表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
155/310

祖父の現影 二十九

『『『フン……!』』』」

 その光景を見たつどいむしゃは、鼻を一つ鳴らした。そして、現影身による残像を放出しながら、衛に向かって突進した。

「……!」

 衛は──逃げなかった。先程までと違い、避けようとしなかった。自身の持つ、赤光を放っている柳葉刀で、全ての斬撃を防ぐつもりであった。


 そして──甲高い音が鳴り響いた。鉄と鉄が接触する音であった。

 しかしそれは、先ほどまでのような音ではない。柳葉刀の現影身の斬撃が炸裂した時の、あの複数の音ではない。たった一度きりの、短い音であった。


 その時──つどいむしゃは見た。

 現影身が──消滅する光景を。


「『『『……!むん──っ!』』』」

 つどいむしゃは、再び刀を振る。その刀が辿った道のりには、やはりあの黒い残像が。

「──!」

 その斬撃に応じ、衛も柳葉刀を振る。真正面から受け止めるのではなく、受け流すために。


 両者の振るう刃は、凄まじい速度で接近し──接触。つどいむしゃの刀を、衛の刀が受け流す。

 それに遅れるように、現影身による黒い残像が追随する。つどいむしゃが持つ刀を逸らしたばかりの柳葉刀に、その黒い影が迫り──


「『『『む!』』』」

 ──その時。

 ──柳葉刀を包む赤光に触れる直前。

 ──現影身の残像が、また消滅した。


「『『『でやっ!!』』』」

「フン──!」

 両者は動作を止めることなく、更に刀を振る。一方は相手を斬り捨てるために。もう一方は敵の斬撃から身を守るために。

 二つの刃は、凄まじい速度で接近──そして、火花が散った。衛の刃が、つどいむしゃの斬撃を受け流した。

 それから遅れて、いくつもの黒い残像が襲いかかる。が──やはり、柳葉刀を包む抗体によって、跡形もなく消滅した。


「『『『ふんッ──!!』』』」

「くうッ──!!」

 両者が、複雑な攻防を開始した。

 ──斬る。突く。薙ぐ。振り払う。漂う刀を射出する。

 ──受ける。流す。弾く。逸らす。放たれた刀を捌く。

 つどいむしゃの必殺の斬撃と、衛の鉄壁の防御。それらの動作が、土砂降りの降雨を弾き飛ばしていく。

 その二つの刃に併せ、黒い影と赤い光がぶつかり合う。そして──赤い光に負け、影が消えていく。

 暗い雨空の下で繰り広げられる、刀と光と影の舞い。それは、傍から見れば奇妙で、不気味で、凄まじく殺伐としており──そして、どこか幻想的な光景であった。


「『『『……!』』』」

「……!」

 壮絶な攻防の後、両者が飛び退く。そして、構えたまま互いを睨みつけつつ、呼吸を整えた。

 つどいむしゃの身体から、残像が途切れる。それを見た衛は、柳葉刀へ抗体を注ぎ込むのを止める。すると、柳葉刀から放たれる赤光が弱まり始め──やがて、消えた。

「『『『……』』』」

「……」

 両者は、無言であった。何も語らぬまま、相手を睨み続け、構えていた。

 その間にも、雨は更に激しさを増していった。豪雨が両者の身体を濡らし、地面を打つ音が、庭を満たした。しかし、それでもまでに酷い雨でも、両者の中で燃え上がる闘志と殺意を、打ち消すことも掻き消すことも出来なかった。


「『『『……クク……』』』」

 不意に、つどいむしゃが笑いだした。

「『『『見事也……まさか、現影身を打ち破って見せるとは……実に見事よ……!』』』」

「……」

 つどいむしゃの賞賛の言葉。それを耳にしても、衛の表情は、少しも和らぎはしなかった。つどいむしゃをぎらりと睨みつけたまま、視線を離そうとしなかった。


「『『『クク……ククク……しかし、その策は謂わば、灯りの灯った蝋燭……。時が経つにつれて蝋燭が短くなるように、戦が長引けば長引くほど、お主の旗色は悪くなるぞ……?』』』」

「……フン」

 つどいむしゃの言葉に、衛は短く鼻を鳴らした。


 ──実際の所、つどいむしゃの言葉は正しかった。衛は今、自身の抗体を柳葉刀に流し込むことで、現影身に対抗している。しかしこの手段は、衛が常に抗体を放出しなければならない。それは即ち、衛の体力が、短時間の間に大幅に失われることを意味する。正しく、『灯りの灯った蝋燭』のようなものであった。


 ──鼻を鳴らした後、衛は言った。

「……そんな事ぁ、最初(ハナ)っから承知の上だよ」

「『『『ほう?』』』」

 衛は、つどいむしゃを睨んだまま、わざと構えを解く。そして、挑発をするかのように、柳葉刀の切っ先をつどいむしゃの顔へと向けた。

「だからよ……試してみようぜ」

「『『『試す……?』』』」

「おう。お前がくたばるのが先か、それとも俺がへばるのが先か。根性比べとしゃれこもうじゃねぇか。……さぁ、どうする落ち武者野郎」


「『『『……』』』」

 つどいむしゃの顔から、笑みが消えた。代わりに、目が鋭さを湛えた形へと変わる。刃物の如き、鋭い目。そこから放たれる眼光が、衛に向かって注がれていた。


 その時──再び、つどいむしゃの顔に、笑みが戻った。

「『『『フ……クハハ……!フハハハハハハハ!!』』』」

 庭に高笑いを響かせるつどいむしゃ。その声は徐々に小さく、そして低いくぐもった笑い声になっていく。

「『『『……ク……クク……。この阿呆めが……。お主はうつけよ……まごうことなき大うつけ者よ……!』』』」

 つどいむしゃは、嘲るようにそう言った。

 直後──その身体から再び、おびただしいほどの気が噴出した。

「『『『良かろう……受けて立つ……!地獄で己の愚かさを悔いるが良いわ、小僧!!』』』」

 叫ぶと同時に、つどいむしゃが動いた。疾走する肉体。そこから、あの黒い残像が出現した。

「おおっ!!」

 同時に、衛もつどいむしゃにむかって走り始めた。手にした柳葉刀が、赤い光によって包まれる。

 黒い影と赤い光。それらが再び、雨露の舞い散る庭を、妖しく彩り始めた。


 次の投稿日は未定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ