ハイパーターボアクセルババア 十二
「あ、じゃあまずはあたしから!」
最初に挙手したのは、マリーであった。
疲れが吹き飛び、意気揚々とした表情になっていた。
「車の中でも話してたけど、アクセルババアの正体って、やっぱり人間なのかしら?どこかのおばあちゃんが何か未練を持ってこの世に留まって、それで悪霊になっちゃったのかな」
「そうね、おそらくはそれで正解よ。あの時はまだ明確な答えは出せなかったけど、今なら分かるわ。あの憎しみの感情・・・間違いなく、現世の怨みが未練となって、悪霊になったのよ」
マリーの疑問に、シェリーが断言の言葉を返す。
その内容に、三人も頷いて同意した。
あの時、アクセルババアの様子が豹変した瞬間、四人は心で理解し、感じ取っていた。
アクセルババアが抱く、狂おしいほどの絶望と、絶えることのない憎悪を。
「だとしたら・・・アクセルババアは、何に対して憎しみを持ってるんじゃろうな?それに、アクセルババアが襲ってくる条件も全く分からん」
「そうだな・・・あの時、アクセルババアは俺達に襲い掛からなかったのに、前を走ってたあの車を見つけた瞬間豹変した。どんな条件が重なったらあの婆さんは襲って来るんだ・・・?」
「「「ううん・・・」」」
居間に呻き声が響く。
誰一人として分からなかった。
アクセルババアが発していた、異常とも言うべきあの執念───一体何が、彼女に憎悪をもたらしたのであろうか。
「ん~~~~~。・・・。・・・?あっ───」
ふと、マリーがはっとした表情になる。
「どうした?」
「えっと、えっとね。襲って来る条件と関係あるのかは分かんないけど・・・あのおばあちゃん、前の車に向かって、何か叫んでなかった?」
「え?・・・ああ、確かに叫んでおったのう。ああ・・・何と叫んでおったんじゃったけ・・・?」
「えっと、確かね───」
そこでマリーは、アクセルババアを彷彿とさせる、鬼気迫る表情を再現する。
そして、叫んだ。
「『サどるヴぉガエぜぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!』って叫んでたわ」
「お前の物真似何でそんなクオリティ高ぇの?」
「ぷっ・・・ク・・・クク・・・」
「笑いのツボ浅すぎじゃろ」
迫真の演技をするマリーと、そのクオリティの高さに笑いを堪えるシェリー。
衛とマリーは、呆れるような顔で2人にツッコんだ後、再び顔を引き締めて話し始めた。
「でも、確かにそう叫んでたな。『何か』を『返せ』って叫んでたのか?」
「うむ、多分そうじゃろうな。『サどる』・・・『サドル』?自転車のサドルのことかのう?」
「まさかあのおばあちゃん、『愛用の自転車のサドルを盗まれて、その恨みでこの世に留まって、悪霊になった』のかしら?・・・。・・・いやいやいや、流石にそれはないわ~・・・」
マリーは、自分が口にした予想を、即座に否定する。
三人も、その考えだけは絶対にないと思った。
サドルを盗まれただけで、あれほどの憎悪が育つとは思えなかった。
「『サどる』・・・何のことかは分からねえけど、ちょっと頭の端っこに留めとこうぜ」
衛のその言葉に、女性陣が同時に頷く。
きっと重要な手掛かりになるに違いない。
四人はそう確信していた。
「じゃあ次は、アクセルババアが襲って来る条件に迫ってみましょう」
シェリーが次の話題へと進行する。
「それなんだけどよ───」
彼女が言い終えた後、衛は小さく挙手をした。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「『聞きたいこと』?」
「ああ。今までに、アクセルババアが襲った車のドライバーに、何か共通する特徴とかあるか?」
「『共通する特徴』?」
「何でも良いんだ。性別、年齢、車種、本当に何でも良い」
「・・・。そうね───」
シェリーは眉を寄せながら、スマートフォンを取り出す。
「これを見てもらえるかしら───」
何度かタッチやフリックを繰り返した後、三人にも見えるよう、中央のテーブルに置く。
画面に載っているのは、これまでに襲撃されたドライバーの特徴をまとめた文面であった。
最初のドライバーは四十七歳の男性で、軽トラックを運転していた。
二人目は、二十七歳の男性。
普通自動車を運転していた。
そして三人目は、女性であった。
十九歳で、軽自動車を運転している。
「・・・バラバラだな」
「・・・バラバラね」
「・・・バラバラじゃのう」
「そう。バラバラなのよね」
三人の小さな呟きに、シェリーも同調するように呟く。
一見、共通点はなかった。
性別も年齢も車種も、まるで一致していない。
では、何故アクセルババアは彼らを襲ったのであろうか。
気分次第で、見逃したり襲ったりしたのであろうか───衛は一旦、そんなことを考えた。
が───
「・・・そんなはずはねえ」
そう呟き、即座に自分の考えを否定した。
ただの気紛れであれほどの憎しみをぶつけるなど考えられない。
必ず、何らかの共通点があるはずに違いない───そう思っていると、衛の頭の中に、ある疑問が浮かんだ。
「・・・なあシェリー。今までに襲われたドライバーなんだけど、ひょっとして全員飲酒運転してなかったか?」
「え?」
「いや・・・さっきのドライバー、飲酒運転してたろ?しかも、かなり深酒だった。もしかしたら、それが原因で襲われたってこともあるんじゃねえかって思ってよ」
「ああ、そういうことね」
納得のいったという顔をするシェリー。
その後、静かにかぶりを振った。
「・・・けど、はずれよ。全員、素面のままで運転してる時に襲われたらしいわ」
「そうか・・・」
当てが外れたことに、衛は一瞬顔をしかめた。
だがすぐに元の仏頂面に戻り、再びシェリーに質問を投げ掛ける。
「・・・なら、何か変わったことはやってなかったか?飲酒運転とはいかないまでも、何か交通ルールを違反してたりとか───」
「ああ、それなら───」
そこでシェリーは、再びスマートフォンを操作。
更に詳しい資料を開き、三人に内容を伝えた。
「二人目と三人目は、規定速度を三十キロ以上オーバーしてたらしいわ。特に、二人目の被害者は相当なスピード狂だったらしくてね。一五〇キロで走行してたらしいの」
「スピード違反か・・・。最初の被害者は?」
「スピードは出してなかったみたい。・・・だけど、深夜ということもあって、ウトウトしてたみたいなの。やや蛇行運転気味だったみたいね」
「・・・ううん・・・」
衛が呻く。
蛇行運転、スピード違反───そして、飲酒運転。
共通するのはただ一つ。
どれも『危険運転』だということである。
下手をすれば、死亡事故に発展してもおかしくはない。
「・・・死亡事故・・・か・・・」
ぼそりと、衛が呟く。
もしや、アクセルババアはこの高速道路で事故に遭い、死亡したのでは。
その恨みを忘れられず、現世に留まり、あのような悪霊になったのでは───そう思った。
「・・・なぁシェリー。あの高速道路で過去に起こった事故について調べてみねえか?もしかしたら、この三つの条件が重なった事故があるかもしれないぜ」
「そうね。・・・そして、その事故で亡くなった人物こそが、アクセルババアの正体なのかも」
衛とシェリーが同時に頷き、立ち上がる。
それに遅れ、マリーと舞依も慌てて立ち上がった。
向かう先は書斎───その中のデスクに置かれたパソコンの下である。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、木曜日の午前10時に投稿する予定です。




