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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
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祖父の現影 十一

 前回の投稿から期間が空いてしまって申し訳ありません。

 それでは、よろしくお願いします。

「ふふ・・・それじゃあ、こちらも改めて」

 笑いがおさまると、明日香もまた、三人に挨拶を返した。


「東條廉太郎の孫の、明日香です。青木さんのことは、祖父から何度か伺ってました。・・・確か、うちの剣術を何度か学ばれたとか・・・」

「ああ、うん。俺も武術をやっているからね。武器を持った相手と闘り合う時の間合いとかを染み込ませたくて、東條先生に何度か指導をお願いしたんだ」

「武器を持った相手と・・・?」

 明日香が、驚いたように目をやや丸くする。

「やっぱり探偵のお仕事をしていると、サスペンスドラマみたいに悪い人に襲われたりとかするんですか?」

「ん・・・まあ、ね」

 衛は頭を掻きながら答える。

「・・・頻繁にそういうことがある訳じゃあないんだけどさ。まぁ、色々と訳有りでね」

 衛はそこで、言葉を区切る。

 どこか歯切れの悪い答えであった。

 やはりまだ緊張しているのであろうか。

 明日香はそう思い、衛が言葉をつづけるのを待つか、自分が口を開こうか考えた。


 するとしばらくして、衛が天を仰ぎながら、また言葉を続けた。

「・・・東條先生には、色んなことを教えて頂いたし、色んなことについて語り合った。剣術だけじゃなく、人生のこと、家族のこと・・・。東條先生は特に、君のことについて熱心に語っておられたよ」

「あたしのこと・・・ですか?」

「ああ。『私の自慢の孫だ』って、すごく嬉しそうに仰ってたよ。『今の私にとって、生きる希望だ』ともね」

「・・・!・・・そう、ですか」

 衛の言葉を聞き、明日香は思わず口元が弛むのを抑え切れなかった。

 ───嬉しかった。

 祖父が自分を、心から愛してくれていたことを改めて実感し、その喜びが体中に染み渡った。

 そして───その祖父がもういないことを改めて実感し、悲しみが喜びを塗りつぶしていった。


「確か、今年でもう高校生だったっけか・・・。どうだい?高校生活は順調かい?」

「え・・・?」

 衛の問い掛けに、明日香の意識が現実へと引き戻される。

「あ、はい、その・・・楽しいです。友達もいるし、今の所、勉強にも付いていけてますし」

「・・・そうか」

 明日香の返答を聞き、一拍置いて、衛がそう答える。

 その短い言葉には、どこか安堵したような響きが含まれていた。

 自分のことを心配してくれているのであろうか。

 祖父がいなくなって一年の間に、自分が立ち直ることが出来たか、確認しようとしているのであろうか───明日香は、そう思った。


「えっと・・・悩み事とか、ないかい?その、あれだ。困ってることとか」

 衛がそう尋ねる。

「困ってる、こと───」

 明日香は、返答に詰まってしまった。

 ない───と言えば、嘘になる。

 悩み事ならば、本当に困っていることが一つだけあった。

 祖父が亡くなってから時折起こるようになった『あれ』についての悩みである。

「・・・何か、あるのかい?」

「あ、えっと・・・その・・・」

 明日香は、話すべきかどうか躊躇った。

 これを話してしまえば、衛に余計な心配をかけてしまわないだろうか───そう思ったのである。

「・・・・・」

 明日香は、短い時間俯く。

 そして、また顔を上げ、衛の目を見た。

「・・・・・」

 衛は、真剣な目で明日香の言葉を待っていた。

 真剣に、真っ直ぐな気持ちで、明日香の身を案じてくれていた。

 明日香は、そう感じ取った。

 だから明日香は───おずおずと、口を開いた。


「・・・・・実は、頭痛で悩んでて」

「頭痛?」

 明日香の言葉を聞いた衛は、思わず眉をひそめる。

「はい。何もしていないのに、突然頭がものすごく痛くなるんです。・・・実は今日も、学校にいるときに頭痛が起こって・・・我慢出来なくて、倒れちゃったんです」

「えっ・・・!?」

「た、倒れたの!?」

「大丈夫かよ・・・!?」

 明日香と向かい合っている三人の表情が、同時に緊迫したものへと変わる。

 彼らのその様子を見て、明日香は慌てて口を開いた。


「あ、だ、大丈夫です。病院で検査してもらったんですけど、命に別状はないって、お医者さんも言ってたので」

「そ、そうか・・・ならいいけど・・・」

 衛が胸を撫で下ろす。

 左右の少女達もまた、体から少し緊張が抜けたようであった。

 しかし、完全に安心しきった様子ではない。

 額には、僅かではあるが、小さな汗の粒が浮いていた。

「・・・そうとは知らずに、すまなかったね。お邪魔してしまって・・・」

「いえ・・・どうぞお気遣いなく。本当にもう大丈夫ですから」

 明日香は苦笑しながら、衛にそう返した。


 彼女は内心、申し訳なく思っていた。

 余計な心配をさせてしまっただろうか。

 やはり、このことは黙っておいたほうがよかっただろうか───彼女がそんなことを考えていると、衛がまた口を開いた。


「原因は・・・?何か病気とか?」

「それが・・・分からないんです。病院で何度も検査を受けたんですけど、原因が全く分かってなくって」

「原因不明・・・か・・・んん・・・」

 眉根を寄せ、腕組みをする衛。

 明日香の言葉を聞きながら、原因について考え始めた。

「はい。お医者さんは、『きっと、家族が亡くなったことで精神的に参ってるんだろう』って仰ってたんですけど・・・」

「ストレスってことか・・・。・・・症状が出始めたのは、いつ頃なんだい?」

「祖父が亡くなって、しばらく経ってからです。だんだん、怖い夢を見るようになってしまって・・・」

 その時、衛の眉間の皺が、一層深くなる。

 明日香の言葉に、何かが引っ掛かったようであった。

「『怖い夢』って・・・?」

「えっと・・・実は───」


 その時であった。

 くぅ、という間の抜けたような音が、マリーの腹から鳴った。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 明日香、衛、舞依の三人が、マリーを見る。

 明日香はきょとんとした表情で。

 衛と舞依は、呆れたような表情で。

「・・・・・。・・・ぁぅ」

 三人から視線を向けられ、マリーが恥ずかしそうに顔を赤らめ、俯く。

「ヌシという奴は・・・真面目な話をしておる最中に・・・」

 それまで真剣に会話を聞いていた舞依が、そう声を漏らす。

 声も表情も、完全に力が抜けきったものになっていた。

「す・・・すいません・・・」

 それに対しマリーは、素直に謝罪の言葉を口にする。

 蚊の鳴くような音量である。

 顔は真っ赤に染まっており、熟し切ったリンゴのようになっていた。


「ふふふ・・・」

 明日香が苦笑する。

 そして、壁に掛けてある時計に目をやった。

 時刻は既に五時。

 子供がお腹を空かせてもおかしくない時間帯であった。


「あの・・・何か、ごめんな。真剣な話をする空気じゃなくなっちまった」

 顔をしかめ、衛が謝罪する。

「いえ。こっちこそ、暗い話をしちゃってすいません」

 苦笑しながら、明日香もまた謝罪する。

 そして、衛達にとある提案をしようと、口を開いた。

「あの、青木さん。この後、ご予定とかは?」

「予定?」

 明日香の唐突な問いに、衛はややきょとんとした様子で答える。

「いや、特には・・・」

 その言葉を聞き、明日香は微笑みながら、言った。

「その・・・もしよろしかったら、晩御飯でもいかがですか?大したご馳走は出せないですけど・・・」

「え・・・?」

 驚いたように、衛が目を丸くする。


「あ・・・いや・・・せっかくの申し出だけど、遠慮しておくよ。学校で倒れちゃったんだろ?しっかり休まないと、また体調に響くよ」

 衛が、やんわりと断ろうとする。

 顔も、明日香への心配の表情を形作っている。

「いえ、本当にもう大丈夫なんです。・・・それに───」

 明日香は、寂しさの混じった苦笑を浮かべながら、答えた。

「・・・その・・・一人で食べるご飯って、あんまり美味しくなくて・・・」

「・・・明日香ちゃん・・・」

 明日香の言葉を聞くと、衛は彼女の名を小さく呟き、口を閉じた。


 それから、しばらく沈黙。

 長くも、短くもない静寂。

 それが場を包み、しばらくして、衛が口を開いた。

「・・・分かった。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

「本当ですか・・・!?良かった、なら早速準備を───」

「あ、ちょっと待った」

 嬉しそうに立ち上がる明日香。

 そんな彼女を、衛は右手を掲げて止めた。

「ご一緒させてもらうお礼に、俺達にも、料理と片付けを手伝わせてくれよ」

「え?そ、そんな、お客さまなのに───」

「良いんだよ。病人に無理させちゃいけないしな。・・・大丈夫さ。俺達三人とも、家事には慣れてるから」

 衛は、淡々とした声でそう言った。

 しかし、その声には、どこか自信を感じさせるような響きがあった。


「・・・・・」

 衛のその言葉を聞いた明日香は───

「・・・ふふ、分かりました。それじゃあ、お手伝い、よろしくお願いしますね」

 微笑みながら、そう言った。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 お待たせしました。次は、水曜日の午前0時に投稿する予定です。

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