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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
170/310

祖父の現影 四十四

26

「……はぁ……!……はぁ……!……はぁ……!」

 ひたすら荒い呼吸を繰り返しながら、マリーは薄暗い道を走り続けていた。

 最初に駆け出し初めてから、どれくらいの時間が経ったのであろうか。

 先程まで、あれほど激しく地面を叩きつけていた、土砂降りの大雨。

 それも今はまばらとなり、しとしとと静かに地上に降り注ぐのみになっていた。


 だがマリーは、駆ける速度を落とすことはなかった。

 それどころか、より一層速く走れるよう、懸命に足を動かし続けた。

 何故なら──彼女が走っている理由は、この天候から一刻も早く逃れるためではないからである。

 では何故、彼女は足を止めることなく、こうして懸命に走り続けているのか──それは、彼女が両手で持って胸に抱き締めている、黒い布に包まれた長物を届けるためであった。


「はぁ……!……はぁ……!……んぐ……げほっ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……!」

 カラカラの喉を湿らせるために、溜まった唾を飲み込む。それにより、一時的に喉に潤いがもたらされた。

 が、呼吸はますます乱れ、更に酸素を欲し始める。

 しかし、それでも彼女は足を止めない。

 ここで立ち止ってしまったら、もう一歩も足を踏み出せない気がしたから。

 そうなってしまえば、衛も明日香も救えない。

 それだけは、絶対に嫌だ──彼女はそう思いながら、内側から湧き上がろうとしている弱い感情を払いのけた。


(もうすぐ……もうすぐだ……!あと少しで、明日香ちゃんの家に着くんだ……!だから、頑張れあたし……!)

 マリーは心の中で、自身を激励した。

 ──足は痛いし、荷物も重い。

 でも、このくらいのことで弱音など吐いてたまるものか。

 今辛い思いをしているのは、衛と明日香なのだ。

 あの二人の苦しみに比べたら、自分が今していることなど、苦労でも何でもない──そう思いながら、胸に抱いた長物を一層強く握り締める。


(……!……あと……少……し……っ!)

 その時、マリーの瞳に宿る希望の光が、輝きを増した。

 彼女が現在走っている場所が、見覚えのある風景だったからである。

 ──そこは、東條家の屋敷へと至る道であった。

 この道を真っすぐ行って、途中で左に曲がって、そしてまたしばらく真っすぐ。そうやって行けば、じきに東條家が見えて来る。

 ──もう少し。もう少しだ。

 もう少しで、助けることが出来るんだ──マリーは、自身にそう言い聞かせながら、ラストスパートをかけた。


 やがて──目的地へと差し掛かった。

 おぼろげながら、東條屋敷の門の姿が見え始めた。

 マリーの緊迫した表情が、一瞬でぱっと明るいものになった。

 が、直後──戦慄の表情へと一変。

 そして、悲鳴に近い声を上げた。

「……!?舞依っ!!」

 そして、疲労の溜まった全身に鞭打ち、更に急いで門前へと駆け寄った。


 そこには──

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 ──ずぶ濡れの状態の舞依が、ぐったりと横たわっていた。

 全力で走っていたマリー以上に、呼吸は荒く不規則になっていた。


「舞依……!舞依っ!しっかりしてっ!」

 マリーが、倒れている舞依に駆け寄る。

 そして、悲痛な声で、舞依の名を呼んだ。

 その声に反応し、舞依が閉ざされた瞼を開いた。

「……ぅ……。……おお……舞依か……ようやく、来おったか……」

「舞依……!だ、大丈夫なの……!?」

「ふ……はは……何じゃ……その情けない面は……。案ずるな……少々……妖気を使いすぎただけじゃ……」

 舞依は疲れ切った様子で、力なく笑った。


「……それより……『あれ』は……?」

「……!うん……うん……!持ってきたよ……!」

 そう言いながら、マリーは手に握る長物を舞依に見せた。

「そうか……よしよし……偉いぞ……。よくやってくれたの……」

 舞依は、ほっとした調子でそう呟く。

 そして、産まれたてのヤギのように、震えながら立ち上がろうとする。


「だ、駄目よ舞依!無茶しないで……!」

「はは……無茶をしておるのは、皆同じじゃ……。わしもぬしも無茶をしておる……。しかし、それ以上に……衛の奴は、もっと無茶をしておる……」

「……舞依……」


「だから……頼む……!」

 舞依は、不安げな様子のマリーの肩に、右手を乗せる。

 そして、真剣な表情で頼んだ。

「肩を貸してくれ……!残された妖気を振り絞れば……!少しくらいなら、妖術を使える!頼むマリー……わしを、連れて行ってくれ!」

「…………」

 舞依の嘆願を聞き、マリーは沈黙する。

 そのまま、悩むように眉根を寄せた。

 が──しばらくして、覚悟の表情で返事をした。

「……うん。分かった……!」


 マリーが肩を貸す。

 舞依は、差し出されたその肩に腕を回す。

 それを確認すると、マリーは舞依を、ゆっくりと立ち上がらせた。

「それじゃあ──」

 両者の目に、力がみなぎる。

 瞳に宿るは、決意の光。

 己達に出来ることを、全力で全うしよう──そんな強い意志が灯っていた。

「行こう……!皆を助けに!!」

「うむ……!」

 舞依を担いだままのマリーが、一歩踏み出す。

 同時に、担がれている舞依も、震える足を前へ出す。

 妖気の供給を続けながら、心を持った人形達は、東條家の門をゆっくりとくぐった。

 次の投稿日は未定です。

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