祖父の現影 二十二
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「昨日は眠れたかい」
一礼した後、道場に入ると、衛は明日香にそう尋ねた。
「え。・・・ま、まぁ・・・それなりに・・・」
衛の問い掛けに、明日香は歯切れの悪い答えを返した。
当然、その答えは嘘であった。
昨晩、あんな夢を見て、熟睡できるわけがない。
夢の内容が気になって気になって、明日香は何度も寝たり起きたりといった状態を繰り返した。
故に、十分に睡眠を取れたとは言えなかった。
「ん・・・そっか」
衛は、ただ短くそう言った。
明日香の答えに納得したような、そんな言葉である。
しかし、実際のところは、自分の嘘を見抜いているのではないか───明日香はそう思った。
明日香の回答を耳にしたその一瞬、衛が僅かに眉を潜めたのを、明日香は目にしたためであった。
「あれ・・・?」
その時、明日香はあることに気付いた。
衛の傍に、昨日一緒にいた少女達の姿がなかったのである。
「今日は、マリーちゃんと舞依ちゃんはいないんですか?」
「ん?・・・ああ。あいつら、今日はちょっと用があってね。俺だけで来たんだよ。・・・それに、大勢でするような話でもないしさ」
衛は、淡々とした調子で、そう答えた。
「よし、そんじゃあ・・・話を始めようか」
衛は改めてそう言うと、明日香のもとにゆっくりと近付き───
「よいしょ・・・っと」
それと同じくらい、ゆっくりと正座をした。同時に、自身の傍らに、持参した縦長のバッグを置いた。
「あ・・・その前に、一つ言っておくことがあるんだ」
「・・・?」
衛は正座をすると、本題に入る前に前置きを挟んだ。
「これから俺が話す内容の中には、漫画やドラマみたいな話が混ざってくる。それを聞いて、明日香ちゃんは間違いなく混乱すると思う。俺がからかってるんじゃないかとか、ばかにしてるんじゃないかとか・・・。・・・だけど、これから話すことは、からかったり煙に巻いたりしてるわけじゃなくて、全部本当のことなんだ。まずそのことを、頭の中に入れといてくれ」
「え・・・?は、はい・・・」
───一体、どういう意味なのだろうか。
漫画やドラマのような話。
ひょっとしたら、祖父の死の裏には、フィクションの中にしか出てこないような、何かとてつもない陰謀が隠されているのでは───明日香は一瞬、そんなことを考えた。
そして、その考えを馬鹿馬鹿しいと否定し───即座に、衛が今語った言葉を思い出し、その否定する考えも否定した。
考えても仕方がない。
そう思った明日香は───
「は、はい・・・」
───ただ、そう返事をし、素直に衛の言葉に耳を傾けることにした。
「よし───」
明日香の返事を聞くと、衛は小さく頷く。
そして、彼女の目をまっすぐに見つめ、口を開いた。
「それじゃあまず・・・明日香ちゃんは、東條先生がどんな仕事をしていらっしゃったのか、聞いたことがあるかい?」
「・・・え?」
衛の唐突な問い掛けに。
そしてその内容に、明日香は思わず、目を丸くしていた。
───予想外であった
祖父の病の話をすると言われて、最初にそんな話が飛び出してくるとは、明日香は全く考えていなかった。
「え・・・っと・・・それが、祖父の病気と、何か繋がりが・・・?」
「ああ。・・・まぁ、最初はワケ分かんねえだろうけどさ。話している内に、色々と事情が繋がるのが分かって来るはずだよ」
「・・・・・」
「それで・・・どうだい?何か知ってるか?」
「・・・え、えっと───」
衛に促され、明日香は動揺する心を抑えようと努めた。
そして、自身が知っていることを語ろうと、口を開く。
「・・・祖父は、剣術だけじゃなくて、剣道もやってたから・・・。だから、あたしを引き取る少し前くらいまで、剣道の先生をしてたって言ってました。それで、生計を立ててたって・・・あたしは、そう聞いてます」
「そうか・・・」
明日香の言葉を聞き、衛は短く、そうこぼす。
そして一拍置き───また、答えた。
「なら・・・東條先生が仰っていた通り、『もう一つの仕事』のことは知らないみたいだな」
「え?」
明日香が、思わずきょとんとした顔になる。
───『もう一つの仕事』。
衛は今、確かにそう言った。
「あ、あの・・・青木さん。もう一つの仕事って・・・?祖父は、副業か何かやってたんですか・・・?」
「ああ。正確には、『剣術と剣道の指導』が副業で、これから教える仕事が、東條先生の本来の仕事だったんだ」
「本来の・・・仕事・・・?」
「そうだ。そして、その仕事は・・・東條先生が、そして君が習得した剣術が、大きく関わっている」
「え・・・?東條流が・・・ですか・・・!?」
予想外の言葉を耳にし、明日香は目を大きく見開く。
そんな彼女に対して、衛は頷いて見せ、また口を開いた。
「明日香ちゃんは、東條流の源流になった流派が何か知ってるか?」
「いいえ・・・。祖父に尋ねても、東條流の源流は教えてくれませんでした」
「だろうな。あれは特別な流派だからな」
衛はそう言うと、一度、静かに目を閉じた。
そのまま、数秒ほど沈黙。
その後───ゆっくりと目を開き、また口を開いた。
「『八神一刀流』───それが、東條流の源流となった剣術だ」
「八神・・・一刀流・・・」
明日香が、その名を復唱する。
明日香は過去に、廉太郎から教わったり、書籍やインターネット等の媒体で調べたりしたことがある。
そのため、現存する剣術の名をある程度は知っていた。
それでも、衛の口から語られたその剣術の名は、初めて耳にする剣術であった。
一体どんな剣術なのか、全く分からない上に、見当もつかなかった。
「それは、どんな剣術なんですか?」
自然と、明日香はそう尋ねていた。
その問い掛けに、衛は一度頷いて、答え始めた。
「・・・さっきも言った通り、八神一刀流は特別な剣術だ。・・・と言うのも、実は八神一刀流は、人間だけを相手として想定した剣術じゃあない。あれは、『人為らざる者と闘うために生み出された剣術』なんだ」
「ひと・・・ならざるもの・・・?」
明日香は眉を寄せ、首を傾げる。
「その・・・それって一体、どういう・・・?」
「そのままの意味さ。化け物・・・早い話が、『妖怪』だ」
「・・・・・え?」
「八神一刀流は、日本のとある場所で生まれた。その場所は、古くから妖怪や神獣、特別な力を持った人間が引き寄せられる所だった。そういった連中と闘うために、その地域では様々な武術や武器が生み出された。その内の一つが、八神一刀流って訳だ」
「・・・・・」
すらすらと、衛の口から解説が語られていく。
それを聞きながら、明日香は口をぽかんと開いてしまっていた。
まるで、漫画やアニメの解説を受けているような気がしていた。
明日香のそんな気持ちを、衛も十分に理解しているようであった。
故に衛は、そこで一旦説明を止めた。
「・・・胡散臭いだろ?信じられないって気持ちは分かるよ。・・・だけど、こんなのまだ序の口だぜ。これから、もっと胡散臭い話になってくるからな」
「え、あ、はい」
衛からのフォローを受けた明日香は、何とかそう返事をした。
「よし、じゃあ話を戻すぞ」
衛はそう言うと、再び解説に戻る。
明日香はただ、きょとんとした顔のまま、こくこくと頷いた
そんな反応しか出来なかった。
「八神一刀流は、妖怪と闘うための剣術だ。そんな剣術を、何故東條先生が学んだのか?・・・答えは簡単だ。妖怪と闘うためだ」
「・・・・・」
「何故妖怪と闘わなきゃいけなかったのか?・・・それは、東條先生の本業が、『妖怪と闘うこと』を目的とした仕事だったからなんだ」
「・・・え?」
予想外の言葉に、明日香は目を丸くした。
そして、考えるよりも先に、口が動いていた。
「ど、どういうことですか・・・?それって一体、どんな仕事だったんですか・・・!?」
「・・・いいかい、明日香ちゃん───」
そう言うと、衛はそこで言葉を区切る。
そして───ゆっくりと、言った。
「東條先生の仕事は・・・『退魔師』だったんだ」
これで、年内の投稿は最後となります。
今年も一年間応援していただきまして、本当にありがとうございました。
来年も、本作品をよろしくお願いします。
ちなみに、次の投稿日はまだ未定ですが、新年一発目からかなりシリアスな展開となっております。
果たして、明日香の身に何が起こるのか・・・最後までお付き合いいただけるとありがたいです。
それでは、また来年お会いしましょう。




