祖父の現影 二十九
『『『フン……!』』』」
その光景を見たつどいむしゃは、鼻を一つ鳴らした。そして、現影身による残像を放出しながら、衛に向かって突進した。
「……!」
衛は──逃げなかった。先程までと違い、避けようとしなかった。自身の持つ、赤光を放っている柳葉刀で、全ての斬撃を防ぐつもりであった。
そして──甲高い音が鳴り響いた。鉄と鉄が接触する音であった。
しかしそれは、先ほどまでのような音ではない。柳葉刀の現影身の斬撃が炸裂した時の、あの複数の音ではない。たった一度きりの、短い音であった。
その時──つどいむしゃは見た。
現影身が──消滅する光景を。
「『『『……!むん──っ!』』』」
つどいむしゃは、再び刀を振る。その刀が辿った道のりには、やはりあの黒い残像が。
「──!」
その斬撃に応じ、衛も柳葉刀を振る。真正面から受け止めるのではなく、受け流すために。
両者の振るう刃は、凄まじい速度で接近し──接触。つどいむしゃの刀を、衛の刀が受け流す。
それに遅れるように、現影身による黒い残像が追随する。つどいむしゃが持つ刀を逸らしたばかりの柳葉刀に、その黒い影が迫り──
「『『『む!』』』」
──その時。
──柳葉刀を包む赤光に触れる直前。
──現影身の残像が、また消滅した。
「『『『でやっ!!』』』」
「フン──!」
両者は動作を止めることなく、更に刀を振る。一方は相手を斬り捨てるために。もう一方は敵の斬撃から身を守るために。
二つの刃は、凄まじい速度で接近──そして、火花が散った。衛の刃が、つどいむしゃの斬撃を受け流した。
それから遅れて、いくつもの黒い残像が襲いかかる。が──やはり、柳葉刀を包む抗体によって、跡形もなく消滅した。
「『『『ふんッ──!!』』』」
「くうッ──!!」
両者が、複雑な攻防を開始した。
──斬る。突く。薙ぐ。振り払う。漂う刀を射出する。
──受ける。流す。弾く。逸らす。放たれた刀を捌く。
つどいむしゃの必殺の斬撃と、衛の鉄壁の防御。それらの動作が、土砂降りの降雨を弾き飛ばしていく。
その二つの刃に併せ、黒い影と赤い光がぶつかり合う。そして──赤い光に負け、影が消えていく。
暗い雨空の下で繰り広げられる、刀と光と影の舞い。それは、傍から見れば奇妙で、不気味で、凄まじく殺伐としており──そして、どこか幻想的な光景であった。
「『『『……!』』』」
「……!」
壮絶な攻防の後、両者が飛び退く。そして、構えたまま互いを睨みつけつつ、呼吸を整えた。
つどいむしゃの身体から、残像が途切れる。それを見た衛は、柳葉刀へ抗体を注ぎ込むのを止める。すると、柳葉刀から放たれる赤光が弱まり始め──やがて、消えた。
「『『『……』』』」
「……」
両者は、無言であった。何も語らぬまま、相手を睨み続け、構えていた。
その間にも、雨は更に激しさを増していった。豪雨が両者の身体を濡らし、地面を打つ音が、庭を満たした。しかし、それでもまでに酷い雨でも、両者の中で燃え上がる闘志と殺意を、打ち消すことも掻き消すことも出来なかった。
「『『『……クク……』』』」
不意に、つどいむしゃが笑いだした。
「『『『見事也……まさか、現影身を打ち破って見せるとは……実に見事よ……!』』』」
「……」
つどいむしゃの賞賛の言葉。それを耳にしても、衛の表情は、少しも和らぎはしなかった。つどいむしゃをぎらりと睨みつけたまま、視線を離そうとしなかった。
「『『『クク……ククク……しかし、その策は謂わば、灯りの灯った蝋燭……。時が経つにつれて蝋燭が短くなるように、戦が長引けば長引くほど、お主の旗色は悪くなるぞ……?』』』」
「……フン」
つどいむしゃの言葉に、衛は短く鼻を鳴らした。
──実際の所、つどいむしゃの言葉は正しかった。衛は今、自身の抗体を柳葉刀に流し込むことで、現影身に対抗している。しかしこの手段は、衛が常に抗体を放出しなければならない。それは即ち、衛の体力が、短時間の間に大幅に失われることを意味する。正しく、『灯りの灯った蝋燭』のようなものであった。
──鼻を鳴らした後、衛は言った。
「……そんな事ぁ、最初っから承知の上だよ」
「『『『ほう?』』』」
衛は、つどいむしゃを睨んだまま、わざと構えを解く。そして、挑発をするかのように、柳葉刀の切っ先をつどいむしゃの顔へと向けた。
「だからよ……試してみようぜ」
「『『『試す……?』』』」
「おう。お前がくたばるのが先か、それとも俺がへばるのが先か。根性比べとしゃれこもうじゃねぇか。……さぁ、どうする落ち武者野郎」
「『『『……』』』」
つどいむしゃの顔から、笑みが消えた。代わりに、目が鋭さを湛えた形へと変わる。刃物の如き、鋭い目。そこから放たれる眼光が、衛に向かって注がれていた。
その時──再び、つどいむしゃの顔に、笑みが戻った。
「『『『フ……クハハ……!フハハハハハハハ!!』』』」
庭に高笑いを響かせるつどいむしゃ。その声は徐々に小さく、そして低いくぐもった笑い声になっていく。
「『『『……ク……クク……。この阿呆めが……。お主はうつけよ……まごうことなき大うつけ者よ……!』』』」
つどいむしゃは、嘲るようにそう言った。
直後──その身体から再び、おびただしいほどの気が噴出した。
「『『『良かろう……受けて立つ……!地獄で己の愚かさを悔いるが良いわ、小僧!!』』』」
叫ぶと同時に、つどいむしゃが動いた。疾走する肉体。そこから、あの黒い残像が出現した。
「おおっ!!」
同時に、衛もつどいむしゃにむかって走り始めた。手にした柳葉刀が、赤い光によって包まれる。
黒い影と赤い光。それらが再び、雨露の舞い散る庭を、妖しく彩り始めた。
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