表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
121/310

ハイパーターボアクセルババア 二十三(完)

16

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ───!」

 粉塵が舞う道路の上に身を横たえたまま、衛は酸素を求め、荒い呼吸を繰り返していた。

 その体は、酷く傷付いていた。

 衣服の至るところは裂け、露になった肌は抉れ、痛々しい出血の跡が見られる。

 まるで、ケチャップをこぼした床を拭いたぼろ雑巾のようであった。

 しかし───これでもまだ、傷は浅い部類である。

 時速二〇〇キロという速度で地面に叩きつけられれば、常人ならば間違いなくその時点で絶命し、肉塊と化している。

 常人を遥かに凌駕する頑丈さを持っている衛だからこそ、こうして生き延びることが出来たのである。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ───!」

 衛はなおも、荒い呼吸を繰り返している。

 吸い、吐き、吸い、吐き。

 そのシンプルな運動を、何度も何度も繰り返す。

 そうしながら、両手を地面につき、立ち上がろうとする。

「はぁ、はぁ、はぁ、うっ・・・げ───」

 その最中、強烈な吐き気が込み上げてきた。

 衛は吐き出そうとしたが、口元を手で押さえ、堪える。

 そして、昇ってきたものを気合いで飲み込み、体の中へと送り返した。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 膝をつき、耳元に手をあてる。

 装着していたインカムがない。

 転倒時の衝撃で外れ、壊れていたのである。

 シェリー達と連絡をとるのは不可能であった。


「はぁ・・・はぁ・・・っぐ・・・」

 衛がよろめきながら立ち上がる。

 膝が───否、全身が震えていた。

 上手く力が入らない。

 少しでも気を脱げば、再び倒れ込んでしまいそうであった。

 それでも衛は、何とか立とうとした。

 アクセルババアを正気に戻せたかどうか、まだ確認出来ていない。

 気を抜くのはまだ早い───そう思っていた。


「はぁ・・・はぁ・・・。・・・!」

 衛が顔を上げる。

 その視線の先に───一人の老婆がいた。

 その老婆の頭部からは、もう血は流れていない。

 彼女の顔を染め上げていた血も取れ、青白い肌が現れている。

 表情にも、怒りや憎しみといった感情は浮かんでいない。

 安らかな微笑が浮かんでいた。

 ハイパーターボアクセルババアは、もういない。

 そこに佇んでいるのは、紛れもなく馬場タエであった。


「はぁ・・・はぁ・・・。・・・よぉ、婆さん・・・かけっこは・・・もう・・・いいのかい・・・?」

 衛が、眼前の老婆に問い掛ける。

『・・・ああ。もう、いいんだよ』

 老婆は寂しそうに笑い、答えた。

『・・・ようやく、思い出したよ・・・。あたしはもう、三年前に死んでたんだってね・・・』

「はぁ・・・はぁ・・・そう、かい・・・はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・」

 タエの答えを聞き、衛はその場にへたり込む。

 もう走らなくても大丈夫だ───そう安堵した瞬間、緊張の糸がきれてしまったのである。


『全く・・・何をやってんだろうねぇ、アタシは・・・』

「・・・?」

 タエは下を見つめ、沈んだ様子で言葉を漏らす。

 それを耳にし、衛は眉をひそめた。

『もうとっくに死んでるってのに、いつまでもこの世に居座って・・・。悟達はもうあの世に行ってるのに、あの子達を待たせるような真似なんてしちゃって・・・』

「・・・」

『おまけに、無関係な人達にまで襲い掛かって・・・こんなんじゃ、あの世に行っても地獄に落ちるしかないよ・・・悪いおばあちゃんだよねぇ、全く・・・』

「・・・そんなことねえよ」

『・・・え?』

 衛の言葉に、タエが顔を上げる。

「あんたは確かに、無関係な人達を襲った。危険運転してた連中ではあるけど、それでも襲った事実は変わりはしない。・・・だけど、まだ誰も死んではいない。まだ罪を償うチャンスはあるさ」

『・・・』

「それに───」

 そこで、衛の声の調子が優しげなものになる。

「あんたは、悟君を助けようとして車を襲ったんだろ?例え夢を見てたんだとしても、あんたは家族を助けるために闘おうとしたんだ。・・・だったらさ。閻魔様もきっと、多少はお目こぼししてくれるんじゃねえかな」

『・・・』


 衛の言葉を聞き、タエはきょとんとした顔になる。

 それからしばらくして───その顔に、苦笑いの表情が浮かんだ。

『ふふ・・・。そうだといいんだけどねぇ・・・』

「ああ。きっと大丈夫さ」

『ふふ・・・』

 タエはしばらく、そのまま苦笑した。

 そして───安らかな微笑を浮かべた。

『・・・ありがとうね、坊や。アタシの目を覚まさせてくれて。・・・そして、迷惑をかけて悪かったね』

「別にいいさ。それが仕事だからな。それに───」

 衛はそういいながら、頭を横に振る。

 そして、申し訳なさそうに続けた。

「謝んなきゃならねえのは、俺達の方だよ」

『え?』

 タエが、不思議そうな顔になる。

 何を謝ることがあるというのか───そんな考えが見て取れた。

「あんたを助けるためとはいえ、俺達はあんたに攻撃して、痛い思いをさせちまった。・・・ごめんな」

『ああ、そういうことかい』

 衛の謝罪の内容を知り、合点がいったという顔をするタエ。

 その後、彼女は衛と同じように頭を振った。

『それならアタシの方もだよ。アンタ達に光線を撃ったり、体当たりをしたりしたからね。・・・だから、おあいこさ』

「おあいこか」

『うん、おあいこさ。・・・ああ、そう言えば───』

 タエが、またしても疑問を抱いたような表情で口を開く。

 その表情は、これまでで最も疑問に思っていたことを尋ねようとする表情であった。


『最後に一つだけ教えてくれるかい。坊やはどうして、そこまで体を張ってくれたんだい?』

「え?」

『アンタはさっき、アタシを助けてくれたの理由を、仕事だからって言ってたけど・・・アタシには、たったそれだけのことには思えないんだよ。一歩間違えたらお陀仏になっちゃうようなことをやって、結局そんな風にボロボロになって・・・』

「・・・」

『そうまでしてアタシを助けてくれたのは、他に何か理由があるからなんじゃないのかい?』

「・・・・・」

 タエの言葉を聞き、衛は後頭部を軽く掻く。

「・・・大した理由じゃねえよ。本当に、大した理由じゃねえんだ。・・・ただ───」

 タエから目をそらし───やがて、ぽつぽつと語り始めた。


「・・・俺にも、ばあちゃんがいたんだ」

『・・・!』

「あんたみたいに、孫思いの優しいばあちゃんだった。今はもういねえけど・・・そんなばあちゃんが、大好きだった」

「・・・」

「俺がもし、悟君の立場なら、きっとあんたに会いたいに決まってるって思ったんだ。だから・・・あんたを家族のところに送ってやろうと思った。・・・ただ、それだけの話さ」

 僅かにぶっきらぼうな調子で語る衛。

 タエは、そんな彼の言葉を、きょとんとした顔で聞いていた。

 そして、話を聞き終えると───優しい笑顔を浮かべた。


『・・・あんたのおばあちゃんは果報者だねぇ。こんなにも立派なお孫さんがいるんだからねぇ。・・・きっと、あの世で誇りに思ってると思うよ』

「・・・。・・・そうかな」

『ああ、きっとね』

「・・・そうだったら、いいんだけどな」

『ふふ・・・』

 静かに目を伏せる衛。

 それを見て、タエはまた笑った。


 直後。

 タエの姿が、おぼろげになり始めた。

 気配が弱くなり、体が透けていく。

 時間が来たのである。

『さて、と・・・。アタシもそろそろ、あの世に行こうかね・・・』

「ああ。・・・家族に、会えるといいな」

『うん、ありがとうよ』

 タエが、礼を言う。

 恩人との別れを惜しみながら。

 そして───最後に、こう言った。

『アンタは、まだこっちに来るんじゃないよ?もっとゆっくりしてからこっちにおいで。大好きなおばあちゃんのためにもね』

「ああ、分かってる。・・・じゃあな、タエさん」

 衛の答えに満足したのか、タエは、にっこりと笑顔を浮かべた。

 それを最後に、タエの姿は闇夜に融け───そして、消えた。


「・・・・・」

 後に残されたのは、衛ただ一人。

 言葉は発しなかった。

 時折訪れる夜風の静かな音のみが、その場に響いた。


「・・・・・」

 衛は沈黙したまま、天を仰ぐ。

 いくつかの小さな星が、そこにきらめいている。

「・・・ばあちゃん」

 タエが去ってから初めて、衛が声を発した。

 小さな───風に掻き消されてしまいそうなほど、小さな声であった。

 そして───

(今の俺を見て・・・ばあちゃんは本当に、俺を誇りに思ってくれるのか?)

 タエの言葉を思い返し、己に問いかけた。


 誰かの命を守るために、化け物の命を奪う仕事───それが、退魔師である。

 そして衛は、その退魔師である。

 衛はこれまでに、数多くの命を奪ってきた。

 時には依頼のために。

 時には己の目的のために。

 衛は、数え切れない命を奪ってきた。

 しかし───命を奪うことは、罪である。

 それが例え、どんな化け物であったとしても。

 それが例え、誰かを救うためであったとしても。

 命を奪うことは、紛れもない罪なのである。

 そして退魔師は、その罪に多く塗れる仕事なのである。

 その退魔師となった自分を見て、果たして祖母は本当に、誇りに思ってくれるのか。

 何度も何度も、そう己に問いかけた。


 その時───もと来た道の方から、クラクションが鳴り響いた。

 思わず衛は、そちらに目を向ける。

 すると───一〇〇メートル先に、一台の車がこちらに向かってくるのが見えた。

 黒いスポーツカー───仲間達が乗ったカウボーイである。

 その姿を見て、衛はそこまでの思考を、一旦リセットした。


 まずは家に帰ろう。

 たらふく水を飲んで、腹一杯メシを食おう。

 そして───己の命を繋ぎ止めよう。

 大切なものを守れるように。

 いつか『あいつ』を助け出せるように。

 例えその行程で、多くの罪を背負うことになったとしても───衛はそう考えながら、こちらに駆けてくる黒い馬に向かって、己の右手を掲げて見せた。


                        第8話 完

 今回で、このエピソードは完結です。

 次回から、新エピソードを執筆していきます。

 次のお話は、とある有名な妖怪のお話に、少々グルメチックな内容を絡めてみようかと思います。

 長さは割と短め。

 第1話より少し長いくらいになるのではないかと予想しております。

 それでは、ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。

 次回もよろしくお願いします。


【追記】

 お待たせしました。

 次は、月曜日の午前0時に投稿する予定です。

 季節外れではありますが、おでんをつまみながらお読みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ