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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第九話『のっぺらぼうのおでん屋』
124/310

のっぺらぼうのおでん屋 三

 が、しかし。

 青年の反応は、またしても店主が期待したものとは異なるものであった。


「ああ、そうですそうです」

「・・・え?」

「その顔です。あの二人も、あなたと同じのっぺらぼうでしたよ」

「・・・・・。・・・へ?」


 思わぬ答えが帰ってきたことに、店主の顔から、呆けた声が漏れた。

 しかし、青年は対して意に介さず、店主に対して饒舌に話し掛ける。

「いや、まさかこのご時世に、小泉八雲の『怪談』そのままの方法で人を驚かせるのっぺらぼうに会えるとは思いませんでしたよ。まあ、怪談ののっぺらぼうは、おでん屋じゃなくて蕎麦屋でしたけどね」

「え・・・は、はぁ・・・」

「ところで、怪談ののっぺらぼうの正体はムジナが化けたものでしたが、ご主人も正体はムジナなんですか?」

「え!?あ、い、いえ・・・私はただののっぺらぼうです。別に、他のものが化けたという訳では・・・」

「ああ、そうでしたか・・・。・・・んお、がんも美味ぇ」

「・・・・・」


 それからしばしの間、屋台は沈黙に包まれた。

 青年は、皿の上のがんもどきに夢中になっている。

 その様を、店主は呆然と見つめていた。

 その顔は、未だに各部位が消えたままになっている。

 しかし、その顔を見ても、第三者が店主の今の心中を察することは容易であった。


 店主の心は、困惑によって激しく乱れていた。

 これまでにこの店を訪れた客の中で、店主の正体を知って、激しく取り乱さなかった客はいなかった。

 それどころか、全員その場で気を失い、卒倒していた。

 しかし───何故この青年は、少しも驚くどころか、こうして平気な顔でがんもどきを美味そうに食べているのであろうか。

 解らない。

 解らない。

 さっぱり解らない。

 店主の頭の中には、そんな疑問と動揺がひしめいていた。


 店主はおもむろに、己の顔を撫でる。

 すると、先程まで消えていた目や口といった部位が、再び現れた。

 その表情はやはり、青年の反応に対して困惑していた。

「あ、あの・・・」

「・・・?」

 店主は思わず、青年に尋ねていた。

「その・・・それだけ、ですか?」

「え?」

「いや、あの・・・驚かないんですか?」

「・・・?『驚く』って?」

「だ、だってほら・・・その、私、のっぺらぼうですよ?化け物っていうか・・・いわゆる『妖怪』ですよ?普通ならもっとこう・・・びっくりする、というか───」

「ああ、そういうことですか」

 店主の質問に、青年はようやく合点のいったという顔をする。

 そして、皿の上に残ったこんにゃくを一口かじってから答えた。


「・・・驚きませんよ。職業柄、妖怪は見慣れてましてね」

「職業柄・・・?」

 青年の答えに、店主が眉をひそめる。

「あの・・・失礼ですが、お仕事は何を・・・?」

「私ですか?退魔師ですよ」

「はあ・・・退魔師ですか・・・退魔師・・・」

 退魔師、退魔師───と、店主は青年が口にした職業の名を何度も反復して呟く。

 ピンとこなかった。

 その職業を店主はよく知っているはずなのに。

 その職業の人間を、店主は酷く恐れているというのに。

 青年の答え方が、あまりにもあっけらかんとしたものであったため、店主の頭の回転は鈍り、反応が遅れてしまっていた。

 何度も何度も反復して呟き、頭の中でその職の内容を記憶の中から検索し───ようやく、店主は思い出した。


 ───退魔師。

 ───化け物を狩る、仕事。


 次の瞬間。

「・・・っ!!」

 店主は驚愕で、両目を大きく見開いていた。

「たたた、たい、退魔師ィ!?」

「はい、退魔師です」

 慌てふためく店主とは真逆に、落ち着いた様子でこんにゃくを食べ終える青年。

 対照的な両者の様子。

 その間で───じわじわと、緊迫した空気が発生し始めていた。


「な、何で、退魔師がうちの店に・・・!?」

 混乱する脳を必死で押し止めようとする店主。

 その時、青年が言っていた言葉が、店主の記憶の中から呼び覚まされる。


『いいえ。実は、仕事はこれからなんですよ。その前に、ここで少し腹ごしらえをして行こうと思いましてね───』


 まさに。

 店主が青年の言葉を思い出した、まさにその瞬間。

「・・・・・!!」

 店主の全身に、戦慄が走る。

 毛穴という毛穴から汗が吹き出し、店主の肉体を急激に冷やしていく。


「ま・・・まさか・・・!?」

「ええ。恐らく、ご主人のお察しの通りですよ。・・・・・ず・・・ずずっ───」

 青年はそう言うと、取り皿を手に持ち、残った汁を全て飲み干す。

「ふぅ・・・ごちそうさまでした」

 そして、丁寧に合掌し一礼。

 その仕草は、食前に見せた礼儀作法の時と寸分も変わらない。

 店主とおでんへの感謝が、はっきりと表れていた。


「さて・・・腹ごしらえも終わったことですし───」

 おしぼりで丁寧に両手を拭う青年。

 その仕草、その表情、そしてその声の調子は、先程までとまったく変わらない、冷静かつ穏やかなものであった。

 しかし、店主は───青年の体から、周囲を凍てつかせるほどの凄まじい冷気が放たれているように錯覚してしまっていた。

「・・・早速、『仕事』に移らせていただきます」

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、金曜日の午前0時に投稿する予定です。

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