表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
131/310

祖父の現影 五

5

 ───気が付くと、明日香は玄関に佇んでいた。

 学校の玄関ではない。

 自宅の玄関である。

 電気は点いておらず、とても暗い。

 まるで、ホラー映画の舞台となっている家のような雰囲気であった。

 ふと振り返り、空きっぱなしになった戸口から、外を見てみる。

 空はどす黒い色に染まった雲が覆い隠しており、日の光が入る隙間すらない。

 まだ夜にもなっていないのに、道理で暗いはずだ。

 彼女はそう納得し───そして、自分が現在置かれている状況について、真剣に考え始めた。 


 何故、自分はここにいるのだろう。

 確か自分は、教室にいたはずだ。

 それなのに、どうして自分は玄関にいるんだろう。

 そう思い───そして、悟った。


 そうだ、これは夢の中だ。

 いつも眠っている時に見る、悪夢の中。

 あの日、おじいちゃんを失ったあの時の光景。

 それを、またあたしは見ているんだ───そう思った。


 もし本当に、あの時の夢をまた見ているのだとしたら───次に自分が取る行動はたった一つ。

 祖父を探し出す事だ。

 そう思った瞬間、明日香の体は、彼女の意志とは関係無しに動き始めた。

 靴を脱ぎ、スリッパに履き替えることも忘れ、そのまま駆け出す。

 そして、居間へと直行した。

 居間には───誰もいない。

 直前までいた形跡も見られない。

 冷たい空気と、冷え切った家具だけが、そこにあった。


 それを確認した次の瞬間、明日香の体は、弾かれたように座敷の広間へと向かっていた。

 障子戸を開け、中へと飛び込む───が、誰もいない。

 次に台所へ。

 そして、風呂場へ。

 屋敷内の至る所へ、祖父を探しに向かった。

 しかし───やはり、誰も居なかった。

 祖父の姿は、屋敷の敷地内にはどこにもなかった。

 ただ一つ───まだ探していない、道場内を除いては。

 そして───明日香の体は、またしても彼女の意志とは関係無しに走り始めた。

 道場に向かって。

 姿をくらませた祖父を求めて。


 しかし、明日香は知っていた。

 この後、彼女が目の当たりにする残酷な光景を、彼女は知っていた。

 何故なら、この夢の世界は、かつて彼女が経験した状況を再現したものだからである。

 この世界の明日香の体は、当時の明日香の体である。

 故に、体は祖父の安否を知らず、彼を求めて屋敷中を探し求めている。

 しかし、その体に宿る意識───魂は、現実の明日香のものである。

 そしてその魂は、この後の出来事を知っている。

 自身が絶望に打ちひしがれることを、明日香の魂は知っている。


 だからこそ、明日香は心の中で、体に訴えかけた。

(・・・お願い、やめて)

 心の中で呟く。

 しかし、彼女の体は止まらない。

 裸足のまま外に飛び出し、道場へと向かう。

(止まって。お願い、行かないで・・・!)

 心の声に、焦りの感情が滲み始める。

 だが、彼女の体は止まらない。

 道場の姿が目に入り、走る速度が増す。

(お願い!やめて!そこに行っても、あたし(あなた)は辛い思いをするだけだよ!)

 心が、悲痛な叫び声を上げた。

 だがやはり、体の疾走は止まらない。

 必死に足を動かし、道場へと突き進んでいく。


 そして───辿り着いた。

 道場まで、辿り着いてしまった。

 道場の戸を開け───明日香の体は、道場の中へと辿り着いてしまったのである。


 そこにはやはり、廉太郎が倒れていた。

 あの日見た姿と同じ。

 体中に真新しい打撲痕を付けた廉太郎が、道場の床の中央に倒れていたのである。


「・・・・・もう・・・・・いや・・・・・」

 とぼとぼと───廉太郎に歩み寄りながら、明日香が呟く。

「いつも・・・・・いつも、同じ夢ばっかり・・・・・どうして・・・・・こんな・・・・・」

 顔を歪め、事切れた廉太郎を見るまいと、ぎゅっと目を瞑る。

 そして、早く己の意識が現実に戻るように祈った。

 明日香がこの夢を見る際、彼女は決まって、とあるタイミングで目を覚ます。

 祖父の亡骸を発見した直後───即ち、ちょうど今の状況である。

 繰り返し同じ夢を見せる己の心にうんざりとする明日香。

 しかし、これでようやく目を覚ますことが出来る。

 一刻も早く、現実に戻ることが出来ますように───明日香は目を瞑りながら、そう願った。

「お願い、現実のあたし・・・早く目を覚まして・・・!」

 次は、日曜日の午前0時に投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ