ハイパーターボアクセルババア 九
嘶く荒馬の如く、カウボーイのエンジンが爆音を上げる。
そして、前方のアクセルババアを追跡すべく、凄まじいスピードで疾走する。
「───っ!」
シェリーは再び窓から身を乗り出す。
そして三連射───全弾命中。
真っ赤な血がアクセルババアから噴き出るが、やはりその傷も、みるみる内に治癒していく。
しかし───アクセルババアに、初めて変化が起こった。
突如、全力疾走を止め、右車線の更に右脇で急停止したのである。
「───!?」
一瞬、シェリーの意識が空になった。
アクセルババアの行動の意図が読めず、隙が生じた。
アクセルババアとカウボーイの距離が、急激に縮まる。
急停止した血塗れの老婆の体は、漆黒のスポーツカーに追い越され、僅かに後方に───
『グァアアアアアアアアッ!!』
その時、アクセルババアが咆哮。
止めていた足を再び動かし、疾走を開始する。
アクセルババアとカウボーイが並んだ。
同速度。
『グヒ───』
アクセルババアが、四人を見る。
血塗れの顔が、笑みを形作った。
おぞましく、禍々しい狂喜の表情を───
「来るぞ!!」
アクセルババアの意図を察知し、衛が叫ぶ。
窓から外へと右手を突き出す。
そして───
「───っ!」
練り上げた抗体を一気に放出。
鮮血を彷彿とさせる赤色の気が、車体の右側に壁の如く形成された。
『ゲヒャアアアアアアアアアァ!!』
抗体の壁が完成するのと同時に、アクセルババアの目が輝く。
次の瞬間───怪光線が放たれた。
これまでに三人のドライバーの視界を奪った、件の光線である。
しかし───その光線は抗体によって分解、消滅。
車内の誰の目も、潰されることはなかった。
『───!?』
アクセルババアの顔から、笑みが失せる。
驚愕───そして動揺。
その後、再びバリアに向けて光線を発射する。
───が、やはり光線は消滅。
カウボーイへ達することはなかった。
『ギィ・・・!』
老婆は悔しげな声を漏らす。
歯を剥き出したその形相からは、憎悪と殺意が止めどなく溢れていた。
すると次の瞬間、老婆が顔を正面へと向け直す。
そして突風の如く、再び全力で走り出した。
邪魔者を始末出来ないのであれば、当初の目的を優先させる───そういうつもりなのであろうかと、シェリーは考えた。
「させないわよ!」
鋭く叫び、再びシェリーがアクセルを踏み込む。
アクセルババアの背後を追いかけながら、シェリーは再び窓から身を乗り出す。
そして愛銃の狙いを定め、発砲───
「・・・な!?」
───しかし、シェリーが放った銃弾は、アクセルババアに命中することはなかった。
発砲するほんの直前、アクセルババア動きが変わったのである。
直進から、左右にジグザグとする動きに。
後方からの射撃を躱す為の動きである。
先程のように、前方車輌へと一気に距離を詰めることは出来ないが、あの動きであれば、攻撃を受けることはなく、じわじわと距離を縮めることが出来る。
やはりあの老婆には、多少なりとも知能がある───シェリーと衛は、そう思った。
「くっ───!」
シェリーは尚も射撃を行う。
何とかアクセルババアの足を止めねばならない───そう思い、ひたすら連射するが、銃声と同時にアクセルババアは横へと移動してしまい、弾丸は一発も命中していなかった。
そして遂に───銃のスライドストップが働いた。
弾切れである。
「マリー、弾を!」
「う、うん!」
シェリーは短く叫び、愛銃を後部座席のマリーへと放る。
それを受け取ると、マリーは予備の弾倉を装填しようとする。
前以てシェリーから方法を教わり、練習していた為、間違えることはなかった。
しかし───
『グオオオオオオオオオオオオッ!!』
その間にも老婆は咆哮を上げながら、前方車輌へと迫っていた。
左右へと大きく揺れながら、一〇〇キロを越える速度で疾走するその姿は、正に怪奇の一言。
一般人が目の当たりにすれば、間違いなく恐怖と戦慄によって失禁するであろう。
『サどるヴぉガエぜぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!』
意味不明な言葉を叫び散らしながら、アクセルババアは車輌を覗き込もうとする。
老婆が光線を放つまで、もう時間がない。
「舞依!!念力で奴の動きを止められねえか!?」
「よっしゃ、やってみようかの・・・!」
衛の案に、舞依は一も二もなく頷いた。
そして、妖気を練り、老婆に向けて手をかざし───
「ふんッ・・・!!」
アクセルババアの動きを阻害するよう、イメージを送り込んだ。
次の瞬間───
『───!?グ・・・ッガ・・・ァガ・・・!?』
アクセルババアが、走りながら身を捩り始める。
舞依の念力の効力によって、走る速度が鈍っていた。
しかしやはり、老婆の疾走は止まらない。
その足は依然として止まることなく、車両を目指して汽車の車輪の如く動き続けている。
「シェリー!」
その時既に、マリーは銃弾を装填し終わっていた。
投げるように、シェリーに銃を渡す。
「Thanks!」
シェリーは銃を受け取り、短く礼を言う。
そして再び、アクセルババアの背後に銃を向ける。
「喰らえ───!!」
そして発砲。
一発。
二発。
三発。
『グゥ───ッガ───ギ───!?』
四発。
五発。
六発。
『ギャ───ァグ───ガ、ガァ!?』
六発の銃声───そして、六つの赤黒い血の花。
発射した全弾が命中。
アクセルババアは悶え苦しみ、走る速度を大幅に落とす。
───が、やはり完全停止には至らない。
恐るべき執念で、前方車両を目指し続けていた。
「しつこいわね・・・!ならもう一度───」
シェリーが再び、アクセルババアの背中に狙いを定める。
そして、人差し指に力を込め───
「───!?」
その時───シェリーの脳が、思考を止めた。
完全に、頭の中が真っ白になっていた。
その光景を、目にしてしまった為───そして、『それ』と目が合ってしまった為であった。
『ガ───ぁっ───!!』
正面のアクセルババアが、こちらを見ていた。
走りながら、こちらを見ていた。
身体は、正面を向いていた。
だがアクセルババアは、シェリーを見ていた。
───何故?
顔がこちらを向いていたから。
───どうして?
振り返っていたから。
───どうやって?
アクセルババアの首が、一八〇度回転し、こちらを見ていたから。
『グアバアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
絶叫と共に、老婆の両目が、妖しい輝きを発し始める。
先程の光線の時の比ではない。
凄まじい輝きであった。
「来る───!」
衛が再び窓から手を出し、正面に抗体を放出。
壁を生み出すイメージを駆使し、バリアを形成しようとする。
が───
(間に合わねえ・・・!)
アクセルババアの光線は、それよりも速かった。
執念と憎悪によって、光線の速度が、著しく上昇していたのである。
衛が、抗体のバリアを張り終える前に───
「う───っああああああああっ!?」
アクセルババアの光線は、シェリーの両目を捉えていた。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、金曜日の午前10時に投稿する予定です。




