祖父の現影 九
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仏壇の前で、ゆらゆらと煙が立ち上っている。
灯したばかりの真新しい線香───それから立ち上る煙である。
仏壇の前には、三人の男女が正座をしている。
先程訪れたばかりの来客・青木衛と、彼が連れていた少女───マリーと舞依である。
三人は、仏壇に向かって両手を合わせている。
そうしながら、静かに目を閉じ、俯いていた。
決して短くない時間、そうしていた。
明日香はその様子を、三人の背後に控えながら見つめていた。
そうしながら、彼らのことについて考えていた。
青木衛のことは、ほんのわずかにではあるが、明日香も知っていた。
彼のことについて、廉太郎が少し口にしたことがあったのである。
廉太郎が初めて衛のことを口にしたのは、今から二年か三年ほど前であろうか。
目付きは悪いが、真っ直ぐな心を持った青年だ───確か、そう言っていたような気がする。
何らかの武術を習得しており、彼に何度か、東條流の手解きをしたとも言っていた。
廉太郎はよく、彼に会うために外出することがあった。
おそらく、衛に稽古をつけに行っていたのであろう。
衛は、何度かこの屋敷を訪問したこともあったらしい。
しかし、明日香に面識はなかった。
衛が訪問するのは、決まって平日の日中であったらしい。
その時間帯は、明日香は学校で勉強に励んでいる時間帯である。
面識がないのも無理はなかった。
だから、一度会ってみたいと思っていた。
『青木君は私にとって友であり、そして孫のような存在でもある。いつか、お前も会ってみるといい。きっとお前も、彼のことを気に入ると思うよ』
廉太郎が、嬉しそうにそう言っていたのを、明日香はうっすらとではあるが覚えていた。
だから明日香も、一度衛に会ってみたいと思っていたのである。
「・・・・・」
衛が手を下ろし、俯かせていた顔を上げる。
そのまま、仏壇の前に立ててある廉太郎の写真を見つめた。
後ろにいる明日香には、衛が今、どんな表情を浮かべているのか、想像もつかなかった。
しかし───背中から漂う、どこか悲しげな空気は、感じ取ることが出来た。
しばらくして、衛が立ち上がり、仏壇から離れる。
それに倣い、マリーと舞依も立ち上がる。
三人の足は、中央に設置してある座敷机の側へと向かう。
座敷机の上には、ほのかな湯気をたたせている四つの湯呑みと、茶菓子の入った皿が置かれていた。
衛達は、机を間に挟むように、明日香の対面側に座った。
衛の表情は、門の前で出会った時と変わらず、どこか不愛想な表情である。
しかし───その中に、やはり悲しげな雰囲気が混じっているように感じられた。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、土曜日の午前0時に投稿する予定です。




