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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第八話『ハイパーターボアクセルババア』
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ハイパーターボアクセルババア 十

「シェリー!!」

「うっ・・・く・・・あ・・・!」

 シェリーは、両目を瞑って悶え苦しんでいた。

 彼女は現在運転中である。

 その上、前方には老婆の化け物が。

 目を瞑っている余裕などない───そう思い、何とかして目を開こうとするが、瞼は全く動かない。

 アクセルババアが放った強い輝きが、まだシェリーの瞳に残存していた。


「・・・!不味いぞ、前を見るんじゃ!!」

「ぎゃあああっ!カーブ!カーブ!!」

「・・・!」

 舞依とマリーの悲鳴を耳にし、 衛が前を見る。

 視線の先には、再び前方車輌の追跡に専念し始めたアクセルババアの姿があった。

 丁度、右向きのカーブに差し掛かっているところであった。

 どちらかといえば、そこまで急なカーブではない。

 高速道の制限速度を守っていれば、十分に曲がり切れるカーブである。

 しかし、運転手のシェリーは、アクセルババアの光線の直撃を受けており、まともにハンドル操作も出来ない。

 このままではカーブにぶつかってしまう。


「クソッタレ・・・!」

 悪態を短く吐き捨てる衛。

 そしてすぐさま、助手席から身を乗り出し、片手でハンドルを握る。

 そして、慎重にハンドルを右へと回した。

 カーブした道に沿って進んでいく黒いスポーツカー。

 曲がり終え、再び真っ直ぐとなった道を進み始める頃には、八〇キロをやや下回る速度となっていた。


「っ・・・ぐ・・・」

「ちょっと待ってろ───」

 未だに目を開くことが出来ず、苦悶するシェリー。

 衛は身を乗り出したまま、右手でハンドルを操作している。

 そして、空いている左手を、彼女の両の瞼の上に当てる。

 そして、微弱な量の抗体を、慎重に流し込んだ。

「っ・・・く・・・」

 衛の手の温もりを感じた直後、シェリーは、己の両目にまとわりつく妖気が消え、苦痛が和らいでいくのを感じた。

 自身の目の中に入ったゴミが取り除かれていくような感覚。

 全ての違和感が目の中から消え去り───ようやくシェリーは、瞼を開くことが出来るようになった。


「・・・ぅ・・・ありがとう・・・助かったわ・・・」

「・・・行けそうか?」

 シェリーは何度か瞬きを行い、目の具合を確かめる。

 目を開ける度に、ぼやけていた視界が、クリアなものへと変わっていった。

「・・・ええ、もう大丈夫。早く奴を追わないと───」

「いや、もう手遅れじゃ───」

「え?」

 舞依の深刻そうな声。

 その言葉に、シェリーは思わず嫌な予感を感じた。

「どういうこと?」

「あれを見てみい───」

 低い調子の声を発した後、舞依が前方を指差す。

 再び続く、直線の道。

 その八十メートルほど先の路側帯で───


「あ・・・!」

 アクセルババアから追いかけられていた車が、横転して煙を上げていた。


「クソッ・・・やられた!」

 衛は悪態を吐き、すぐさまアクセルババアの姿を探す。

 しかし、老婆はおろか、何者の影も見えない。

 妖気の反応も、微塵も感じなかった。

 完全に、何処かへと消え去っていた。


「クッ───」

 悔しげに表情を歪ませる衛。

 ───が、すぐに冷静さを取り戻し、次に何をすべきかを考えた。

 そして、導きだした答えを告げるべく、シェリーに言葉を掛けた。

「・・・シェリー、あの車の近くで止めてくれ。ドライバーを助けねぇと」

「・・・ええ、了解したわ」

 暗い面持ちで頷くシェリー。

 速度を緩やかに落とし、路側帯で横転している車の後ろに止めた。


「マリーと舞依は、シェリーの目を診てやってくれ。大丈夫だとは思うけど、念の為にな」

「うん、分かった」

「了解じゃ」

 衛の指示に、人形達は素直に頷く。

 その間に衛は、愛用の黒い手袋を両手にはめていた。


 そして車を降り、駆け足で横転した車両のもとへ向かう。

 道路上には、急激なブレーキによる真新しいタイヤの跡が。

 そしてその周辺には、大小様々な車の部品が散乱していた。

 それらを踏まないように気を付けながら、衛は運転席側へと近寄る。

 ドアは衝撃によりひしゃげ、窓ガラスも粉々に砕けていた。

「・・・・ぐ・・・・・・ぁ・・・・・」

 その中に───ドライバーがいた。

 短い金髪の男性である。

 シートベルトで固定され、上下逆さまになっている。

 その為、頭から血の雫が、点滴のように滴っていた。


「しっかりしてください。大丈夫ですか」

 意識を確認すべく、衛が声を掛ける。

「ぅ・・・・・目・・・・・目、が・・・・・!」

 ドライバーは、辛うじてそう声を漏らす。

 意識はしっかりとしているようであった。


「ちょっと待っていてください。車をこじ開けます」

 そう言うと、衛は自らに身体強化を施す。

 ドアを両手で掴み、両足でコンクリートの地面を踏みしめ───

「ふん・・・ッ───」

 運転席側のドアを、力任せにメリメリと引き剥がしていく。

 悪人面の小男が、ねじ曲がった車のドアをこじ開ける。

 傍から見れば、アクセルババアにも劣らぬ奇怪な光景である。

 ドライバーの目が塞がれていて良かった───剥がし終えたドアを傍らに置きながら、衛はそう思った。


 そのまま、ドライバーを車外へと引き摺り出し、傷の具合を見る。

 全身に切り傷や掠り傷が見られたが、どれも軽傷である。

 一番出血が酷い頭部の傷も、そこまで深刻なものではなかった。

 しかし、脳にダメージがないとは言い切れない。

 一刻も早く、病院で検査を行わなければならない。

 そう考えながら、衛はドライバーの目に抗体を流し込もうとし───


「・・・?」

 その時初めて、そのドライバーから妙な匂いが漂っていることに気付いた。

 しかもその匂いは、『車を運転する者が、最も発してはならない匂い』であった。

「・・・・・。あんた、酒飲んでるな」

 そう───アルコールの匂い。

 飲酒運転であった。

 それも、うっすらとした匂いではない。

 非常に濃く、大量に飲酒をしたのだと分かるほどの匂いであった。


「・・・・・!」

 衛の声の調子が変わったことに気付き、男の体が、一瞬ビクリと震える。

「・・・た、頼む・・・。警察には───」

「知るか。飲酒運転なんかするから(ばち)が当たったんだ」

 冷たい調子でそう吐き捨てる衛。

「応急手当はしてやるし、救急車も呼んでやる。けど、そっから先は俺の知ったこっちゃねえよ。自分のやらかしたことは自分で責任を取れ」

 そして、ドライバーの目に抗体を流し、アクセルババアの妖気を取り除いていく。

 それが終わると、徐に立ち上がり、黒いスポーツカーのもとへと戻って行く。

 舞依を呼び、ドライバーに治癒術を施す為。

 そして同時に、ドライバーに幻術を掛け、ここで彼が体験したことを曖昧なものにする為であった。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、木曜日の午前一〇時に投稿する予定です。

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