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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
141/310

祖父の現影 十五

11

 光が晴れると───明日香の視界に、木造の天井が映った。

 その視界の端には、二人の少女の不安げな顔が。

「あ、起きた・・・!」

「良かった・・・明日香ちゃん、大丈夫かの?」

 二人の少女は、明日香にそう声を掛ける。

 その少女たちが何者なのか、明日香は一瞬分からなかった。

 目を覚ました直後なので、頭が上手く回っていなかった。

 しばらくして、その日の記憶が、頭の中でぶわっと甦り───そして、思い出した。

 マリーと舞依。

 衛に連れ添っていた少女であった。


「・・・ここは・・・」

 明日香が上体を起こす。

 そして、辺りを見渡した。

 明日香の自室であった。

 部屋の中にいるのは、明日香、マリー、舞依の三人。

 衛の姿は───なかった。


「あの・・・あたし、一体どうしたの・・・?」

「皿洗いをしてる時に、突然倒れたんじゃ。いきなりじゃったから、びっくりしたわい」

「熱はなかったんだけど、念のために衛にこの部屋まで運んでもらったの」

「そう・・・ごめんね、心配かけちゃって」

 明日香は、二人にそう詫びる。

 それを聞いた二人の少女は、『気にしなくて良い』と微笑むのであった。


「そういえば、青木さんは?」

「部屋の前で待っとるよ」

「呼んでこよっか?」

 お願いね、と明日香が言うと、マリーはすぐさま、小走りで部屋の外へと出る。

 すると、十秒と経たないうちに、マリーが再び入室してきた。

 そして、その後ろから、衛が着いてきた。

 重苦しい表情が、その顔に浮かんでいた。


「どうだい、体調は」

 衛が、やや暗い調子で明日香に尋ねる。

「はい。もう何ともないです。・・・心配かけちゃって、すいません」

「いや・・・謝らなきゃいけないのは、俺の方さ。俺達だけで後片付けは事足りたのに、君にも手伝ってもらっちまった。安静にさせておくべきだったよ。・・・配慮が足りなくてすまなかった」

「あ、いえ、気にしないでください。私が申し出たことですから・・・」

 明日香は、衛にフォローの言葉をかけた。


 その後、明日香は神妙な顔で俯いた。

 彼女の様子に気付いた衛は、明日香に尋ねる。

「・・・・・どうしたんだい?」

「・・・・・」

 明日香は、黙ったままであった。

 俯いたまましばらく経ち───その後、衛の目を見た。

 そして、やや躊躇いがちな様子で口を開いた。

「・・・・・あの」

「・・・?」

「・・・・・また、夢を見たんです」

「・・・!」

 明日香の言葉を耳にし、衛の表情が、より一層険しくなる。

 目付きは非常に鋭く、瞳からは、緊迫感のような何かが放たれていた。


「どんな夢だった・・・?今までに見た夢と、同じ内容だったか・・・?」

「いえ・・・違ってました」

「学校で倒れた時に見た夢とも?」

「はい・・・二人の男の人が、道場で闘ってました」

「『闘ってた』?」

「・・・はい。黒くて顔は見えなかったけど、片方の人は刀を持ってて、もう片方の人は素手でした。・・・それで・・・」

「・・・それで?」

「『貴様さえいなければ』って・・・どっちが言ったのかは、分からないんですけど・・・凄く恨めしそうな声で・・・」

「・・・・・そうか・・・・・」

 明日香の話を聞き終えると、衛はただ一言、そう呟いた。

 それから、口元を手で覆い隠し、俯く。

 表情は、口元を覆う手のせいで分からない。

 目は依然として鋭いままであったが───その瞳に宿るものは、別の何かへと変わっていた。


「ああ・・・・・もう・・・」

 その時───明日香が、呻くようにそう声をこぼした。

 上体を起こした姿勢のまま、力なくうなだれる。

「本当に・・・どうしちゃったんだろう・・・あたしの体・・・。こんなんじゃ、剣術も普通の生活も何も出来ないよ・・・」

 そう独り言ちる明日香。

 声の調子には、若干の苛立ちが含まれて混じっている。


 実際、明日香は現在の自分自身にもどかしさを感じていた。

 原因不明の頭痛に、突然の気絶。

 それに加えて、悪夢の内容が意味不明な夢に変化したことで、明日香は精神的に、完全に参っていた。

 このまま、頭痛の度に気絶するような状態で、今後の人生を歩まなければならないのだろうか。

 いや───それどころか、もっと深刻な症状がでてしまうのでは。

 そんな不安が、明日香の胸を締め付け、更に明日香の思考を掻き乱した。


「・・・・・」

 衛は、何も言わずに明日香を見つめていた。

 その表情は、明日香と同じく苦悶の表情。

 眉間には皺が寄り、目には濁りが混ざり、口はむっつりと閉ざされている。

 その時───その口が、ゆっくりと開かれた。

「・・・明日香ちゃん」

「・・・?はい?」

 明日香が顔を上げる。

 そして、衛を見た。

 衛の顔は───何か、決意のようなものが満ちた表情へと変わっていた。

「その病気・・・・・もしかしたら、何とか出来るかもしれない」

「え・・・!?あ、青木さん、何かご存じなんですか・・・!?」

「・・・少し、心当たりがある。東條先生も、その頭痛を抱えてたからな」

「え・・・!?」

 明日香は、信じられないという顔をした。

 ───初耳であった。

 祖父が自身と同じ病を抱えていたということを、明日香は今、初めて知ったのである。


「え・・・えっと・・・」

 動揺を抑え切れずに、明日香は衛に質問を投げ掛けようとする。

 しかし、疑問が次々に頭に湧いて来る。

 言葉を発しようとするも、口と頭が思うように動かない。

 何から問い掛けていいのか、明日香自身にも分からない。

 彼女が軽いパニック状態になっていると───先に、衛が質問を投げ掛けた。

「明日の夜、時間あるかい?」

「え?は、はい。特に予定はないですけど・・・」

 明日香の言葉を聞くと、衛はゆっくりと頷く。

「詳しいことは、明日話すよ。色々と準備がいるからな。・・・だから、今日はゆっくりと体を休めたほうが良い」

 衛は静かに、明日香にそう告げた。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、金曜日の午前0時に投稿する予定です。

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