祖父の現影 五
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───気が付くと、明日香は玄関に佇んでいた。
学校の玄関ではない。
自宅の玄関である。
電気は点いておらず、とても暗い。
まるで、ホラー映画の舞台となっている家のような雰囲気であった。
ふと振り返り、空きっぱなしになった戸口から、外を見てみる。
空はどす黒い色に染まった雲が覆い隠しており、日の光が入る隙間すらない。
まだ夜にもなっていないのに、道理で暗いはずだ。
彼女はそう納得し───そして、自分が現在置かれている状況について、真剣に考え始めた。
何故、自分はここにいるのだろう。
確か自分は、教室にいたはずだ。
それなのに、どうして自分は玄関にいるんだろう。
そう思い───そして、悟った。
そうだ、これは夢の中だ。
いつも眠っている時に見る、悪夢の中。
あの日、おじいちゃんを失ったあの時の光景。
それを、またあたしは見ているんだ───そう思った。
もし本当に、あの時の夢をまた見ているのだとしたら───次に自分が取る行動はたった一つ。
祖父を探し出す事だ。
そう思った瞬間、明日香の体は、彼女の意志とは関係無しに動き始めた。
靴を脱ぎ、スリッパに履き替えることも忘れ、そのまま駆け出す。
そして、居間へと直行した。
居間には───誰もいない。
直前までいた形跡も見られない。
冷たい空気と、冷え切った家具だけが、そこにあった。
それを確認した次の瞬間、明日香の体は、弾かれたように座敷の広間へと向かっていた。
障子戸を開け、中へと飛び込む───が、誰もいない。
次に台所へ。
そして、風呂場へ。
屋敷内の至る所へ、祖父を探しに向かった。
しかし───やはり、誰も居なかった。
祖父の姿は、屋敷の敷地内にはどこにもなかった。
ただ一つ───まだ探していない、道場内を除いては。
そして───明日香の体は、またしても彼女の意志とは関係無しに走り始めた。
道場に向かって。
姿をくらませた祖父を求めて。
しかし、明日香は知っていた。
この後、彼女が目の当たりにする残酷な光景を、彼女は知っていた。
何故なら、この夢の世界は、かつて彼女が経験した状況を再現したものだからである。
この世界の明日香の体は、当時の明日香の体である。
故に、体は祖父の安否を知らず、彼を求めて屋敷中を探し求めている。
しかし、その体に宿る意識───魂は、現実の明日香のものである。
そしてその魂は、この後の出来事を知っている。
自身が絶望に打ちひしがれることを、明日香の魂は知っている。
だからこそ、明日香は心の中で、体に訴えかけた。
(・・・お願い、やめて)
心の中で呟く。
しかし、彼女の体は止まらない。
裸足のまま外に飛び出し、道場へと向かう。
(止まって。お願い、行かないで・・・!)
心の声に、焦りの感情が滲み始める。
だが、彼女の体は止まらない。
道場の姿が目に入り、走る速度が増す。
(お願い!やめて!そこに行っても、あたしは辛い思いをするだけだよ!)
心が、悲痛な叫び声を上げた。
だがやはり、体の疾走は止まらない。
必死に足を動かし、道場へと突き進んでいく。
そして───辿り着いた。
道場まで、辿り着いてしまった。
道場の戸を開け───明日香の体は、道場の中へと辿り着いてしまったのである。
そこにはやはり、廉太郎が倒れていた。
あの日見た姿と同じ。
体中に真新しい打撲痕を付けた廉太郎が、道場の床の中央に倒れていたのである。
「・・・・・もう・・・・・いや・・・・・」
とぼとぼと───廉太郎に歩み寄りながら、明日香が呟く。
「いつも・・・・・いつも、同じ夢ばっかり・・・・・どうして・・・・・こんな・・・・・」
顔を歪め、事切れた廉太郎を見るまいと、ぎゅっと目を瞑る。
そして、早く己の意識が現実に戻るように祈った。
明日香がこの夢を見る際、彼女は決まって、とあるタイミングで目を覚ます。
祖父の亡骸を発見した直後───即ち、ちょうど今の状況である。
繰り返し同じ夢を見せる己の心にうんざりとする明日香。
しかし、これでようやく目を覚ますことが出来る。
一刻も早く、現実に戻ることが出来ますように───明日香は目を瞑りながら、そう願った。
「お願い、現実のあたし・・・早く目を覚まして・・・!」
次は、日曜日の午前0時に投稿する予定です。




