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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
158/310

祖父の現影 三十二

 前回の投稿から日が空いてしまい、申し訳ありませんでした。

 それでは、よろしくお願いします。

22

「『『『くあっ!!』』』」

「ふんっ!!」

 ──雨の降り注ぐ、東條家の庭。結界という名の、黙視出来ぬ檻によって隔絶された空間の中。そこでは未だ、つどいむしゃと衛の壮絶な果たし合いが繰り広げられていた。


「『『『オオオッ!!』』』」

 怒号と同時に、つどいむしゃの周囲を漂っていた三本の刀が射出された。降り注ぐ雨粒をものともせず、殺気と妖気をまとった刃が、衛を突き刺さんと迫る。

「──!」

 それを見た衛は、刀背を身体にまとわり付かせるようにして柳葉刀を振った。その刀の軌道に従うように、刀を包む赤光が、竜巻の如く宙を舞う。

 直後、甲高い音と共に三本の日本刀が弾かれ、庭の水溜りの上に転がった。


「『『『けああっ!』』』」

 次の瞬間、つどいむしゃが大きく一歩踏み出した。砂利を蹴飛ばし、水溜りを踏み潰し、衛に向かって距離を詰める。

 そして、黒い残像を振り撒きつつ、手にした刀を振り下ろした。

「──っ!!」

 自身の皮膚に触れようとした刹那──衛は辛うじてその刀を、自身の得物で逸らした。


 それに遅れ、現影身が突風を起こさんばかりの勢いで柳葉刀へと迫る。

 が──直後、黒い分身は跡形もなく霧散した。柳葉刀を包む抗体が、現影身を分解・消滅させたのである。

 もし抗体でコーティングしていなかったら、今の分身の猛攻で、柳葉刀は折れていたかもしれない──衛はそんなことを考えながら、つどいむしゃの放つ斬撃を防ぎ、躱し続けた。


「──!」

 刹那──衛の背筋を、ぞくりとした感覚が駆け抜ける。

 妖気、そして殺気──背後からである。

「っ!!」

 衛は無意識の内に跳躍し、その場を離れる。

 直後、射出された三本の刀が、先程まで衛が立っていた場所に突き刺さった。


「『『『ぬおおっ!』』』」

 着地し、体勢を立て直そうとする衛に、またしてもつどいむしゃが迫る。黒い残像をばらまきながら、横凪ぎに刀を振った。

「チッ──!」

 首元に迫る刃を、衛は柳葉刀で辛うじて逸らす。

 間髪入れずに、つどいむしゃによって斬撃が放たれる。

 それもまた、衛は何とか弾いた。


「『『『──っ!!』』』」

 つどいむしゃが、更に斬りかかって来る。

 実体の持つ刀と、分身による無数の残像による嵐の如き猛攻が、衛の五体を切り刻まんと迫り来る。

「『『『ふんッ!!』』』」

「ぐ──っ!」

「『『『エエエイッ!!』』』」

「──っ!」

「『『『ちぇァアアッ!!』』』」

「クソッ──!!」

 ──立ち合っている両者の声が。そして、刀同士の打ち合いによる甲高い音が、雨の夜空に響き渡る。

 音は更に──より一層激しさを増して、果し合いの場に満ち溢れていく。

 既にそれらは、豪雨が地面を打ち鳴らす音よりも、騒然たるものになっていた。


 それらの音の中に──疲労の色の滲む声が混じり始めた。

 つどいむしゃの声ではない。

 衛の声であった。

「っ……く……!」

 柳葉刀に抗体を流し続けながら闘わなければならないため、衛は著しく体力を消耗していた。

 その瞳に宿る闘志は潰えてはいないが、表情にはうっすらと、疲労の痕跡が浮かび始めていた。


「『『『──ッ!!』』』」

「っ……ぐ!」

 ──斬る。

 ──突く。

 ──斬る。

 ──斬る。

 ──薙ぐ。

 ──突く。

 ──払う。

 更に激化するつどいむしゃの攻め。

 衛は疲労を気合いで堪え、それらの攻撃をいなしていく。

 

「『『『せやァアアッ!!』』』」

 その時、つどいむしゃの横薙ぎの斬撃が、衛の右腕を裂いた。

「ぐぅっ!?」

 衛の口から苦悶の声が漏れる。

 血液が宙を舞う。幸いにも、少量である。傷は浅いようであった。


「『『『オオオッ!』』』』」

 殺気を全身から迸らせながら、つどいむしゃが衛に向かって素早く足を運ぶ。

 そして、刀を大上段に構えた。その姿から、衛を真っ二つにせんとするどす黒い意志が伝わってきた。


「チィッ!!」

 つどいむしゃが刀を振り下ろす直前、衛が動いた。

 後方へではない。

 前方へ──つどいむしゃに向かって踏み込んだ。

 目と鼻の先と言って良いほどの至近距離──そこで衛は、つどいむしゃの腹部を、思いきり押し蹴った。

「うらッ!」

「『『『ご……ふッ!?』』』」

 呼気を漏らしながら、後方へと吹き飛ばされるつどいむしゃ。

 すぐさま後転して受け身をとり、衛の行動に対して備える。


 が──衛は、追撃して来なかった。

 つどいむしゃとの距離が離れた瞬間、衛は塀の方へと駆け寄り、よじ登っていた。そこから更に、道場の屋根へと飛び移ったのである。


「『『『小癪な!!!』』』」

 つどいむしゃは、苦悶の表情を、邪悪な笑みへと変えて怒鳴った。

 そして次の瞬間、両足で地面を蹴って跳躍。一っ跳びで、道場の屋根へと着地した。


 そこでは──

「はぁ……はぁ……」

 棒立ちになった青木衛が、荒く乱れた呼吸を整えようと務めていた。

 その姿を見たつどいむしゃは、嘲るような笑みを浮かべた。

「『『『逃げられると思うたか、小僧。どれだけ足掻こうと、お主の死は避けられぬ定めなのだ。観念して、己が生の終わりを受け入れるが良い』』』」

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 つどいむしゃの言葉を受け、衛は悔し気に表情を歪ませた。

 そして、震える足を曲げ、屋根の上に敷かれた瓦の上に、がくんと片膝をついた。


 諦めたか──つどいむしゃは、そう思った。

「『『『ククク……それで良い……それで良いのだ……』』』」

 つどいむしゃは、笑い声を漏らしながら、衛に歩み寄る。

 一歩──また一歩。ゆっくりと歩み寄る。

 そうしながら、刀を静かに構える。つどいむしゃの周囲を浮遊する三本の刀も、その切っ先を衛に向ける。


「はぁ……はぁ……ぐ……っ……!」

 その光景を見た衛は、更に表情を歪ませた。

 ──こんな所で死んでたまるか。

 ──何とかして立ち上がらなければ。

 ──自分はこんな所で死ぬ訳にはいかないのだ。

 ──絶対に諦めてたまるか。

 そんな意志を表情に滲ませながら、衛は悔しがった。


 否──『悔しがる振り』をした。


(そうだ……。そのままこっちに来い……!)

 悔し気な表情を浮かべている中で、衛は内心、そんなことを呟いていたのである。 


 実際の所──衛は、そこまで疲労してはいなかった。

 確かに、抗体の放出によって体力を大きく消耗してはいた。しかし、『これ以上戦闘を続行できない』というほど、体力を使い果たした訳ではなかったのである。

 そう、全ては演技。

 衛が計画していた『つどいむしゃを無力化するための策』──それを成功させるためのハッタリであった。


 衛が考えた計画は、次の通りである。

 まず最初に、つどいむしゃに対して、闘いの中で衛が体力を大幅に消耗したように思わせる。方法は簡単──大きく動き回ったり、抗体を使い続けたりと、疲労が溜まるような行為を見せつければ良い。


 次に、その状態で、衛が何らかの形で負傷をし、逃走する。

 それを見たつどいむしゃは、闘いの仕切り直しをはかるために──あるいは、体力を回復する時間稼ぎのために、衛が逃げたのだと思うはず。

 そして、そうはさせまいと、間違いなく衛の背中を追い掛ける。逃げる衛の首を、自らの刀で刎ねるために。

 ──現に、つどいむしゃは追い掛けて来た。衛は、既に理解していた。つどいむしゃがこの状況で、背中を見せた獲物をみすみす見逃すはずがない──そう理解していた。


 そうやって、衛はつどいむしゃに追い掛けられながら、とある『術』を行使する用意をする。

 その術の名は──『鋼鎧功』。全身の表皮に、鋼のような硬度を持たせる、武心拳の中の仙術の一つである。

 この術を使うために、衛は逃走しながら、気を練る。そうやって、いつでも鋼鎧功を発動させるようにスタンバイしておくのである。


 そして──衛に追い付いたつどいむしゃは、彼を八つ裂きにしようとするはずである。自身の持つ刀と、周囲を漂う三本の刀。その全てを以て、衛の体を突き、斬り、薙ぎ、首を刎ね落とそうとするはずである。

 その瞬間──衛は、鋼鎧功を発動。自身に襲いかかる四つの凶刃を、一本残さず粉々に粉砕する。そうすることで、つどいむしゃから刀を取り上げ、無力化するのである。

 ──これが、衛が計画した策であった。


 つどいむしゃは、様々な剣術家の魂を吸収したことで、凄まじいほどの剣術の腕前を持っている。故に、刀同士の闘いでは、衛に勝ち目はない。防御に徹するだけならばまだ何とかなるが、つどいむしゃを討ち滅ぼすまでには至らない。

 しかし、そのつどいむしゃから刀を奪ってしまえば、軍配は間違いなく衛に上がる。剣術の腕前ならば、衛は間違いなくつどいむしゃに劣る。しかし、素手同市での戦いの実力ならば、衛の方が圧倒的に強い。煮るのも焼くのも、自由自在であった。


「……はぁ……はぁ……」

 衛は呼吸を整えながら、こちらへと歩み寄るつどいむしゃを、凄まじい形相で睨みつける。

 既に計画は第三段階──鋼鎧功の準備までが完了している。後は仕上げの、鋼鎧功の発動のみ。

(そうだ……来い……!そのままこっちへ来い……!)

 衛はつどいむしゃの接近を待ちながら、心の中でそう唱えた。

 そして、そんな考えが表情に浮かばぬよう、必死に悔し気な表情を作り続けた。


「『『『ククク……楽しませてくれた礼だ、小僧よ』』』」

 つどいむしゃは、口の端を冷酷に吊り上げながら、そう語り掛ける。

「『『『……楽には死なせてやらぬ』』』」

 愉快で愉快で堪らない──そんな調子を言葉の節々に滲ませながら、歩み寄る。

 一歩歩くごとに、瓦同士が擦れ合う音が聞こえる。ガチャリ──ガチャリ、と。死神の足音が、雨音を跳ね除けながら聞こえてくる。


 ──ガチャリ。

「『『『……寸刻みだ』』』」

 ──ガチャリ。

「『『『お主の肉体を、細切れになるまで刻んでくれようぞ』』』」

 ──ガチャリ。

「『『『簡単に事切れてくれるなよ……!』』』」

 ──ガチャリ。


 やがて──衛の目の前に、つどいむしゃが立った。そして、衛を見降ろしていた。

 その顔は、明日香のものであるが、明日香の顔ではない。

 表情の全てに浮かんでいる、殺人の喜び。瞳の奥で輝く、どす黒く、禍々しい光。

 ──人間の顔ではない。妖怪の顔であった。


「『『『おおおおおッ!!』』』」

 歓喜の声と共に、つどいむしゃが刀を振り下ろす。

 同時に、その周囲を浮遊する三本の刀も、衛に向かって突撃する。

(今だ!!)

 その瞬間、衛も鋼鎧功を発動させた。

 残る体力と抗体の多くを消費し、全身の皮膚を、鋼鉄の鎧へと変える。

 ──遮る雨と風。

 ──それらを意に介さず斬り裂いて進む四つの凶刃。


 そして──そして──。

 

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