焦げるような感覚。
明日香はそれを感じると、きらめいた方向へ意識を集中させた。
──漂う霊魂達。その向こうに──こちらに切っ先を向けた太刀の姿があった。
「!!」
身構える明日香。
同時に、太刀が明日香の額を狙い急発進した。
高速で刃が迫る。
「でやっ!!」
明日香が刀を振った。やや早い。タイミングを見誤った。迫る太刀には掠りもしない。
しかし──明日香のその動きをなぞるように、現影身が発生。
生じた四つの残像の内の一つ──三番目の残像が、その太刀を弾き飛ばしていた。
「くあっ!!」
ワンテンポ遅れ、明日香の背後から、衛の声が上がった。
同時に、ガキンという音が鳴った。
衛が、自身を狙って飛んできた大太刀を、刃に触れぬよう慎重になりながら、蹴りで吹き飛ばしたのである。
直後、再び霊魂達が、明日香に向かって突撃を始めた。
「くっ!!」
明日香はそれらを追い払おうと、残像を振り撒きながら、斬妖刀で逆袈裟に斬り付けた。
「フン!!」
衛も同様に、明日香に群がる人魂に向かって、拳を放っていく。
いくつかの魂は、両者の攻めの直撃を受け、消滅した。
しかし──直後、またしても浮遊する刃が、両者に向かって飛来する。
「っ……!」
豪風をまとって突撃してくる大太刀。
明日香はその重い突きを、辛うじて弾いた。
そして、顔を歪めながら、再び迫る霊魂の群れを、斬妖刀を振って牽制する。
「せいッ!!」
衛の喉元を目掛け、二振りの刀が突っ込んできた。
衛は、最初の一振りを拳槌で。次の一振りを、裏拳で弾き飛ばした。
埒が明かない──衛はそう思いながら、眉根を寄せる。
ざわざわと揺れ動く霊魂の隙間。
そこから、小太刀がこちらを狙おうと蠢いているのが見えた。
「……!」
次の瞬間──小太刀が荒々しく突撃を開始した。
霊魂達が、その軌道に入らぬよう、脇に寄る。
そうして出来た空間を、小太刀は真っ直ぐに突き進んでくる。
──速い。先程までの刀よりも、ずっと速い。
「チッ……!」
衛は舌打ちをしながら、左腕で顔の前をカバーした。
──直後、左腕に熱い痛みが奔った。
「……ッ!!」
衛は、喉から出掛かった苦しみの声を、気合いで飲み込む。
そして、左腕を貫通している小太刀を、素早く引き抜く。
そこから、その小太刀を地面に向けて投擲し、刃を土に突き刺す。
更に、それの柄頭を思い切り踏み、鍔の辺りまで地面に埋め込んだ。
「マリー、来い!!」
「あっ、うん!!」
衛は小太刀を踏んで固定したまま、マリーに向かって叫んだ。
その声に、屋敷の影に隠れていたマリーが現れ、返事をした。
共にいた舞依を、屋敷の影に隠し、急いで衛達の下へ駆け寄る。
「ふッ!やァッ!!」
明日香は、依然として猛攻を続ける霊魂の群れや刀を、斬妖刀で振り払い続ける。
衛は今、左腕の止血を行っている。更に、足の下で暴れる小太刀を踏み続け、封じ込めている。故に、自由に身動きが取れない状態にある。
衛がマリーを読んだのは、何か理由があるはず。だから彼女が来るまで、彼を守らなければ──明日香はそう思いながら、必死に刀と残像を操り続けた。
──マリーが衛と明日香のもとへ辿りついたのは、数秒後であった。
たったそれだけの時間が、この三人にはずっと長く感じられた。
「行くわよ!」
「頼む!」
マリーは、衛とそう短く言葉を交わす。
彼女は既に、自分が何をすべきなのか、理解していた。
「っ……!」
すぐにマリーは、自身の妖術──『人物探知』の準備を始めた。
──両目を閉じ、妖気を練る。
──マリーの体から、白い光が零れ始める。
──衛の足に抑え付けられてもがく小太刀に、両手をかざす。
そして──小太刀に中に宿った、持ち主に関しての『記憶』、『痕跡』を探る。
やがて、情報を読み終わり──光が消え失せ、マリーの両目がかっと開いた。
「あそこ!」
マリーが指差す。
そこは、宙を舞う人魂達のずっと奥──庭の片隅の、松の木の下。
その木の影に紛れるように、一際大きな黒い人魂が佇んでいた。
先程吸い込んだばかりの廉太郎の魂と、いくつかの魂で構成された、つどいむしゃの『核』──真島新之助の魂に違いなかった。
「そこかァッ!!」
衛が叫ぶ。
同時に、地面に突き刺したままの小太刀を、右手で勢い良く引き抜く。
そして、その『核』を目掛け──
「うおりゃああっ!!」
──渾身の力で、小太刀を投擲した。
『『『何!?』』』
つどいむしゃの驚愕の声。
直後、衛が投擲した小太刀が、つどいむしゃの『核』の前で、ピタリと静止した。
つどいむしゃの念力が、小太刀を受け止めていた。
その隙に──
「おおお──!!」
──衛が疾走した。
自慢の拳と抗体をぶち込んでやろうと、巨大な人魂に向かって行く。
「喰らえ!!」
ドスの効いた咆哮と共に、拳に抗体をまとわせた。




