祖父の現影 二十八
「『『『──!!』』』」
つどいむしゃが迫る。衛に向かって、凄まじいほどの勢いで迫り来る。
その身体から──黒い分身が現れる。疾走するつどいむしゃの身体から、妖気で出来た無数の残像が発生していた。
「『『『──っりゃああああっ!!』』』」
つどいむしゃの咆哮──そして、一閃。鋭い斬撃が、衛の体を袈裟に斬り裂かんと迫り来る。
「っ!」
衛はそれを、辛うじて柳葉刀で防いだ。受け流すことが出来なかった。それほどまでに素早く、綺麗で鋭い斬撃であった。
その次の瞬間──
「ぐっ!?」
無数の甲高い音──そして、柳葉刀に衝撃。一、二、三、四、五──柳葉刀に、幾度も衝撃が走った。
その衝撃は、つどいむしゃから発生した残像──『現影身』による斬撃によるものであった。つどいむしゃの『本体』の動きをそのまま書き写したかの如く、無数の残像は全く同じ動作、同じ速度で、衛の柳葉刀に斬撃の嵐を浴びせていたのである。
衛が全ての残像の攻撃を防ぎ切った直後──
「『『『けあっ!!』』』」
再び、つどいむしゃの斬撃が襲いかかる。先程と同じく、残像を伴いながら。
「っ──!」
衛はその斬撃を、柳葉刀で受けなかった。転がるように己から後ろへと跳び、斬撃を避けた。そして、直ぐに立ち上がって構え直した。直後、先程自分がいた場所を、現影身の無数の斬撃が削り取っている光景が見えた。それを見る衛の顔には、雨露の混じった汗が浮かんでいた。
「『『『くあっ!!』』』」
つどいむしゃが、更に迫り来る。衛に向かって急速に間合いを詰め、連続切りを放って来る。
「チッ!」
衛は鋭く舌打ち。同時に、つどいむしゃの斬撃を回避せんと試みる。
袈裟斬り──バックステップし、回避。衛の前方の空間を、実体の刀と現影身が通り抜ける。
薙ぎ──更に後ろへ一歩飛ぶ。衛の鼻先を、つどいむしゃの刀が通り過ぎていた。間一髪である。
切り上げ──避けられない。衛は、柳葉刀で迫る刀を防ぐ。
二つの刃が交わった。直後に叩きつけられる、残像による無数の斬撃。両者の間で鳴り響く甲高い音が、雨の降りしきる東條家の庭を満たした。
そして──唐竹割り。衛の頭上から、黒い影を迸らせた死の刃が振り下ろされる。
「……っ!」
その刹那、衛は跳んだ。方向は右斜め前。つどいむしゃの左脇をすれ違うように転がり、降り下ろされる刀を回避した。
「……」
立ち上がり、呼吸を整えながら立ち上がる衛。その様子を、つどいむしゃはにやにやと笑いながら見つめていた。
「『『『ククク……どうした小僧、逃げてばかりではないか。先程までの威勢は何処へ行った』』』」
「……」
「『『『遠慮なく、我々と打ち合えば良かろう。どうせ、うぬの身には現影身の刃は通じぬのだからな』』』」
「……フン」
にやけながら挑発を送るつどいむしゃ。だが、衛はその言葉を受けても、憎しみや苛立ちといった感情を顔ににじませることはなかった。
つどいむしゃの言葉の通り──現影身で、衛の身体を斬り裂くことは出来ない。何故なら、衛の身体に触れようとした瞬間、衛の体内の気──抗体が、現影身を打ち消してしまうためである。そのため、現影身では、衛の命を絶つことは出来ない。
だが──衛の持つ柳葉刀には、抗体は流れていない。即ち、柳葉刀には、現影身の効果が通用する。もしこのまま、柳葉刀で現影身の分身による斬撃を防ぎ続ければ、ダメージが蓄積され、じきに折れてしまうであろう。
現在の衛にとって、柳葉刀は武器であると同時に、つどいむしゃの刀から身を守る為の『防具』でもある。それを失うことだけは、可能な限り避けたいところであった。
つどいむしゃは、衛のそのような考えを理解していた。その上で、挑発したのである。『遠慮なく打ち合え』──と。そうすることで、柳葉刀を折る機会を得ようとしたのである。
しかし──同時につどいむしゃは、こうも考えていた。衛はこの挑発に乗らぬであろう──と。どれほど知恵のない愚者であろうと、これほどまでにあからさまで見え透いた誘いに乗る者など、一人もいるはずながい。そう考えていたのである。
故に──直後に衛が返した言葉は、つどいむしゃにとって予想外なものであった。
「……確かに、逃げるだけってのも面白くねえな」
「『『『む?』』』」
「乗ってやるよ。貴様の見え透いた挑発にな」
「『『『……何?』』』」
一瞬、つどいむしゃが目を丸くする。しかし、衛はその様子に構わず、つどいむしゃに向かって、柳葉刀の切っ先を向けた。
そう──衛は、策を用意していた。現影身を破る策を。現影身から柳葉刀を守り、再び互角の闘いに持ち込むための秘策を。そのための準備は──策を行うために必要な気は、既に練ってある。つどいむしゃが現影身を発動させた直後から、衛は抗体を練り、準備していたのである。
「スゥ……ハァ……──」
衛は呼吸と共に、自身が持つ柳葉刀に意識を集中させる。自身の体内で活性化している抗体を、柳葉刀に流し込む──そんなイメージを、自らの脳内に作り上げ、全身へと行き渡らせる。
その時──
「──っ!」
柳葉刀を持つ衛の右手が、輝き始めたのである。赤い光──抗体の輝きである。
その赤光は、衛の右手から移動し、柳葉刀の柄へと宿り、輝き始める。そして更に、光は刀盤へ。そこから更に、刀盤を経由して刃へ。そうやって、赤光は徐々に刃に向かって移動し、その輝きをより強めていく。やがて光は、松明の全て燃やし尽くさんとする炎の如く、刀身全体を包み込むように輝き始めたのである。
「……これなら、どうだよ」




