祖父の現影 二十一
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───同時刻。
東條家の屋敷、その門前。
そこに、一人の少女の姿があった。
土砂降りの雨の中、子供用の傘を差し、門前に佇む和服の少女。
その正体は当然、市松人形の化生、舞依である。
「さて、と・・・」
子供用の傘を折り畳む舞依。
当然、現在の天気は土砂降りの大雨である。
傘を畳んでからものの数秒と経たぬ内に、彼女の全身はずぶ濡れとなってしまっていた。
しかし、舞依は構わず、濡れた着物の懐に手を差し込む。
そして───一枚の和紙の札を取り出した。
その札もまた、現在の舞依と同じく、雨に晒されている。
しかし、その札が濡れることはなかった。
防水加工が施されているかの如く、水を弾き飛ばしている。
それこそ、舞依が衛から受け取った札───伊崎が作成した、結界を展開する為の護符であった。
「・・・・・」
人差し指と中指とで挟んだ護符。
舞依はそれを、己の顔と同じ位置に持ち上げる。
そして、静かに両目を閉じた。
「───」
意識を集中させ、脳内でイメージを作り上げる。
全身の妖気を高め、指先に集中させ、そこから護符に気を送り込む───そんなイメージを。
そして、イメージが出来上がった直後───そのイメージ通りに、妖気を護符へと注ぎ始めた。
護符の中に、妖気が満ち始める。
それにつれて、護符に仕掛けられた仕掛けが、噛み合った歯車の如くゆっくりと動き始める。
舞依は、そのまま気を注ぎ続け───
「───!」
───不意に、両目をカッと見開いた。
護符の発動に必要な妖気が、溜まった。
「・・・っ!」
舞依が、右手の指に挟んだ護符を、天に向かって放る。
護符は、雨の降る空間を切り裂き、真っ直ぐに───微少なずれも生み出すことなく、真っ直ぐに翔んでいく。
やがてそれは、門の高さを越え───そして、空中でピタリと静止した。
───その瞬間。
護符から一瞬、紫色の強い光が放たれた。
同時に───東條家の屋敷に、変化が起こった。
薄く透けた正方形の壁のような何かが、屋敷の敷地をとり囲うように出現したのである。
その壁は、屋敷を囲んだまま、三秒ほどそのまま留まり続けた。
が───次第に、壁が消えていく。
景色と、雨空に融けて馴染んでいくように。
やがて───正方形の壁は、完全にその景色と一体化した。
誰が見ても、その屋敷が現在『囲われている』状態とは思えないほどに。
しかし、箱は現在も、東條家の屋敷を取り囲んでいる状態にあった。
この箱によって取り囲まれている限り、この中の空間に、妖怪は出入りすることはできない。
そして内部からは、外部で何が起こっているのか察知することも不可能。如何なる存在が近寄っていることも、全く分からない。
これこそが、伊崎の開発した護符に秘められた『結界』の力であった。
「・・・うむ。準備はこれで大丈夫じゃな」
宙に静止した護符に手をかざしたまま、舞依が呟く。
彼女は現在、遠隔的に妖気を護符へと送り続けている。
そうしなければ、たちまち結界は形を維持出来なくなるのである。
故に舞依は、こうやって妖気を注ぎ続けなければならない。
自らの妖気が尽きる、その瞬間まで。
それが、今回の仕事における舞依の役割であった。
「マリーの奴・・・もう向かっておるんじゃろうか・・・」
舞依が、眉根を寄せながら呟く。
「早くするんじゃぞ・・・!わしの力が・・・尽きん内に・・・!」
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、火曜日の午前0時に投稿する予定です。




