のっぺらぼうのおでん屋 二
「それじゃあ次は・・・よし。ごぼう巻きとさつま揚げ、こんにゃく・・・それと、がんもどきをお願いします」
「はい、喜んで。取り皿をお預かりしますね」
青年が差し出した皿を受け取る店主。
仕切りのされた鍋の中から、新たな具材を選び始めた。
その動作を見ながら、青年が話しかける。
「・・・それにしても、まさかこの時期におでんを食べることが出来るとは思いませんでした」
「珍しいと思われたでしょう?季節ももう夏に差し掛かってるのに」
「ええ。ですが、最近の夜はやたらと冷え込んでますからね。こういう気温の時に食べるおでんは本当にありがたい。体も芯から温まります」
「そう言って頂けると、こうやって店を開いた甲斐がありますよ。・・・さあ、どうぞ」
店主は微笑をたたえ、皿を差し出す。
汁に浸かった具材が、ほかほかと湯気を立てている。
「ありがとうございます」
青年は皿を受け取り、箸を手に取った。
まず口にしたのは、ごぼう巻き。
柔らかい練り物と、それに包まれた固いごぼう。
それらの食感を口の中全体で堪能する。
───やはり、美味い。
「ああ、珍しいと言えば───」
ごぼう巻きを食べ終えた直後、青年が口を開いた。
「ここに来る途中、珍しいものを見たんですよ。・・・いや、正確には『珍しい人達に会った』と言った方が正しいかな───」
「・・・!珍しい・・・人達・・・?」
その時、作業をしている店主が、手を止めた。
表情からは、笑みが消えている。
無表情である。
「ええ。最初に会ったのは、小学校に入る前くらいの小さな女の子でした。ここから二〇〇メートルくらい離れた場所で、しゃがみ込んで泣いていたんです。その次に会ったのは、別の大人の女性でした。最初の女の子がいた場所から、一〇〇メートル先の場所にいたんです。そのどちらも、着物を着ていましてね」
「・・・・・ほう」
店主は、短く声を漏らす。
声の調子は、どこか固い。
しかし、彼が現在浮かべている表情も固いものなのかどうかは、青年には分からなかった。
店主が、いつの間にか背を向けていたためである。
実を言うと───背中を向けた店主は、笑っていた。
先程まで青年に見せていた、人の良さそうな笑みではない。
待ち兼ねていたぞ───今にもそんな言葉が漏れてきそうな、邪悪な笑みであった。
青年が語る『珍しい人達』についての話を聞いている間、店主は表情に感情を出していなかった。
青年の話がつまらなかったのではない。
必死に『感情を押し殺していた』のである。
自身が歓喜していることを青年に気取られぬよう、無表情という名の仮面を被り、隠していたのである。
しかし、溢れ出す歓喜の感情を抑えきれず、店主はぎこちない動きで背を向けた。
そして、我慢は限界を迎え───凄い笑みが、店主の顔に滲み出たのである。
「そ、それで・・・『珍しい』っていうのは・・・?」
店主が、ぎこちない声で青年に尋ねる。
一方青年は、そんな店主の様子を気にも留めなかった。
さつま揚げを美味そうに食べながら、先ほどまでと寸分も変わらない調子で続きを語り始めた。
「はい。その二人が着物姿だったっていうのも、『珍しい』と感じた理由の一つなんですが・・・何よりも変わっていたのは、『顔』でしたね」
「・・・・・『顔』・・・・・ですか」
「ええ。本当に珍しい顔でした」
「・・・・・そう・・・・・ですか・・・・・」
店主の表情が、ますます凄い笑みを形作る。
それは、もはや人の笑みではない。
獣の───否、化け物の笑みであった。
その時───店主はおもむろに、自身の額に右手の平をあてた。
そのまま手を下に向かって下げ、顔を撫でていく。
すると───手の平が撫でた店主の顔の部位が、無くなっていた。
眉を通過すると、眉が消えた。
目を通過すると、目が消えた。
鼻が。
口が。
上から下へ撫でる動きと共に、店主の顔からそれぞれのパーツが上から順に消えていく。
しかし、青年には、その様子が分からなかった。
店主は未だに、青年に背中を向けたままであった。
故に───青年には、店主の顔からパーツが消えていくのが分からなかった。
そして───店主の顔が、文字通り『無表情』になったその時。
「その『顔』というのは・・・ひょっとして───」
口が無いはずの店主の顔から、声が漏れる。
同時に、振り返る。
ちょうどさつま揚げを食べ終えた青年に向かって、ゆっくりと。
ゆっくりと、振り返る。
そして───店主は、振り向くのを終えた。
青年の目の前にあるのは、店主のつるりとした肌色の顔。
眉が無い。
目が無い。
鼻が無い。
口が無い。
表情が無い。
文字通りの『無表情』。
そんな恐ろしい肌色の笑顔を、店主は青年に向けていた。
「こんな顔じゃあ・・・ありませんでしたかァ!?」




