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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
134/310

祖父の現影 八

7

 その日、明日香は学校を早退した。

 頭痛が続いた訳でも、その他に体の異常が見られた訳でもない。

 保健室で目を覚ました頃には、体調は普段と変わらない状態に戻っていた。

 だから明日香は、親友や級友に、自身の無事を伝えるために、すぐに教室に戻ろうとした。

 だが、そんな明日香を、石崎は慌てて止めた。

 確かに明日香の体調は戻った。

 しかし、気を失ってしまうほどの酷い頭痛が彼女を襲ったこともまた事実。

 この原因不明の頭痛が、いつまた再発するか分からない。

 そのため石崎は、念のために早退し、病院で精密検査をするよう、明日香に促したのである。

 そして明日香は、その提案を承諾したのである。

 

 しかし、明日香は自身の頭痛について、これまで何度か病院で検査を受けたことがある。

 だから、今回受ける検査の結果について、完全に予想できていた。


 全ての検査が終わったのは、午後三時を回った頃であった。

 検査結果は───案の定、『原因不明』であった。

 脳には全く何の異常も見られない上に、その他についても健康そのものである。

 おそらく、ストレスが原因ではないだろうか───医師はそう判断し、頭痛薬といくつかの薬を処方した。

 最初から最後まで、完全にこれまでに受けた検査と同じ展開であった。


「はぁ・・・・・」

 明日香は帰路に就きながら、深い溜め息を吐いた。

 日頃から節約を心掛けているというのに、余計な出費をしてしまった。

 廉太郎が遺してくれた遺産は、十分にある。

 ここ数年、何不自由なく生活していけるほどに。

 しかし───それに甘える訳にはいかなかった。

 廉太郎の遺産は、現在は明日香のものとなってはいるが、元々は廉太郎のもの。

 祖父が所有していたものを自堕落に消費してしまっては、祖父に申し訳が立たない。

 そう思い、明日香は極力、節約するようにしていた。


 しかし、まさかこんなことでお金を無駄遣いしてしまうとは───そう思い、明日香は再び溜め息を吐く。

 いや、後ろ向きな考えはよそう。

 後ろ向きな考えは、人の心を悲観的にしてしまう。

 ひとまずは、自身が健康であったことに胸を撫で下ろすべきだ───明日香はそう考えると共に、これ以上溜め息を吐かないよう、別のことについて考えることにした。


「それにしても───」

 明日香が、ぽつりと呟く。

「『あの夢』・・・一体何だったんだろ・・・」

 別のことを考えようとして、何よりも先に思い浮かんだのは、保健室で見た、廉太郎の夢についてであった。


 これまでに何度も、廉太郎の遺体を発見した時の記憶を、夢の中まで見た。

 しかし、今回のように、絶命した廉太郎が動き出す夢は、一度も見たことがなかった。

 そこで明日香は、今回見た夢について、軽く整理してみることにした。


 夢の始まり方は、いつもと同じく、玄関に自身が佇んでいるところからである。

 そこから屋敷中を探し回り、道場内で祖父を見つける───これが、いつもみる夢の一連の流れである。

 そこまで見終えると、明日香はいつも目を覚ますのだが、今回は何故か目覚めず、その続きを見ることとなった。


 まず、横たわっている祖父に足首を掴まれた。

 それから、声が聞こえた。

 奴を殺せ。

 我々を殺した奴を殺せ。

 そのために、体を寄越せ───と。

 そして、祖父がゾンビのように覆いかぶさり、彼の恐ろしい顔を目にした。

 そのショックで目を覚まし、石崎が慌ててベッドのもとまでやって来て───


「・・・!」

 その時、明日香が僅かに顔をしかめる。

 苦虫を噛み潰したような顔が、ゆっくりと赤くなっていく。

「うぅ・・・」

 目を瞑り、頭を抱えて身悶えする。

 石崎に対して突然泣き付いたことを思い出し、その羞恥心の波がこのタイミングでやって来たのである。

 祖父が亡くなってから、あんなに泣いたのは久しぶりのことである。

 親友である千恵にだって、あれほど号泣している姿を晒したことはない。

 恐ろしい夢を見たのが原因とはいえ、子供のように泣き崩れてしまうとは───そう考えるたびに、どんどん紅潮が濃くなっていく。

 しばらく立ち止り、羞恥の波が治まるのを待つ。

 ゆっくりと深呼吸し、頭を空っぽに。

 それが終わると、再び歩き出す。

 まだ紅潮の残る顔を引き締め、もう一度夢のことについて考える事にした。


 あの夢の中で、確かに廉太郎は言った。

 我々を殺したのは、奴だ───と。

 自身だけでなく、『我々』と言ったのも気になる。

 だが、明日香にとって何よりも重要なのは、『廉太郎の死因が他殺であった』ということであった。

 やはり廉太郎は、明日香が以前から考えていた通り、誰かに殺されたのであろうか。

 もちろん、夢は所詮夢───現実ではない。

 疲労によって弱った明日香の心が、あのような夢を見せただけなのかもしれない。

 しかし、明日香には、あの夢がただの夢には思えなかった。

 まるで、亡くなった祖父の霊が、自身の死因を必死に明日香に訴えているようにすら感じられた。

 では、一体誰が祖父を───重苦しい雰囲気を漂わせながら、明日香はそんなことを考えていた。

 そして、黙々と───ただ黙々と、自宅に向かう道を歩き続けていた。


 そうしているうちに───いつの間にか、東條家の屋敷の近くまで来ていた。

 このまま歩き続ければ、あと一分もしないうちに到着する。

 まず家に着いたら、いつもよりも軽めに稽古をしよう。

 そしてシャワーを浴びて、ゆっくりと眠ろう。

 もしかしたら、すこし睡眠時間が不足していたのかもしれない。

 ぐっすりと眠れば、きっと体調も元に戻るはずだ───そう考えながら、歩き続けた。


 やがて、明日香の目に屋敷の門が映り───そして、気付いた。

 門の前に、三つの人影が佇んでいることに。

「ん・・・?」

 人影は、どれも小柄であった。

 三人のうちの二人は、子供くらいの背丈である。

 おそらく、小学校に通っていないくらいの子供ではないだろうか。

 残る一人は、おそらく大人である。

 しかし、背はそれほど高くはない。

 おそらく、一六五センチあるかどうか───それくらいの背丈であった。


 明日香が門に近付くにつれて、人影の正体が鮮明になっていく。

 背丈の小さい二つの人影───それはやはり、子供であった。

 一人は金髪で、フリルの付いたドレスをその身に纏っている。

 まるで、テレビなどでよく見る西洋人形のような出で立ちである。

 もう一人は着物姿で、黒く艶のある髪を持っていた。

 先程の子供が西洋人形ならば、こちらは日本人形のような姿であった。


 そして───残る一人は、青年であった。

 黒い短髪に、黒いジャケット。

 視線は門の方を向いており、横から歩いて来る明日香には、彼の顔は横の辺りしか見えなかった。

 しかし───それでも、彼の顔が悪人面であることが良く分かった。

 横顔から見える彼の片目が、やたらと目付きの悪いものであったためである。


「誰だろ・・・?」

 歩き続けながら、明日香は眉をひそめた。

 少なくとも、自分の知人に、あのような人々はいない。

 では祖父の知り合いであろうか。

 それとも、新聞か宗教の勧誘であろうか。

 そんなことを考えながら、明日香は警戒しつつ、彼らと門へ歩み寄っていく。


 やがて───明日香の耳に、彼らの会話が届き始めた。

「・・・やっぱり留守か」

「ほれ、言わんこっちゃない。この時間帯は学校で勉学に励んでおるに決まっとるじゃろうが!」

「う、うっさいわね!もしかしたら家にいるかもしれないと思っただけだっつーの!」

「お前ら、往来で喧嘩してんじゃねえよ。近所迷惑だろうが。・・・ん?」

 その時、悪人面の青年の顔が、明日香の方を向く。

 遅れて、二人の少女も、同じ方向に顔を向ける。

 明日香が帰ってきたことに気付いたようである。


「あ、あの・・・こんにちは・・・?」

 恐る恐る、明日香は三人に挨拶をする。

「ああ、どうも」

 青年が挨拶を返す。

 軽く会釈をし、それから、明日香に尋ねた。

「東條明日香さん・・・ですね?」

「あ、はい。そうですけど・・・失礼ですが、どちら様でしょう・・・?」

「申し遅れました。私は、青木衛と申します」

 青年が、初めて名を名乗る。

 顔に似合わず、冷静で穏やかな調子であった。

 青年は、その調子を崩さぬまま、言葉を続けた。


「あなたのお爺さんの・・・東條廉太郎先生の、友人だった者です」

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、土曜日の午前0時に投稿する予定です。

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