祖父の現影 十四
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───道場に、黒い霧が満ちている。
冷たく、しっとりとした霧。
墨汁のように黒く染まった水滴が、細かく宙に散り漂っているような、不気味な霧。
その霧によって、道場内は宵闇の如き暗黒に支配されていた。
その闇の奥で───何かが蠢いている。
二つの影。
おそらく、どちらも男。
───立ち合っていた。
二人の男が、闇に覆われた道場の中で、確かに立ち合っていた。
一人は、何か長い物を振り回している。
刀───片方の男が操る得物は、日本刀である。
対するもう片方の一人は、無手───何も持っていない。
徒手空拳である。
「───!」
刀の男が、手に持った得物を振るう。
速く、無駄のない綺麗な軌道。
触れれば絶命する、必殺の斬撃。
「───!」
無手の男は、間一髪のところでそれを躱す。
皮一枚のところで通り過ぎていく斬撃。
「・・・・・」
無手の男は、前に突き出すように構えた右手の手刀を、ゆらゆらと動かす。
まるで、刀の男の攻撃を誘うように。
「───!」
「───!」
再び迫る刃。
それを、無手の男は再び回避する。
刀を振るう男の腕前は、決して素人のそれではない。
達人───その二文字を掲げるに相応しい実力である。
無手の男の方も、かなりの実力を持っている。
ギリギリまで引き付け、そして見極め、斬撃を躱しているためである。
突き。
回避。
横薙ぎ。
回避。
袈裟斬り。
回避。
斬っては避けられ、斬られては避け───そんな攻防が、幾度も繰り広げられる。
その最中───闇の中で、声が響いた。
「貴様さえ───」
どちらの声なのかは分からない。
双方の姿は、闇に覆い隠されている。
どちらの男の口が開いたのかさえ、分からないほどに。
しかし、その声には───紛れもなく、憎悪の感情が込められていた。
「貴様さえ、いなければ───!!」
その声が響いた直後───景色が、光に包まれた。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、金曜日の午前0時に投稿する予定です。




