祖父の現影 十
衛が口を開いた。
「すまなかったね。何の連絡もなしにお邪魔してしまって」
「あ、いえ・・・大丈夫です。特に用事もなかったですし 」
明日香は慌てて、そう言葉を返した。
その会話を最後に、両者は口を閉ざす。
座敷部屋に、痛々しいほどの沈黙が訪れた。
「・・・・・」
明日香は、緊張していた。
祖父から聞かされて、会ってみたいと思っていた人物。
その人が突然現れたことで、何を話していいのか分からなくなっていた。
「・・・・・」
衛は、依然として口をむっつりと閉ざしている。
やや俯いているその顔は、やはり無表情。
何を考えているのか、明日香には全く読み取ることが出来なかった。
祖父は、『真っ直ぐな心を持った青年』と評していたが───まさか、ここまで寡黙な人物であったとは。
何を話そう。
何を訊こう。
一体どんなことを口にすれば───何度もそんなことを頭の中で思い浮かべるが、その度に何を言っていいのか分からなくなっていった。
その時───
「「・・・・・はぁ~・・・・・」」
深い溜め息が、沈黙を破った。
幼い少女達───マリーと舞依の溜め息である。
「衛・・・あんた今日に限って何でそんなに緊張してんのよ」
「そうじゃそうじゃ。普段ぬしはもっと話すじゃろう」
「・・・・・」
呆れるように訊ねる少女達に、青年が静かに顔をしかめる。
マリーと舞依は、左右から衛の顔を覗き込み───にやにやといやらしい笑みを浮かべた。
「それともあれか?若い女子が相手じゃから調子が狂っておるのか?」
「あれぇ?そうなのぉ?ごめんねぇ、あたし達余計なこと訊いちゃったぁ?」
「お黙り」
「「んごごごごご」」
そんな少女二人を、衛は顔をしかめながら、アイアンクローで物理的に黙らせた。
「・・・・・」
その一連のやり取りを目にし、明日香は思わず呆気にとられてしまった。
「・・・あ」
それに気付いた衛。
一瞬硬直した後、アイアンクローを解く。
「あー・・・・・んんっ・・・・・」
衛は、気を取り直すように短く咳払いをする。
そして、やや躊躇いがちに、明日香と目を合わせた。
「・・・それじゃあ、改めて自己紹介を。・・・青木衛です。私立探偵をやっています。よろしく」
簡潔にそう告げる衛。
そして、両脇で悶絶しているマリーと舞依を交互に一瞥し、言葉を続けた。
「こいつらは、マリーと舞依。訳あって、今俺んとこで預かってるんだ。まぁ・・・やかましいアホだけど、悪い奴らじゃないから仲良くしてやってもらえると嬉しい」
「「だれがあほじゃい・・・!」」
「・・・・・ぷっ・・・ふふ」
漫才のようなやり取りをする三人組。
それを見て、明日香は思わず吹き出してしまった。
決して寡黙なだけの人物ではないらしい。
二人の少女の言う通り、衛も緊張しているだけなのかもしれない───そう思うと、何だか気が楽になった。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、水曜日の午前0時に投稿する予定です。
遅くなって申し訳ありません。




