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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
148/310

祖父の現影 二十二

17

「昨日は眠れたかい」

 一礼した後、道場に入ると、衛は明日香にそう尋ねた。

「え。・・・ま、まぁ・・・それなりに・・・」

 衛の問い掛けに、明日香は歯切れの悪い答えを返した。

 当然、その答えは嘘であった。

 昨晩、あんな夢を見て、熟睡できるわけがない。

 夢の内容が気になって気になって、明日香は何度も寝たり起きたりといった状態を繰り返した。

 故に、十分に睡眠を取れたとは言えなかった。

「ん・・・そっか」

 衛は、ただ短くそう言った。

 明日香の答えに納得したような、そんな言葉である。

 しかし、実際のところは、自分の嘘を見抜いているのではないか───明日香はそう思った。

 明日香の回答を耳にしたその一瞬、衛が僅かに眉を潜めたのを、明日香は目にしたためであった。


「あれ・・・?」

 その時、明日香はあることに気付いた。

 衛の傍に、昨日一緒にいた少女達の姿がなかったのである。

「今日は、マリーちゃんと舞依ちゃんはいないんですか?」

「ん?・・・ああ。あいつら、今日はちょっと用があってね。俺だけで来たんだよ。・・・それに、大勢でするような話でもないしさ」

 衛は、淡々とした調子で、そう答えた。


「よし、そんじゃあ・・・話を始めようか」

 衛は改めてそう言うと、明日香のもとにゆっくりと近付き───

「よいしょ・・・っと」

 それと同じくらい、ゆっくりと正座をした。同時に、自身の傍らに、持参した縦長のバッグを置いた。


「あ・・・その前に、一つ言っておくことがあるんだ」

「・・・?」

 衛は正座をすると、本題に入る前に前置きを挟んだ。

「これから俺が話す内容の中には、漫画やドラマみたいな話が混ざってくる。それを聞いて、明日香ちゃんは間違いなく混乱すると思う。俺がからかってるんじゃないかとか、ばかにしてるんじゃないかとか・・・。・・・だけど、これから話すことは、からかったり煙に巻いたりしてるわけじゃなくて、全部本当のことなんだ。まずそのことを、頭の中に入れといてくれ」

「え・・・?は、はい・・・」

 ───一体、どういう意味なのだろうか。

 漫画やドラマのような話。

 ひょっとしたら、祖父の死の裏には、フィクションの中にしか出てこないような、何かとてつもない陰謀が隠されているのでは───明日香は一瞬、そんなことを考えた。

 そして、その考えを馬鹿馬鹿しいと否定し───即座に、衛が今語った言葉を思い出し、その否定する考えも否定した。

 考えても仕方がない。

 そう思った明日香は───

「は、はい・・・」

 ───ただ、そう返事をし、素直に衛の言葉に耳を傾けることにした。


「よし───」

 明日香の返事を聞くと、衛は小さく頷く。

 そして、彼女の目をまっすぐに見つめ、口を開いた。

「それじゃあまず・・・明日香ちゃんは、東條先生がどんな仕事をしていらっしゃったのか、聞いたことがあるかい?」

「・・・え?」

 衛の唐突な問い掛けに。

 そしてその内容に、明日香は思わず、目を丸くしていた。

 ───予想外であった

 祖父の病の話をすると言われて、最初にそんな話が飛び出してくるとは、明日香は全く考えていなかった。

「え・・・っと・・・それが、祖父の病気と、何か繋がりが・・・?」

「ああ。・・・まぁ、最初はワケ分かんねえだろうけどさ。話している内に、色々と事情が繋がるのが分かって来るはずだよ」

「・・・・・」

「それで・・・どうだい?何か知ってるか?」

「・・・え、えっと───」

 衛に促され、明日香は動揺する心を抑えようと努めた。

 そして、自身が知っていることを語ろうと、口を開く。


「・・・祖父は、剣術だけじゃなくて、剣道もやってたから・・・。だから、あたしを引き取る少し前くらいまで、剣道の先生をしてたって言ってました。それで、生計を立ててたって・・・あたしは、そう聞いてます」

「そうか・・・」

 明日香の言葉を聞き、衛は短く、そうこぼす。

 そして一拍置き───また、答えた。

「なら・・・東條先生が仰っていた通り、『もう一つの仕事』のことは知らないみたいだな」

「え?」

 明日香が、思わずきょとんとした顔になる。

 ───『もう一つの仕事』。

 衛は今、確かにそう言った。


「あ、あの・・・青木さん。もう一つの仕事って・・・?祖父は、副業か何かやってたんですか・・・?」

「ああ。正確には、『剣術と剣道の指導』が副業で、これから教える仕事が、東條先生の本来の仕事だったんだ」

「本来の・・・仕事・・・?」

「そうだ。そして、その仕事は・・・東條先生が、そして君が習得した剣術が、大きく関わっている」

「え・・・?東條流が・・・ですか・・・!?」

 予想外の言葉を耳にし、明日香は目を大きく見開く。

 そんな彼女に対して、衛は頷いて見せ、また口を開いた。


「明日香ちゃんは、東條流の源流(もと)になった流派が何か知ってるか?」

「いいえ・・・。祖父に尋ねても、東條流の源流は教えてくれませんでした」

「だろうな。あれは特別な流派だからな」

 衛はそう言うと、一度、静かに目を閉じた。

 そのまま、数秒ほど沈黙。

 その後───ゆっくりと目を開き、また口を開いた。


「『八神一刀流(やがみいっとうりゅう)』───それが、東條流の源流となった剣術だ」

「八神・・・一刀流・・・」

 明日香が、その名を復唱する。

 明日香は過去に、廉太郎から教わったり、書籍やインターネット等の媒体で調べたりしたことがある。

 そのため、現存する剣術の名をある程度は知っていた。

 それでも、衛の口から語られたその剣術の名は、初めて耳にする剣術であった。

 一体どんな剣術なのか、全く分からない上に、見当もつかなかった。


「それは、どんな剣術なんですか?」

 自然と、明日香はそう尋ねていた。

 その問い掛けに、衛は一度頷いて、答え始めた。

「・・・さっきも言った通り、八神一刀流は特別な剣術だ。・・・と言うのも、実は八神一刀流は、人間だけを相手として想定した剣術じゃあない。あれは、『人為らざる者と闘うために生み出された剣術』なんだ」

「ひと・・・ならざるもの・・・?」

 明日香は眉を寄せ、首を傾げる。

「その・・・それって一体、どういう・・・?」

「そのままの意味さ。化け物・・・早い話が、『妖怪』だ」

「・・・・・え?」

「八神一刀流は、日本のとある場所で生まれた。その場所は、古くから妖怪や神獣、特別な力を持った人間が引き寄せられる所だった。そういった連中と闘うために、その地域では様々な武術や武器が生み出された。その内の一つが、八神一刀流って訳だ」

「・・・・・」


 すらすらと、衛の口から解説が語られていく。

 それを聞きながら、明日香は口をぽかんと開いてしまっていた。

 まるで、漫画やアニメの解説を受けているような気がしていた。

 明日香のそんな気持ちを、衛も十分に理解しているようであった。

 故に衛は、そこで一旦説明を止めた。

「・・・胡散臭いだろ?信じられないって気持ちは分かるよ。・・・だけど、こんなのまだ序の口だぜ。これから、もっと胡散臭い話になってくるからな」

「え、あ、はい」

 衛からのフォローを受けた明日香は、何とかそう返事をした。


「よし、じゃあ話を戻すぞ」

 衛はそう言うと、再び解説に戻る。

 明日香はただ、きょとんとした顔のまま、こくこくと頷いた

 そんな反応しか出来なかった。

「八神一刀流は、妖怪と闘うための剣術だ。そんな剣術を、何故東條先生が学んだのか?・・・答えは簡単だ。妖怪と闘うためだ」

「・・・・・」

「何故妖怪と闘わなきゃいけなかったのか?・・・それは、東條先生の本業が、『妖怪と闘うこと』を目的とした仕事だったからなんだ」

「・・・え?」

 予想外の言葉に、明日香は目を丸くした。

 そして、考えるよりも先に、口が動いていた。

「ど、どういうことですか・・・?それって一体、どんな仕事だったんですか・・・!?」

「・・・いいかい、明日香ちゃん───」

 そう言うと、衛はそこで言葉を区切る。

 そして───ゆっくりと、言った。


「東條先生の仕事は・・・『退魔師』だったんだ」

 これで、年内の投稿は最後となります。

 今年も一年間応援していただきまして、本当にありがとうございました。

 来年も、本作品をよろしくお願いします。

 ちなみに、次の投稿日はまだ未定ですが、新年一発目からかなりシリアスな展開となっております。

 果たして、明日香の身に何が起こるのか・・・最後までお付き合いいただけるとありがたいです。

 それでは、また来年お会いしましょう。

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