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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第三話『西洋人形の電話』
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西洋人形の電話 四

【これまでのあらすじ】

 衛の自宅を襲撃した者の正体──それは、西洋人形の妖怪、マリーであった。

 マリーに尋問していく中で、彼女には元々「さっちゃん」という主人がいたという事実を知る。

 さっちゃんに会いたい──涙ながらにそう語るマリーを放っておく訳にもいかず、衛はさっちゃん探しに協力することにした。

4        

 翌朝。

 普段ならば、衛は朝食の前に軽いトレーニングを行うのだが、今日は休むことにした。

 起床後、二人はまず顔を洗い、昨晩の残りのカレーを温め直し、簡単な朝食をとった。

 それが終わると、食器を素早く洗い、書斎に置いてあるパソコンを起動させた。


「まずは、さっちゃんにつながる情報を探してみよう。さっちゃんのフルネームは分かるか?」

 椅子に座った衛が、傍らのマリーに尋ねる。

 洗濯してピカピカになったドレスをまとったマリーは、その問い掛けを受けて唸り始めた。

「んんんん……。『さつき』って名前なのは分かるけど、苗字は憶えてないなぁ……」

「……それだけじゃあ、手掛かりとしてはちょっと弱いな。もっとはっきりとした手掛かりはないか? そういえば確か、引っ越しをしてたって言ってたよな。前の家の住所は分かるか?」

「ううん、分からない……」

 衛の質問に、マリーが申し訳なさそうな顔をして頭を振った。


「そうか……。以前の住所さえ分かれば、一歩前進するかと思ったけど、そう上手くは行かないか……」

 立ち上がったブラウザを見つめながら、衛は考え込む。

「他に何か思い当たるものは? 地名でも、建物の名前でも良い」

「ん~……。そうね~……」

 マリーが頭を抱え込む。

 頑張って、記憶の地層から名前を発掘しようとしていた。


「んん~……。……あっ、そういえば──」

 マリーが突然立ち上がり、掌をポンと打つ。

「何か思い出したか?」

「うん。確か、さっちゃんが小学校に入学したばかりの時に、あたしに向かって嬉しそうに何度も言ってたの。確か……ええっと……し……しらたま……? いや、違うなぁ……えっと……」

 眉を寄せながら、マリーが必死に思い出そうとする。

 その様子を、衛は冷静に見守っていた。


 その時、マリーの顔が、弾かれたように上を向く。

「そうだ、思い出した! 『しらはまだいさん』って言ってたわ!」

「『白浜第三』? 何かの名前か?」

「うん。『さつきはここに通ってるんだよ』って言ってたし、多分学校の名前じゃないかな」

「でかした。検索してみるか」

 衛は早速、検索エンジンのキーワードの欄に入力を始める。

 白浜第三──そこまで入れると、検索候補に『白浜第三小学校』と出てきた。


「見つけた」

「本当!?」

「ああ。『白浜第三小学校』。和歌山にあるみたいだな」


「和歌山──あっ!」

 マリーの目が見開かれる。

 再び脳内に、過去の記憶の電流が走っていた。

「そうだ……和歌山だ……! 車の中でウトウトしてる時、さっちゃんのパパが『そろそろ和歌山を出るぞ』って言ってた!」

「……よし」

 衛は仏頂面のまま、小さくガッツポーズをする。

 一歩前進した──その確信が、衛の中にはあった。


「それじゃあ、これからどうするの? 早速小学校に行くの?」

 ウキウキとした様子で、マリーが問い掛ける。

 六年間探し続けても得られなかった手掛かりが、僅か数分で掴めた。その興奮に舞い上がっている様子であった。


 ──しかし、そんな彼女を、衛は片手で制した。

「いや、『今すぐに』って訳にはいかない。キッチリと筋を通してから行くべきだ」

 そう言うと、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。

「『すじ』?」

「ああ。電話を一本入れとくだけだ。突然行ったら怪しまれるし、多分追い返されるだろうからな」


 モニターに映し出された、小学校のHP。

 そこに記載されている電話番号を、衛は素早く入力した。

 呼び出し音が耳に入って来るのを確認し、マリーにも聞こえるよう、スピーカーホンに切り替える。

 それからしばらくして、気だるげな女性の声が聞こえてきた。


『はい、白浜第三小学校です』

「朝早くから失礼いたします。私、東京で探偵をしております、青木衛と申します」

 衛が丁寧に挨拶をする。


 探偵というのは、衛の表向きの職業であった。

 一般人に対して退魔師だと告げると、怪しまれるどころか、間違いなく不審な人物だと断定されてしまう。

 しかし探偵と名乗れば、多少胡散臭いと思われることはあっても、退魔師と名乗った場合よりもまともな反応が返って来る。

 そのため衛は、調査等を行う際、探偵と名乗ることがあった。


『探偵……? は、はあ……それで、どういったご用件でしょうか……?』

 電話越しに、戸惑った女性の声が聞こえてくる。

 その言葉に対し、衛ははっきりと用件を告げた。


「……実は昨日、人探しの依頼を受けまして。六年前にそちらの学校に通っていたと思われる『さつき』という名前の女子生徒さんを探しているのです。よろしければ、何か情報を提供していただけないでしょうか?」


 しばしの沈黙。

 その後、言い難そうな空気を纏った声が返って来た。

『あ~……申し訳ございません、それは個人情報などの兼ね合いもありまして、お伝えするのは難しいのですが……』

「そこを何とかお願い出来ないでしょうか。ほんのわずかな情報でも構わないんです。彼女の足取りを掴むことさえ出来れば──」

 ここで引く訳には行かない──そう思い、衛は電話に食い下がる。


『んん……。そうですね……。ううん……。何と言ったらいいか……』

 相手は歯切れの悪い反応を示す。

 この御時世、個人情報を悪用しようとする者はいくらでもいる。

 下手に情報を明け渡してしまえば、大問題に発展するかもしれない。

 電話の相手が渋るのも、衛には理解出来た。


 しかし、さつきに繋がる情報を得ることが出来るのは、もしかしたらここだけなのかもしれない。

 だからこそ、ここで引き下がるわけにはいかない──衛はそう思い、辛抱強く待った。

 だが、待てども待てども、相手は唸るばかりで、了承することは無かった。


(まだ足りないか。……もう一押ししてみるか)

 そう思い、衛が口を開いた──その時であった。


「お願い!さっちゃんに会いたいの!どこにいるのか教えて!」

 衛の横から、少女の大きな声が発せられた。

 マリーの声であった。


「おいマリー……!」

『なっ、何ですかあなたは……!?』

 電話から、女性の狼狽えた声が聞こえてくる。

 先程まで冷静そうな声を持った青年と話していたのに、突如、相手が幼い少女の声に変わったのである。女性が驚くのも無理はなかった。


 衛はマリーを制止しようとした。

 しかしマリーは、衛の電話をひったくると、大きな声で己の気持ちをぶつけた。

「お願い、お願い! どうしてもさっちゃんに会わなきゃいけないの! ずっとさっちゃんを探し続けてるの! お願い、さっちゃんの場所を教えて! さっちゃんに会わせてっ!!」

 叫び続けるマリーの表情が、徐々に悲しそうな顔に変わる。

 その手から、衛は優しく電話を取り上げた。


「……落ち着けって。焦る気持ちは分かる。でも、感情的になったら言うことを聞いてくれるって訳じゃないんだ」

「でも……でも……!」

 マリーの目に涙が滲む。

 六年間探し続けた情報がすぐそこにある。

 もう手が届く距離なのに──そう思うと、マリーは己の無力さが歯痒かった。


 衛は溜め息を一つ吐くと、相手に謝罪した。

「……お騒がせして申し訳ありません。今の女の子が、さつきさんを探している依頼人です。無理なお願いをしていることは重々承知しております。ですが、どうしても彼女をさつきさんに会わせてあげたいんです。どうか教えていただけないでしょうか──」

『は、はあ……えっ?』

 その時、女性の声が小さくなり、若干聞こえずらくなった。

 どうやら、電話の向こうで他の誰かが話し掛けたらしかった。


『──えっ?……は、はい……。──も、申し訳ございません、少々お待ちいただけないでしょうか?』

「はい、分かりました」

 衛が了承すると、すぐに保留音が聞こえてきた。


 それから数十秒程経過した頃、スピーカーから再び声が発せられた。

『代わりました、校長の林田です』

 先程の気だるげな女性の声ではない。

 低く、力強い男性の声であった。


(しめた……!)

 校長という単語を聞き、衛はチャンスがやって来たと感じた。

 学校のトップに直接交渉すれば、上手くいくかもしれない。

 そう思い、衛は再び、かしこまった様子で挨拶をした。


「初めまして、校長先生。私、私立探偵の青木衛と申します」

『そちらの事情は、大体伺いました。何でも、さつきという名の女子生徒を探しているとか』

「はい」

『先程、我々にも女の子の大きな声が聞こえてきたのですが、彼女が依頼人だそうですね?』

「はい」

 そこで林田は、むう、という唸り声を上げた


『こちらもお仕事の協力をしたいのですが、なにしろこの御時世ですから……。個人情報をお伝えするというのは、余程信頼の出来る人にしか出来ないのです』

「承知しております。ですが、さつきさんに至る手掛かりは少なく、もうそちらにお尋ねするしか、私達には手が残されておりません。どうか、ご協力をお願い出来ないでしょうか──」

『ふぅむ……』

 衛の真剣な言葉に、林田が悩み声を発する。

 これから如何すべきか、考えあぐねている様子であった。

 これが最後のチャンスだ──衛はそう思った。

 眉をひそめ、林田の回答を待ち続ける。


 数秒後、再び林田が声を発する。

『青木さん……と、仰いましたね。大変申し訳ないのですが……その依頼人の女の子と一緒に、こちらに来ていただくことは出来ますか?』

「はい、大丈夫です」

 林田の尋ねに、衛は即答した。

『分かりました。では、実際にお会いして、あなたが信用出来る方だと確信出来たら、さつきさんの情報を提供致しましょう』


 その言葉に、衛が僅かに目を見開く。

 マリーも、悲しそうな顔がぱっと明るくなった。

「本当ですか……! ありがとうございます!」

 衛が礼の言葉を口にする。

 心から零れた安堵の感情が、声に乗っていた。


 林田はその声に対し、はははと笑い声を上げた。

『いえいえ。こちらこそ、御足労をかけます。日程はどうしましょうか? 学校が開いている日ならばいつでも大丈夫ですよ。何なら、今日でも構いませんが……』

「ありがとうございます。それでは、これから出発致します。到着はおそらく昼頃になると思うのですが、よろしいでしょうか?」

『ええ、構いませんよ、それでは、道中お気をつけて』

「はい、失礼致します」

 再び礼を言いながら、電話越しの相手に頭を下げる。

 電話が切れた後も、衛は頭を下げ続けていた。


 しばらくして、顔が正面を向く。

 両目は鋭く、瞳に活力が漲っていた。

「……よし」

 そう呟くと、ハンガーに掛けてある、黒いジャケットを羽織った。

 遅れて、マリーも顔を輝かせながら立ち上がる。

「やった……やった……!」

 ──もしかしたら、思った以上に早くさっちゃんに会えるかもしれない。

 そう思い、希望に胸を膨らませているようであった。


 状況は、確実に進展していた。

 もし、さつきが通っていたのが本当に白浜第三小であれば、当時の記録や資料が何かしら残っている可能性がある。

 また、小学校の近辺には、当時のさつきを知る者がいるかもしれない。

 その人物に接触出来れば、更なる手掛かりが掴めるはず──衛はそう思い、己の心から強い意志が湧き上がるのを感じていた。


 テキパキと準備を済ませ、靴を履く衛。

 電話を終えてから、五分も経っていなかった。

「よし、行くぞマリー」

「うん!」

 マリーの準備も完了していることを確認し、衛は玄関の扉を開いた。

 二人の心は清々しい程に晴れ渡っていたが、空の模様は今にも雨が降り出しそうなほど曇っていた。

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