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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
156/310

祖父の現影 三十

21

「……こ……のぉ……っ……!」

 暗い闇の中で、明日香は未だ、己の身体に絡み付く蔦との格闘を続けていた。

 蔦を掴み、引っ張り、剥がそうともがく。何度も何度も、そうやって動き続ける。

 しかし、やはり剥がれない。柳のようなしなやかさを備えた蔦は、明日香の抵抗など意に介さぬかの如く、彼女にまとわりついたまま離れなかった。


 そうしている間にも、この空間に堆積している泥は増えつつあった。

 最初に明日香が泥の存在に気付いた時、その泥はわずか一センチほどの厚さしかなかった。しかし今や、明日香のくるぶしほどの高さにまで堆積していた。

 もしこのまま、この空間に泥が溜まり続ければ、いずれ生き埋めになってしまう。そんな予想が、明日香の不安と焦りを加速させていた。


「っ……ぐ……う……!」

 明日香はもがいた。もがき続けた。

 ──一刻も早く、この蔦を引き剥がす。自身にまとわりつくこの植物から逃れ、この闇の中から脱出する。明日香は、そう思いながら動き続けた。

 そして──

「……青木さんを、問い詰めなきゃ」

 明日香は、決意の表情で、そう呟いた。


 ──明日香には、衛が告げた言葉が、未だに信じられなかった。衛が語ったことが真実だとは、到底思えなかった。

 廉太郎は、衛のことを本当の孫のように思っていた。それと同様に、衛もまた、廉太郎を本当の祖父のように思っていた。それは、揺らぐことのない真実だと明日香は思っていた。何故なら──衛が廉太郎のことを語る時、その言葉の節々に、親愛と敬意の感情がこもっていると、明日香が感じたからである。


 そんな衛が──例え退魔師としての仕事を全うする為とは言え、家族のように思っていた人物を、冷酷かつ無慈悲に殺害出来るものであろうか。

「……そんなはず、ない」

 ──衛は、温かい心を持った人物である。目付きが悪く、どこか不愛想な外見をしてはいるが、心はとても温かく、思いやりがある。

 そんな人物が、家族のように大切な人を、無感情で殺せるはずがない。明日香は、そう思った。 


「……きっと、理由があるんだ」

 明日香は、自分に言い聞かせるように呟く。

 きっと、何らかの事情があって、あのような言い方をしたに違いない。真実は、きっと他にある。

 もしかしたら──誰かをかばっているのかもしれない。誰かをかばって、自分が罪を被るつもりなのかもしれない。

 そうだ。

 きっとそうだ。

 そうに違いないんだ──明日香は、そう思った。


「……っ!」

 そして明日香は、まだ自由の利く両手で、己の両頬を打った。そうやって、自分自身に気合いを入れた。

 ──信じよう。

 ──衛を、信じよう。

 悩んでいる暇はない。今はまず、この植物から逃れ、闇から脱出するのが先決だ。

 そして──脱出出来たら、衛を問い詰めよう。彼を問い詰めて、今度こそ、真実を打ち明けてもらおう。明日香はそう思った。そして再び、己を縛る蔦を引き千切ろうともがこうとした。


 ──その時であった。


『『『──殺せ──』』』


「……!?」

 ──あの声が、聞こえた。学校で倒れた時──夢の中で耳にした、あの声が。

 複数の人間が同時に放ち、重ねたような声。地獄の底からから響くような、怨めしそうな声。

 その声の中の一つに、聞き覚えのある声があった。それは──やはり、廉太郎の声であった。


「おじい……ちゃん……!?お、おじいちゃんなの!?」

 闇の彼方に向かって、明日香が叫ぶ。

 だが──


『『『──殺せ──』』』


 声の主は、明日香の問いには答えなかった。彼女の問い掛けを無視し、先程と同じ言葉を、闇の中にもう一度響かせた。


『『『──奴を──殺せ──』』』


 声に込められた感情が、より強くなった。

 怒りが。

 憎しみが。

 負の感情が、より一層強く刻み込まれた、禍々しき声であった。


『『『───我々を殺したのは───奴よ───』』』


 闇の中に、また怨念の込められた声が響き渡った──その次の瞬間。

「……!?」

 突如、闇の彼方から眩い光が発せられた。

 光は、凄まじい勢いで闇の空間を侵食し、飲み込んだ。明日香にまとわり付く植物も。足元に堆積していた泥も。そして、明日香自身も。


「……な……何、これ!?」

 明日香は思わず、そう口にしていた。あまりの眩さに、両目を開けることが出来ず、両目をきつく閉じた。それでも光は、瞼の僅かな隙間から侵入し、彼女の視界を眩く照らした。それほどまでに、凄まじい輝きであった。


 やがて──瞼の隙間から入る光が、弱まり始めた。

 ゆっくりと。ゆっくりとであったが、光は徐々に和らいでいき、やがて、瞼の隙間から光が入ることは、完全になくなった。

「……?」

 明日香は、恐る恐る両目を開く。先程の光は何だったのか。何が起こったのか。自分はこれからどうなるのか──そんな不安の感情に押しつぶされそうになりながらも、両目を開く。


 開かれた両目に映し出されたのは──見覚えのある光景。毎日目にして、目に焼き付いた光景。

 そこは──

「……ここ……は──」


 東條家の屋敷の──道場の中であった。

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