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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 四十三

※本日の昼頃に、パート四十二を投稿しております。まだ読まれていない方は、まずそちらからお読み下さい。

「どうやって青木さんに連絡を取ったの?」

『現影身を使ったのさ』

「現影身を……?それって、身体から黒い残像を出す力なんでしょ?それでどうやって青木さんを……?」

『うむ。確かに現影身は、私自身の動きを真似る残像を発生させる能力だ。しかし、つどいむしゃに吸収されたことで、私の能力はつどいむしゃの妖気と混ざり合い、更なる進化を遂げた。それによって目覚めたのが、影に霊魂を乗り移らせ、独自に行動させる力だ』

「それじゃあ、おじいちゃんはその力を使って……?」

『ああ。つどいむしゃは時折、眠るように意識を失うことがある。その隙をつき、私は現影身を使い、私自身の魂を影に乗せ、青木君の自宅まで向かった。そして、青木君に頼んだんだ──もう一度、私に力を貸してほしい……とな。──それが、今から数日前のことだ』

「……そして、青木さんは引き受けてくれたんだね」

『……ああ。彼は二つ返事で了承してくれた。あんなに辛い目に遭わせてしまったのに……また図々しく助けを請いに来たというのに……それなのに彼は、嫌な顔一つせず引き受けてくれた』

 廉太郎は、苦し気に顔を歪めながらそう言った。


『……私は青木君に、これまでのことを全て伝えた。私がつどいむしゃに取り込まれたこと、明日香につどいむしゃが取り憑いたこと。そして、つどいむしゃの倒し方と剥がし方も。そして、二人で策を考え始めた』

「……」


『今回の目的は、お前の身体からつどいむしゃを外へと引き摺り出し、奴を倒すことだ。そのためには、まず私がつどいむしゃに気取られぬように神経を全て断ち切って身動きを封じ、その上で、青木君が抗体を流す必用がある。だが、もしも神経を断つ前に、我々の意図が気付かれてしまえば、つどいむしゃは私の意識を完全に消し去ろうとするだろう。その危険だけは、何としても避けなければならない』

「……」

『どうすれば、つどいむしゃに気取られずに作戦を遂行出来るだろうか……私がそう考えている時──青木君が、とある策を思いついたんだ。最も明日香を救い出せる可能性が高く……そして、青木君の身が、最も危険に陥る策を』

「……?それって……どんな策なの……?」


『……』

 廉太郎が、僅かに目を伏せる。

 伝えるべきかどうか、考えあぐねているようであった。

 が──やがて、廉太郎は意を決したように、神妙な面持ちで答えた。


『……青木君がわざとつどいむしゃに負け、その隙に私が神経を断つという策だった』

「え……!?」

 廉太郎が告げた衛の策に、明日香は驚愕した。

 明日香の予想を遥かに上回る、危険な策であった。


『つどいむしゃは油断しやすく、驕り高ぶった性格をしている。勝利が目前になると、歓喜が抑えられず、慢心してしまうんだ。青木君は、そこに目をつけた。奴が慢心すればするほど、私が神経を断つための隙が生まれる。そのために青木君は、お前の中に眠るつどいむしゃを、故意に甦らせようとしたんだ』

「……!もしかして、青木さんが嘘を吐いたり、おじいちゃんのことを悪く言ってたのって──!」

『そうだ。お前の心に神経が完全に根を張る前に、わざと憎しみを煽り、心を負の感情の泥で満たした。そうすることで、つどいむしゃの意識を強制的に引き出させたんだ』

「……そう……だったの……!?」


『ああ……。そうやって、強制的に甦らせたつどいむしゃと、青木君は果たし合いを行う。その闘いの中で、青木君は自らが九死の状況に追い込まれることで、つどいむしゃの慢心を誘う。そして、つどいむしゃの慢心が頂点に達した隙に、私が神経を断ち切る。その後、繋がりを失って身動きが取れなくなっているつどいむしゃに、青木君が抗体を流し込み、引き剥がす……。──青木君は、そんな策を私に提案したんだ』

「……そんな……」

『……青木君のその提案を耳にした時……私は猛反対した。彼をこれ以上、過酷な目に遭わせたくなかった。……しかし、彼は断固として譲らなかった。確かに危険だが、確実に明日香を救うには、これしか方法はない──そう言ってな。……結局私は、彼の執念に負け、その案を承諾した。……そうせざるを得なかった』

「…………」

 明日香は愕然とした表情のまま、廉太郎の言葉を聞いていた。

 そうしながら、明日香は先程見た、過去の衛が浮かべている必死の顔を思い出していた。


「……どう……して……」

 明日香が、ぽつりと呟く。

「……どうして……青木さんは……そんな危ないことを……」

 もう一言、ぽつりと呟く

 ──明日香は、分からなかった。

 何故衛が、そこまで必死に命を懸けてくれているのか、理解出来なかった。


(どうしてなの……青木さん……?)

 明日香は、ただひたすら考えた。

 衛が自分を救おうとしてくれている、その理由を。

 己の命を懸けてまで、自分を助けようとしてくれている、その理由を。

 ──ただ廉太郎から助けを求められたから、自分を救おうとしてくれているのか。

 ──自分が、大切な恩人の孫であるからなのか。

 ──あるいは、廉太郎から話を聞いて兄のように思っていた自分のように、彼もまた、自分のことを妹のように思ってくれていたのか。

 否──きっとそれらだけではない。もっと何か理由があるような気がした。命を懸けるだけの、大きな理由が──。

(…………青木さん……貴方は……どうして……そこまで……!)


 ──その時であった。


『──聞くんだ、明日香ちゃん!!──』


 衛が叫んだ、その言葉。

 それを思い出した──


『──東條廉太郎先生を、この道場で殺した犯人は──!他の誰でもねえ!!この俺だ!!──』


「…………っ!!」

 ──その刹那──


「……まさ……か……!」

 ──明日香は、気付いた。

「…………まさか…………青木さんは…………!」

 ようやく、理解した。


「……あたしや……おじいちゃんに……罪滅ぼしをするために……!?」

 衛が命を懸ける理由を──遂に、悟った。


 ──今にして思えば。

 昨日、明日香が衛と初めて顔を合わせたあの時から──明日香は、衛が自分に対して、どこか一線を引いたような態度を取っているような気がした。

 廉太郎の話をしている時や、夕食を通じて、その態度は徐々に解れてはいったが、それでも、どこかよそよそしさのようなものを明日香は感じていた。

 ──最初は、緊張しているのであろうと思っていた。

 廉太郎から話は聞いていたが、実際に会うのは初めてなので、どう接して良いのか分からないのであろう──そう思っていた。

 それでも明日香は、衛の明日香に対する接し方に、違和感を感じていた。


 だが──今ならば、明日香にも解る気がした。

 衛が自分と接している間、衛は自分に対して、ずっと罪悪感を感じていたのではないか──と。

 廉太郎という、明日香にとって唯一無二な家族を──救うことはおろか、自らの手で殺めてしまった。

 そのことに責任を感じ、明日香に対して踏み込めなかったのではないか。


 その根拠を、この闇の空間に来る前に、明日香は見つけていた。

 ──ここに来る直前、衛は言っていた。


『──東條廉太郎先生を、この道場で殺した犯人は──!他の誰でもねえ!!この俺だ!!──』


 ──確かに、そう言っていた。


 あの時の明日香は、動揺していたので気付けなかった。

 衛が告げた言葉が受け入れられなかったため、全く理解できなかった。


 しかし──その悲痛な叫びに。

 そして、叫んだ衛の表情に──全てが込められていた。


「……あ……」

 あの時の衛は──。

 あの時の衛の顔は──。

「あ……!あ……ああ…………!!」


 ──悲しみと絶望に、打ちのめされた顔をしていた。

 大切な人を殺してしまったという現実。

 そして、明日香の大切な家族を救えなかったという罪に、完全に打ちのめされていた。


 しかし──それでも衛は、必死に闘っていた。

 後悔と、罪悪感。

 そして、これから自分が為さねばならないことへの重圧と、必死に闘っていた。


 だが──昨晩、夕食の後片付けをしていた時。


『──…………実は…………東條先生のことなんだけど…………──』


 明日香の傍らで、衛は何かを言おうとしていた。

 直後に、明日香が倒れてしまったため、それ以上衛の口からは何も聞けなかった。

 しかし、今思えば。

 あの時衛は、明日香にあの夜のことを告げようとしていたのではないだろうか。

 罪の意識に耐えられず、明日香に全てを告白し、懺悔しようとしていたのでは。


「あ……あた、し……!」

 ──そして、その直前に。

 明日香は、言ってしまっていた。


『──もし・・・あたしが考えてることが本当なら・・・──』


 祖父を殺した犯人に対する想いを。

 

『──・・・犯人を、絶対に許さない。・・・あたしが必ず・・・おじいちゃんの仇を討ちます──』


 隣にいる人物が、どんな想いをしているのかも知らずに。


「あ……あたし……何てことを……!」

 明日香の両目から、大粒の涙が溢れた。

 ──もし。

 もし衛が、今自分が悟った通り、ずっと罪悪感を抱いていたのだとしたら。

 自分が言った言葉は、衛を深く傷つけたはずだ──明日香はそう思い、涙を流し続けた。


「……青木さんに……あたし……あたし、は……!」

 ──自分が憎むべき相手は、祖父を死へと追いやった犯人である。

 その犯人はつどいむしゃであり、決して衛ではない。

 衛は、自分が知らないところで、祖父と自分のために闘ってくれていた。

 祖父を救うために、そして自分を守るために、闘ってくれていた。

 そんな衛に対して、犯人扱いをしたり、憎んだりすることなど、出来るはずがない──事実を知った今の明日香はそう思っていたし、そう断言することも出来た。


 しかし──あの時の明日香は、何も知らなかった。

 衛が、過失とはいえ祖父の命を奪ってしまったことを。

 そのことに、罪の意識を感じていたことを。

 自分が言った言葉は──衛を、知らず知らずのうちに傷付けていたのである。

 知らなかったとは言え──明日香は、衛の心の傷を、大きく抉っていたのである。


「……うっ……ううっ……!」

 ──それでも。

 衛は今、闘っている。

 つどいむしゃに取り込まれた廉太郎を救うために。

 そして、つどいむしゃの魔の手から、明日香を守るために。

 救えなかった、殺めてしまったという罪の意識に押しつぶされそうになりながらも、それを必死に堪え、闘ってくれているのである。

 明日香と、廉太郎のために。

 そして──自身の罪を償うために、己の持つ全ての力と、命を懸けて。


「…………謝らなきゃ…………」

 ──明日香は、涙を拭った。

「……青木さんに……謝らなきゃ……!」

 そして、瞳に決意をたぎらせた。

「青木さんを、助けなきゃ……!!」

 その決意に、闘志という名の蒔をくべる。

 瞳にたぎる意志の火は、炎となって大きく燃え上がっていた。


「教えて……おじいちゃん……!あたし、どうすれば青木さんの力になれるの!?」

 明日香は、廉太郎に問い掛ける。

「青木さんを助けなきゃ……!助けて、謝らなきゃ……!だから、教えておじいちゃん!青木さんを助ける方法を……!!」


『落ち着くんだ、明日香。落ち着きなさい』

 切羽詰まった様子の明日香を、廉太郎は冷静になだめた。

『青木君を助ける方法ならある』

「本当……!?」

『ああ。たった一つ。……青木君と力を合わせ、闘うんだ』

「……!どうやって……!?」

 明日香は一瞬、目を僅かに見開く。

 しかし、即座に驚きを塗り潰し、廉太郎に訊ねた。


 廉太郎は、冷静な調子を保ちつつ、答えた。

『お前の中に眠っていた、現影身の力を使うんだ』


「現影身……!?それって、おじいちゃんが持ってる力のはずじゃあ──」

『そうだ。現影身は、私の身体に備わっていた超能力だ。そしてその能力は、お前の体にも遺伝している』

「現影身が……あたしにも……?でも、あたし今まで、そんな力を使ったことなんて……」

『いや……気付かなかっただけで、お前は実は使っていたんだ。稽古の時、お前の身体から、稀に現影身が生じることがあった』

「……!そうだったの……?」

『ああ。と言っても、その時はまだ、お前の現影身の力は完全に目覚めている訳ではなかった。……しかし、今回。つどいむしゃがお前の身体に取り憑き、私の現影身を使ったことで、お前の中の現影身が共鳴し、完全に覚醒した。今のお前ならば、私のように現影身を扱うことが出来る』

「現影身……私の……」

 廉太郎の話を聞いて、明日香は己の手を見た。

 以前の明日香のものと変わらない手。

 その手を、明日香はじっと見つめた。


 そんな孫に対し、廉太郎は説明を続けた。

『……しかし、現影身だけでは駄目だ。慢心しやすい性格とはいえ、つどいむしゃは強力な力を秘めている。普通の刀で奴に立ち向かうのは、遥かに危険だ』

「それじゃあ、どうするの……?」

 明日香は、己の手の平から祖父へと視線を戻し、問い掛ける。

『青木君に頼み、とある武器を持ってきてもらっている。それを使うんだ』

「武器……?それって、どんな武器なの?」

『刀だよ。だが、普通の刀ではない。斬妖刀という、妖怪を斬るために生まれた刀だ。そして、その斬妖刀は──』


 ──その時であった。

『……む……!?』

 廉太郎が、眉根を寄せながら周囲を見る。

 直後に、地響きのような音が響き渡った。

「な、何!?」

 驚愕の声を上げる明日香。

 それと同時に、周囲に変化が起こった。

 クレーター状になって固まっていた泥の壁が、ゆっくりと溶け始めたのである。

 泥は、再びタールのような粘り気を取り戻しながら、中央の明日香と廉太郎のもとに向かって集まっていく。


『クッ……全てを語る時間はないか……!』

 廉太郎は、忌々し気にそう吐き捨てる。

 そして、真剣な表情で、明日香に告げた。

『やむを得ん!明日香、手短にではあるが、これからお前に現影身の使い方を教える!それを使って、つどいむしゃと闘うんだ!!』

「……!はいッ!!」

 明日香は、威勢良く返事をした。

 その瞳に映る決意には、一片の揺らぎもなかった。


 ──泥が再び満ちるまで、あと僅かであった。

 次の投稿日は未定です。

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