表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
119/310

ハイパーターボアクセルババア 二十一

14

「はぁ───はぁ───うっ───っぐ───はぁ───ぜえ───はぁ───!!」

 衛の耳は、風に紛れて鳴り響く己の息遣いを捉えていた。

 不規則である。

 呼吸が酷く乱れている。

 まるで死にかけているような息遣いであった。

 しかし、異常が感じられるのは呼吸だけではない。

 全身の筋肉と骨も、持ち主に訴えているかのように痛みを放っていた。

 そして───大量の食物から摂取した(抗体)も、ほとんど残っていなかった。

 まさにガス欠寸前である。


「うっ───ゲホッ───っ───はぁ───はぁ───っ───!!」

 実際のところ、衛の肉体は限界に達していた。

 否───限界など、既に越えていた。

 衛が強化術を施し、アクセルババアとかけっこを始めて、二分三十秒が経過していた。

 衛が予想していた強化の継続時間を、三十秒もオーバーしていた。

 強化の負担に堪えうる余裕が、肉体に秘められていた訳ではない。

 それどころか、一分三十秒を経過した時点で、衛の肉体は限界を迎えようとしていたくらいである。

 カウボーイは故障によって、衛の遥か後方を走っている。

 今やこの高速道路は、衛とアクセルババアの一騎討ちの舞台と化していた。


(クソ・・・全身が・・・千切れそうだ・・・苦しい・・・水が・・・飲みたい・・・!)

 全身の苦痛が脳を刺激し、弱音となって衛の心を誘惑する。

 ───もう止まりたい。

 ───これ以上走りたくない。

 ───全身を投げ出して休みたい。

 ───眠ってしまいたい。

 そんな欲望が、衛の心をじわじわと揺さぶっていく。


 だが───

(そういう訳にはいかねえだろうが!!)

 そんな誘惑を振り払う為に、衛は己に克を入れた。

 ここで諦める訳にはいかなかった。

 今はまだ、アクセルババアは完全に悪霊になっている訳ではない。

 しかし、このまま彼女を放っておけば、いずれ悪霊と化し、今以上に手強い存在となってしまう恐れがある。

 そうなってしまえば、彼女を救い出せる確率も大幅に減少してしまう。

 だからこそ、これが最後のチャンスだ───衛は、そう思っていた。

 ここで諦めてしまえば、アクセルババアを救うことは出来ない。

 だから、絶対に諦めない───衛は、そう決意していた。


 確かに、強化術の負担は凄まじく、衛の体は限界に近い。

 抗体も、底をつきかけている。

 しかし、それに反比例するかの如く、衛の体に満ちていくものもあった。

 気力───想いであった。

 それは一歩踏み出す度に強く、大きく、濃くなっていた。

 必ずやあの老婆を、狂気の淵より救い出さねばならぬ───そんな確固たる信念が、衛の体に満ち溢れていた。

 今の衛を支え、突き動かしているのは、そんな強い想いであった。

 その想いだけで、僅かに残った抗体と走力強化を維持し、衛の体を疾走させていた。


『良いか衛よ。想いを決して絶やすな』

 先日の修行の際に、連杰が言っていた言葉が、衛の耳に甦る。

『武心拳は、想いの(けん)じゃ。強い想いを抱き続けろ。倒したいのならば、倒したいと。救いたいのであれば、救いたいと念じ続けろ。その想いこそが、武心拳の極意じゃ』

 静かに───しかし、熱く語っていた連杰の言葉。

 それを思い出し、衛の中の想いの炎は、更に激しく燃え上がっていく。


(ああ・・・分かってるよ、爺さん)

 己の師匠の言葉に、衛は心の中で答えを返す。

(あの婆さんを助ける。絶対に救い出す。その気持ちだけは・・・!絶対に曲げねぇ!!)

 そして、衛は───

「うっ───ぐ───お───」

 残り僅かな力を振り絞り───

「お───おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 アクセルババアの背中を目掛け、ラストスパートを開始した。


「ひっ───ぎぃ───!!」

 衛の咆哮を耳にし、アクセルババアが、ちらりと振り返る。

 一瞬ひきつった表情を浮かべたが、すぐに怒りに満ちた顔へと変わる。

 そして、再び正面へと顔を戻し、こちらも全力疾走を開始した。

 縮まり始めていた両者の間隔が、一〇メートルほどで維持される。

「っ───嘗め、る・・・なああああああああああっ!!」

 衛もまた、全力の更に上をいく全力を引き出し、アクセルババアを追い掛けていく。

 じわり───じわり───と。

 両者の距離が、またしても縮まり始めた。


「おおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 衛は、己を奮い起たせるかの如く咆哮を上げる。

 ───辛い。

 ───止まりたい。

 ───諦めたい。

 心と全身に囁き掛ける誘惑。

 それらが、怒号によって蹴散らされていく。


 両者の間隔───現在、九メートル。

 脚が震え始めた。

 上手く力が入らない。

 足首が痛い。

 膝が痛い。

 ───もう止めたい。

(絶対止めねえ・・・)


 両者の間隔───現在、8メートル。

 両腕が痛い。

 脇腹が痛い。

 胃液の酸っぱい味がする。

 ───もう諦めたい。

(絶対諦めねえ・・・!)


 両者の間隔───現在、七メートル。

 唾が喉に詰まる。

 上手く呼吸出来ない。

 酸素が足りない。

 ───もう無理だ。

(まだだ・・・絶対に・・・!絶対に助けるんだ!!)


 あと六メートル。

 苦しい。

 耐えられない。

 立ち止まりたい。

 だが走る。

 あと五メートル。

 力が出ない。

 靴の中から血が溢れる。

 虫の息である。

 もう止めたい。

 でも走る。


 朦朧とする意識。

 ぼやける視界。

 自分という存在が、世界から隔絶されたように感じた。

 それでも衛は、苦痛と誘惑を弾き飛ばしながら走り続けた。

 速度はもはや、時速二〇〇キロに到達しようとしていた。

 そんな高速の世界に衛は生身を晒し、気力のみで駆けていた。

 馬場タエを必ず救い出す───その想いを成し遂げる為だけに、命を賭けて。


 ───その時であった。

『がっ───ぐ───ハァ───はぁ───!』

「・・・!」

 衛の耳が、アクセルババアの激しく乱れた息遣いを捉えた。

 今や両者の位置は、それほどまでに近い距離にあった。

 そこで、衛は気付いた。

 アクセルババアの霊気に、変化が起こっていたことに。

 彼女を包んでいた負の霊気───怒りと哀しみの霊気が、大幅に減少していた。

 あれほどまでに膨大であった霊気が、八割以上潰え、小さく萎んだ状態になっているのを、衛は感じ取っていたのである。


 ───今ならば、届くかもしれない。

 現在のアクセルババアから、狂気は感じられない。

 極めて正気に近い状態にある。

 今ならば、自分の言葉が、彼女の心に届くかもしれない。

 真実を打ち明けることで、彼女を正気に戻すことが出来るかもしれない。

 衛はそう考え───意を決し、全力疾走しながら、口を開いた。


「タエ───さん───!タエさん───!俺の話を聞いてくれ───!!」

『───っ、エ!?』

 アクセルババアの動揺の声が、前方から流れてくる。

 それが耳に入った瞬間、衛は確信した。

 助け出せる───と。

『ハァ───ハァ───なん───っデ───ハァ───あたシ───の───なマえを───!?』

「あんたを───うっ、ゲホッ───家族に───!悟君達に───会わせて───あげたいんだ───!!」

『───!?ざとルに───!?』

 その瞬間───アクセルババアの声色が、驚愕に染まる。

 が、その驚愕の色は、すぐに怒りの色へと変わった。

『ネごと───いってンじゃ───ゲホッ───ないよ───!さとルは───っはぁ───っぐ、あんたたチが───どッかに───』

「違う───!悟君は、元々───っ、ここには───もういねぇんだ───!!」

 そう言い終えた瞬間、衛が僅かに体勢を崩した。

 もう気力ではカバー出来ないほど、限界を越えていた。

 衛は想いと共に、最後の力を己の声に込めた。


「タエさん───!あんたと、っぐ、家族───は───!こ───この───高速、道路で───!」

 頼む、届いてくれ───衛は、そう強く念じる。

 そして───真実を、アクセルババアに打ち明けた。


「三年前───!皆、事故に遭って───亡くなってるんだッ!!」


 ───その時。

『───!!』

 疾走し続けているアクセルババアの体が、大きくびくりと震えた。

 そして、急激に減速を開始した。


 同時に───

「・・・っ。ぁ───」

 ───がくん、と。

 衛の全身から、力が抜けた。

 動かない。

 体が言うことを聞かない。

 己の内側が、全て空っぽになってしまったように感じた。

 視界は、スローモーションのように下へとスライドしていく。

 そして気が付くと───衛の目の前に、今自分が走っていたはずのコンクリートの地面があった。


 直後。

 衛の全身に、凄まじい衝撃が走った。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、月曜日の午前0時に投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ