祖父の現影 四十二
『……つどいむしゃの正体は、戦国時代に合戦で討ち死にした若武者──真島新之助。この真島という男が、死後に悪霊となり、他者の霊魂を吸収し始めたんだ。それがやがて、強い力を持ち始め、遂にはつどいむしゃという凶悪な妖怪へと変化し、人間の体を乗っ取り始めたんだ』
「…………」
『つどいむしゃの霊体は、この真島という武者の霊魂を核として、吸収した数多くの霊魂が集まって出来ている。だから、つどいむしゃを攻撃したとしても、吸収した霊魂が核の身代わりとなるため、倒すことは出来ない。……奴を倒す方法はただ一つ。つどいむしゃの核へと攻撃を行い、消滅させることだ。そのためにはまず、奴を人間の身体から引き剥がし、丸裸にする必要がある』
「引き剥がす……それじゃあ、その方法は……?」
『うむ。つどいむしゃが人体を乗っ取る仕組み……これを打ち破れば、つどいむしゃを剥がすことが出来る』
そう言うと、廉太郎は二本の指を立てた手を掲げ、解説を始めた。
『つどいむしゃが、人間の体を乗っ取るためには、二つの条件がある。まず一つ目は、取り憑いた人間の心に神経を根付かせること。そして二つ目は、取り憑いた者の心を負の泥で満たすことだ』
「……?『神経』と……『負の感情』……?」
『そうだ。さっきお前に絡み付いていた植物のようなもの……それが神経だ。この神経が根付いた状態で、取り憑いた人間の肉体が死ぬと、その人間の霊魂はつどいむしゃに引き摺られるような形で共に体外へと抜け出し、つどいむしゃに吸収されてしまう。……そして、この空間に積もっていた泥のようなものが、負の感情だ。あれは、つどいむしゃの妖気と負の感情とが混ざりあって出来た泥なんだ』
「……!」
祖父の言葉に、思わず明日香は周囲を見渡す。
二人の周囲には、クレーター状になったまま固まっている泥の壁が。
そして足元には、廉太郎によって切り捨てられた、自身に絡み付いていた植物のくずがばら撒かれていた。
「……この植物と泥が……乗っ取られる原因だったの……?」
『ああ。霊魂から伸びる神経を心へ根付かせること。そして、怒りや悲しみの泥で心を埋め尽くすこと。この二つの条件が完全に揃うことで、つどいむしゃは人間の肉体を完全に乗っ取ることが出来る。』
「二つが揃わなきゃ、乗っ取れないの?それじゃあ、両方揃わなくて、片方だけだった場合は?」
『良い質問だ。……実は、片方の条件しか満たされなかった場合、完全に身体を乗っ取ることはできない。一時的に身体を操ることは出来るが、身体の元の持ち主の意識が戻り、動きが阻害される場合がある。……あの時の、私のようにな』
その解説を聞いて、明日香は先程目にした過去の光景を思い出した。
金縛りにあったかの如く身動きが出来ないでいる、つどいむしゃの姿を。
確かにその時も、廉太郎の意識は回復していた。
「ん……?」
その時、明日香の頭に疑問が浮かんだ。
「……ってことは……おじいちゃんの時は、両方の条件が満たされてなかったってこと?」
『ああ。……と言っても、青木君に私を殺すように指示した際には、両方の条件は完全に揃ってしまっていたんだ。しかし青木君が、私の身体からつどいむしゃを消滅させようと、抗体を流し込んでくれた。その結果、つどいむしゃが生み出した負の感情の泥を、僅かではあるが消すことが出来たんだ。それを感じ取ったつどいむしゃは、全ての泥が消されてしまう前に、慌てて私の身体を操り、青木君を殺そうとした。彼を殺し、私の心を再び負の泥で埋め尽くすためにな。……だが、私の心の泥は、抗体で一時的に消えていた。だから私は、一瞬意識を取り戻し、つどいむしゃの行動を妨害することが出来たんだ』
「それじゃあ……青木さんの抗体は、つどいむしゃの泥に効くんだね」
『ああ。だが神経は、青木君の抗体でも消滅させることは出来ない。つどいむしゃの神経は、取り憑いた人間の心の奥深くまで入り込んでいる。もし無理にでも抗体で神経を除去しようとすれば、その人間の心や命に危険が及んでしまう。だから青木君は、私に抗体を流し込む時、私の心を壊さないよう手心を加えなければならなかった。だから、神経を取り除けなかったんだ』
「それじゃあ、神経を取り除く方法は無いの……?」
『いや、方法は一つだけある。つどいむしゃが、自分から神経の接続を切り離すことだ』
「……!?つどいむしゃが……自分から……!?」
廉太郎の言葉を聞き、明日香は不安そうな顔をした。
「無理だよ……!つどいむしゃは、人間の身体を乗っ取るために神経を繋いでるんでしょ?その繋がりを、自分で断ち切ろうとするわけがないよ……!」
『まあ、普通に考えればそうだな。わざわざ取り憑いた人間から手を引くことなど、つどいむしゃに限って絶対に有り得ん。……だがな、今ならそれをやる。この私の霊魂を取り込んでいる、現在のつどいむしゃなら』
「……?どういうこと……?」
不安げな表情のまま、明日香は問い掛ける。
それに対して廉太郎は、真剣な表情を崩さずに言った。
『簡単な話さ。今の私は、つどいむしゃだ。だから、お前との神経の繋がりを断ち切ることが出来る』
「あ……!」
廉太郎が出した解答。
その思いの外単純な答えに、明日香は目を丸くした。
「で、でも……本当にそんなことが出来るの……!?」
『出来るも何も、さっき実際にやって見せたじゃないか』
「えっ、あ──」
その言葉に、明日香ははっとした顔で足元を見た。
暗い足元に散らばる、植物の切れ端。
祖父によって切り捨てられた、神経の残骸を見た。
そんな孫の様子を見て、廉太郎は僅かに苦笑し──そして、小さな溜め息を吐いた。
『だが……口で言うのは簡単だが、実際にやるには機を待たねばならなかった。もし私が神経を切り離せば、つどいむしゃはすぐに異常を察知し、何が起こったのかを調べるはずだからな』
「……そして、おじいちゃんの意識がまだ残っていることに気付いて、今度こそ完全に吸収しようとする……?」
「そうだ。だから、もしそうなってしまえば、お前を助けられる方法が完全に潰えてしまう。そもそも、神経を切り離したとしても、まだ泥が残っている。この泥を消滅させなければ、結局つどいむしゃの縛めから逃れたことにはならない。……だが、つどいむしゃの一部となった私にも、泥は対処出来ない。泥を消すことが出来るのは、青木君のみ。……だから、青木君に助けを求めたんだ』
次回は、今日の夜7時以降に投稿する予定です。




