祖父の現影 十一
前回の投稿から期間が空いてしまって申し訳ありません。
それでは、よろしくお願いします。
「ふふ・・・それじゃあ、こちらも改めて」
笑いがおさまると、明日香もまた、三人に挨拶を返した。
「東條廉太郎の孫の、明日香です。青木さんのことは、祖父から何度か伺ってました。・・・確か、うちの剣術を何度か学ばれたとか・・・」
「ああ、うん。俺も武術をやっているからね。武器を持った相手と闘り合う時の間合いとかを染み込ませたくて、東條先生に何度か指導をお願いしたんだ」
「武器を持った相手と・・・?」
明日香が、驚いたように目をやや丸くする。
「やっぱり探偵のお仕事をしていると、サスペンスドラマみたいに悪い人に襲われたりとかするんですか?」
「ん・・・まあ、ね」
衛は頭を掻きながら答える。
「・・・頻繁にそういうことがある訳じゃあないんだけどさ。まぁ、色々と訳有りでね」
衛はそこで、言葉を区切る。
どこか歯切れの悪い答えであった。
やはりまだ緊張しているのであろうか。
明日香はそう思い、衛が言葉をつづけるのを待つか、自分が口を開こうか考えた。
するとしばらくして、衛が天を仰ぎながら、また言葉を続けた。
「・・・東條先生には、色んなことを教えて頂いたし、色んなことについて語り合った。剣術だけじゃなく、人生のこと、家族のこと・・・。東條先生は特に、君のことについて熱心に語っておられたよ」
「あたしのこと・・・ですか?」
「ああ。『私の自慢の孫だ』って、すごく嬉しそうに仰ってたよ。『今の私にとって、生きる希望だ』ともね」
「・・・!・・・そう、ですか」
衛の言葉を聞き、明日香は思わず口元が弛むのを抑え切れなかった。
───嬉しかった。
祖父が自分を、心から愛してくれていたことを改めて実感し、その喜びが体中に染み渡った。
そして───その祖父がもういないことを改めて実感し、悲しみが喜びを塗りつぶしていった。
「確か、今年でもう高校生だったっけか・・・。どうだい?高校生活は順調かい?」
「え・・・?」
衛の問い掛けに、明日香の意識が現実へと引き戻される。
「あ、はい、その・・・楽しいです。友達もいるし、今の所、勉強にも付いていけてますし」
「・・・そうか」
明日香の返答を聞き、一拍置いて、衛がそう答える。
その短い言葉には、どこか安堵したような響きが含まれていた。
自分のことを心配してくれているのであろうか。
祖父がいなくなって一年の間に、自分が立ち直ることが出来たか、確認しようとしているのであろうか───明日香は、そう思った。
「えっと・・・悩み事とか、ないかい?その、あれだ。困ってることとか」
衛がそう尋ねる。
「困ってる、こと───」
明日香は、返答に詰まってしまった。
ない───と言えば、嘘になる。
悩み事ならば、本当に困っていることが一つだけあった。
祖父が亡くなってから時折起こるようになった『あれ』についての悩みである。
「・・・何か、あるのかい?」
「あ、えっと・・・その・・・」
明日香は、話すべきかどうか躊躇った。
これを話してしまえば、衛に余計な心配をかけてしまわないだろうか───そう思ったのである。
「・・・・・」
明日香は、短い時間俯く。
そして、また顔を上げ、衛の目を見た。
「・・・・・」
衛は、真剣な目で明日香の言葉を待っていた。
真剣に、真っ直ぐな気持ちで、明日香の身を案じてくれていた。
明日香は、そう感じ取った。
だから明日香は───おずおずと、口を開いた。
「・・・・・実は、頭痛で悩んでて」
「頭痛?」
明日香の言葉を聞いた衛は、思わず眉をひそめる。
「はい。何もしていないのに、突然頭がものすごく痛くなるんです。・・・実は今日も、学校にいるときに頭痛が起こって・・・我慢出来なくて、倒れちゃったんです」
「えっ・・・!?」
「た、倒れたの!?」
「大丈夫かよ・・・!?」
明日香と向かい合っている三人の表情が、同時に緊迫したものへと変わる。
彼らのその様子を見て、明日香は慌てて口を開いた。
「あ、だ、大丈夫です。病院で検査してもらったんですけど、命に別状はないって、お医者さんも言ってたので」
「そ、そうか・・・ならいいけど・・・」
衛が胸を撫で下ろす。
左右の少女達もまた、体から少し緊張が抜けたようであった。
しかし、完全に安心しきった様子ではない。
額には、僅かではあるが、小さな汗の粒が浮いていた。
「・・・そうとは知らずに、すまなかったね。お邪魔してしまって・・・」
「いえ・・・どうぞお気遣いなく。本当にもう大丈夫ですから」
明日香は苦笑しながら、衛にそう返した。
彼女は内心、申し訳なく思っていた。
余計な心配をさせてしまっただろうか。
やはり、このことは黙っておいたほうがよかっただろうか───彼女がそんなことを考えていると、衛がまた口を開いた。
「原因は・・・?何か病気とか?」
「それが・・・分からないんです。病院で何度も検査を受けたんですけど、原因が全く分かってなくって」
「原因不明・・・か・・・んん・・・」
眉根を寄せ、腕組みをする衛。
明日香の言葉を聞きながら、原因について考え始めた。
「はい。お医者さんは、『きっと、家族が亡くなったことで精神的に参ってるんだろう』って仰ってたんですけど・・・」
「ストレスってことか・・・。・・・症状が出始めたのは、いつ頃なんだい?」
「祖父が亡くなって、しばらく経ってからです。だんだん、怖い夢を見るようになってしまって・・・」
その時、衛の眉間の皺が、一層深くなる。
明日香の言葉に、何かが引っ掛かったようであった。
「『怖い夢』って・・・?」
「えっと・・・実は───」
その時であった。
くぅ、という間の抜けたような音が、マリーの腹から鳴った。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
明日香、衛、舞依の三人が、マリーを見る。
明日香はきょとんとした表情で。
衛と舞依は、呆れたような表情で。
「・・・・・。・・・ぁぅ」
三人から視線を向けられ、マリーが恥ずかしそうに顔を赤らめ、俯く。
「ヌシという奴は・・・真面目な話をしておる最中に・・・」
それまで真剣に会話を聞いていた舞依が、そう声を漏らす。
声も表情も、完全に力が抜けきったものになっていた。
「す・・・すいません・・・」
それに対しマリーは、素直に謝罪の言葉を口にする。
蚊の鳴くような音量である。
顔は真っ赤に染まっており、熟し切ったリンゴのようになっていた。
「ふふふ・・・」
明日香が苦笑する。
そして、壁に掛けてある時計に目をやった。
時刻は既に五時。
子供がお腹を空かせてもおかしくない時間帯であった。
「あの・・・何か、ごめんな。真剣な話をする空気じゃなくなっちまった」
顔をしかめ、衛が謝罪する。
「いえ。こっちこそ、暗い話をしちゃってすいません」
苦笑しながら、明日香もまた謝罪する。
そして、衛達にとある提案をしようと、口を開いた。
「あの、青木さん。この後、ご予定とかは?」
「予定?」
明日香の唐突な問いに、衛はややきょとんとした様子で答える。
「いや、特には・・・」
その言葉を聞き、明日香は微笑みながら、言った。
「その・・・もしよろしかったら、晩御飯でもいかがですか?大したご馳走は出せないですけど・・・」
「え・・・?」
驚いたように、衛が目を丸くする。
「あ・・・いや・・・せっかくの申し出だけど、遠慮しておくよ。学校で倒れちゃったんだろ?しっかり休まないと、また体調に響くよ」
衛が、やんわりと断ろうとする。
顔も、明日香への心配の表情を形作っている。
「いえ、本当にもう大丈夫なんです。・・・それに───」
明日香は、寂しさの混じった苦笑を浮かべながら、答えた。
「・・・その・・・一人で食べるご飯って、あんまり美味しくなくて・・・」
「・・・明日香ちゃん・・・」
明日香の言葉を聞くと、衛は彼女の名を小さく呟き、口を閉じた。
それから、しばらく沈黙。
長くも、短くもない静寂。
それが場を包み、しばらくして、衛が口を開いた。
「・・・分かった。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「本当ですか・・・!?良かった、なら早速準備を───」
「あ、ちょっと待った」
嬉しそうに立ち上がる明日香。
そんな彼女を、衛は右手を掲げて止めた。
「ご一緒させてもらうお礼に、俺達にも、料理と片付けを手伝わせてくれよ」
「え?そ、そんな、お客さまなのに───」
「良いんだよ。病人に無理させちゃいけないしな。・・・大丈夫さ。俺達三人とも、家事には慣れてるから」
衛は、淡々とした声でそう言った。
しかし、その声には、どこか自信を感じさせるような響きがあった。
「・・・・・」
衛のその言葉を聞いた明日香は───
「・・・ふふ、分かりました。それじゃあ、お手伝い、よろしくお願いしますね」
微笑みながら、そう言った。
次の投稿日は未定です。
【追記】
お待たせしました。次は、水曜日の午前0時に投稿する予定です。




