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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 三十六

『うおおおおおおおっ!!』

 廉太郎が叫んだ。

 その体は徐々に加速しながら、降り積もった泥に向かって落下を続けていた。

 そして、泥に着地する直前、逆手に持った刀を、落下しながら思いきり下に突き刺した。


 次の瞬間──泥が、爆ぜた。

 水面に水滴が落ちたかの如く、泥は刀が突き刺さった地点を中心に、王冠状の飛沫となって弾けていた。

 更に次の瞬間──その王冠状の飛沫を残したまま、泥が固まった。

 月面に浮き彫りになった巨大なクレーターの如き凹みが、闇の空間内に出来上がっていた。


 そのクレーターの中心には、刀を地に突き立てたままの廉太郎が。

 そしてその目の前には、明日香の姿があった。

 彼女が身に纏う道着には、泥による汚れは少しも付いていない。

 しかし、依然として、あの謎の植物が身体にまとわり付いていた。


『明日香!!大丈夫か!?』

 真剣な表情で、廉太郎は明日香の傍に駆け寄る。

 そして──

「むん──ッ……!!」

 明日香の頭上──天から延びる植物に向かって、手にした刀を横薙ぎに振る。

 明日香が抵抗をものともしなかった植物は、その一閃によって、綺麗に切断されていた。


「お、おじいちゃん……!?なっ、何で、どうして、ここに……!?」

 涙をボロボロと零し続けながら、明日香はそう言った。

 歓喜、そして驚愕。その二つによって、明日香は混乱し切っていた。


 その合間に廉太郎は、明日香に絡み付いたままの植物の断片を、素手で引き剥がしていた。

 素早く、しかし丁寧に。

 明日香の体中の蔦を、必死の形相で除去していく。

 そして、それら全てを除去し終え、明日香の身体に異常がないことを確認した後──

『良かった……!()は完全に食い込んではいない……!間に合ったか……!!』

 ほっとした様子で、廉太郎は、そう呟いた。


『明日香、もう少し我慢してくれ……!今、青木君が時間を稼いでくれている……!その間に──』

「……!」

 その時、明日香の表情が凍り付いた。衛の名を耳にした、まさにその瞬間であった。

  明日香の脳裏に、この短時間の間に起こった出来事がフラッシュバックした。

 ──祖父の死。

 ──真実。

 ──退魔師。

 ──つどいむしゃ。

 ──青木衛。

 ──殺害。

 ──愛情。

 ──侮蔑。

 ──憎悪。

 ──鮮血。

 ──苦悶の声。

 ──泥──泥──泥──。

 一瞬のうちに、明日香の脳内に、数多くの出来事と真実の記憶が甦り、暴走する。


「っ……!ま、待っておじいちゃん……!」

 明日香は後退り、祖父から距離を置いた。

 そして、混乱する頭を必死に抑えようとしながらも、訊ねてしまっていた。

「じ、『時間を稼いでる』って、何のこと……!?青木さんは、青木さんは、おじいちゃんのことを嫌ってるんじゃなかったの……!?青木さんは、おじいちゃんを殺したんだよ……!?」

 明日香はその後も、頭の中に渦巻く疑問を次々に放っていく。

「そもそも、おじいちゃんはどうして生きてるの!?おじいちゃんは死んだはずでしょ!?一体何がどうなって──」


「明日香……!」

 そんな彼女に近寄り、廉太郎はなだめた。

『落ち着きなさい……!青木君は敵ではない……!彼は──』

「嘘だ……!おじいちゃんは、青木さんに殺されたんだ!あたしはさっき、その時の光景を見たんだ!あ、あれが!あれが真実なんだ!だから、だからおじいちゃんは、あたしに『憎め』、『殺せ』って──」

『明日香!!』

「……!!」

 廉太郎の一喝。

 錯乱状態になっていた明日香は、祖父の声によって、我に返っていた。


『騙されるな!先程のあの光景は、真実ではなくまやかしだ!先程から鳴り響いていたあの恨めしそうな声も、私が発したものではない!』

「え……?じゃ、じゃあ、一体……!?」

『つどいむしゃだ……!』

「え……!?」

『お前の身体には今、つどいむしゃが取り憑いている』

「……つどい……むしゃ……が……」

『そうだ。そしてここは、お前の心の中だ。つどいむしゃによって浸食されかけている、お前の心の世界なんだ。つどいむしゃは、お前の心と体を完全に乗っ取るために、私の記憶と声を改竄して、お前を押し潰そうとしているんだ』


 廉太郎は、そこで一旦言葉を区切った。

 そのまま目を閉じ、何度か息を吸い、吐く。

 そして、呼吸が整ったことを確認した後、再び口を開いた。


『そして、青木君のことだが……。確かに……結果的に私は、彼の拳によって命を落とした。……だが私は、彼を憎んではいない。それどころか、彼に感謝をしているくらいだ』

「え……?ど、どうして……!?」

『彼は、本当は私を助けようとしてくれていたからだ。そして彼は今も、私とお前を救うために闘ってくれている。一年前のあの日のように、己の持つ力の全てと、命を懸けて』

「……!『救う』……?『命を、懸けて』……?」

 目を見開き驚く明日香。

 祖父が言っている言葉の意味が、芯から理解できていなかった。


 そんな孫の様子を見た廉太郎は、一度ゆっくりと頷き、語り始めた。

『全てを話そう、明日香。一年前のあの日、何が起こったのかを。そして今、お前の身に、何が起こっているのかを』

 次の投稿日は未定です。

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