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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
133/310

祖父の現影 七

6

「嫌ぁああああああああああああああっ!!」

 悲鳴と共に、明日香はベッドから跳ね起きた。

 凄まじい絶叫が、室内に響き渡る。

「ど、どうしたの!?東條さん!」

 聞いたことのある女性の声が、明日香の耳に入る。

 誰の声であったか。

 明日香は起きたばかりの頭を何とか働かせ、誰の声なのかを思い出す。

 養護教諭の石崎の声であった。


「はぁ・・・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・!」

 荒い呼吸を繰り返す明日香。

 心臓が激しく動く音が、全身に伝わって来る。

 その最中、彼女の鼻孔にある匂いが入り込む。

 ツンとくる匂い───薬品である。

 そのまま明日香は、周囲を見回す。

 ベッドの周囲には、白いカーテンが。

 養護教諭の石崎の声、薬品の匂いに白いカーテン。

 これらの条件が重なる場所は、学校内においてたった一つだけしか存在しない。

 即ち、保健室である。


「東條さん、大丈夫!?」

 カーテンが開かれ、石崎が入って来る。

 心配そうに眉を寄せた顔を、ベッドで上体を起こしている明日香の目線に合わせた。

「東條さん、あなた、突然教室で倒れたのよ。日暮さんがあなたをここまで運んで来てくれたんだけど・・・覚えてる?」

「・・・・・」

 無言で首を横に振る明日香。

 その拍子に、顔中に浮いている汗の粒がぽたぽたとベッドに落ちる。

「い・・・・・石崎先生・・・・・ここ・・・・・現実ですよね・・・・・?」

「え?」

「ここ・・・・・道場じゃないですよね・・・・・?せ、先生は・・・・・死んでないですよね・・・!?おじいちゃんみたいに・・・・・なってないですよね・・・・・!?」

「・・・・・」


 蒼白な顔で問い掛ける明日香を見て、石崎は困惑の表情を浮かべる。

 そのまましばらく考え込み───やがて、合点のいったという表情で尋ねた。

「・・・・・怖い夢を、見たのね?」

「・・・・・。・・・・・はい」

 たっぷりと沈黙した後、明日香が頷く。

 それを見た石崎は、明日香に安心感を与えようと、わずかに微笑む。

 そして、彼女を優しく抱きしめ、背中をさすった。

「・・・・・大丈夫。先生は生きてるわ。もちろんあなたも」

「・・・・・」

「・・・・・ここは現実の保健室。怖い夢の中じゃないわ。だから落ち着いて。ね?」

「・・・・・」


 幼い子供をあやすように、石崎は優しい声を掛けながら、背中をさすり続ける。

 温かい───明日香はそう思った。

 石崎の優しさが、彼女の全身から───特に、自分の背中をさすっている石崎の手から伝わって来た。

 もう大丈夫だ───そう思った途端、明日香の顔がくしゃりと歪む。

 やがて、彼女の口から嗚咽が漏れ始めた。

「うっ・・・・・く・・・・・ひ・・・・・っく・・・・・!」

「・・・・・大丈夫。大丈夫よ東條さん。もう大丈夫・・・・・」

 泣き続ける明日香を、石崎は優しくなだめる。

 明日香はそれに甘え、しばらく石崎の胸の中で泣き続けた。

 大粒の涙をぼろぼろと流しながら、心を落ち着けようとした。


 しかし───泣いても泣いても、彼女の心の奥底に芽生えた不安の感情は、消え去ることはなかった。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、日曜日の午前10時に投稿する予定です。

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