ハイパーターボアクセルババア 七
その時である。
「・・・・・ん?」
衛の瞳が、何かを捉えた。
前方───アクセルババアよりも遠くに、微かな光が点っていた。
「・・・・・あれは・・・・・車のようね」
シェリーが呟く。
衛に遅れて、彼女も遥か前方の『それ』に気付いたようであった。
そう───彼らやアクセルババアよりも先の位置を、一台の乗用車が走行していた。
速度は、時速八十キロ以上といったところであろうか。
極度にスピードを出している訳でも、極端に遅いスピードでもない。
制限速度をキッチリと守りながら走行している車であった。
「マズいわね・・・・・」
シェリーが小さく呟く。
「あの車のドライバーがアクセルババアを見たら、きっとパニックを起こすでしょうね・・・。いえ、それ以前に、アクセルババアが攻撃を仕掛ける可能性もあるわ」
「・・・ああ、確かにマズいな」
「むぅ・・・」
シェリーが口にした最悪の可能性。
それを想像し、衛と舞依は、苦しげに眉を寄せた。
「え?大丈夫じゃないの?あのおばあさんは、今見た通りの感じなのよ?」
しかし、マリーはというと、三人とは逆に落ち着き払った様子であった。
もし本当にアクセルババアが危険な化け物だとしても、今夜は絶対に人々に危害を加えたりはしないはずだ。
だって、つい先程、あのように仲良く挨拶を交わしたのだから。
マリーの顔には、そんな安心感───否、『油断』が浮かんでいた。
その時であった。
「・・・!」
衛の表情が、一層険しいものに変わる。
そして、一拍遅れ───
「ひっ・・・!?」
「くっ・・・!?」
「・・・!?」
残る三人の全身を、強烈な不快感が襲った。
胃袋を鷲掴まれ、握り潰されそうな感覚。
邪な気配、そして───殺気である。
「な・・・に・・・?・・・何よ・・・これ・・・!?」
最初に口を開いたのは、マリーであった。
自らを襲った謎の感覚への恐怖から、全身がぶるぶると震えていた。
「悲しみ・・・怒り・・・そして、憎しみ・・・!負の感情が高まって、邪気へと変化しておる・・・!」
苦しげに顔を歪め、舞依がやっとのことで声を絞り出す。
額からは脂汗が噴き出しており、肌の血の気が引いていた。
「この強烈な殺気・・・まさか、アクセルババアが・・・!?」
汗ばんだ手でハンドルを握り締めながら、シェリーが呟く。
表情は緊張感に満ちており、瞳には不屈の意志が溢れていた。
「ああ。間違いねえ」
腕組みしたまま肯定する衛。
声の調子は冷静そのものであったが、瞳からは、アクセルババアのそれに劣らぬほどの殺気が燃え上がっていた。
「見ろよ。あの婆さんの姿を───」
「え・・・?」
衛に促され、シェリーがアクセルババアの後ろ姿を凝視する。
マリー、舞依も同様に、全力疾走している老婆に目を向けた。
そして───三人は、気付いた。
その老婆の姿が、徐々に変化していることを。
「・・・!?」
「な・・・!?」
「あ・・・れは・・・!」
三人が、思わず息を呑む。
アクセルババアの頭部から、───赤黒い血が垂れていた。
その血の流れは一筋だけであったが───徐々にその流れの筋の数が増えていく。
一筋。
二筋。
三筋。
数はどんどん多くなり、やがて、血の流れが合流していく。
小さな川が合流し、大きな河川と化すかの如く、血の筋が太く、大きくなっていく。
頭部のみを濡らしていたはずの血が、徐々に全身を染め上げていく。
『ッ───グ───ゴ───!』
疾走しながら、アクセルババアが呻き声を漏らす。
単なる苦悶の呻きではない。
怒りの───怨念の呻き声であった。
『ガ───ゲ───ゲヒ───』
呻き声に、徐々に別の何かが混ざっていく。
笑い声である。
しかし、歓喜による笑い声ではない。
絶望───全てを諦め、悲しみに満ちた笑い声であった。
そして、アクセルババアは───
『グググググググゲゲゲゲッゲッゲゲゲッゲゲゥベバベゲヘエヘヘジャバハハハハハハハハハハハハハハハ───!!』
全身に染み渡った血を高速道にばら撒き、悲哀と憎悪の混じった笑い声を上げながら、前方の乗用車を目掛けて突撃を開始した。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、土曜日の午前10時に投稿する予定です。




