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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
111/310

ハイパーターボアクセルババア 十三

7

 ───そして。

「・・・・・なぁシェリー。これって───」

「・・・・・ええ」

 衛の呼び掛けに、シェリーが答える。

 両者は、深刻そうな面持ちでパソコンのモニターを見つめていた。

 マリーと舞依も、同じような面持ちでモニターを見上げていた。


 四人が書斎に入り、パソコンを起動させてから、三十分が経過していた。

 その間彼らは、ここ数年で件の高速道路で発生した人身事故について、一つずつ丁寧に調べた。

 発生した日時、状況、死者───それらの情報を、性格に頭の中へとインプットしていった。


 そうしていく中で───一つ、気になる事故のニュースに行き当たった。

 現在、彼らが見つめているディスプレイに表示してある記事である。

 日付は、三年前を示していた。

 大型トレーラーの横転による事故。

 この事故により、とある家族四人が、横転したトレーラーの下敷きになり死亡した。

 トレーラーの運転手からは、基準値の三倍のアルコールが検出された───記事には、そう記してあった。


「まさか・・・・・この事故・・・・・」

「・・・・・?衛、何か知ってるの?」

 不思議そうな顔をしてマリーが問い掛ける。

 それに対し、衛はディスプレイから目を離すことなく頷く。

「・・・ああ。三年前、飲酒運転ってことで大騒ぎになったんだ。まさか、あの高速道路で起こってたとは・・・・・」

 そう呟くと、衛はまた口を閉ざす。


 そのまましばらく沈黙。

 決して短くない時間を思考の為に費やし───そして再び、口を開いた。

「・・・・・。この事故、もうちょっと調べてみようぜ」

「ええ」

 衛の提案に、シェリーが同意する。


 彼女の返答を聞いた後、衛は再び検索エンジンを開いた。

 キーワードを入力し、エンターキーを叩く。

 すると───検索結果の一番上に、動画投稿サイトへのリンクが表示された。

 件のトレーラーの事故についての動画である。

 どうやら、ワイドショーの一部を切り抜き、投稿してあるようであった。


「・・・・・」

 衛は無言で、その動画へのリンクにカーソルを合わせ、クリックする。

 ブラウザの表示画面が、動画再生のプレイヤーへと切り替わる。

 数秒間のローディング。

 その後、動画の再生が開始された。


『深夜の高速道路で、悲劇は起こった───』

 男性の低い声が、書斎に響く。

 物語の始まりを綴るかのようなナレーションの後に、事故の発生した日時を読み上げていく。

 深夜三時過ぎ頃───アクセルババアが出現する時間帯と同じである。


 直後───

「うわ・・・・・」

「こりゃ・・・・・酷いのう・・・・・」

 マリーと舞依が、顔をしかめながらそう呟く。

 写し出された映像───それを見たことによって、口から自然と漏れた呟きであった。


 それは、事故の現場が写し出された映像であった。

 波打つように、道路に色濃く記されたタイヤの後。

 横転したトレーラー。

 そして、その車体に押し潰された、かつて一台の乗用車であったもの。

 ───ぺしゃんこであった。

 運転席、助手席、後部座席───満遍なく押し潰され、ひしゃげた鉄屑と化していた。

 乗っていた者はどうなったのか───この後に流れるナレーションを聞かずとも、四人にははっきりと分かった。


『この事故で───』

 画面が暗転。

 男性のナレーションは続いている。

 そして、黒い画面にゆっくりと、とある家族の写真が浮かび上がる。

 夫婦らしき二人と、その子供らしき幼い男の子。

 そして───その子の祖母らしき老婆。

 皆、笑っていた。

 自分達の幸せが終わることなどあり得ない───そう言わんばかりの笑顔であった。


「・・・!?ああっ!」

「こ、このお婆ちゃん・・・!?」

 その時、舞依とマリーがすっとんきょうな声を上げた。

 二人揃って、画面に映った老婆の顔を指差していた。

 そう───そこに映っていた老婆は、数時間前に彼女達が実際に目にした、ハイパーターボアクセルババアであった。

 しかし───画面に映る彼女が浮かべているのは、数時間前のような、狂気の泥に浸した笑みではない。

 残り少ない余生の中にある平穏を噛み締める、幸せそうな笑顔であった。


『馬場タエさん、馬場潤平さん・芳美さん夫妻、そしてその息子の馬場(さとる)ちゃんが、帰らぬ人となった───』

 その間にも、ナレーションは続く。

 男性の低い声が、坦々とした口調にもの悲しさを滲ませながら、被害者一家の名前を読み上げていく。


 その時。

「・・・!・・・ババ・・・『サトル』・・・?」

 衛の頭に、その名前が引っ掛かった。

 似たような言葉を聞いたことがあった。

 あれはいつであったか。

 確か、ついさっきも話し合いの時に───


「───!!」

 そこで衛は、大きく目を見開いた。

 はっきりと思い出した。

「・・・なぁ、アクセルババアが叫んでた『サどる』って、ひょっとして───」

「・・・!まさか、『悟』───つまり、お孫さんのこと?」

 シェリーも同様に、大きく目を見開いていた。

「そ、それじゃあ・・・あのお婆ちゃんが今もあそこに留まっているのは───」

「まさか・・・お孫さんの為なのかのう・・・?」

 マリーと舞依が、震える声を漏らす。

 戦慄と悲哀の滲んだ言葉が、書斎に響いた。


『本当にねぇ・・・明るい家族でしたねぇ・・・亡くなったのが今でも信じられなくって・・・』

 その間に、ワイドショーの内容は、馬場家の近隣住民へのインタビューへと移項していた。

 顔をが分からぬよう、敢えて肩から下を映している。

 しかし───顔を映さずとも、取材を受けた住民の悲しみが伝わってきた。

『悟ちゃんとお婆ちゃんが近くでかけっこをして遊んでるところをよく見ましたね・・・悟ちゃんもまだ小さかったのにねぇ・・・可哀想で可哀想で・・・!』

 中年と思われる女性の声が、そこで声を詰まらせる。

 そこで、また違う住民へのインタビュー映像が始まる。

 老人男性、中年男性へと、インタビューは順に進み───インタビュー映像は、終了した。


『事故当時、現場では一体何が起こったのか───』

 そこで画面に、ロークオリティのCGによる再現映像が映し出された。

 大型トレーラーが、ゆらゆらと不安定な動きで走行している。

『当時、容疑者は仕事のストレスから、大量のアルコール飲料を摂取した状態で運転していた。その状態で容疑者は、規定速度をオーバーしながら、車両の少ない高速道を蛇行していたという───』

 そこで、トレーラーの前方に、一代の乗用車のCGモデルが現れる。

『その時、前方に馬場家の乗用車が。トレーラーの速度は緩まることなく、更に勢いを増していく。それにつれて、蛇行も徐々に酷くなり、そして───』

 トレーラーの揺れが、徐々に激しくなる。

 そして、馬場家の乗用車に並んだ瞬間───

『トレーラーが横転。馬場家の乗用車を下敷きにしてしまったのである』

 トレーラーが横倒しになり、CGの乗用車をぺしゃんこに押し潰してしまった。


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 その映像を観ていた四人は───何も言葉を発しなかった。

 沈黙したまま、CGによる再現VTRのイメージを頭の中で再構築し、現実に起こったであろう光景を想像していた。

 そして、思った。

 こんなにも凄惨で理不尽な事故があってたまるか───と。


『・・・───ものとして、今後も容疑者を厳しく追及していくと発表している』

 男性のナレーションが、内容を締め括る。

 それを最後に、動画の再生が終了。

 画面上に、関連動画のリストが表示され、書斎の中は静寂に包まれた。


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

 再生が終了した後も、四人は沈黙していた。

 ディスプレイの中央を見つめたまま、ずっと書斎の中に佇み続けていた。

 次の投稿日は未定です。

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