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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
159/310

祖父の現影 三十三

「『『『おおおおおッ!!』』』」

 歓喜の声と共に、つどいむしゃが刀を振り下ろす。

 同時に、その周囲を浮遊する三本の刀も、衛に向かって突撃する。

(今だ!!)

 その瞬間、衛も鋼鎧功を発動させた。

 残る体力と抗体の多くを消費し、全身の皮膚を、鋼鉄の鎧へと変える。

 ──遮る雨と風。

 ──それらを意に介さず斬り裂いて進む四つの凶刃。


 そして──そして──。

 それらの刃が──

「『『『…………ッ!』』』」


 ──ピタリと、静止した。


「……!?」

 衛は目を見開き、驚愕した。

 つどいむしゃが振り下ろした刀は、衛の身体から一ミリほど離れた辺りで止まっていた。衛に向かって突撃していた三本の刀も、今は直進を止め、その場に漂い続けていた。

 ──当然、三本とも折れてはいない。鋼鎧功を発動した衛には全く触れていないため、折れるどころか、傷すらついていなかった。


「『『『でやァッ!!』』』」

 つどいむしゃが、驚愕している衛の隙をつき、渾身の力で押し蹴った。

「っ……!?」

 衛の体が宙を舞う。

 道場の屋根から足が離れ、地面に叩きつけられそうになる。

「クッ!」

 落下中に、衛は鋼鎧功を中止。そのまま宙でくるりと回転。両足で着地した。


「『『『おおおっ!』』』」

 それと同時に、つどいむしゃが屋根から飛び降りた。

 その両手には、逆手に握られた刀が。真下にいる衛を、串刺しにするつもりであった。

「……!!」

 衛は、すぐさまその場から飛び退いた。

 その地面に、刀が突き刺さる。ほんの少しでも回避が遅れていたら、衛の心臓は完全に貫かれていたであろう。


「……ぐ……!」

 立ち上がった衛は、つどいむしゃを睨みつけたまま、呻き声を漏らす。苦悶と、焦りの呻きを。そうしながら、先程蹴られたばかりの腹部を、右手でさすった。

 ──蹴られた箇所に、特に痛みはない。蹴られた時点では、まだ鋼鎧功を持続させていたため、蹴りのダメージは全くなかった。

 しかし、肉体に痛みはなかったが──精神には、計り知れないほどの衝撃が叩き込まれていた。


(何故だ……!?何故バレた!?)

 両目を見開いたまま、衛はそう思った。

(鋼鎧功を使うタイミングは、完璧だった……!気取られないように、細心の注意も払っていたはずだ……!なのに何故バレたんだ……!?)

 衛の顔の表面を、雨露に混じった汗が大量に伝う。

 それらの汗と同じくらい、衛の頭の中では、数多くの疑問が噴出していた。それらによって生じた動揺と焦燥感が、衛の頭の中を徐々に支配していく。

 何とかして落ち着かなければ──そう思った衛は、平常心を取り戻すべく、それらの疑問をシャットアウトしようと試みた。

 しかし、疑問という名の間欠泉は、決して途切れることなく、幾度も幾度も噴出を続けていた。


「『『『ふ……ふはは……!!ふはははははははははは!!』』』」

 その様子を見たつどいむしゃは、高笑いを発した。明日香の声に重なった複数の男の声が、雨の降りしきる夜空に渦巻き、反響した。

「『『『ははははははは!どうした小僧!!お主の企みが筒抜けであったことが解せぬか!?甘いわ、この間抜けな小僧めが!ふはははははははははははははは!!』』』」

「くっ……!」


 衛の顔が、動揺と焦りによって歪む。

 その表情に刻み込まれた感情は、決して演技によるものではない。心の奥底から湧き出る感情が、そこに現れていた。

 それを見たつどいむしゃは、一層大きな嘲笑を上げるのであった。


「『『『ふはははははは!!先の戦では、お主の術によってまんまと剣を折られてしまった!!今でもよく憶えておる……!お主が刀を受けるその刹那に、刃が砕け散ったあの絶望を……!!』』』」

「……何?」

「『『『しかし、如何なる奇策であろうと、一度目にしてしまえば二度は通じぬ!お主の小細工など恐るるに足らぬわ!!これにてようやく、先の戦の恨みを晴らすことが──』』』」

「……おい、待てよ」

「『『『……ぬ?』』』」

 衛の静かな一言。

 それが、つどいむしゃの上機嫌な言葉を遮った。


「てめぇ……何の話をしてやがる……?」

「『『『何の話、とは?お主の方こそ、一体何の話をしておるのだ?』』』」

「……とぼけるな」

 おどけたような様子で答えるつどいむしゃに対し、衛は苛立ちを押し殺したような声を発した。


「前にてめえと闘った時……俺は、てめぇの刀を折ったりなんかしてねえ。それどころか……あの時の俺は、避けるのに精一杯で、防御の仙術なんか一度も使わなかった……!!だが、てめぇのその口振りは……!そして、さっきの俺の術に対する対抗策は……!まるで──」

 ──決して、嘘を言ったわけでもない。かといって、つどいむしゃが勘違いをしているとも思えない。

 まるで、本当にその目で見たような。現実に経験した失敗から学んだような──そんな様子を、衛はつどいむしゃから感じ取っていた。そして衛は、そんなつどいむしゃの様子が、妙に引っ掛かったのである。


「ク……ククク……!」

 その時、つどいむしゃが再び笑いだした。

 先程までのような、やかましいほどの高笑いではなく、低く静かな笑い声であった。

「『『『よくぞ聞いてくれたな、小僧……。いや──魔拳よ』』』」

「……?」

 衛が、眉をひそめる。

 つどいむしゃの雰囲気が、変わったような気がしたのである。


「『『『確かに──お主の言う通り、我々との戦では、お主は体を鋼のように硬くなる術は使わなかった。我々も、刀を折られたりはせなんだ。……『あの時』の、我々は、な』』』」

「……何?」

 含みのある言い方をするつどいむしゃ。

 その言葉に、衛はますます訳の分からないといった顔をした。

「『『『だがな、魔拳よ……。我々は、確かに目にしたのだ。お主の体が、鋼の鎧と化す光景を。そして、感じたのだ。お主の肉体に、刀が打ち負けた絶望を、な』』』」

「……」

「『『『そして、魔拳よ……。我々がそれらを目にし、感じ取った『先の戦』とは……。東條廉太郎の肉体を使った、あの戦のことではない。『その後』の戦のことなのだ』』』」

「何……!?」

 目を見開く衛。

 そんなはずはない。そんなこと、あるはずがない──そう思った。


 衛に敗れた後、つどいむしゃは明日香の身体へと乗り移り、休眠状態に入っている。そして、彼女の体を乗っ取るべく、休眠状態のまま明日香の精神をじわじわと侵食し続けていたのである。

 故に、この一年間、つどいむしゃが誰かの体を自由に扱う機会などなかったはずである。もし仮にあったとしても、衛は一年前のあの日から今日に至るまで、つどいむしゃと闘ったことはない。

 では、つどいむしゃは一体、何の話をしているのか──焦燥感で混乱している頭を必死に動かし、衛は謎を解き明かそうとしていた、その時であった。


「『『『フン……まだ分からぬか。ならば、その身を以て知るがいい。我々がいつ、お主の術を目にしたのか。そして、いつ刀を折られたのかをな』』』」

 つどいむしゃはそう呟くと、笑みを浮かべたまま、左手を宙へと掲げて見せた。その手の平に向かって、宙を漂う刀のうちの一振り──小太刀が、ゆっくりと近付いていく。そして、その柄が左手に触れると、つどいむしゃはゆっくりと、その小太刀を握った。


「『『『つまり、だ──』』』」

 その時──つどいむしゃの笑い方が、変わった。

 不適な笑みを浮かべた少女のその表情は──口の端が吊り上がり、残酷で下卑た笑い方へ、ぬるりと変わっていた。



「『……こォいうことだぜ……このクソガキがァッ!!』」



 刹那──つどいむしゃが動いた。

 右手の太刀と、左手の小太刀の切っ先を衛へ向ける。そして、無数の残像を迸らせながら、衛の五体を斬り裂かんと突撃した。

「『オラオラァァァッッ!!』」

「ぐっ──!?」

 ──鳴り響く剣戟音。そして、血が飛ぶ音。衛の頬に、僅かな切り傷が生じていた。

 つどいむしゃの太刀筋が──変わっていた。

 斬撃の速さと複雑さ、そして現影身による視覚の翻弄により、衛は全ての攻めに対して対応できず、防ぎ切ることが出来なかった。


「『ヒャハハハハハハ!!』」

 つどいむしゃの連撃は、尚も続いていた。

 ゲラゲラとけたたましい笑い声をまき散らしながら、両手の刀を休めることなく振い続ける。

「ぐぅっ!!」

 衛は刃を食いしばり、柳葉刀で応戦する。

 捌き、逸らし、それらが出来ぬならば、真正面から受け止める。

 その度に、ガキンガキンという激しい剣戟の音が両者の間で響いた。


「『ギャハハハ!!オラオラどうしたどうしたへばってんじゃねェぞこのクソチビ野郎ォォォッ!!』」

 つどいむしゃが、衛を挑発する。

 体を奪われた明日香の声に、下品そうに嘲笑する男の声が重なっていた。

 ──その重なった声は、多数の男の声ではない。

 ──一人の男の声であった。


「っ……ぐ……!」

 衛が、苦痛に顔を歪める。

 捌ききれなかった斬撃によって、衛の身体に切り傷が生じ、鮮血によって赤く染まっていた。

「糞がッ!!」

「『ぅおっとォ!?』」

 衛は不意に、力を込めて柳葉刀を横薙ぎに振った。

 それにより、つどいむしゃの両の刀が弾かれる。

 一瞬、つどいむしゃの動きが、確かに止まった。


(今のうちに──!)

 その隙に衛は、つどいむしゃから距離をとるべく、数歩分バックステップする。

 ──あのまま打ち合っていれば、いずれ体力が尽き、斬り殺される。その前に、何とか距離をとって、仕切り直さなければ──そう思い、衛は後方へ、素早く跳躍する。


 ──しかしその時。

「『フン……逃がさぬぞ……!』」

 つどいむしゃの一言が、衛の耳に響く。

 その声の主は、紛れもなく明日香の声だが、重なる声の主は、先程の者に非ず。冷静さと、冷酷さを感じさせる声──違う男の声であった。


「『……!』」

 つどいむしゃは、左手の小太刀を宙へ放り投げると、右手の太刀を再び両手で握った。

 その刀から──一瞬、妖気が立ち上った。

「『キエエエエエエエッ!!』」

 殺気の込められた声を発しながら、つどいむしゃが刃を振るう。

 その刃から、妖気によって形成された衝撃波が発生。

 衝撃波は凄まじい速度で、数歩先の衛に──否、その足元に向かって疾走する。

 そして、一瞬のうちに、砂利の敷き詰められた地面に到達。その衝撃によって、無数の砂利が砕け、四方へと飛び散る。


「ぐぅッ!?」

 飛び退きながら、衛は交差させた両腕で目を庇う。飛び散った砂利の破片が、衛に直撃。散弾の如く、衛の肉体に食い込み、血飛沫が舞う。

 両腕を交差させて顔を守っていたため、両目は無事であった。しかし、その両腕にも、砂利の散弾が深く突き刺さり、血が迸っていた。


 直後──

「『フンッ!!』」

 つどいむしゃが、一瞬で距離を詰め、衛に斬りかかってきた。

「っ……!」

 衛はその斬撃を、柳葉刀で何とか弾く。

 しかし、つどいむしゃは容赦することなく、すかさず猛攻を仕掛けて来た。

「『チィェァアアッ!!』」

 つどいむしゃの太刀筋が、またしても変わっていた。

 先程の、二刀によるトリッキーな連撃も凄まじいものであったが、その中には荒さやいい加減さが感じられる動きもあった。

 しかし、現在のつどいむしゃの太刀筋は違う。正確無比──油断も隙もなく、確実にこちらの息の根を止めようとする、冷たい殺意を感じさせる剣であった。


「『せあァッ!!』」

「く……!」

 それらの斬撃を、衛は何とか防ごうとする。

 しかし──腕が上手く動かせない。

 腕に抉り込んだ石によって、腕を自由に動かすことが出来なかった。

 そのような状態でも衛は、体の底から気合いを振り絞り、応戦する。

 痛みと違和感を堪えながら、つどいむしゃの正確無比な斬撃に付いて行く。

 だが──やがて、隙が生じ始めた。

 衛の動きが徐々に、つどいむしゃの攻撃に対して、僅かに遅れ始めたのである。

 そしてその隙を、つどいむしゃは見逃さなかった。


「『がはははは!!くたばれ、生意気な小僧めが!!』」

 明日香の声に重なるつどいむしゃの声色が、またしても変わった。

 こちらを小馬鹿にする声でも、冷酷さを滲ませた声でもない。

 豪快にして粗野な、野太い男の声であった。

 そのような声色で笑いながら、つどいむしゃは衛に向かって、手にした太刀を投擲した。

「っ……ぐっ!!」

 衛はそれを、柳葉刀で弾いた。

 投擲の衝撃が凄まじく、刀を手にした右手が、ビリビリと震えていた。


 直後──つどいむしゃが、一気に間合いを詰めて来る。

 そうしながら、浮遊していた三本の刀の一振り──大太刀を両手で握る。

 そして、それを天に掲げるかの如く大きく振り上げ──

「『剛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』」

 ──渾身の力で、落雷の如く振り下ろした。

 その一瞬──衛には、小柄な明日香の姿が、何十倍にも大きくなったように感じられた。


(受けたらマズい!!)

 ──真正面から防いだら、柳葉刀ごと叩き斬られる。

 そう思った衛は、直感的に斜め前の方向へと跳躍した。

 一瞬、バキン──という、甲高く激しい音が響いた。

 音を聞きながら、衛は砂利の上を転がる。

 そして再び立ち上がり、右手の柳葉刀を構えた。


 そこで、衛は気付いた。

「……!」

 ──柳葉刀が、先端から数えて約十数センチほど、短くなっていた。

 折れていたのである。

 折れた刀身は、つどいむしゃの足元に散乱していた。

 まるで、割れた窓ガラスが地面にばら撒かれているかのようであった。


「『ガハハハハ!!どうだ小僧!!俺の怪力を目の当たりにして恐れおののいたか!!ガハハハハハハ!!』」

 つどいむしゃが、暴風の如き笑い声をまき散らす。

 衛の刀を折ることが出来た快感に、心から酔いしれているようであった。


 その直後──満面の笑みを浮かべていた顔が、突然、怒った顔つきになる。

「『……って、何調子こいてんだ、このダボがッ!!あいつの刀、まだオシャカになってねェだろォが!!どうせやるなら、あのチビごとぶった斬るつもりで振れってんだよこのボケ!!』」

 そして、唾を飛ばしながら、口汚く罵り始めたのである。

 先程までのような、豪快な様子は感じられない。まるで人が変わったかのように、罵倒の言葉をやかましく喚き続けていた。


「『……やめろ、お前たち』」

 その時、またしても、つどいむしゃの顔つきが変わった。

 怒りを滲ませた表情から、冷酷さを感じさせるような、鋭い目付きの表情へと移り変わっていた。

「『下らぬことを言い争っている時間などない。口喧嘩ならば、眼前の獲物を仕留めてからすることだな』」

 たしなめるように、静かな口調でそう呟く。

 言葉の調子は冷静ではあったが、その節々には、衛に対する明確な敵意が含まれていた。


「…………」

 衛はその様子を、半ば呆然としながら見つめていた。

 野蛮で荒々しい人格、柄の悪い威嚇的な人格、殺気に満ちた冷酷な人格──次々につどいむしゃの人格が変わっていく様を見つめながら、頭の中で事態を把握しようとしていた。


「……そう……か……!」

 その表情に──変化が生じ始める。

 丸くなっていた両目は、刃物の如く鋭い形に。開いていた口は、歯を剥き出した獣のような形に。みるみる内に、怒りの表情へと変わっていき、そして最後には、見た者全てを震え上がらせるような、悪鬼の如き形相へと変化していた。


「そういう……ことか……!!」

 ──気付いたのである。

 現在のつどいむしゃは、自らが過去に吸収した剣術使いの人格に切り替わっている状態なのだということに。

 ──理解したのである。

 つどいむしゃのその人格は、かつて衛が出会い、立ち会ったことのある存在であるということを。

 そして──その闘いで、衛がその存在を討ち滅ぼしたのだということを。


「貴様……いや……!!」

 衛は、その鬼神の如き形相の中に、凄まじい憎悪と殺意を燃え滾らせた。

 そして、吐き捨てた。その人格の、生前の名を。

「貴様等は……!!」

 かつて渋谷の街で、六十九名もの罪無き人々の命を無差別に奪った、残虐非道の妖怪たちの名を。


「構え太刀……ッ!!三兄弟かッ!!」

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