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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
152/310

祖父の現影 二十六

19

「…………ん…………」

 ──まどろみの中で、明日香はどろついたものを感じ取った。

 生暖かく、じっとりと湿った空気が、彼女の周囲を包み込んでいる。かび臭さと、居心地の悪さ。それらが混ざり合い、吐き気をもよおすような何とも言えない不快感を醸し出していた。

 それに耐え切れなくなった明日香は、眠りから覚め、両の瞼を開いた。


「……ここは──」

 目を開けると、そこは闇の中であった。瞼を開く前と後の光景が同じであったため、明日香は一瞬、『自分は本当に目を開いているのか』と己に問い掛けていた。それほどまでに、見渡しても見渡しても、辺り一面は黒い闇であった。

 そんな闇の中で──己の姿のみ、唯一見ることが出来た。視線を落とすと、手や、胸や、腹や、足が、はっきりと見えた。自身の体だけが、何故か闇に覆い隠されておらず、はっきりと見ることが出来た。闇の中で見えるのは、ただそれだけであった。


「……?……何……これ……?」

 その時。明日香は、己の身体にまとわり付いている『それ』の存在に気付いた。

「……これ……植物……?」

 彼女の身体には、植物のような何かがまとわり付いていた。一見するとそれは、植物の根のように見えた。また、(ツタ)のようにも見えた。細く、それでいてしなやかな紐のようなものが、明日香の身体に絡んでいた。


「ん……っ」

 明日香はその根(と仮定した何か)を掴み、己の身から取り払おうと試みた。

 が──根は、素直に取り払われようとはしなかった。どけようと横にずらしても、元の位置にすぐに戻る。千切ろうとしても、断たれる気配は全くない。

 その後も明日香は、何度もその根を千切ろうとした。しかし、何度やっても、根は一向に除去出来なかった。予想以上に柔靭な作りで出来たものらしく、引っ張っても根は千切れなかった。


(あたし……確か、道場にいたはずじゃ……?)

 明日香は、自身に絡みつく根と格闘しながら、ふとそんなことを考えていた。そして、目覚めたばかりで上手く回らない脳に鞭打ち、直前までの記憶を思い出そうとする。

 学校が終わり、帰宅し、そして衛がやって来て、そこで祖父のことを──


『──聞くんだ、明日香ちゃん!!──』


「……っ!!」

 その時、明日香の耳の中で、衛の怒鳴り声が甦る。無意識の内に、根を除去しようという動きを止めてしまっていた。


『東條廉太郎先生を、この道場で殺した犯人は──!他の誰でもねえ!!この俺だ!!』


「ひ……っ!」

 引き攣ったような声が、明日香の口から飛び出す。

 ──思い出した。

 明日香は、少し前の出来事を──衛の口から告げられた真実を、思い出した。

 祖父が、退魔師という仕事をしていたことを。祖父は、つどいむしゃという妖怪に取り憑かれていたことを。そして──その祖父を、衛が殺害したことを。


「……青木さん……」

 明日香は、祖父を殺めた男の名を、ぽつりと呟く。そして、考えた。青木衛は、本当に祖父を殺したのであろうか──と。

(どうして……?青木さん……)

 苦悶の表情を浮かべながら、明日香は考え続ける。


 衛は、廉太郎のことを本当に慕っていた。友として、同業者として、そして何より、家族として。明日香には、それが分かった。衛の言葉の節々から、廉太郎に対する想いが伝わってきたからである。そんな衛が──そんな敬意と信頼を持っていたはずの人間が、本当に廉太郎を殺すことが出来るのであろうか。


 衛は言った。情けなど邪魔なだけだ──と。冷酷な調子で、確かにそう言った。

 あれが、彼の本性なのであろうか。明日香と親し気に話していた青木衛。実は、その姿は仮の姿で、本当はあの冷酷な青木衛こそが、本来の姿なのであろうか。


 ──いくつもの疑問が、明日香の頭の中に湧き上がる。答えの見つからぬ疑問であることは分かっている。それでも、疑問を抱かずにはいられない。そのまま彼女は、何度も何度も、湧き上がり続ける疑問と格闘し続けた。


 ──その時。

「……ん?」

 ふと下を見る明日香。その瞳に、何かが映った。

 それは──泥であった。彼女の足元に、紫色の泥があった。泥の厚みは、約一センチほどであろうか。この闇の空間の足元全てに、泥は平らに広がっていた。

「……これは──」

 そう呟き、明日香は恐る恐る、右足を上げようとした。

 すると、その紫の泥は、凄まじい粘着性を発揮しながら、彼女の足にべっとりと、ねっとりとへばり付き続けた。それはまるで、足の裏から一向に剥がれようとしないガムのようであった。


「……!」

 その光景を見て、明日香の背筋に、怖気が走った。嫌な予感がした。何故だか分からないが、とてつもなくまずい予感がした。

 ──考えるのは後回しだ。今は、何とかこの空間から脱出しなくては──。

 そう思った明日香は、自らにまとわり付く根と、再び格闘し始めた。何とかこの根を引き剥がし、脱出しようともがき続けた。

 しかし──根は一向に剥がれることはなかった。それどころか──もがくことに夢中で、明日香は気付かなかったが──根はますます、明日香の身体に深く根付き始めていたのである。

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