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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十話『祖父の現影』
130/310

祖父の現影 四

4

 その日の朝の教室も、普段の朝と変わらないくらい騒がしかった。

 昨日のテレビ番組の内容。

 違うクラスの友人に関する話題。

 朝、自宅でしでかした大ポカの話。

 生徒達が話す、様々な内容。

 それらが、朝の教室を活気付かせていた。

 外の天気は相変わらず曇ってはいたが、そんなことは関係ないと言わんばかりに、生徒達は雑談に花を咲かせていた。


「おーはーよーあーすーかー!お助けェー!!」

「おはよう千恵ちゃ───って・・・どうしたの!?」

 登校後、着席した明日香のもとに、日暮千恵(ひぐらしちえ)が駆け寄ってくる。

 目は涙で潤み、眉間には皺が寄っている。

 普段、綺麗にとかしてあるはずのロングヘアーは、寝癖でぼさぼさになっていた。

 何かあったのであろうか───そう思い、明日香は緊迫したような表情になった。


「お願い!古文の訳教えてェ~!!」

「───って、またなの?千恵ちゃん。も~・・・」

 原因を知り、呆れた表情を作る明日香。

 そんな彼女に、千恵は臆面もなく泣き付いた。

「ふぇええええん、違うのぉ!あたしはやろうとしたんだよ!?やろうとしたんだけど、机に座って十分くらいしたら段々眠くなってきて、このままじゃ宿題出来ないからちょっと仮眠しようと思って机に伏せてたらいつの間にか朝になってたのおおおおおおおおおおおお助けて明日香一生のお願いだからぁああああああああああ!!」

「『一生のお願い』・・・千恵ちゃん、こないだもそれ言ってなかった?」

「こ、今回は本当に本当!!助けてよ明日香ぁ!さもなきゃ先生に殺されちゃうよぅうううう!!お昼ご飯奢ったげるからぁ!!」

「はぁ・・・」

 泣き付く千恵の姿を見て、明日香は溜め息を吐く。

 頼まれたら断れない───そんな自分の性格を改めて実感し、明日香は思わず苦笑いをこぼした。

「分かったよ、千恵ちゃん。教えるからノート持ってきて」

「ほ、本当!?ありがとう明日香、流石は心の友ぉ!」

 明日香の返答を聞いて、千恵の表情がパッと明るくなる。

 そして、自身の机の下へと小走りで向かった。


「・・・・・」

 その姿を見ながら───明日香は、僅かに微笑した。

 明日香にとって千恵は、ただの友人ではない。

 親友───言葉にするなら、それが適切であろう。

 彼女との付き合いは、もう十年以上にもなる。

 共に笑い、共に泣き、時には喧嘩をしながら付き合い続けた、無二の親友。

 彼女がいたからこそ、廉太郎を失った苦しみと悲しみに耐えることが出来た。

 今の明日香にとって、千恵は家族に代わるかけがえのない存在であった。


「ええっと、ノートノート・・・」

 鞄の中からノートを探し出そうとしている千恵。

 千恵の悪友、岩崎がその様子に気付いた。

 隣席の友人との談笑を中断し、千恵をからかう。

「おーい日暮ー!お前ちょっと東條に頼り過ぎじゃねーのー?」

「うっ、うっさいぞ岩崎!一生のお願いだっつってたでしょ!?」

 狼狽えつつ岩崎に言い返す千恵。

 それを見て、直前まで岩崎と話していた増田も、にやけながら会話に加わる。

「なーにが『一生のお願い』だよ。お前の一生は何回あるんだよ、ったく・・・。東條も断って良いんだぞ?」

 増田の心配そうな声。

 それに対して、明日香は僅かにおどけたような調子で言葉を返す。

「あはは、大丈夫だよ増田君。千恵ちゃんにはお昼にたっぷりと奢ってもらうつもりだから」

「う、うはは・・・持ち合わせが少ないから出来れば加減をお願いします・・・」

 苦笑いを浮かべながら、明日香にそう返す千恵。

 再び鞄の中を探り始め───


「・・・って、あれ・・・?おっかしいな・・・」

 その時、千恵が目を丸くしてそう呟く。

「どうしたの、千恵ちゃん」

「ノートが見当たらないの・・・。あ、あれ・・・?忘れちゃったのかなぁ・・・」

 焦りをにじませた声を漏らしながら、千恵は鞄の中を漁り続ける。

 額には、僅かに汗の粒が浮いていた。

「あれ・・・?あっれぇ・・・!?まさかあたし、家に忘れて来ちゃったとか・・・!?」

「もう、千恵ちゃんってば・・・ちょっと待って、あたしも探してあげるから」

 苦笑いをしながらそう告げる明日香。

 千恵がそそっかしいのは、いつものことである。

 この前も千恵は、『教科書を忘れた!』と騒いでいたことがあった。

 その時は、違うクラスの友人から教科書を借りることで事無きを得たが、授業が終わった後に改めて鞄の中を見てみると、その教科書が鞄の底の方で潰れていたのである。

 きっと今回も、慌てているせいで千恵が勘違いしているだけに違いない。

 冷静な自分が探せば、きっと見つかるはずだ。

 そう思い、明日香は椅子から立ち上がろうとした。

 親友の机に近寄り、一緒にノートを探すために。


 ───その時である。

「っ・・・ぁ痛・・・っ」

 突如───明日香を頭痛が襲った。

 凄まじい痛みである。

 万力でギリギリと潰されているかのような、いやらしさを伴った鈍痛。

 普段の頭痛よりも、ずっと酷い症状であった。

 それにより、明日香の視界がぼやけ始める。

「・・・?明日香、どうしたの・・・?」

 そんな明日香の様子に気付き、千恵が不安げな声を漏らす。

 明日香は、親友に心配を掛けまいと、無理に笑顔を作りながら答える。

「あ・・・はは、大丈夫・・・。待ってて、千恵ちゃん、今・・・あたしも、一緒にノート・・・探・・・し・・・」


 その時───立ち上がろうとした明日香の足から、フッと力が消えた。

 同時に、全身の力が下から上へと消え始める。

 全身から力を失った明日香は、自身の体を支えきれず───

「っ、あ、───」

 ───そのまま、教室の床に倒れ込んだ。


「・・・!明日香!!」

 千恵の口から悲鳴が上がる。

 それを聞いた教室中の生徒達は、一斉に顔を千恵の方へと向け───そして次に、倒れた明日香を見た。

「明日香!?明日香!!ちょっと、しっかりして!大丈夫!?」

 千恵が明日香の名を必死に呼ぶ。

 明日香の視界には、泣きそうな顔をした明日香が。

 そして、不安げに駆け寄って来るクラスメート達の姿が見えた。

「だ・・・だい、じょうぶ・・・・・だ、い・・・・・じょ・・・・・」

 頭痛を堪えながら、明日香が答える。

 しかし、痛みはますます酷くなっていた。

 舌も上手く動かず、呂律がまわらなくなる。

 そのまま、明日香の視界はぼやけていき───彼女の意識は、闇に呑まれていった。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、土曜日の午前0時に投稿する予定です。

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