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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 四十八

 しかし──

『『『こ……っ!小癪なァアアアアアアッ!!』』』

 ──つどいむしゃが叫び、そして、爆ぜた。

 つどいむしゃの霊体が、内側から急速に膨らみ、破裂して千切れ飛んだのである。

 まるで、空気の入りすぎた風船が、耐え切れずに破れ裂けるように。

 その破裂に巻き込まれ、つどいむしゃの手にしていた刀も、浮遊していた三本の刀も、勢いよく吹き飛ばされ、宙を舞った。


「え!?」

 明日香は驚愕の声を上げた。

 そうしながら、無数に四散したつどいむしゃの霊体を、目で追っていく。

「まさか……死んだ……!?」

「いや、奴はまだ消えてない!一時的に自分の霊体を分散させたんだ!」

 衛はそう言いながら、周囲を漂う霊体を警戒し、構え続けた。

「気を付けろ!どこから攻めてきてもおかしくないぞ!」

「は、はい!」

 明日香もまた、気を引き締めつつ構え直した。

 そして、周囲の状況を把握しようと努める。


 ──庭の中には、人魂のようになったつどいむしゃの霊体が、ふよふよと無数に漂っている。

 そして、それらの人魂の間を縫うように、四本の刀が凄まじい速度で、風を切りながら飛行している。

 殺気は、庭全体に溢れんばかりに満ちている。

 どのタイミングでつどいむしゃが仕掛けてくるのかは、全く分からない。

 しかし、いつ仕掛けてきてもおかしくないということだけは、確かであった。


「…………」

 明日香の表情が、緊張で強張る。

 明日香はこれまでに、何度も祖父と剣を交えてきた。

 祖父と剣を交えることで、闘いの中でどう動くか、こちらはどのように判断すべきなのかを学んできた。

 しかし──それはあくまで稽古。剣も本物ではなく、木刀。本当の闘いを想定した練習であり、『実戦』ではない。

 故に、明日香は現在、自分が身を以て味わっている実戦の空気に、緊張していた。

 周囲に満ちた殺気。

 少しでも油断すれば、あの世行きとなる状況。

 明日香の心を、じわじわと恐怖が蝕み始めていた。


 ──その時であった。

「……!来るぞ!」

 衛が短く叫んだ。

 同時に、無数のつどいむしゃの人魂が、鉄砲水の如く一斉に突撃を開始した。


 ──その光景は、まるで戦国時代の合戦のようであった。

 数多の霊魂達が、歩兵や騎兵達のようにこちらに迫っている。

 ある者は主君のために。

 ある者は己が名声を揚げるために。

 衛と明日香という、敵将の首級を狙って押し寄せて来ている。


「……!」

 その光景に、明日香は思わず息を呑んだ。

 殺気と迫力を全身に浴び、足が竦んでいた。


「おおおっ!!」

 そこで、衛が動いた。

 明日香に襲いかかる霊魂の群れの前に立ち塞がったのである。

「ふんッ!!」

 そして──衛は、渾身の右フックを放った。

 空間を薙ぎ払うような、大振りで──しかし、強烈な右フックであった。

『あぎャッ!?』

『ばぁっ!?』

 その凄まじい拳打によって、先鋒の人魂のいくつかが消滅。

 続く無数の人魂は、無理やり進行する軌道を変え、衛の背後へ回り込もうとする。

 衛の後ろで竦んでいる、明日香に取り憑くために。


「明日香ちゃん!!」

「……っ!」

 衛の一喝で、明日香はハッとした。

(恐がってる場合じゃない!)

 そして、自身の恐怖心を恥じ、奮い立たせた。

(自分が今までに学んだことを思い出せ!)

 心の中で喝を入れ、勢い良く振り向く。

 そこには、自身を狙って回り込んだ無数の霊魂が。


 明日香は、精神を集中させ──閻魔弐式を、素早く振るった。

「──ッ!!」

『ぶ──!?』

『ギィ!?』

 斬撃──そして、黒い残像。

 それらが、迫る不浄の魂を斬り散らしていく。


「くッ──!!」

『が──!?』

『うげ──!?』

「おおッ!!」

『うげェ!?』

『ぐひぃ!?』


 気合いの掛け声と悲鳴が、夜の闇に響く。

 裂かれた人魂の一部が、紙吹雪の如くひらひらと宙を舞う。

 掛け声と悲鳴が上がる度、人魂の吹雪は量を増していく。

 その隙間の奥に──月明りを跳ね返す妖しいきらめきを、明日香は一瞬見た。


「……!?」

 ──額に、チリチリと焦げるような感覚。

 明日香はそれを感じると、きらめいた方向へ意識を集中させた。

 ──漂う霊魂達。その向こうに──こちらに切っ先を向けた太刀の姿があった。

「!!」

 身構える明日香。

 同時に、太刀が明日香の額を狙い急発進した。

 高速で刃が迫る。

「でやっ!!」

 明日香が刀を振った。やや早い。タイミングを見誤った。迫る太刀には掠りもしない。

 しかし──明日香のその動きをなぞるように、現影身が発生。

 生じた四つの残像の内の一つ──三番目の残像が、その太刀を弾き飛ばしていた。


「くあっ!!」

 ワンテンポ遅れ、明日香の背後から、衛の声が上がった。

 同時に、ガキンという音が鳴った。

 衛が、自身を狙って飛んできた大太刀を、刃に触れぬよう慎重になりながら、蹴りで吹き飛ばしたのである。


 直後、再び霊魂達が、明日香に向かって突撃を始めた。

「くっ!!」

 明日香はそれらを追い払おうと、残像を振り撒きながら、斬妖刀で逆袈裟に斬り付けた。

「フン!!」

 衛も同様に、明日香に群がる人魂に向かって、拳を放っていく。

 いくつかの魂は、両者の攻めの直撃を受け、消滅した。


 しかし──直後、またしても浮遊する刃が、両者に向かって飛来する。

「っ……!」

 豪風をまとって突撃してくる大太刀。

 明日香はその重い突きを、辛うじて弾いた。

 そして、顔を歪めながら、再び迫る霊魂の群れを、斬妖刀を振って牽制する。

「せいッ!!」

 衛の喉元を目掛け、二振りの刀が突っ込んできた。

 衛は、最初の一振りを拳槌で。次の一振りを、裏拳で弾き飛ばした。


 (らち)が明かない──衛はそう思いながら、眉根を寄せる。

 ざわざわと揺れ動く霊魂の隙間。

 そこから、小太刀がこちらを狙おうと蠢いているのが見えた。

「……!」

 次の瞬間──小太刀が荒々しく突撃を開始した。

 霊魂達が、その軌道に入らぬよう、脇に寄る。

 そうして出来た空間を、小太刀は真っ直ぐに突き進んでくる。

 ──速い。先程までの刀よりも、ずっと速い。

「チッ……!」

 衛は舌打ちをしながら、左腕で顔の前をカバーした。


 ──直後、左腕に熱い痛みが奔った。

「……ッ!!」

 衛は、喉から出掛かった苦しみの声を、気合いで飲み込む。

 そして、左腕を貫通している小太刀を、素早く引き抜く。

 そこから、その小太刀を地面に向けて投擲し、刃を土に突き刺す。

 更に、それの柄頭を思い切り踏み、鍔の辺りまで地面に埋め込んだ。


「マリー、来い!!」

「あっ、うん!!」

 衛は小太刀を踏んで固定したまま、マリーに向かって叫んだ。

 その声に、屋敷の影に隠れていたマリーが現れ、返事をした。

 共にいた舞依を、屋敷の影に隠し、急いで衛達の下へ駆け寄る。


「ふッ!やァッ!!」

 明日香は、依然として猛攻を続ける霊魂の群れや刀を、斬妖刀で振り払い続ける。

 衛は今、左腕の止血を行っている。更に、足の下で暴れる小太刀を踏み続け、封じ込めている。故に、自由に身動きが取れない状態にある。

 衛がマリーを読んだのは、何か理由があるはず。だから彼女が来るまで、彼を守らなければ──明日香はそう思いながら、必死に刀と残像を操り続けた。


 ──マリーが衛と明日香のもとへ辿りついたのは、数秒後であった。

 たったそれだけの時間が、この三人にはずっと長く感じられた。

「行くわよ!」

「頼む!」

 マリーは、衛とそう短く言葉を交わす。

 彼女は既に、自分が何をすべきなのか、理解していた。


「っ……!」

 すぐにマリーは、自身の妖術──『人物探知』の準備を始めた。

 ──両目を閉じ、妖気を練る。

 ──マリーの体から、白い光が零れ始める。

 ──衛の足に抑え付けられてもがく小太刀に、両手をかざす。

 そして──小太刀に中に宿った、持ち主に関しての『記憶』、『痕跡』を探る。

 やがて、情報を読み終わり──光が消え失せ、マリーの両目がかっと開いた。


「あそこ!」

 マリーが指差す。

 そこは、宙を舞う人魂達のずっと奥──庭の片隅の、松の木の下。

 その木の影に紛れるように、一際大きな黒い人魂が佇んでいた。

 先程吸い込んだばかりの廉太郎の魂と、いくつかの魂で構成された、つどいむしゃの『核』──真島新之助の魂に違いなかった。


「そこかァッ!!」

 衛が叫ぶ。

 同時に、地面に突き刺したままの小太刀を、右手で勢い良く引き抜く。

 そして、その『核』を目掛け──

「うおりゃああっ!!」

 ──渾身の力で、小太刀を投擲した。


『『『何!?』』』

 つどいむしゃの驚愕の声。

 直後、衛が投擲した小太刀が、つどいむしゃの『核』の前で、ピタリと静止した。

 つどいむしゃの念力が、小太刀を受け止めていた。


 その隙に──

「おおお──!!」

 ──衛が疾走した。

 自慢の拳と抗体をぶち込んでやろうと、巨大な人魂に向かって行く。

「喰らえ!!」

 ドスの効いた咆哮と共に、拳に抗体をまとわせた。


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