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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
116/310

ハイパーターボアクセルババア 十八

※2015/09/11 追記

 一点強化の説明文が分かり辛かったため、一部内容を変更いたしました。


※2016/12/04 追記

 諸事情により、一点強化の術、及び術の内容を変更いたしました。詳細は本文をご参照ください。申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。


【これまでのあらすじ】

 某県高速道路に、深夜三時に出没する化け物、ハイパーターボアクセルババア。

 彼女の正体は、数年前、この高速道路で起こった事故の犠牲者であった。

 何とかして彼女を救わねば──そう決意した衛は、とある作戦を思い付く。

 そして、深夜三時。

 スポーツカー『カウボーイ』の屋根に仁王立ちする衛は、アクセルババアに向かって、こう言い放った。


「 俺 と か け っ こ し よ う ぜ ! ! 」

11

 そう──青木衛が考案した、アクセルババアを正気に戻す為の方法。

 それは、『アクセルババアとかけっこをする』というものであった。


 馬場タエは生前、孫とよくかけっこをしており、現在の彼女は、その習慣に関連した行動をとっている。

 自分がまだ生きていると強く思い込み、幻想の中で孫とかけっこをしているのである。

 しかし、どんな幻想も、現実で起こる事象と、体が感じるリアルな感覚には敵わない。

 ならば、現実でアクセルババアとかけっこをすれば、彼女が正気を取り戻すのではないだろうか。

 更に、かけっこの途中で、彼女の肉体に抗体を流し込んでやれば、彼女が正気に戻る可能性は高まるのではないだろうか───衛は、そう考えたのである。


 この提案をした時、当然ながら、他の三人は驚愕の表情を浮かべていた。

 そして、訊ねた。

 そんなことが、本当に出来るのか───と。

 その問い掛けから一拍置いて、衛は頷いた。

 今の自分なら出来る───と。


 そう───今までの衛ならば、アクセルババアとかけっこをすることなど不可能であった。

 アクセルババアの疾走する速度は、時速一〇〇キロを優に越える。

 生身でそんな速度で走ることが出来る人間など、存在しない。

 しかし───今の衛には、それが出来た。

 この事件に関わる前に、衛は一週間の間、師匠・王連杰と共に鍛練を行った。

 その際、衛は師から、『ある術』の手解きを受けていた。


 その術の名は、『走力強化』──身体強化を応用した術であった。

 身体強化の術の効果は、全身の身体能力を等しく強化するというものであるが、この走力強化の術の効果は、『走る速度のみを重点的に強化する』というものである。

 この術を使えば、通常の人間を遥かに上回る速度で走ることが出来る。

 衛の肉体は昨晩とは違い、師匠との鍛練によるダメージと疲労は、ほぼ完治した状態にある。

 今ならば、この術を用いることで、アクセルババアと同等の速度で走ることが出来る──衛はそう考えたのである。


 しかし、当然デメリットも存在する。

 走力強化は、通常の人間では発揮できないほどの力を得ることが出来る。だが、それは同時に、『人体では耐え切れないほどの負荷がかかる』ということも意味している。

 その上、走力強化の術は、凄まじいほどの気と体力を消耗する。現在衛は、昨晩以上に食物を摂取し、体内に大量の(抗体)を溜め込んでいる。その状態でも、一点強化の制限時間はおよそ一分──無理をしても二分に届くかどうか、といったところである。

 その上、アクセルババアが必ず正気を取り戻すという確証はない。成功率は二割以下──分の悪い賭けとしか言いようがない。


 それでも──これしかない。

 アクセルババアを幻想の世界から解き放つには、これしかない──カウボーイの屋根の上で、衛はそう考えていた。

 決意に満ちた表情で、一点強化の為に抗体を廻らせながら、衛はそう決意していた。


『良い、衛!?あなたが考案した作戦だと、あなたとアクセルババアがかなり近く接近した状態で競り合うことになるわ!だから、銃撃によるサポートは無理よ!』

『わしの念力ならば多少はサポート出来るが、使える回数は少ない!あの老婆を救えるかどうかは、ヌシの体力と気合いに懸かっておることを忘れるな!』

『あたし達が真後ろにいる間は、あたし達が指示を飛ばすわ!だから、あたし達の声にも気を配っておいてね!』

「分かった!任せるぞ!!」

 右耳に装着したインカムから聞こえる、三人の音声。

 その声に、衛は力強く答えた。


『サ、さドルをどゴにやったんだイ!?ザとルをがえゼエエえええっ!!』

 動揺と怒りを滲ませながら、アクセルババアが叫ぶ。

 直後、アクセルババアの頭部から鮮血が吹き出した。

 赤色の液体が、彼女の顔をおぞましき化け物の形相へと染め上げていく。

 同時に──衛の走力の走力強化が、完了した。

「問答無用!!行くぞォオオオオオオオオオオオオッ!!」

 衛は啖呵を切り──勢い良く、カウボーイの上から身を投げた。


 コンクリートの地面に脚が触れる。

 エスカレーターから降りた時の感覚を何百倍も強めたような衝撃が、衛の全身を襲う。

「っ……ぐ!!」

 直後、全身全霊で脚を動かし始める。

 現在──時速六〇キロ。

 カウボーイに追い抜かれた。

 衛は一瞬後方へ。

 しかし、一〇メートルほど離れた所で、衛の速度が上がり始めた。

「うおおおおおおお──」

 ───時速七五キロ。

 徐々に、衛がカウボーイへと迫っていく。

「おおおおおおおおオオオオ───」

 ──時速一〇〇キロ。

 衛とカウボーイが並んだ。

 遥か前方で、アクセルババアが目を見開いていた。


 そして遂に──

「オオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 ──時速一三〇キロオーバー。

 気合いの雄叫びと共にカウボーイを追い越し、アクセルババアへの急接近を開始。

 アクセルババアから大きく開いていた距離が、凄まじい速度で縮まり始めた。


『ひ──ッ、ガァあああああああああああああッ!!』

 その時──アクセルババアが咆哮を上げた。

 恐怖と怒りを伴った凄まじい怒号が、衛に向かって叩き付けられる。

 首は完全に真後ろを向き、衛を思い切り睨み付けていた。

 直後、怪光線(ババアビーム)照射。

 衛の両目の視力を奪わんと、妖しい光が衛を目掛けて突き進む。


 ──が、光線は衛に近寄った瞬間、塵のように消え失せた。

 衛の抗体が働き、霊気で構成された光線を分解してしまったのである。


「おおおおおおおお──!!」

 衛は雄叫びを上げたまま、走り続けた。

 反撃はしなかった。

 両者の間には、まだ一〇メートル以上距離がある。

 こちらには、遠距離への攻撃手段はない。

 代わりに衛は、アクセルババアにメンチを切った。

 化け物ですら恐怖し震え上がるほどの眼光をアクセルババアへと注ぎ、彼女を威嚇する。


『ッ、ギィ……!』

 真後ろを向いたアクセルババアの顔が、ギリギリと歯軋りをする。

 そして、再び正面へと向き直った。

 光線が通用しない為、これ以上近寄られないよう、走ることに専念したらしい。

 徐々に──アクセルババアのスピードが上がっていく。

 衛とアクセルババアを隔てる距離が、再び開いていく。


『わしに任せろ!』

 その時、インカムから舞依の声が響く。

 次の瞬間──アクセルババアの体の周囲から、別の妖怪の妖気が発生した。

 舞依の念力である。

『ッガ……ッギ……!!』

 アクセルババアが呻く。

 身体に纏わりつく妖気に阻まれ、速度が下がっていく。

 両者の距離が、再び縮まり始めた。

 八メートル。

 五メートル。

 二メートル──。


『今じゃ衛!ぶちかましてやれ!!』

「オオオオッ!!」

 舞依の合図に、衛が咆哮を上げる。

 既にアクセルババアとの距離は一メートルもない。

(許せ、婆さん!!)

 アクセルババアに心の中で囃し詫びる衛。

 同時に──彼女の背中を目掛け、抗体を纏った右拳を叩き込んだ。

『あガ!?』

 よろけるアクセルババア。

 その背中に、続けざまにジャブの一撃。

「ぅるぁっ!!」

『ぐゥッ!?』

 アクセルババアが呻く。

 彼女の体を支配する負の霊気が、抗体によって僅かに減少したことを、衛は感じ取った。


 しかし同時に──アクセルババアの走りが、軽快な動作へと戻っていた。

 アクセルババアの疾走を阻害する舞依の念力も、抗体によって分解されたのである。


『グックギギィ……!!』

 アクセルババアが呻き、再び凄まじいスピードで疾走し始める。

 そして──やや右向きに、体を傾け始めた。

『・・・!衛、もうすぐカーブよ!あんたも曲がる体勢になって!!』

 その時、インカムから切羽詰まったマリーの声が聞こえて来る。

 彼女の言葉に、衛は目を凝らした。

 確かに、数十メートル先に、右曲りのカーブが見えた。

 アクセルババアとの競り合いに気を取られて、気付かなかった。


「ぅ……っぬ……ぐ……!!」

 衛は歯を食いしばり、思いきり体を傾ける。

 全身に掛かる負担を根性で堪えながら、己の走る軌道を変えていく。

 曲がり切った。

 傾けた体を、再び元の姿勢に戻していく。


 その時であった。

「ぐぁっ!?」

 衛の全身に、凄まじい衝撃が走る。

 何かが衛の体に勢い良くぶち当たったのである。


(何だ!?)

 衛は体勢を立て直しながら、衝突して来た『それ』をみる。

「……!」

 そして──気付いた。

 アクセルババアであった。

 先頭を走っていたはずのアクセルババアが、いつの間にか減速し、衛の横に並んでいたのである。


『ぐげャアアアアアアアアアアア!!』

 衛の右側面を目掛け、再びアクセルババアが左肩をぶつけて来る。

「がっ!?」

 衝撃。

 両者の身体は、反発する同極の磁石のように左右へ。

 衛の位置は今や、脇道すれすれの位置にあった。

 あともう一度体当たりを食らえば、左のガードレールに衝突してしまう。

『がああああああッ!!』

 アクセルババアの咆哮。

 そして、もう一度衛の体を目掛け──


『させるか!!』

 その時──舞依が叫んだ。

 同時に、アクセルババアの動きが鈍る。

『ぐ──ッギィ!!』

 アクセルババアが、背後を振り向く。

 恨めし気な表情で、背後を走るカウボーイを思いきり睨み付けた。


 そして、次の瞬間。

昨夜(ゆうべ)の──!お返しよ!!』

 シェリーの叫び声。

 それと共に、カウボーイのライトが上を向く。

 まばゆい光が、アクセルババアの両目に入り込む。

『ガァ……っぐゥ……!?』

 アクセルババアの苦悶する声。

 カウボーイの光から逃れるように、両目を瞑ったまま、右側へと移動していく。


『今よ衛!!位置を戻して!!』

 マリーの指示。

 それに従い、衛は中央線へと寄っていく。


 しかし、その時──

「……!?」

 衛は、感じ取った。

 アクセルババアから、凄まじい殺気が放たれていた。

 思わず、そちらを見やる。

『っぎぎぎぎぎギギぎギギギギギギ!!』

 奇怪な声を漏らしながら、アクセルババアが禍々しく顔を歪めていた。

 そして──突如、走る速度を減速させていた。

(何──!?)

 衛の心に、僅かに動揺が走る。

 アクセルババアが何を考えているのか一瞬戸惑い──そして、悟った。

(まさか!?)


 次の瞬間。

『きゃっ!?』

『うひっ!?』

『ぐぅっ!?』

 インカムから、三人の女性の叫び声──そして、車内が揺れる騒音が。

 予感的中──アクセルババアが、カウボーイに体当たりを試みたのである。

『ぐぅオオオオッ!!』

 アクセルババアの咆哮。

 そして──インカムから騒音。

『クッ──やってくれたわね……!!』

 シェリーの勇ましい声。

 しかし、調子の中に僅かに焦りが滲んでいる。

 あともう一撃食らえば不味い──そんな考えが浮かんでいるようであった。


 その時、衛は即断した。

 彼もまた減速──アクセルババアに近寄る。

「何やってんだコラァァァァッ!!」

『!?』

 衛が並んだ。

 右側面に再び出現した、恐るべき悪人面──それを一瞥し、アクセルババアに戦慄が走る。

 それと同時に、衛がアクセルババアの体を両手で掴んだ。

「あんたと遊ぶのは、俺だぜ婆さぁぁん!!」

『ッギィ!?』

 叫びと共に、衛が横向けに頭突きを放つ。

 衛の左側頭部が、アクセルババアの右側頭部に思いきりぶち当たる。

 そのまま衛は、アクセルババアを掴んだまま、カウボーイから離れる。

 ある程度距離をとり──相手をロープに投げ付けるプロレスラーの如く、両手を離した。


『ッグ……!!』

 アクセルババアは僅かによろけるが、すぐに体勢を立て直す。

 そして、またしても凄まじい速度で疾走し始めた。

 しかし、先程よりも加速の勢いが著しい。

 自分達を倒すのではなく、自分達から逃走することを選んだのかもしれない──衛は、そう思った。


『くっ……!よし、もう一回じゃ……!!』

 舞依の声。

 再び念力を送ろうとしているのである。

 そして───舞依の妖気が、再びアクセルババアの体を縛る。

『ぅ……ゥグッ……!!』

 苦しむアクセルババア。

 走る速度が、またしても下がった。

 その隙に、彼女を目掛けて思いきり駆け寄る衛。

 もう一度抗体を流し込み、完全に負の霊気を消し去ろうと試みる。


 が──

『ぐっ──ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 アクセルババアが、大地が轟くような叫び声を発した。

 鈍っていた彼女の動きが、ゆっくりと元の激しさを取り戻す。

 機関車の如く、激しい運動を見せ始める。


 そして次の瞬間──舞依の念力を振り切るように、アクセルババアが急激にスピードを上げていた。

『な……!?あの老婆、わしの念力を跳ね除けおったぞ!!』

 インカムから、舞依の驚愕の声が聞こえて来る。

 まさか、あの念力に耐えるとは。

 何という精神力であろうか──舞依の声には、そんな響きが込められていた。


 アクセルババアは既に、五〇メートル先へと行っていた。

 このままでは、完全に振り切られてしまう。

『早くあのおばあちゃんを追わないと!見えなくなっちゃうわよ!?』

 焦るマリーの声。

 それに続いて、シェリーの同意する声が聞こえて来る。

『ええ、分かったわ!すぐに追い掛け…………え!?』

 その時、シェリーの声が、動揺した時のそれへと変わった。

 思わず衛は、シェリーに問い掛ける。

「どうした!?」

『くっ……加速が、鈍ってる!?』

「何!?」

『さっきの体当たりで、どこかが悪くなったのかしら……!?クッ……調整は完璧だったのに!!』

 シェリーの歯痒そうな声。

 あともう少しのところで──そう悔いるように、彼女の声は、僅かに震えていた。


「仕方ねえ!!あとは俺に任せろ!!」

 その時、衛が叫ぶ。

『……!?だ、大丈夫なの!?』

「分からねえ!!だけどやるしかねえ!!何としても、あの婆さんを助ける!!」

 丹田から気合いをひり出し、衛はそう叫ぶ。

 そして──全身の抗体を、思い切り活性化させた。

「うおおおおおおっ!!行くぞォオオオオオオオオオオオッ!!」

 衛は両手足に力を込め、全力で動かし始める。

 並走していたカウボーイを追い抜き、疾走する老婆を追い掛けはじめる。

 現在速度は、一四〇キロに到達しようとしていた。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、日曜日の午前0時に投稿する予定です。

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