ハイパーターボアクセルババア 十
「シェリー!!」
「うっ・・・く・・・あ・・・!」
シェリーは、両目を瞑って悶え苦しんでいた。
彼女は現在運転中である。
その上、前方には老婆の化け物が。
目を瞑っている余裕などない───そう思い、何とかして目を開こうとするが、瞼は全く動かない。
アクセルババアが放った強い輝きが、まだシェリーの瞳に残存していた。
「・・・!不味いぞ、前を見るんじゃ!!」
「ぎゃあああっ!カーブ!カーブ!!」
「・・・!」
舞依とマリーの悲鳴を耳にし、 衛が前を見る。
視線の先には、再び前方車輌の追跡に専念し始めたアクセルババアの姿があった。
丁度、右向きのカーブに差し掛かっているところであった。
どちらかといえば、そこまで急なカーブではない。
高速道の制限速度を守っていれば、十分に曲がり切れるカーブである。
しかし、運転手のシェリーは、アクセルババアの光線の直撃を受けており、まともにハンドル操作も出来ない。
このままではカーブにぶつかってしまう。
「クソッタレ・・・!」
悪態を短く吐き捨てる衛。
そしてすぐさま、助手席から身を乗り出し、片手でハンドルを握る。
そして、慎重にハンドルを右へと回した。
カーブした道に沿って進んでいく黒いスポーツカー。
曲がり終え、再び真っ直ぐとなった道を進み始める頃には、八〇キロをやや下回る速度となっていた。
「っ・・・ぐ・・・」
「ちょっと待ってろ───」
未だに目を開くことが出来ず、苦悶するシェリー。
衛は身を乗り出したまま、右手でハンドルを操作している。
そして、空いている左手を、彼女の両の瞼の上に当てる。
そして、微弱な量の抗体を、慎重に流し込んだ。
「っ・・・く・・・」
衛の手の温もりを感じた直後、シェリーは、己の両目にまとわりつく妖気が消え、苦痛が和らいでいくのを感じた。
自身の目の中に入ったゴミが取り除かれていくような感覚。
全ての違和感が目の中から消え去り───ようやくシェリーは、瞼を開くことが出来るようになった。
「・・・ぅ・・・ありがとう・・・助かったわ・・・」
「・・・行けそうか?」
シェリーは何度か瞬きを行い、目の具合を確かめる。
目を開ける度に、ぼやけていた視界が、クリアなものへと変わっていった。
「・・・ええ、もう大丈夫。早く奴を追わないと───」
「いや、もう手遅れじゃ───」
「え?」
舞依の深刻そうな声。
その言葉に、シェリーは思わず嫌な予感を感じた。
「どういうこと?」
「あれを見てみい───」
低い調子の声を発した後、舞依が前方を指差す。
再び続く、直線の道。
その八十メートルほど先の路側帯で───
「あ・・・!」
アクセルババアから追いかけられていた車が、横転して煙を上げていた。
「クソッ・・・やられた!」
衛は悪態を吐き、すぐさまアクセルババアの姿を探す。
しかし、老婆はおろか、何者の影も見えない。
妖気の反応も、微塵も感じなかった。
完全に、何処かへと消え去っていた。
「クッ───」
悔しげに表情を歪ませる衛。
───が、すぐに冷静さを取り戻し、次に何をすべきかを考えた。
そして、導きだした答えを告げるべく、シェリーに言葉を掛けた。
「・・・シェリー、あの車の近くで止めてくれ。ドライバーを助けねぇと」
「・・・ええ、了解したわ」
暗い面持ちで頷くシェリー。
速度を緩やかに落とし、路側帯で横転している車の後ろに止めた。
「マリーと舞依は、シェリーの目を診てやってくれ。大丈夫だとは思うけど、念の為にな」
「うん、分かった」
「了解じゃ」
衛の指示に、人形達は素直に頷く。
その間に衛は、愛用の黒い手袋を両手にはめていた。
そして車を降り、駆け足で横転した車両のもとへ向かう。
道路上には、急激なブレーキによる真新しいタイヤの跡が。
そしてその周辺には、大小様々な車の部品が散乱していた。
それらを踏まないように気を付けながら、衛は運転席側へと近寄る。
ドアは衝撃によりひしゃげ、窓ガラスも粉々に砕けていた。
「・・・・ぐ・・・・・・ぁ・・・・・」
その中に───ドライバーがいた。
短い金髪の男性である。
シートベルトで固定され、上下逆さまになっている。
その為、頭から血の雫が、点滴のように滴っていた。
「しっかりしてください。大丈夫ですか」
意識を確認すべく、衛が声を掛ける。
「ぅ・・・・・目・・・・・目、が・・・・・!」
ドライバーは、辛うじてそう声を漏らす。
意識はしっかりとしているようであった。
「ちょっと待っていてください。車をこじ開けます」
そう言うと、衛は自らに身体強化を施す。
ドアを両手で掴み、両足でコンクリートの地面を踏みしめ───
「ふん・・・ッ───」
運転席側のドアを、力任せにメリメリと引き剥がしていく。
悪人面の小男が、ねじ曲がった車のドアをこじ開ける。
傍から見れば、アクセルババアにも劣らぬ奇怪な光景である。
ドライバーの目が塞がれていて良かった───剥がし終えたドアを傍らに置きながら、衛はそう思った。
そのまま、ドライバーを車外へと引き摺り出し、傷の具合を見る。
全身に切り傷や掠り傷が見られたが、どれも軽傷である。
一番出血が酷い頭部の傷も、そこまで深刻なものではなかった。
しかし、脳にダメージがないとは言い切れない。
一刻も早く、病院で検査を行わなければならない。
そう考えながら、衛はドライバーの目に抗体を流し込もうとし───
「・・・?」
その時初めて、そのドライバーから妙な匂いが漂っていることに気付いた。
しかもその匂いは、『車を運転する者が、最も発してはならない匂い』であった。
「・・・・・。あんた、酒飲んでるな」
そう───アルコールの匂い。
飲酒運転であった。
それも、うっすらとした匂いではない。
非常に濃く、大量に飲酒をしたのだと分かるほどの匂いであった。
「・・・・・!」
衛の声の調子が変わったことに気付き、男の体が、一瞬ビクリと震える。
「・・・た、頼む・・・。警察には───」
「知るか。飲酒運転なんかするから罰が当たったんだ」
冷たい調子でそう吐き捨てる衛。
「応急手当はしてやるし、救急車も呼んでやる。けど、そっから先は俺の知ったこっちゃねえよ。自分のやらかしたことは自分で責任を取れ」
そして、ドライバーの目に抗体を流し、アクセルババアの妖気を取り除いていく。
それが終わると、徐に立ち上がり、黒いスポーツカーのもとへと戻って行く。
舞依を呼び、ドライバーに治癒術を施す為。
そして同時に、ドライバーに幻術を掛け、ここで彼が体験したことを曖昧なものにする為であった。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、木曜日の午前一〇時に投稿する予定です。




