祖父の現影 十五
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光が晴れると───明日香の視界に、木造の天井が映った。
その視界の端には、二人の少女の不安げな顔が。
「あ、起きた・・・!」
「良かった・・・明日香ちゃん、大丈夫かの?」
二人の少女は、明日香にそう声を掛ける。
その少女たちが何者なのか、明日香は一瞬分からなかった。
目を覚ました直後なので、頭が上手く回っていなかった。
しばらくして、その日の記憶が、頭の中でぶわっと甦り───そして、思い出した。
マリーと舞依。
衛に連れ添っていた少女であった。
「・・・ここは・・・」
明日香が上体を起こす。
そして、辺りを見渡した。
明日香の自室であった。
部屋の中にいるのは、明日香、マリー、舞依の三人。
衛の姿は───なかった。
「あの・・・あたし、一体どうしたの・・・?」
「皿洗いをしてる時に、突然倒れたんじゃ。いきなりじゃったから、びっくりしたわい」
「熱はなかったんだけど、念のために衛にこの部屋まで運んでもらったの」
「そう・・・ごめんね、心配かけちゃって」
明日香は、二人にそう詫びる。
それを聞いた二人の少女は、『気にしなくて良い』と微笑むのであった。
「そういえば、青木さんは?」
「部屋の前で待っとるよ」
「呼んでこよっか?」
お願いね、と明日香が言うと、マリーはすぐさま、小走りで部屋の外へと出る。
すると、十秒と経たないうちに、マリーが再び入室してきた。
そして、その後ろから、衛が着いてきた。
重苦しい表情が、その顔に浮かんでいた。
「どうだい、体調は」
衛が、やや暗い調子で明日香に尋ねる。
「はい。もう何ともないです。・・・心配かけちゃって、すいません」
「いや・・・謝らなきゃいけないのは、俺の方さ。俺達だけで後片付けは事足りたのに、君にも手伝ってもらっちまった。安静にさせておくべきだったよ。・・・配慮が足りなくてすまなかった」
「あ、いえ、気にしないでください。私が申し出たことですから・・・」
明日香は、衛にフォローの言葉をかけた。
その後、明日香は神妙な顔で俯いた。
彼女の様子に気付いた衛は、明日香に尋ねる。
「・・・・・どうしたんだい?」
「・・・・・」
明日香は、黙ったままであった。
俯いたまましばらく経ち───その後、衛の目を見た。
そして、やや躊躇いがちな様子で口を開いた。
「・・・・・あの」
「・・・?」
「・・・・・また、夢を見たんです」
「・・・!」
明日香の言葉を耳にし、衛の表情が、より一層険しくなる。
目付きは非常に鋭く、瞳からは、緊迫感のような何かが放たれていた。
「どんな夢だった・・・?今までに見た夢と、同じ内容だったか・・・?」
「いえ・・・違ってました」
「学校で倒れた時に見た夢とも?」
「はい・・・二人の男の人が、道場で闘ってました」
「『闘ってた』?」
「・・・はい。黒くて顔は見えなかったけど、片方の人は刀を持ってて、もう片方の人は素手でした。・・・それで・・・」
「・・・それで?」
「『貴様さえいなければ』って・・・どっちが言ったのかは、分からないんですけど・・・凄く恨めしそうな声で・・・」
「・・・・・そうか・・・・・」
明日香の話を聞き終えると、衛はただ一言、そう呟いた。
それから、口元を手で覆い隠し、俯く。
表情は、口元を覆う手のせいで分からない。
目は依然として鋭いままであったが───その瞳に宿るものは、別の何かへと変わっていた。
「ああ・・・・・もう・・・」
その時───明日香が、呻くようにそう声をこぼした。
上体を起こした姿勢のまま、力なくうなだれる。
「本当に・・・どうしちゃったんだろう・・・あたしの体・・・。こんなんじゃ、剣術も普通の生活も何も出来ないよ・・・」
そう独り言ちる明日香。
声の調子には、若干の苛立ちが含まれて混じっている。
実際、明日香は現在の自分自身にもどかしさを感じていた。
原因不明の頭痛に、突然の気絶。
それに加えて、悪夢の内容が意味不明な夢に変化したことで、明日香は精神的に、完全に参っていた。
このまま、頭痛の度に気絶するような状態で、今後の人生を歩まなければならないのだろうか。
いや───それどころか、もっと深刻な症状がでてしまうのでは。
そんな不安が、明日香の胸を締め付け、更に明日香の思考を掻き乱した。
「・・・・・」
衛は、何も言わずに明日香を見つめていた。
その表情は、明日香と同じく苦悶の表情。
眉間には皺が寄り、目には濁りが混ざり、口はむっつりと閉ざされている。
その時───その口が、ゆっくりと開かれた。
「・・・明日香ちゃん」
「・・・?はい?」
明日香が顔を上げる。
そして、衛を見た。
衛の顔は───何か、決意のようなものが満ちた表情へと変わっていた。
「その病気・・・・・もしかしたら、何とか出来るかもしれない」
「え・・・!?あ、青木さん、何かご存じなんですか・・・!?」
「・・・少し、心当たりがある。東條先生も、その頭痛を抱えてたからな」
「え・・・!?」
明日香は、信じられないという顔をした。
───初耳であった。
祖父が自身と同じ病を抱えていたということを、明日香は今、初めて知ったのである。
「え・・・えっと・・・」
動揺を抑え切れずに、明日香は衛に質問を投げ掛けようとする。
しかし、疑問が次々に頭に湧いて来る。
言葉を発しようとするも、口と頭が思うように動かない。
何から問い掛けていいのか、明日香自身にも分からない。
彼女が軽いパニック状態になっていると───先に、衛が質問を投げ掛けた。
「明日の夜、時間あるかい?」
「え?は、はい。特に予定はないですけど・・・」
明日香の言葉を聞くと、衛はゆっくりと頷く。
「詳しいことは、明日話すよ。色々と準備がいるからな。・・・だから、今日はゆっくりと体を休めたほうが良い」
衛は静かに、明日香にそう告げた。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、金曜日の午前0時に投稿する予定です。




