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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第九話『のっぺらぼうのおでん屋』
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のっぺらぼうのおでん屋 四

「ひ・・・ひっ・・・!」

 青年の言葉を聞き、店主がひきつった声を上げる。

 半歩ほど後退り───その場で立ち止まる。

 そして、体を震わせながらも、青年に対して身構えた。


「や・・・やろうってのか・・・!?やれるもんなら、やってみろ・・・!俺だって妖怪の端くれだ・・・!か、簡単にやられてたまるもんか・・・!」

 店主が、震える声で弱々しく啖呵を切る。

 他者の大きな声と重なってしまえば、全く聞こえなくなってしまいそうなほどのか細い声であった。


 そんな店主を、青年は片手を掲げて制した。

「落ち着いてください、ご主人。まずは、私の話を聞いてください」

 青年はそう言い、店主をなだめる。

 実際のところ、青年にはまだ、闘う意思はなかった。

 こののっぺらぼうと言葉を交わし、どのような妖怪なのか、目的は何なのかを見極めた上で、自身が為すべき行動を決断しようと考えていたのである。


 しかし、店主は青年への警戒を解かなかった。

 こちらが油断した隙をついて、こちらを殺すつもりに違いない───そう思ったのである。

 その様子を見た青年は、小さく溜め息を吐く。

 そして、警戒を解いてくれるまで、こちらから店主に語り掛けることにした。


「・・・それじゃあ、まずはこちらの事情をお話します。大丈夫です、どうかそう固くならないで」

「・・・・・」

「今回、私がこの屋体を訪れた理由───お察しの通り、あなた方に会うためです。近頃、東京都内に出没するというのっぺらぼう・・・警察関係の知人から、その調査を依頼されたんです」

「や、やっぱり───」

「落ち着いてください、大丈夫です」

 パニックに陥っている店主を、諭すようになだめる青年。

 店主に安心感を与えるために、ゆっくりと話すよう努めた。


「私が聞いた話は、次の通りです。・・・事件が発生したのは一週間前で、被害者は六人。皆、命に別状はありませんが、彼らは全員、そののっぺらぼうによって気絶させられています」

「・・・・・」

「被害者達の年齢、性別、職業、どれもバラバラで共通する点はありませんでした。・・・ただ一つ。彼らがのっぺらぼうに遭遇した時の状況を除いては」

「・・・・・」

「彼らは皆、深夜二時過ぎ頃、人通りの少ない道を歩いている時に遭遇しています。仕事や所用が終わり、歩いて帰宅していると・・・着物姿の女の子が、道端に座り込んで泣いていたそうです。不審に思った被害者は、その女の子に話し掛けました。すると・・・その女の子が突然泣き止み、顔を上げたそうです。・・・目も鼻も口もない、のっぺらぼうの顔を」

「・・・・・」

 青年が口にした、のっぺらぼうの少女。

 その正体は、店主の一人娘、まといである。

 彼女についての話を始めた途端、店主の眉間のしわが、より濃いものになっていた。


 しかし青年は、そんな店主の様子に気付いた上で、変わらぬ調子で話し続けた。

「それを見た被害者達は、当然悲鳴を上げて逃げ出しました。足をもつれさせながらも、振り替えることなく、全力で駆け抜けたそうです」

「・・・・・」

「すると・・・一〇〇メートルくらい走った先に、また別の人影が見えました。今度は、若い成人女性だったそうです。彼女もまた着物姿だったのですが、今回は普通の人間と同じ顔を持っていたそうです」

「・・・・・」

「その女性は、こちらに向かって逃げてくる被害者の姿を見ると、微笑みながら話し掛けてきたそうです。『どうしたんです、そんなに慌てて』とね。それを見た被害者は、普通の人間に会えたことに安心して、彼女の近くで立ち止まったそうです。そして───『顔の無い化け物を見た』と訴えたんです」

「・・・・・」

「すると、その女性はにやにやと笑いながら、こう言ったそうです───『その化け物とは、こんな顔じゃあありませんでしたか』と。そして、片手で顔を撫でると───先程の女の子のように、顔のないのっぺらぼうになっていたそうなんです。それを見た被害者達は、またしても逃げ出す羽目になりました」

「・・・・・」

 着物姿の成人女性───彼女についても、店主はよく知っていた。

 自身の妻、おとよである。

 ───嫌な予感がした。

 退魔師の青年が、己の家族のことを口にしたことに、店主は言い知れぬ不安を覚えた。


「そして───逃げ出した被害者達の目の前に、おでんの屋台が現れました。のっぺらぼうによって恐怖のどん底に叩き落とされた被害者達にとって、その屋台の温かい灯りは、何よりも救いになりました。安心感を抱いた被害者は、思わずその屋台に立ち寄ってしまいます」

 その時、青年の眼光が鋭くなる。

 双眸が湛えた強い意思が、店主を射抜く。

 それにより、店主は自身の背中が、急激に凍り付いていくように感じた。


「そのおでん屋で、被害者達の身に何が起こったのか───あなたならば、説明しなくても分かってらっしゃるはずです。何故なら、このおでん屋こそが、被害者達が立ち寄ることになったおでん屋なのですから」

「・・・・・」

「あなたは先程、私に対してのっぺらぼうの顔を晒しました。それと同じようなことを、あなたはこの屋台に立ち寄った六人の被害者達に対して行い───そして、気絶させた」

「・・・・・」

「そして・・・着物姿ののっぺらぼうの二人も、あなたの関係者のはずです。おそらく、あなたの仲間か。それとも、あなたの家族か。・・・そうですね?」

「・・・・・」


 青年の問い掛けに、店主は何も答えなかった。

 答えるべきか迷っていたのではない。

 答える必要がなかったためである。

 既に青年は、店主がのっぺらぼうであることを知っている。

 被害者達が最初に出会った、着物の女の子ののっぺらぼう。

 次に出会った、着物の成人女性ののっぺらぼう。

 そして───この屋台の店主をやっているのっぺらぼう。

 この三人の関係、そしてこの三人がこれまでに何をしてきたのか───答えは明白であった。

 全て、青年が語った通りのことであった。


「・・・んぐ」

 青年が、コップに残った残り少ない水を、一息で飲み干す。

 そして、両目をわずかに伏せ、再び話し始めた。

「この依頼を受けて、まず私が取った行動は、被害者達との接触でした。被害者達に当時の状況を聞き、何か体に異変が無いのかを確かめるためです。そしてそれが終わった後、実際にあなた達に会いに行くことにしました。被害者達と同じように、着物の女の子から順番にね」

「・・・!?」


 その時。

 店主の中で蠢いていた不安の感情。

 青年が、店主の家族のことを口にした瞬間生まれた不安が───一気に、膨れ上がった。


「順・・・番に・・・!?」

「ええ。順番に会ってきました」

「・・・!」

 その瞬間こそが、店主の顔がこれまでで最も青ざめた瞬間であった。

「まさかあんた・・・!俺の家族に何かしたのか・・・!?」

「落ち着いてください」

「ふざけるな!!落ち着いていられる訳ないだろうが!!」

 真っ青であった店主の顔に、血が上り始める。

 店主の顔に色濃く表れていた怯えの感情が、怒りの感情によって塗り変えられていく。

 それと共に、店主の中で蠢く怒りと戦慄は激しく燃え滾り───店主の口から、怒鳴り声として飛び出した。

「俺の家族に・・・!俺の嫁と娘に、何をしやがった!!」

 次回で、このエピソードは完結します(もしかしたら、予定変更になるかもしれません)。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 お待たせしました。

 次回は、金曜日の午前0時に投稿する予定です。

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