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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 四十六

『『『グ……ぐ……!!』』』

 つどいむしゃが、怒りに震える声を漏らす。

 妖気によって構成されたその身体も、怒りによって震えていた。

 風に煽られる火の如く、ゆらゆら、ゆらゆらと。

 その震えは、徐々に大きくなり──

『『『……ふ……ふざ……け……るな……ッ……!!ふざけるなァアアアアアアアアアアアッ!!』』』

 ──やがて、大噴火を起こした火山のように、大きく爆発した。


『『『ふざけるな……!ふざけるな!!お主ら如きに……ッ!お主らのような退魔師如きに!!我々が屈するとでも思うたかァアアッ!!』』』

 つどいむしゃは凄まじい剣幕で、烈火のの如く怒鳴り散らす。

 実体を持たぬ妖気の体は、今や激しく燃え盛る炎のように蠢いていた。

『『『我々には出来ぬだと!?笑わせるな蠅共がァ!!何が『時を待たねばならぬ』だ、何が『貴様はここで死ぬ』だ、この大うつけの知恵無しめ!!ならばお主等を八つ裂きにして霊魂を喰らった後、別の体を探せば良いだけのことよ!!死ぬのはお主らよ、この我々の怒りを誘き寄せた無能のお主らよ!!』』』


 そう叫んだ直後、人型の妖気は、廉太郎に向かって右手を突き出した。

『『『だがその前に……!貴様だ、東條ッ!!』』』

『……ッ!グ……ォォ……ッ!!』

 同時に、廉太郎に異変が起こった。

 苦悶の呻き声を漏らしながら、廉太郎は何かを堪えるかのように、身を捩り始めたのである。


「……!おじいちゃん、どうし──」

『来るな!!』

 祖父の異変を感じ取った明日香は、廉太郎の身を案じ、近寄ろうとした。

 しかし、影は孫の行動を、片手で制した。

『来ては駄目だ……!落ち着いて……心の中でお前に伝えたことを、しっかりと思い出せ……!!そうすれば、きっと──』

『『『黙れ東條ォォッ!!裏切り者の分際で(さえず)るなァアアアアッ!!』』』

『きっ……と……!……っぐ、ああああああっ!!』

 廉太郎が絶叫した。

 同時に、廉太郎の形が崩れていく。

 人型の影が、不定形な黒いモノへと変わり、つどいむしゃに向かって飛んでいく。

 そして──つどいむしゃに、吸い込まれた。

 二つの粘土の塊をこねて一つにするように──影で出来た廉太郎は、妖気で出来たつどいむしゃと溶け合い、一つになってしまった。


『お、おじい──!』

 戦慄に目を見開く明日香。

 祖父の名を叫ぼうとし──

「落ち着け、明日香ちゃん」

「え……!?」

 ──隣に佇む衛に、遮られた。

「東條先生は、まだ完全に吸収された訳じゃない。まだ時間はある。あいつに完全に取り込まれる前に、助けることが出来る。……そのためにどうすればいいか、君はもう教えてもらったはずだ」

「……!」


 衛の冷静な言葉を聞き、俺が明日香は我に返った。

 そして、記憶の海から引き上げた。

 廉太郎の言葉──つどいむしゃを倒すための方法を。

 そして、考えた。

 つどいむしゃを倒し、廉太郎を救う方法を。

 短くない時間で、明日香はその答えに辿り着いた。


「……そうか」

 明日香は頷き、衛を見た。

「『核』をやっつけるんですね」

「ああ、そうだ」

 衛もまた、頷いた。

 そして、鋭くなった目に、更なる決意の蒔をくべた。

「つどいむしゃの核──真島新之助を殺す。そうすれば、奴に吸収された霊魂達は解放される。東條先生もな」

 そう言うと、衛は右手を強く握った。

 ギリギリという、肉と骨が軋む音。それはまるで、膨れ上がった炎が蒔を燃やし尽くしているかのような音であった。


『『『黙れ小僧ッ!!その名を口にするな!!』』』

 その時、つどいむしゃが大声を上げた。

 恥と屈辱によって大きく荒げられた怒鳴り声であった。

『『『その名はとうに捨てた!真島新之助などという未熟な青二才など、もはやここにはおらぬ!!我々の名はつどいむしゃ!!数多の剣技を己が物とし、人間や妖怪変化、ありとあらゆるものを斬り殺す、天下無双の(あやかし)よ!!』』』

「フン。馬鹿なこと言ってんじゃねえ、この間抜けが」

『『『何!?』』』

 しかし衛は、つどいむしゃの怒りなど気にも留めなかった。

 鼻を一つ鳴らし、つどいむしゃをただ煽り続けた。

「何が天下無双だよ。お前は全く変わらねえ未熟な青二才だ。油断と慢心から、戦場で命を落としてしまった真島新之助のままだ。……何せ、今自分が置かれてる状況が、まだはっきりと分かってねえくらいだからな」

『『『ぐっ……何が言いたい……!?……む?』』』


 その時──つどいむしゃは、初めて気付いた。

 屋敷の周囲を取り囲んでいた結界が、消え失せていることに。

 それによって、この敷地の外に存在する者の気配を感じ取れるようになったことに。


 そして、つどいむしゃは──この敷地の中にたった今、何らかの存在が侵入する気配を感じ取った。

『『『……!?』』』

 それと同時に、つどいむしゃの霊体と心が、凍り付いた。

 凄まじいほどの怖気が、つどいむしゃを貫いていた。

『『『な……何だ……これは……!?』』』

 霊体の震えに共振するように、その声も震えていた。

 しかしその震える声は、先程のような怒りに震える声ではない。誰が耳にしても分かるような、恐怖の感情がこもっている声であった。


 ──つどいむしゃが感じ取ったのは、二つの微弱な妖気。

 そして、それらのか弱い気配に見合わぬ程の、強力な何か。恐ろしい程の力と殺気──そして、憎悪。

 それは確かに、つどいむしゃを狙っていた。

 姿は見えないが──確かに『それ』は、つどいむしゃに対して凄まじい敵意をぶつけていた。

 例えるとすれば──主君の仇を討つべく、虎視眈々と待ち続ける家来のような──そのような何かを、つどいむしゃは感じていた。


『『『小僧……お主、一体何を企んで……!?』』』

 つどいむしゃは、きょろきょろと周囲を見渡しながら、衛に訊ねた。

 しかし、答えを聞きたくはなかった。

 答えを知るのが、恐ろしかった。

「……すぐに解るさ」

 ぼそりと──衛が、そっけなく答えた。

 そしてその答えは、つどいむしゃの恐怖心を一層掻き立てた。


『『『……!』』』

 来る──つどいむしゃは、そう思った。

 ──近付いている。

 ──確かに、近付いている。

 ──自分達の所へと、近付いている。

 ざわざわ、ざわざわと、つどいむしゃの内面が、恐怖に覆い尽くされていく。

 そうしている間にも、気配は更に──更に近付いて来る。


 その時──つどいむしゃの背後で、物音がした。

 地面を擦るような音が。

『『『……っ!!』』』

 耐え切れず、つどいむしゃは正面の衛と明日香から目を離し、勢いよく振り向いた。

 そして、叫んだ。

 自身の背後に佇む、その存在に向かって。

『『『な……何奴!?』』』


 しかして、そこに佇んでいたのは──

「ぜぇ……ぜぇ……!」

「はぁ……はぁ……!間に合った……!」

 ──酷く疲弊している、ずぶ濡れのマリーと舞依であった。

 マリーは、左肩を舞依に貸し、彼女を支えている。

 そして、黒い袋に包まれた長物を、右手と胸で大事そうに抱き締めていた。


『『『……!?……な……に……!?』』』

 つどいむしゃが、拍子抜けした声を漏らした。

 そして、訝しむ。このような小娘共が、自分達にあれほどの殺気を向けていたのか──と。

 つどいむしゃはそう考えた後、馬鹿げたことだと否定した。

 では一体、この殺気は何なのか。

 これほどの殺気を放つ者の正体は、一体何なのか──つどいむしゃはそう考え、再び周囲を警戒しようとした。


 ──その時であった。

「はぁ……はぁ……!ま、衛ーっ!あんたの言ってた凄い刀っ!持ってきたわよーっ!」

 つどいむしゃの背後にいる衛に向かって、マリーは大声でそう叫んだ。


『『『む……!?刀だと……!?』』』

 マリーのその声を聞いたつどいむしゃは、驚きに満ちた声を上げる。

 そして、右手を慌ててマリーに向けた。

『『『こ、小娘!それを我々に寄越せッ!!』』』

 つどいむしゃが叫び、妖気を使った。

 注ぎ込む目標は、マリーが大事そうに抱える、その長物。

「あっ、だ……駄目……!……あ、ああっ!?」」

 マリーは、刀を抱き締める腕に力を込め、抗おうとした。

 ──が、数秒と持たず、刀はマリーの腕から逃れ、つどいむしゃに向かって飛んでいく。


(((これさえ……!これさえあれば……!!)))

 つどいむしゃは、焦っていた。

 自身に殺気を送り続ける存在。その脅威に対抗する手段を、何とか見つけ出そうとしていた。

 そして今、つどいむしゃは、一つの手段を見出した。それが、マリーが持ってきた刀であった。

 マリーが持ってきたという、『凄い刀』──それがどんな刀なのか、つどいむしゃには分からない。

 しかし、つどいむしゃはこう考えた。衛がこの戦の最中に持ってくるように指示したということは、もしや相当な業物なのでは。如何なる敗け戦ですら一変させてしまうような、強大な力を秘めた代物なのでは──と。

 もし、その予感が当たっていたのだとしたら──その刀を奪えば、自分達に迫っている脅威に対抗できるやも知れぬ。そう思ったのである。


 ──これさえあれば。一刻も早く、この刀を自分達の物にしなければ。

 つどいむしゃは、(はや)る気持ちを抑え切れなかった。

 飛来する刀に、更に妖気を送り込み、加速させた。

 刀が到着するまで、あと五メートル、四メートル、三メートル──。


『『『──!?』』』

 その時。

『『『ひ、ひぃィッ!?』』』

 奇声を発しながら、つどいむしゃが後退った。

 それと同時に、つどいむしゃの妖気の注入が無くなり、飛来していた刀が、宙で急停止。直後、湿った地面の上に、力なくガチャンと落下した。


『『『な……何だ……何だ、それは……!?』』』

 つどいむしゃが、震える声を発した。

 ──怯えていた。つどいむしゃは、その刀に対して、明らかに恐怖していた。

『『『こ、小娘共!!お、お主ら、それは何だ!?何を持ってきたあああっ!!』』』

 つどいむしゃは、理解した。

 マリーが持って来た刀──それが、自分達に敵意と憎悪を抱いていることを。

 そしてそれが、自分達に殺気を送っていた存在の正体であることを。


「余所見してんじゃねえッ!!」

『『『ぐわっ!?』』』

 その瞬間、衛が動いた。

 怯えるつどいむしゃへ一気に間合いを詰め、抗体をまとわせた右拳を、背後から叩き込んだのである。

『ギャアアアッ!!』

 殴られた瞬間、つどいむしゃの体から、黒い霊魂が千切れた。

 宙を舞うそれは、苦悶の叫びを上げると、抗体の光によって分解され、消滅した。


 ──その隙に衛は、つどいむしゃが落としたその刀のもとへ、素早く移動していた。

「よし!」

 衛はそれを掴み上げると──

「受け取れ、明日香ちゃん!!」

「!」

 ──つどいむしゃの背後の明日香に向かって、放り投げた。


「明日香ちゃん!その刀は!」

 刀は、放物線を描くような軌道で飛んでいく。

 明日香は、天を仰ぐようにしながら、両腕を広げて受け止めようとする。

 そこを目掛けて、刀が向かって行く。

 そして──明日香はそれを、かき抱くように掴み取った。

「君のおじいちゃんの形見だ!!」


 その時、刀を包み込んでいる黒い布が、白い輝きを放った。

「え!?」

『『『ああああっ!!な、何だ、な……ぐわあああっ!!』』』

 目映い輝きに、明日香は目を細めた。

 苦痛から脱し、明日香へと振り返ったつどいむしゃは、その輝きによってさらに悶え苦しむ羽目になった。

 その間に、光は徐々に強くなり、刀を包む黒い袋は破け、千切れていく。


 やがて、光が収束し──明日香の胸の中には、黒い鞘に収められた刀が残った。

「……」

 明日香は息を呑みながら、おもむろに刀を鞘から引き抜く。

 ──その刀は、至る所から妖しい気配を漂わせていた。

 怒り。憎しみ。そして、殺気。

 それらを刃から放ちながら、雲の隙間からこぼれる月光を、ぎらりと跳ね返していた。


『『『ま、まさか……!』』』

 つどいむしゃは、怖れ戦きながら言った。

『『『そ、それは……斬妖刀か……!』』』

「ああ、そうだ」

 衛は、自身の背でマリーと舞依を庇うように立ちながら、そう答えた。

「斬妖刀──『閻魔弐式(えんまにしき)』。対妖怪用の武器の中でも最強の部類に入る、『閻魔』の名を持つ四振りの斬妖刀……その一つだ」


「閻魔……弐式……」

 明日香は、衛が口にした刀の名を復唱した。

 そして、その刃をもう一度見た。

 閻魔弐式は、依然としてどろどろとした気配を放っている。

 しかし──明日香は確かに感じ取った。

 どす黒い気配の中に、力強い意志が潜んでいることを。

 かつての主を苦しめているつどいむしゃを討ち滅ぼさんとする、絶対的な使命感を持っていることを。

「……これが……斬妖刀……。……おじいちゃんの……刀……!」

 明日香は、手にした斬妖刀をゆっくりと構えた。

 その切っ先をつどいむしゃに向け、弐式がまとう殺気に、自身の闘志を混ぜて放った。


(行ける……。この剣となら──閻魔弐式となら、闘える!!)

 明日香の両目が、刀と等しいほどに鋭くなった。

 今の明日香に、迷いも恐怖もない。

 あるのはたった一つ──敵を滅ぼし、祖父を救い出すという目的のみ。


「……行くぞ、つどいむしゃ」

 明日香が低く呟いた。

 静かなその声には、煮え滾らんばかりの強い意志が込められていた。

「お前を倒して……!おじいちゃんを、助け出す!!」

 次回から、最終決戦突入です。

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